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<東京怪談ノベル(シングル)>


 Decoy(1)


「……これでよし」
 高科瑞穂(たかしなみずほ)は打ち込んだ情報を確認した。
 問題ない。瑞穂はモニターの電源を落とした。
 その瞬間、室内からは電子音が一切消え、無音となる。
 さあ。戦いはこれからだ。
 瑞穂はパンと太股を叩いた。太股からは「カチャリ」と金属音が聞こえた。


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 瑞穂は自衛隊の中に極秘裏に設置されている近衛特務警備課に所属している。彼女の任務は通常戦力では対抗し得ない国内の超常現象の解決や、魑魅魍魎と戦う事。今回の任務も、そんな使命の一環であった。
 瑞穂は豪奢な館に相応しく甲斐甲斐しいメイド服を身に纏っていた。ニコレッタメイド服と呼ばれるその服の裾は短く太股のラインが露わに見える。ペチコートも履いていないのにふんわりと裾が拡がるのはスカートがフレアスカートだからであろう。その太股はニーソックスを履いてそれをガーターベルトで留めておいた。足を固めているのは編み上げの皮で出来たロングブーツであり、紐をきつくギュ、と締めた。
 最後にグローブをギュ、と付けた。
 瑞穂は集音器を耳に当てた。
 この館は近衛特務警備課の管轄のものであり、通常は無人である。しかしこの館にはあちこち盗聴器が仕込んである。
 何故か。
 それはこの館の使い方に由来する。
 この館は通称「トラップハウス」。おとり任務をする際に使われる館なのである。
 瑞穂の今回の任務はまさしくそれ。IO2を罠に嵌めるための作戦であった。
 瑞穂の耳に音を消して歩いてはいるが、かすかに空気の揺れる音が聞こえた。聞こえるのは瑞穂の日頃の絶え間ない訓練によって培われたものである。
 瑞穂は太股をもう一度パンと叩くと、駆け出していった。
 トラップに、獲物1匹発見。
 仕掛けの時である。


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 館の中には人気が全くない。
 当然だ。日頃からこの館は任務以外では使われない。
 任務の際にあえて人の気配があるように配置するのである。
 瑞穂は集音器の音を拾った。
 壁に耳を当てると確かにこちらに人が向かってくるのが分かる。
 鬼さんこちら。手の鳴る方へ。
 瑞穂は太股に手を当てた。
 仕込んでいるのはダガーナイフ。接近戦では圧倒的な殺生能力を持ち、投げれば遠距離戦でも使える優れものである。
 気配がする。
 瑞穂は太股に挟んでいたダガーナイフを持って躍り出た。
「いらっしゃいませお客様」
 フワリ。とスカートを拡げてお辞儀をする。
 手にダガーさえ持っていなければ完璧な礼であった。
「……何なんだここは」
 男は不機嫌そうに声を荒げた。
 通称・鬼鮫。IO2のエージェントであり、上からの情報だとトロールの遺伝子を組み込まれているため無限の再生能力を誇り、刀術の達人と言う。
 実に厄介な相手であった。
「貴方様のお探しの品はこちらでございますか?」
 瑞穂は空いている手で太股を捲り上げた。
 捲れた先には小型のモニターがあり、瑞穂は電源を入れる。
 そこから流れるのは、先程の部屋、サーバールームに打ち込んだ情報の一部であった。
「やはりここにあったか」
「ええ。貴方様の行動は全て我が組織で把握しております。こちらの情報が必要と言う事も、今日ここに取りに来ると言う事も。よって、貴方様を歓迎する用意をしておりました」
 瑞穂はモニターの横のボタンを押す。
 モニターの電源はプッツリと切れ、代わりにウィーンと言う音が響く。
 鬼鮫は今来た道を振り返った。
 この館がトラップハウスと呼ばれる由縁。シャッターが一気に降りてきて、鬼鮫の来た道を塞いだ。
 一方、瑞穂の後ろには先程のサーバールームへと繋がる通路があったのだが、こちらは空いてはいるが、瑞穂が壁となっていた。
 天井が降りてきて、天井が狭くなった。本来は館と言うべき誇れる高さを持つ天井も、降りてきては通常の部屋の天井と変わらない。4mあるかないかである。
 鬼鮫と瑞穂。たった二人しかいないにしても、この空間はいささか狭かった。完全な密室である。
「なるほど……この俺を閉じ込めようと言うそう言う魂胆か」
「貴方様は危険すぎるのでございます。大量の超常能力者殺人事件。善悪関係なく無残に殺された方々が報われません。ゆえにここで貴方様を排除いたします」
 瑞穂はダガーナイフを構えた。
「ほう……小娘が。本気でできるとそう思っているのか?」
「できるできないではなく、それが私の任務でございます」
 鬼鮫は刀を鞘から抜き出した。
 瑞穂は鬼鮫が構えようとした瞬間。
「行くわよ……!!」
 脚を踏み込み、瑞穂は壁を走った。
 そのまま天井を蹴り、鬼鮫の背後に立つ。
 鬼鮫が反応する前に瑞穂のダガーナイフがきらめく。
 鬼鮫の首から鮮血が迸った。
 無限の回復力を誇る鬼鮫でも、痛覚までは支配できないらしい。
「くっっっ!!??」
 瑞穂はダガーナイフを素早く抜いて駆ける。
 鬼鮫は刀を抜こうとして気がついた。
 部屋に奥行きはなく、天井は低い。故にこの2人の立つ空間は思いの他狭い。ここで刀を抜いたら自分の身動きが取れない事に気がついたのだ。
 勝てる。
 瑞穂は少しだけ確信が持てた。
 相手の無限の回復力に打ち勝つ方法さえ考え出せれば勝てると、そう用意周到に準備をしてきた甲斐が合った。
 瑞穂は鬼鮫と狭い空間とは言えど距離を取ってダガーナイフを構えた。
 タラリと垂れ流れる汗。
 それが冷や汗か勝利を祝福した汗かは、この時の瑞穂には分からなかった。


<Decoy(1)・了>