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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


草間さん理解度チェック
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 ある日の、草間興信所。
 所内に武彦の姿は無く、在るのは、興信所にとっては顔見知りの面々の姿だった。
 特に依頼があって集まっているわけでも、ただ何となく武彦をからかいに来たのでも無い。今日の目的はズバリ、「草間武彦理解度チェック」だった。
 これがどういうものか、あえて説明する必要は無いだろう。
 誰が言い出したのかは分からない。よっぽどの武彦スキーか、暇人かが、誰が一番草間武彦を理解しているのだろうと疑問に思ったのが始まりだった。
 まあ、だからと言って何があるわけでも無い。実際の所答え自体があるわけでは無いのだから、勝手にチェックし合って勝手に納得して帰るというだけの、趣旨も目的も曖昧なものでしかないのだ。
 逆にそんなの武彦じゃない、と失望する事もあるし、誰の話だと納得出来ない事もあるだろう。他の誰かと意見が一致する事も、100%食い違う事もある。
 なのでやはり、暇人が、暇潰しとして作り上げた最早『遊び』の一種なのだと思われる。

 ただ参加者の中で、草間さんへの理解が高い人として尊敬される――かもしれない。


 そんな、ある日の出来事。


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■集合■
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 黒・冥月が興信所にやって来た時、部屋はわいわいと騒がしかった。騒々しいのは珍しく無いが、その雰囲気が異様だったのだ。
 扉を開けた状態で硬直していると、冥月に気付いた零が「実は……」と苦笑しながら事の次第を説明してくれた。
「……くだらない……」
 何故だか白熱した騒ぎの中心には、草間武彦本人すら居る。
 その様子を呆れ顔で見つめてから、冥月はソファに腰を下ろした。零が入れてくれた紅茶に手をつけて、窓の外に目をやる。
 雲一つ無い晴天。
 こんな天気の良い日に、狭くて黴臭い室内でやる事はそれだけなのか、と自らも外出するわけでもなくそんな事を考える。
「だから、草間さんはヘタレやって!」
「俺のどこがへたれなんだ!」
「せやから〜」
 それでも大声での遣り取りは自然に耳に入ってきた。
 武彦と一緒になって大声を張っている関西弁と、その二人の仲裁に入っている小柄な少女が目に入る。少女は何処と無く零に似ているだろうか――愛らしい口角は常に上がっているのか、眉根を寄せて困惑を見せながらも穏やかに笑っているように見える。
「ほんで、あれやろ。万年金欠」
「ほっとけ!!」
「ただ事実を言うとるだけやんかっ」
「……アレ、意味があるのか?」
 トレーを胸に抱いたまま、冥月と同じように三人を眺めていた零に、冥月は小さく声を掛けた。
 きょとんと首を傾げる零に、かまわず続ける。
「武彦の理解度を競うのに、本人が居ていいものなのか? ちっとも趣旨がわからん」
「どうなんでしょう……? ソウさんと蒼さんも人伝に聞いていらっしゃったという事なんで、いいんじゃないでしょうか。それで兄さん見るなり「何で居るんだー」とか叫ばれて……居ちゃいけないのかと兄さんが怒鳴って、ええと、それで……事情を説明していたらこういう事に……」
「アイツらは誰だ? 武彦と随分懇意な様だが、見ない顔だな」
「ああ、そうですねぇ。いらっしゃるのも二、三年振りなんです。男の方が時雨ソウさん、女の方が逆月蒼さんと仰って、彩色町のサカース団の一員でいらっしゃるんですけど」
 言いながら零が後ろを振り返る。怒鳴りあっていた筈の男二人が肩を組んで何やら意気投合したらしい。
 その一人である武彦が、やっと冥月に気がついた。
「お、冥月来てたのか!」



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■武彦を語ろう■
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「偉い別嬪な知り合いがおるんやなぁ」
 細い目を更に細めて、ソウが朗らかに笑った。武彦を介してお互い名乗りを終え、今はソファに向かい合って談笑している所。最もソウが話して武彦が突っ込んで、蒼と零がフォローをするというような、掛け合い漫才を繰り返しているだけであったが。
 冥月はおざなりに相手をしているだけだったのだが、
「おい、男に別嬪なんて褒め言葉を使――おごっ!」
見過ごせない武彦の言葉には、思わず力一杯拳をかましていた。
「え、男の方なんですか!?」
 そしてソファを転げ落ちた武彦を、慣れた零ならいざ知らず、客人二人も綺麗に無視してみせた。少女の方は別の驚きに心を奪われただけのようだ。
「ちゃうで、蒼。どっからどう見ても綺麗な姉さんやっ!!」
「……ですよね! あれ、でもなんで草間さんは……」
「武彦はアホやから、目が雲っとんのや。な、めいげっちゃん!」
 気軽い呼び掛けに一瞬目を顰めたものの、武彦を殴ってすっきりした冥月はここだけの事、とソウの呼び方については言及せずに頷くに留めた。
「でも本当兄さんったらしょうがないんだから。何時も同じ事言って、それで何時も……」
 顔から床に突っ込んだままの武彦を見下ろして、零の口からは深い嘆息が零れる。
 全くだ、と思いのまま頷く冥月の向こうで、ソウがけたけたと笑った。
「マゾなんちゃうか〜」
 と、そこで今日の訪問の理由を思い出したのか、ソウの目が悪戯っ子のそれのように妖しく瞬いた。
「そういや、めいげっちゃんは武彦とはもう長いねんな?」
「……どうだろうな。時間は然程でも無いだろう。密度は濃いものと思うが」
 黙考してから答えると、問いの意図が掴めない少女二人は首を傾げていた。
「なら、武彦の事めっちゃよう理解しとんや?」
「……ある程度は」
「そんだら、めいげっちゃんにもぜひ聞こうやないか! 武彦の理解度具合をっ!」
突然立ち上がったソウが挑戦的に冥月を指差してそう叫ぶと、蒼が間違った同調の仕方で手を叩き、続いて零もがそれに従った。武彦は蛙のようにぴょんと飛び跳ねて、何事も無かったようにソファに座り、異様なテンションの瞳が冥月を見つめていた。
 対する冥月は冷め切った目で、
「遠慮する」
と素気無く断ったのだが――目に見えてトーンダウンしたソウが、というよりは、しゅんとうな垂れてしまった隣の少女に居た堪れなさが沸いてきた。最後には小さな声で「ごめんなさい」とまで言われてしまい、どうにも無視出来ない雰囲気が作られてしまう。
 結局逆らえずに、指折り数えて。
「煙草狂い」
「重度のシスコン」
「エセハードボイルド」
「どうしようもないヘタレ」
 挙げる度に笑い声を上げるソウと、肩を落としていく武彦を尻目に、冥月は
「それから……」
小指を折ろうとして止めた。
 最後に浮かんだ考えに、僅かに眉が寄る。
 その様子を、好奇の目が見つめているのに気付いた冥月は、咳払いの変わりに自分の長い黒髪を梳いてそっぽを向いた。
「……後は、内緒だ」
「それはずるいわー!」
 異様に身振り手振りが大きいのは関西人の性なのか、ソウは頭を抱えて残念がる。
 少女二人は的を射すぎた言葉だったのか肩を竦めて笑い合い、武彦は何故だかにたりと笑みを浮かべた。
「……何だ」
 にやにやと冥月を凝視してくる武彦を、冥月が思わず睨み返す。
「お前さては……ぅげっ!!」
 しかし最後まで言葉を聞かない内に、無意識の拳が武彦の顔面を抉っていた――。



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■遠い日を思い出す■
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 武彦を解放する少女二人と、笑い転げるソウを横目に身ながら、冥月は紅茶を啜った。
 その口元に、僅かながら苦味が上る。
(自分で言っておいて何だが、物凄く普通だな)
 武彦を殴った事に対しては、当然の事ながら悪い気は怒らない。自業自得というやつだ。二発目はまあ、あれだが、そこは武彦の事。どうせ人の気に障る事を言い放ったことだろう。
 それにしても、だ。
 挙げた四つの武彦を表す言葉は、きっと誰もが頷く当たり障りの無い回答だった。
 けれど自分が最後に思い浮かべたのは……
(極稀に、有能……)
武彦が調子付くに決まっている、誉め言葉だ。口を滑らさずに本当に良かった。もし武彦に聞かれていたら悔しくて堪らない。
 普段はそんな態度をおくびにも出さないが、その一点では武彦を尊敬すらする。
 そんな評価に頷く者は、少ないだろう。冥月が馬鹿にされても仕様が無いかもしれない。
 けれど冥月は知っている。
 あれは、そう。
 武彦は、覚えているだろうか……何気なしに見つめた武彦の顔に、出逢った頃の、今より幾分若い顔が重なる。
 眼鏡の奥の双眸に理知的な光を見つけた、遠い日が蘇る。

 ある人間から依頼を受けて、冥月は子供を誘拐した。そして武彦は、子供を探す依頼を受けていた。冥月にとっては自分の仕事を邪魔する敵そのものだった。
 けれど武彦が冥月に並び立てる筈が無い。彼はただの人間で、大した能力も有していない。彼が追い縋った所で、歯牙にもかからない存在の筈だった。
 何より冥月は影を伝い、全く痕跡を残さずに移動していたのだ。どうあっても武彦が冥月の行く手を遮れたわけも無い。
 けれど武彦は冥月の前に立ちはだかった。
 そして何の得にもならないはずの、冥月の命さえ救った。冥月の依頼主は最終的には子供も冥月も殺すつもりである――と、そんな情報をなんの見返りもなくくれたのだから。
 あの日において武彦は、冥月にとって確かに有能な好敵手だった。
 その事に恩を感じている――というわけでもないが、その後仕事を手伝う様になったのだ。
 その後も彼は時々、本当に極、稀にではあるが、出逢いの時の感覚を湧き上がらせる事がある。
 そんな評価を言葉にする事は、けしてないのだろうが。



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■解散■
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 空の色は何時の間にか移り変わり、橙色に染まっていた。
 十分に楽しんだのだろう満足顔のソウを引き摺って蒼が興信所を去ると、逆に寂しさを感じる程室内が静まり返った。
 思考を過去に捕らわれている間に冷めた紅茶を入れ直してもらって、冥月は相変わらずソファに腰掛けていた。
 対面には回復した武彦が新聞片手に座っている。
 結構な力で殴り飛ばしたはずの顔には傷跡一つ無い。何時もながら化け物並の回復力だ。
「ところでな、冥月」
 新聞を畳んで、いやに真面目腐った顔で武彦が口火を切る。
 それを無視して窓の外に視線をやっていると、武彦は神妙な顔のままで続けた。
「蒼はな、零に負けず劣らず天然で純真で、染み一つ無い無垢な女の子なんだ」
 言葉の意図が分からず、思わず顔を向ける。
「それがどうした」
 不機嫌を隠しもし無い冥月の表情に気付いていない筈が無いのに、武彦の言葉は止まらない。
「だからな、そういう子を騙すような事はやめてくれないか」
「……私がいつそんな真似をした」
「つまりだな」
 もったいぶる様な沈黙。
「その女装を、おぶっっ!!!」
 戦慄いた冥月は、今日三度目の鉄拳を武彦の顔面に打ち込んだ。しかし怒った拳は一発でとまらない。左に傾いだ武彦の身体を裏拳で右に戻し、更に振り上げた長い足で腹を抉って。再度左に傾いだ武彦の身体は勢い良く壁に激突する。
「兄さんっ!!」
 武彦への批難を悲鳴交じりで叫んで、零が走り寄るのを荒い息遣いの下で見守ってから、冥月は踵を返す。

「お前はやっぱりただの阿呆だっ!」

 そんな捨て台詞を残して、冥月も興信所を後にした――。



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■登場人物一覧■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【2778/黒・冥月[ヘイ・ミンユェ]/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

NPC − 異界 萌葱町サーカス団―ゼロ―
【逆月・蒼[サカツキ・アオ]/女性/17歳/雑用 兼 賄い】
【時雨・ソウ[シグレ・ソウ]/男性/20歳/自称軽業師見習い】

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■ライター通信■
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こんにちわ、こんばんわ。発注有難うございます!またお目にかかれて光栄です!!
そしてまたしてもとんでもなくお届けが遅くなってしまって大変申し訳ありません……。重ねてお詫び申し上げます。
……そんなこんなでもう忘れ去った頃にお届けする、「草間さん理解度チェック」です。すみません。
少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。
ありがとうございました。