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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


停雲落月


 日に日に空が濃紺に染まる時間が早くなる。
 素肌を刺す空気は、ツンと澄んで冷たい。
「ずっと……ずっと一緒って約束したよね」
 小さな児童公園。
 きーこきぃこ、と軋む音を立てるブランコに揺られながら、少女は傍らの少年に向かって首を傾げる。
 返されるのは、困ったような微笑。
 薄く淡く、まるで天から降り注ぐ月光のように。
「……ねぇ、こたえてよ――私の声、聞こえてるでしょ……?」
 瞬きを繰り返す心細い街灯と、空からの銀雫。
 地面から伸びる長い影は、異なる光に二つに分かれて、儚い想いを描き上げていた。
 きぃこ、きぃこ。
 きーこ、きーこ。
 風に揺れるようにささやかに。

「子供の幽霊が出るそうだ」
 開口一番、遠慮とか躊躇いとか、そういうのを全部どこかに置き忘れて来たようなあっさりとした口調で、草間武彦は紫煙と共にそんな言葉を口にした。
「場所は郊外の住宅街。近所には一昔前に建てられたマンションやらアパートやらが密集してる――閑静っちゃ、閑静なとこだ」
 『閑静』という言葉は至極便利だ。
 勝手に植えつけられたイメージに過ぎないのだが、聞いて悪い雰囲気は想像しない。特に『閑静な住宅街』などと言われると、ちょっとした高級感さえ漂っているような気がする――今回の場合の実情は、最新の開発からは取り残された感のある、というのが正解なのだけれど。
「子供つっても、年の頃は12、3ってとこか。見かけた近隣住人の話だと、児童公園に現れるらしい」
 明滅を繰り返すような頼りない街灯の下、浮かび上がるシルエットは華奢なライン。
 驚いて声をかけたら、チカっと光と闇が入れ替わる間にその姿は消えてしまったそうだ。
「別段、悪さをする風でもないんだが。やっぱり気味が悪いってことでな。そういうわけで、適当にちゃっちゃか片付けて来てくれ」
 ひらひらと手を振った武彦は、飄々とした言葉とは裏腹に、ほんの少しだけ切なそうに眉を顰める。
「武彦さん、眉間に皺」
 そんな武彦の額に、シュライン・エマはそろりと指先を這わせた。
 綺麗に整えられた形の良い爪が、メガネのブリッジの上を軽やかに弾む。
「……慣れちゃいるんだがな」
 多種多様な人種が平然と入り乱れる都市、TOKYO。だがしかし、入り乱れているのは『人種』だけではない。何食わぬ顔で平然と――時に傲然と――人の世に紛れ込んでいる『人外』のモノたち。
 否、どちらが先にこの地上に生まれ出でたのか分からないから、彼らを『紛れ込んでいる』と評するのは間違っているのかもしれない。
 それくらいに、実に日常的に人ではないモノが、この街には溢れていた。ただ、お互いがお互いに『人』なのか『人外』なのか知らないだけ、もしくは判別がつかないだけで。
 ここ草間興信所は、良くも悪くもそれらの架け橋的な存在だ。
 傍から見れば、うだつの上がらない所長がぷかぷかと無駄にタバコをふかし、その隣で非常に勤勉な女史が彼の手綱を引いて、さらには非常勤の優秀な調査員たちがせっせと活動している、世の流行からは少しばかり置いてきぼりを食らった一興信所に過ぎないのだが。
「まぁ、いちいち幽霊だ何だに心痛めてたら商売上がったりってのは分かってんだがな。でも、対象が子供だと思うと――」
「やっぱりやり切れない?」
 幽霊。
 それはかつて人、ないし、人に近い存在だったとされるモノの成れの果てとされている。つまりは、既に命を喪った抜け殻。
 幸か不幸か、否が応にも『怪奇事件』に慣らされてしまった以上――むしろ、今ではほぼそれオンリーと言って差し支えない――いまさら幽霊云々で騒ぐ繊細さは武彦にはない。けれど相手が若年者であると言われれば、話は別である。
 自分よりはるかに幼い命が喪われた可能性に、胸を痛めるくらいの善良さは捨てていない。例えそれが見ず知らずの存在であったとしても。
 労わるような淡い笑みを浮かべたシュラインの手を、武彦はゆるりと首を振って退けると、微かに苦く笑った。
「悪さをしていないのだったら、そのままにしておいてあげたい気もするんですけどね」
 いつの間にやら形成されてしまっていた『二人の世界』に、遠慮がちなセレスティ・カーニンガムの涼やかな声が、短い咳払いを一つ添えて忍び込む。
「人はどうして未知のモノを恐れるのでしょうね? 彼らにとっては、人間こそが恐怖の対象かもしれないのに」
 少しだけバツが悪そうな武彦とシュラインの視線を、日頃の彼の所作そのままにサラリと優雅に受け流し、セレスティは軽く首を傾げる。
 彼が生きてきた永い生。遠く彼方に過ぎ去った時間に思いを馳せて、セレスティは先ほどまで武彦が浮かべていた表情と似通った微笑を頬に刻む。
 様々なことが科学的に証明されるようになった昨今、人は昔と比べて『人外』に対し狭量になった。かつてはあるがままに受け入れられていた筈の事象にさえ、今や理解の範疇外として拒絶する。
 財閥総帥という堅牢な立場を持ちながら、その本性は拒絶される側にあるセレスティにとって、このことは嘆かわしい限りであった。
 澄んだ湖水をそのまま封じ込めたようなブルーの瞳に、現世はいったいどのように映っているのか。
 と、その瞬間。
 不意にパンっと軽やかな音が弾けた。
「って、ここでジメジメしてても始まらないわね。さくさくっと調査して、皆の憂いを解消しちゃいましょ」
 シュラインが打ち鳴らした手により、重苦しい空気がさっと切り代わった。その発破に男二人は思い出したように顔を上げる。
「私は近隣の情報と、該当しそうな子供がいないか学校関係とかをまずは当たってみるわね」
「それでは私は公園の方を調べてみましょう」
「……じゃー……僕は銀ちゃんと一緒しようかな」
「「「は?」」」
 見事に武彦、シュライン、セレスティの声がハモった。ついでに、引き寄せられるように流された視線の行く先も。
「……な、に?」
 赤い髪に金の瞳。
 その容姿は、人工的に色味を変化させられる現代においても、限りなく派手で存在感を主張する部類に間違いなく入るだろう。
 それなのに、この青年――鳴沢・弓雫(なるさわ・ゆみな)は、何故だか存在感が希薄だった――というか、いつの間にか存在しているという不思議な特性の持ち主だ。もちろん、当人がそれを意図的に狙っているわけではない。
「鳴沢さん……いつの間に?」
「……最初っから。………かんちゃんが――冷蔵庫からお茶を出す前……くらい」
 面識のあるセレスティが、ドキドキと弾む鼓動をさり気なく押し隠しながら問いかければ、弓雫はしばし中空を見据え、それから訥々と言葉を紡いだ。
 その内容に、シュラインが「ん?」と首を傾げる。
「冷蔵庫からお茶っていったら30分くらい前の私の行動だと思うんだけど……『かんちゃん』って何?」
 行動は自分のそれと一致する、例えその時点で彼女が弓雫の存在を認識していようとしまいと。
 けれど、シュラインには『かんちゃん』と呼ばれる心当たりが一切ない。そう言えば、彼は先ほどセレスティのことを『銀ちゃん』と呼んではいなかっただろうか?
「……んー……かんちゃんは……かんちゃんでいいかな、って」
「彼、ユニークなあだ名を付けるのが得意なんだそうです。私は銀色のイメージがあるから『銀ちゃん』だそうですが――まぁ、そんなところじゃないでしょうか?」
 感情の振れを殆ど感じさせない弓雫にシュラインが眉を顰めれば、セレスティがにっこり華やかに笑んで助け舟を出す。
「……うん、そう――かんちゃんは……かんちゃん、かなって」
 セレスティの援護を受けた弓雫の表情は、心なしか嬉しそうに見えた。
 だから、どこか釈然としないものを抱えたままながら、シュラインは『かんちゃんね…』と新たな名前を呟いてみる。
「ま、由来不明だけど――悪い響きじゃないから、良しとしましょ」
「……うん……ありがとう」
 弓雫の頭にぱっと浮かんだシュラインのイメージは、『草間興信所のおかん』だった。
 おかん。
 かん。
 かんちゃん。
 けれど、さすがに妙齢の女性相手に、このイメージを伝えるのは憚られる。
 サバサバしたシュラインの態度と、どうやら内心かなり安堵しているらしい弓雫を眺めながら、実は由来にピンっと来ていたセレスティは、こっそりと人の悪い笑みを浮かべていた。


 きぃこ、きぃこと鎖が軋んだ音を立てて甲高く鳴く。
 座席の部分は木製。つい先ほどまで誰かが揺られていたのか、ほんのりと温かい――気配が残っているように思える。
 空はどこまでも澄んだ青。ところどころに群れて浮かぶ雲は魚の鱗のよう。まさに『秋晴れ』と呼ぶに相応しい様相だった。
 その美しい情景を、彼の瞳が認識することはないのだけれど。
 とうの昔に習慣付いている気配での状況把握。それは既に人智を遥かに凌駕しているから、セレスティが視覚的な面で日常生活に支障を来たすことは無いに等しい。
 しかし本来生まれ持った本質に由来する足の弱さだけは如何ともし難く、長距離の歩行はもちろん、短距離もステッキがないと困難だ。
 普段の移動はもちろん車を使用する。財閥総帥らしくお抱えの運転手つきの。だから不自由を感じることはないのだが、怪奇現象に地道に関わる場合はさすがにそうは行かない。けれど、今日はどうやらその手の苦労から解放されるようである。
『……銀ちゃんは……ここ。何か――ある?』
 言葉に乏しい青年の発する台詞には、脈絡というものが欠落しているようだ。
 この児童公園に到着するや否や――ここまでの移動は、当たり前のように運転手つきの高級車――弓雫はセレスティの腕を引き、そしてぽんっと肩を軽く押した。
 その流れに身を任せた先にあったのは、公園につきもののブランコ。ベンチもあるようだったが、生憎とご近所の方々で満席だったらしい。
 まるで高性能のレーダーのように、素早く一帯の状況を把握したセレスティは、弓雫に告げられた言葉に意識を戻す。
 『銀ちゃん』は自分のこと。
 『ここ』は、ここに座って、という気遣いだろう。
 ならばその後に続いた『何かある?』は、『何か聞きたいことや、調べてまわりたいことはある?』と解釈するのが妥当なところか。
『そうですね……それなら、ここで起きた過去の出来事や、幽霊の噂なんかをお願いしてもいいでしょうか』
『……了解』
 ふわり、と。ほんの瞬きするほどの刹那ではあったが、セレスティの言葉に弓雫の纏う空気が優しくなった気がした。
 そんな会話から、1時間と少し。
 一旦公園の中から消えた弓雫の気配は、再び公園内に舞い戻っている。
 湧き上がる、子供特有の高い声はそこかしこから。
 その間を、彼は澱みのない足取りで軽やかに渡り歩いている。
 感情を表に出すのは得意ではないようだけれど、人と接するのは苦手ではないらしい。その証拠に、子供たちを見守る保護者の気配に棘が芽生えることがない。むしろ、ブランコを占拠した見慣れぬ麗人に注がれる視線の方が痛いほどだ。
「今はこんなに賑やかなんですけどね――」
「……夜は寂しい――よね、きっと」
 特に誰かに向けて発した言葉ではなかった。けれど、自分の言葉に同意する応えに、セレスティは驚いた様子もなく、ゆるりと顔を仰向かせる。
「聞き込み、お疲れ様です」
「……子供は……凄いね。秘密の宝庫、かな」
 「はい」と弓雫に導かれるままセレスティが手を差し出せば、そこにポテンと転がったのは薄紅色の飴玉。
 これは? とセレスティが首を傾げれば、「おやつ」と端的な言葉が弓雫の口から返された。
 どうやら彼は、このおやつの配布攻撃で子供を味方に引き込んでいたらしい。
 口八丁手八丁な大人の駆け引きに慣れたセレスティにとっては、少しばかり目新しい出来事に遭遇したような面白さがある。知れず綻ぶ頬をそのままに、包み紙から飴玉を取り出し口に放り込むと、柔らかな甘さが口の中に広がった。
「何か収穫はありましたか?」
「ん……子供はスゴイ」
 口の中で転がる飴玉と一緒に、言葉ももごもごと転がる。それを少し愉快に感じながら問いかければ、弓雫はセレスティの隣のブランコに腰を下ろしながら金の瞳に幼い子供たちを映す。
 彼の視線に気づいたのか、幾人かの子供が嬉しそうに手を振った。それに弓雫も軽く手を上げて応える。
「結構……いろいろ分かった――かも」
 きぃこ、きーこ。
 二つのブランコが、秋風に舞う木の葉のように揺蕩う。
 うっかりすると緩やかな眠りに誘われそうなリズムに合わせ、弓雫はセレスティと別れてから調べ上げたことを途切れ途切れに語り始める。
 弓雫が公園を出て向かったのは、近隣のアパート。しかも出来るだけ古ぼけた印象の物だった。
 新しい住宅街でないのなら、それなりに以前から住んでいる人に話を聞くのが『変化』を知るには最良だとの判断から。
 果たして結果は、というと。実に不思議な手応え。
 突然の来訪者に当たり障りのない答えが返ってくる中、唯一手がかりになりそうな話を提供してくれたのは、人好きがしそうな初老の男性。
 彼は『子供たちは大人の知らない真実を知ってるものだよ』と、ニッカリとした悪戯っ子のような笑みを浮かべて弓雫の背中を押した。
 子供だけが知る真実。
 確かに子供には子供の『社会』がある。そこでは大人の知らない意外な真実が、無造作に転がっていることも少なくない。
 そうして公園に戻った弓雫は、頗るノリの良い子供から抜群の秘密を二つ聞き出した。
「……ひとつは――簡単な手品」
 弓雫は公園の周囲に植えられた木々をぐるりと見渡す。
 植樹されてからそれなりの年月を経た木々の幹は、決して太くはないがひょろりともしていない。大人では到底無理だが、幼い子供――華奢な体型ならば中学生くらいでも身を潜ませることが出来るだろう。
「……かくれんぼに最適」
「大人の死角、というヤツですね」
 なるほど、と頷いたセレスティは、それまで人に向けていた意識を一帯の木々に移す。
 樹木の命を司る水の流れは、確かに子供一人を隠してしまうくらいの許容量があることを声にならない声でセレスティにも教えてくれる。
「……幽霊の目撃談、公園の中なら――けっこうあちこち、あるみたい」
「それだけここには子供限定の隠れ場所があるってことですよね、頷けます」
「……ミナセくん」
「はい?」
 途切れた会話の文脈。
 その先に上がったのは、誰かの名前。
 疑問符を掲げたセレスティに、弓雫は聞いた一言一言を反芻するように視線を上向ける。
「最近……夜遊びしてる……かもって」
 ふたつ目の真実。
 やんちゃ盛りの子供が『大人には絶対ナイショだぞ!』と息巻いて、オトナの仲間入りを果たしている弓雫に教えてくれたのは、ここのところ不可解な行動をとっている少年の話だった。
 少年の名前は、相良水瀬。ここから一番近い小学校に通う6年生。
 腕白坊主から見れば少しばかり頼りなげに見えるらしい彼が、夜な夜な家を抜け出してはこの公園で遊んでいると言うのだ。
「……親御さん……気づいてない、のかな?」
 弓雫のもっともな疑問に、セレスティは『どうでしょうね?』と曖昧な微笑を返す。
 幽霊騒ぎが、単なる『大人の死角』を利用した『子供の夜遊び』で片が付くかもしれない。それならば、それで良いと思う。けれど、何故だかストンと納得が落ちて来ない。
 これは勘。
 多くの怪奇事件に関わってきた経験で身についた常人ならざるテクニック。
「水瀬くんとは会うことになるでしょうね」
「……うん――飴、好きかな?」
 きぃこ、きぃこ。
 きーこ、きーこ。
 唐突に吹き抜けた強い風は、冬がもうすぐそこまで近づいている証明のように、鋭い冷たさを孕んでいた。


 秋の日は釣瓶落とし、とはよく言ったものだ。
 柔らかなクラシック音楽が流れる少しばかり瀟洒な喫茶店。壁に掛かっているのも古風な柱時計。その針が指す時間を眺めながら、シュラインは夕方の色味を呈してきた空を大きなガラス越しに眺める。
「まぁ、おおよその検討はついてきた――と言ったところでしょうか」
 家人が淹れるものとは比べ物にならないが、それでも街中で安価に口に出来るものの割に芳醇な香りを放つダージリンティーを喉の奥に流し込めば、じんわりとした温もりがセレスティの内側から外側に向けて広がっていく。
 日が高いうちはまだいい。
 けれど午後3時を過ぎる頃には、肌に触れる風が尖って来る。日中のままの気持ちでいると、あっという間に指先が冷たくなってしまうものだ。
「……夜は……もっと寒い」
 シュラインの対面にセレスティ、その隣に弓雫。
 長方形のテーブルに陣取った三人は、お互いの知り得た情報を交換し、事のあらましにおおよその見当をつけていた。
 「……一人だったら……すごく寒い」
 弓雫は、ポケットの中から赤と青の飴玉をそれぞれ一つずつ取り出すと、テーブルの上にコロリと転がす。
「……こっちが理都ちゃん」
「それじゃ、こっちは水瀬くんってことね」
 青年の指が赤い飴玉を転がせば、その隣の青い飴玉をシュラインの細い指がツイっと押しやる。
 包み紙に覆われて綺麗な球体ではない青い飴玉は、どこか愛嬌のある動きで赤い飴玉の方にテーブルの上を滑った。
「私たちの調べで、おそらく幽霊と見間違われたのは水瀬くんであろうということが判明しました――が」
「面識があったであろう理都ちゃんが亡くなっているってのは、どうにも引っかかるのよね」
 彼女は会いに来ているのだろうか。
「――理都ちゃん……引っ越し、イヤだった……のかも?」
 弓雫の指が、赤い飴玉と青い飴玉をきちんと揃えて並べる。
 彼の瞳には――否、そんな弓雫の様子を見つめるシュラインやセレスティの瞳にも、どことなく悲しい色が浮かんでいた。
 早川理都という少女の名前を雑多な情報の中から拾い上げてきたのはシュラインだ。
 まだ『盛夏』と呼ぶに相応しかった頃、彼女は今回の事件の舞台となっている児童公園の近くにあるマンションから、隣町に引っ越していた。
 それまでは、彼女も水瀬という少年が籍を置く小学校に通っていたというのだ。
 二人は揃って同い年の小学6年生。
 家もそう離れてはいない。ならば、互いに面識がなかったということは考えにくい。
「水瀬くんは夜遊びしてるんだったわよね、公園で」
「……う、ん」
「公園は周囲を木で囲われています。大人では無理ですが、子供ならその陰に姿を隠すことは容易でしょう。そういう子供ならではの利点というのは、大人には秘密にされるものなのですよね」
 水瀬が夜な夜な何をしているのかは、まだ分からない。
 けれど、その存在を大人に知られたくない少年だったなら、他者の気配を感じると素早く木々の間に姿を隠すことだろう。
「おまけに公園に設置されていた街灯は経年劣化していそうなものが多かったですからね。中には明滅するようなものもあるかもしれません」
「……銀ちゃん……いつの間に…?」
「ふふ、伊達にあそこに長時間座っていたわけではありませんよ」
 表情に特段の変化はないが、どうやら驚いたらしい弓雫の瞳が、ほんの少しだけ見開かれる。それをまんざらでもない気分で見つめ返しながら、セレスティは肩を軽やかにすくめてみせた。
 さすがに気配でそこまで察したとは、言えなかったけれども。
「子供たちの秘密のかくれんぼ方法を知らなかった大人が、あっという間に姿を消す水瀬くんのことを幽霊と勘違いしたっていうなら、事は穏便解決なんだけど。でも、彼が夜遊びを始めた頃と、理都ちゃんが亡くなった時期が一致してるってのが……」
「曰くありげ、ですよね」
 ざっと状況を書き纏めた手帳に、シュラインは新たに「疑惑」の文字を書き足す。
 隣町に引っ越した理都は、2学期から新しい小学校に通い始めたのだろう――そこに不幸が舞い込んだ。
 慣れない学校、慣れない通学路。
 何が災いしたのかは、はっきりとは言えない。けれど、無限に広がっていたはずの一人の少女の未来は、唐突に闇の彼方へ奪い去られてしまった。
「ただの偶然……じゃない、感じ」
 見習い中とは言え、占い師を生業とする弓雫の言葉にはただならぬ重みがある。
 こっくりと深い頷きを返しながら、シュラインは手帳をテーブルの上に広げ、一箇所を指差しながらセレスティと弓雫の方へ押しやった。
「目撃証言によると、幽霊の性別は非常に曖昧。水瀬くんが華奢な子だと仮定したとしても、ここまで定まらないのにはそれなりの理由がありそうよね」
「――ひょっとすると、中には本当に『視て』いた方がいるのかもしれません」
 シュラインの手帳に書かれた『性別曖昧』の文字に、セレスティはフッっと短い吐息を吐き出す。
 水瀬のことを弓雫から聞いたとき、彼の夜遊びが幽霊騒ぎの全容ではない気がした直感が当たりそうだ。
 しかもそこには一人の少女の落命が関与している気配が濃厚。
 つきつめて考えて行けば行くほど、胸を打つのは物悲しさ。
 少女は、少年を連れていこうとしているのだろうか?
 もしくは少年が少女を引きとめようとしているのか?
 それとも―――
「……大丈夫、銀ちゃん。悪いこと……ばっかりじゃ、ない――かんちゃんも」
 セレスティの背中を優しくさすりながら、弓雫は同様に表情を曇らせているシュラインに向かって彼なりの精一杯で笑んだ。
 怪奇であろうとなかろうと。『事件』に関わる時は、それなりの胸の痛みを覚悟しなければならない――ただ底抜けに笑って終われるお馬鹿な事件である場合も少なくないが――それはシュラインもセレスティも重々承知している。
「まったく、いつまでたってもこればっかりは慣れないわね」
「むしろ、心あるイキモノとして慣れてはいけないものだと思いますよ」
 弓雫の心遣いに、彼より年長の二人は顔を見合わせ、ふわりと頬を緩めた。
 決して楽しいことばかりではないけれど、こんな風に同じ調査に関わった誰かとの間に生まれる絆はとても貴重なもの。互いに思い遣り、そしてまた一歩先へと進んでいく。
 最後に何かに向き合うときに、決して一人ではないから。だから立ち向かうことができるし、また明日へと繋げることもできる。
 その『明日』が理都にはもうないのだ、と思えば、思考の堂々巡りに胸がツキツキと痛むけれど。
「それじゃ、かんちゃんももう一頑張りしましょうかね」
「同じく銀ちゃんもまだまだやれますよ。今回は楽させてもらってますしね」
 顔を上げた二人の大人に、大人の仲間入りを果たしたばかりの弓雫もつられるようにさらに表情を崩した。
「で、これから水瀬くんに会いに行ってみる?」
 時計の指し示す時刻は止まることなく進んで、今は16時を少しばかり過ぎた頃。確認したシュラインは、今なら学校から帰ってくるくらいのタイミングね、と手帳をバッグの中に戻す。
「いえ――会わなければ始まらないとは思うんですが。でも親御さんに遭遇してしまう可能性もありますし」
「……たまちゃん……親御さんには内緒」
 水瀬が夜な夜な出歩けるのは、親がそれを戒めていない証拠。放任主義という言葉に名を借りた子供に無頓着な親なら分からないけれど、ごくごく標準的な親ならば、小学生の子供がそんな時間に家を出るのを決して良とはしないだろう。
 ならばこれからの展開を考えると、彼の親に接触してしまうのは宜しくない。
「じゃ、ぶっつけ本番でトライするしかないわね」
「それがいいでしょう。現場を押さえるのは基本中の基本でもありますしね」
 幽霊が目撃される最も早い時間までも、まだ5時間ほどの猶予がある。
 腹ごしらえを済ませてなお、出たとこ勝負になる本番の勝率を上げる下準備をしておくのに十分な時間が残るだろう。
「……カイロ……用意した方がいい、かな」
 呟きながら、弓雫は右手小指に嵌めている指輪をそろりと撫でた。
「ところで『たまちゃん』ってなぁに?」
「……みずたまり」
「あぁ、水瀬くん→水→みずたまり、で『たまちゃん』というわけですね!」


 辺りは疾うの昔に夜のヴェールに包まれていた。
 都心の真ん中ならば、煌びやかなネオンの光が絶えず輝き、空の色さえ染め変える。けれどここはそうではない。
 時計代わりの携帯電話が告げる時刻は、午後10時を回っている。ちらほらと帰宅を急ぐ会社員らしき人々の姿が、決して明るいとは言えない街灯の下をたまに行き交う。それ以外は、驚くほど静かだった。まるで音のエアポケットとでも言うかのように。
「さすがに冷えるわね……」
 暗がりに慣れた瞳には少しばかり痛みを感じる携帯ディスプレイの灯りを消し去り、シュラインは両手を擦り合わせて息を吐きかけた。
 遊具の陰に身を潜ませて張り込みを続けること、既に1時間以上。動いていれば忘れられるだろう寒さが、体の芯にまで染み入ってくる。
「こういう時、水と仲良しのセレスティさんなら寒さも少しはマシなのかしら?」
 じっと目を凝らせば、シュラインとはちょうど反対側――公園の入り口付近を基点とした場合の左右両端――の滑り台の登り口の影に、細い光の筋が少しだけ見える気がした。こういう時、ささやかな光にも反射してしまうほどのセレスティの麗しい銀髪は厄介なのかもしれない。公園の入り口辺りのコンビネーション遊具付近に隠れているはずの弓雫は、きれいさっぱりその身を夜陰に紛れ込ませてしまっている。
 夕食を近場のファミレスで済ませた後、揃いで購入した大き目の黒いパーカー。ありきたりな手段ではあるけれど、それなりの効果はあるらしい。もちろん、購入費用は必要経費として草間興信所に請求する予定だ。シュラインの場合、自分で管理している帳簿が痛むだけな気がするのだが。
「――っ」
 そんなとても日常的なことに思考を奪われていた時、それは訪れた。
 小柄で細身の少年らしき子供が、ふらりと児童公園へと足を踏み入れたのだ。おそらく、彼が水瀬。足はしっかり地面についているし、足音だって聞こえてくる。気配に不審なところもなさそうだし、見たまま普通の子供である。
 彼はパジャマの上に、厚手のカーディガンを羽織っただけの格好だった。きっと親の目に留まらぬよう、こっそりと家を抜け出して来たのだろう。それは彼の足元が、この時期であれば玄関に並んでいないだろう夏用のサンダルであることからも窺い知れた。
 パタパタと乾いた足音は、周囲に見守る大人が3人もいるなど気付きもせずに、公園の中央へと向かう。
 そうして、その時。
 彼の――水瀬の表情がやんわりと溶けた。何もないはずの虚空を見つめて、薄い唇が何事かを紡いでいる。
 この時、弓雫の目には視えていた。水瀬とよく似た背格好の、学校の制服らしき服を身に纏った少女が少年の隣に出現したのが。
 セレスティの感覚にも、新たな存在が公園内に登場したことがはっきりと分かった。
 そうしてシュラインの目には、少年の唇が『りとちゃん』と言葉を形作ったのが見えた。
 それこそ、紛れも無い決定打。
「……っ!?」
 けれど、事はそう易々と進ませてはもらえないらしい。
 不意に表情を歪めた水瀬は、周囲に目をくれることなく駆け出した。つるりと彼の姿が、木々の間に消える。
「朔!」
 水瀬の突然の行動に凍りついた場を切り裂いたのは、何かを呼びつける弓雫の強い声。
 迷いなく物影から姿を現した弓雫は、まるで疾風のような勢いで公園の中を一直線に駆けた。途中にある遊具さえ、軽やかな動きで飛び越える俊敏さで。
「大丈夫です。別にあなた方に悪さをしようとは思っていませんよ」
 これまで見てきた弓雫とはあまりに異なる印象の動きにシュラインが呆気にとられる中、視覚に頼れないセレスティが先に一歩を踏み出した。
 優しい声音の向かう先は、水瀬と弓雫が走り去った方向とは別。
 先程、水瀬が微笑んだ場所のすぐ近く。
「ここは思い出の場所、ですか? それとも約束の場所?」
 我に返って街灯の光の届く範囲に姿を現したシュラインの瞳には、セレスティが語りかけている相手の姿は見えない。
 おそらく、セレスティ自身にも視えてはいないだろう。彼が追いかけているのは、何かの気配。
 人のものとは違うけれど、だがしかし限りなく人に近いモノの。否、かつて人であったモノと言うべきか。
 想像するものが確かであれば、そこに在るのは人と同じ感情の名残とも言うべきモノ。どれだけ耳を澄ましてみても、音として捉えることはできないけれど。
「理都さん……よね?」
 セレスティに倣うように、シュラインも呼びかける。
 実態がある水瀬は弓雫に任せれば良い。けれど、今回の件をきれいに根源から解決するには、彼女の存在を無視することは出来ない。
「何か伝えたいことがあるのですか?」
「代わりに……何か出来ないかしら?」
 大の大人が二人、夜の公園で空に向かって喋りかけている様は、傍から見れば異様な光景だろう。けれど、そんなことは気にもかけず、セレスティとシュラインは『彼女』に向けて話しかけ続けた。
 ピンと糸が張り詰めるような気配が、微かに緩んだように感じるのは思い込みだけではないはず。
「……捕獲完了――朔も、もう大丈夫。……その子は、逃げない」
 どれだけの時間、セレスティとシュラインは見えない理都に語りかけていたか分からない。きっと時間にしてみれば、数分にも満たなかったことだろう。それでも、弓雫が水瀬と思われる少年を抱きかかえて二人の元に戻った時には、知らぬ間に安堵のため息が出ていた。
「水瀬くん、ですよね?」
 弓雫に抱き上げられた少年の目線の高さは、セレスティやシュラインのそれとさほど変わりない。
 そのせいか、見知らぬ大人に囲まれるという状況にも関わらず、セレスティの名を確認する問いに子供はさほど怯えた様子もなくゆっくりとした頷きを返した。
「じゃぁ、水瀬くん。ここには――」
 シュラインの問いに水瀬に代わって答えたのは弓雫だった。
「うん……理都ちゃん、いるよ……朔にちょっとだけ、おどろいちゃったみたい、だけど。銀ちゃんやかんちゃんに話しかけてもらって……落ち着いた、みたい」
 闇夜に光る猫の瞳と同じ色をした弓雫の目には、彼が『朔』と呼んだ漆黒の長い髪に紫眼を持つ女性の姿をした人にあらざる存在に、寄り添われるように立ち竦む理都の姿が映っている。
 理都は水瀬が公園に到着してすぐ、姿を現した。互いに微笑を交わした後、彼女は水瀬に向かって手を振り上げた。
 まるで、逃げろ! と言うように。
 おそらく彼女には感じ取れたのだろう、この公園内に自分たち以外の何者かが意図的に潜んでいたことが。
 その後の顛末は二つ。常人の視界でも認識できた一つは、水瀬の逃走、そして弓雫による彼の捕獲。もう一つは、視える者の視界のみで起きた、消失しようとする理都を、何らかの力をもって留めた朔、という出来事。強制的に動きを封じられた理都は酷く怯えた様子だったのだが、セレスティとシュラインに語りかけられることで平静さを取り戻した。
 誰の目にも見える、大人3人と子供1人。
 そして、視る者を選ぶ子供と、大人の容姿をしたものが1人ずつ。
「少し、お話を聞かせてもらっていいでしょうか?」
 立ったままも何だということで、一行はベンチまで移動する。
 水瀬を挟んでシュラインとセレスティが座り、公園の入り口から近いベンチの際に、弓雫が立つ。こうすれば、道を行き交う人々からは、水瀬の姿を隠すことができる。
「……はい」
 水瀬の肩に、自分の羽織っていたパーカーをかけたのは弓雫。まるでそれが合図だったかのように、水瀬は言葉を募らせた。
「理都ちゃんがいるのに、ぼくは声が聞けないんだ。いっつも、何か言ってるのに。僕は聞いてあげることができないんだ!」
 見ず知らずの大人に想いを叩きつけるような声で叫ぶような真似は、物の道理を弁えられる年齢なら決してしないだろう。おそらく水瀬も本来ならばそうだったはずだ。
 しかし彼がそう出来なかったのは、きっと彼自身がこの『夜遊び』に限界を抱えていたからだ。誰か分かってくれる人に、助けを求めたかったから。

 きぃこ、きーこ。
 二つ並んだブランコ。
 一つには水瀬が座り、足を大地につけたまま、ゆらゆらと漕いでいる。
 そしてもう一つは誰も座っていないのに、風の囁きに唆されたかのようにフワフワ揺れていた。
 水瀬のブランコ。
 理都のブランコ。
『最初はね、分からなかったの。自分が――死んじゃったってことが』
 ただ驚くほど体が軽くて、今なら何処へでも自由に行ける気がしたので、水瀬のところへ会いに向かった。
『ほら、コイツってば男のくせにオンナノコみたいにヒョロってしてて頼りないじゃない? だから私が引っ越した後も元気にしてるか心配してたから』
 この世代は、男の子より女の子の方が断然ませている。
 月明かりの下、まるで陽の光のように溌剌と笑う少女には、嘘や誤魔化しなど微塵もなく。幼馴染の身を少しばかりのお姉さん目線で案じる言葉を、聞く事の出来る弓雫は胸をキツク締め付けるような苦しさに耐えながら中継した。
『初めのうちはね、ちゃんと話せてたの』
 夜の公園での逢瀬は、ずっと昔に決めた二人だけの合図。
 みんなにはナイショで秘密を企てる、幼馴染限定の約束。
『だけど、ある時。通じなくなったの……怖かった』
 徐々に押し寄せてくる現実。これは『非現実』なのだと理解した瞬間、流れないはずの涙が頬を伝った気がした。
 水瀬はきっと自分が会いに行った初めから気付いていたに違いない。頼りないけれど、意外に頭の回転だけはいいヤツだから。
『ぐるぐるしちゃったんだけど――でもね、結局。最期に伝えたいなって思ったんだ』
 最後、ではなく、最期。
 ならばせめてその言葉だけでも、弓雫を介してではなく、理都から水瀬に直接伝えてあげたいと言い出したのはセレスティ。
 その想いに咄嗟の思い付きで応えたのはシュライン。
 これなら、伝えられるわよね。
 切り取った手帳の1ページ。書き連ねたのは、五十音順に並べたひらがな達。
 シュラインやセレスティに理都の姿は視えていないけれど、水瀬には視えているから。彼女の指先が辿る文字を、追いかけて言葉を綴ることは出来る。
 それじゃぁ、と。弓雫は子供たちに背を向けた。朔も指輪の中へと姿を消す。理都の言葉は、たまちゃんだけへのものだから、と。
 シュラインから渡された紙を手に、見える一人と視えない二人はブランコに向かっていった。
「……悲しいわね」
 きぃこ、きーこ。
 きーこ、きぃこ。
 揺れるブランコを眺めながら、シュラインがぽつりと呟く。
 街灯と月光で出来る影は水瀬だけのもの。
「でも、きっとこれは救いですよ。水瀬くんにとっても、理都ちゃんにとっても。私たちはそう信じなくては」
 本当なら、終わってしまった時点で途絶えたはずの絆だった。けれど、それが繋がり続けたことには、きっと意味があるのだ。
 首筋を撫でる冷風に晒されてさえ優雅さを欠かさないセレスティは、瞳を静かに伏せる。
「……うん。大丈夫」
 律儀にブランコに背を向けた弓雫は、ポケットの中に潜ませた赤と青の飴玉を、ぎゅっと強く握り締めた。
 僕、頑張るよ。
 三人の耳に、嗚咽を必死に噛み殺した水瀬の声が響く。
 地面から伸びる一つの長い影は、異なる光に二つに分かれる。
 まるでそれは、二人分の想いを儚く優しく描き出しているようだった。


 ゆらゆらと空気が揺れる。
「まだ、いるのでしょう?」
 虚空に向かってセレスティは鮮やかに笑む。
 児童公園には、もう彼の姿しか残されていない。『会話』を終えた子供たちは、約束を交わして別れた。それぞれの道に。
 弓雫の視界からも、水瀬の視界からも消えた理都。
 手の甲で頬を拭った少年は、弓雫に付き添われて帰路についた。
 そうして、一人。
 おそらく携帯電話のワンプッシュで5分と待たずに迎えが来るであろうはずのセレスティは、既に小一時間ブランコに揺られ続けていた。
 夜気に剥き出しの頬に触れるのは、尖った冷たい空気だけではない。今にも消えてしまいそうだけれど、何かを見守るような優しい気配がまだすぐ近くに。
 ふわり、と風の悪戯か。セレスティの隣のブランコが、彼の声に呼応するように揺らいだ。
 セレスティの表情を彩る笑みが、深く優しく――そして切なさを増す。
「貴女は優しいのですね」
 おそらく、夜明けを待たずして完全に消えてしまうだろう少女。その証拠に、彼女はもう誰の目にも映らない。ただセレスティの感覚に触れるだけ。例え放っておいても、万が一にも人に害を為すようなモノには成り得ないと分かっていながら、セレスティは彼女の最期に付き合うことを決めた。
 理由は、ない。
 ただ、短く終わってしまった理都の生の終焉を、誰よりも永く生きる者として見送りたいと思ったのだ。
 こうやって幾度見送り、そして迎えて来ただろう。
「彼は貴女の分までしっかりと生きるでしょう。そして貴女もまた出会えます」
 それは確信。
 力強い言葉が、静けさに満たされた公園に、まるで賛美歌のように響く。
「その時は、またお話しましょう。大丈夫です、他の誰はいなくなろうと、私はきっといますよ」
 誰もいない空に向かい、セレスティは指切りをするように小指を差し出した。
 月明かりに照らされた白い指先。まるで銀の雫を纏ったように、爪先が光のヴェールに淡く縁取られる。
「――約束です」
『ありがとう』
 セレスティの指先に何かが絡む。
 そう感じたことは、決して間違いではなかったはずだ。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/ 女 /
    26 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1883/セレスティ・カーニンガム/ 男 /
    725 /財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2019/鳴沢・弓雫(なるさわ・ゆみな)/ 男 /
    20 /占師見習い】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。初めまして、もしくは毎度お世話になっておりますWRの観空ハツキです。
 えーっと…まずはお詫びを(汗)
 OPで引っ掛けを仕組んだのですが、あまりの久々っぷりにヒントが皆無に等しく……。うー、おそらく「えぇっ、そっち!?」と思われた事かと思います。不親切ですいません(謝)

 ■セレスティ・カーニンガム様
 毎度お世話になっております。久々の『依頼』でしたが、ご参加して頂きとても嬉しかったです。ありがとうございます〜っ
 そして↑で触れましたが、真相が……な感じですいません。次があればもっと「分かりやすく&見つけやすく!」をモットーに頑張りたいと思います。
 いつも優雅なセレスティさんは、書いているだけでぷちセレブ気分を味わっていたりします。今回も素敵な一時をありがとうございました。

 誤字脱字等には注意はしておりますが、お目汚しの部分残っておりましたら申し訳ございません。
 ご意見、ご要望などございましたら公式フォーム等からお気軽にお送り頂けますと幸いです。
 それでは今回はご参加頂きありがとうございました。またの機会がありますことを祈りつつ……