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<東京怪談ノベル(シングル)>


 Decoy(2)


 しんと静まり返る館。
 当然である。ここは本来無人の館。
 この奥は、静けさを保ちながらも激しい戦いが続いていた。


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 高科瑞穂(たかしなみずほ)は鬼鮫を相手に優勢を保っていた。
 相手は、IO2のエージェントであり、無限の回復力と圧倒的な刀術の達人。
 真正面から立ち向かうには、いくら瑞穂が一般の自衛隊員を勝る格闘術を操ると言えども、圧倒的に不利な相手だった。
 故に、仕掛けを2つ作り、そのトラップに嵌める作戦が結構されたのだった。
 作戦1・刀術の封印。あえて密室を作り出す事で刀を振るえる空間を消し去った。一方こちらはダガーナイフ……ダガーを持っている。リーチには欠けるが、圧倒的な殺傷能力を持つ武器である。この武器の選択は、作戦2にも関与する重要な事項であった。
 作戦2・無限の回復力の封印。任務を言い渡された時から何度も何度も脳内シュミレーションを行った結果、一番単純な結論が下った。
 それは、圧倒的な攻撃を連続する事だった。少なくとも、刀が使えない以上相手は丸腰。一方こちらは得物を持っている。これで少なくともこちらの優位は確定している。

 鬼鮫は首から血を吹き出しながら立っていたが、やがて血は止まった。
 目を見張る位の速さで血が止まり、固まり、かさぶたとなって剥がれていった。
 なるほど。これがこの男の有する無限の回復力と言う事か。
 これだけトラップを仕掛けてもこの男は手強いと言う事ね。
 瑞穂はダガーを構えた。
 いくら無限の回復力を持っていると言っても、傷口修復しない間に攻撃を繰り出せばこの男も無事では済まないはず!!
 瑞穂は床を蹴って走り出した。
 鬼鮫はその瞬間刀を捨てた。
 得物を捨てた? ここでは刀術が使えない事を悟って格闘戦に移行したか。
 でも甘い!!
 瑞穂は跳んだ。
 そのままダガーを振り下ろす。
 鬼鮫は自分を庇って腕をクロスした。
 狙い通り!!
 瑞穂は腕を通る動脈目掛けて斬り付けた。
 人間、動脈を斬ると激しい血飛沫が飛ぶ。
 当然、鬼鮫も腕を押さえて、怪我の回復を待ち始めた。
 瑞穂は素早くダガーを手元に戻し、回転しながら再度ダガーを振るう。
 鬼鮫の傷口はえぐられ、再度血飛沫が飛ぶ。
「くぉぉぉぉぉ!!」
 鬼鮫の雄叫びが密室に響く。
 それは獣の鳴き声に等しかった。
 瑞穂はその叫びを冷静に聞きながら血塗れのダガーを構えた。
 血で染まったダガーは、それでも尚殺傷能力を保ったままだった。
 瑞穂はダガーを鬼鮫の心臓目掛けて投げた。
「!! くぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 鬼鮫は胸を掻き毟って脚を折った。
 血が溢れる。
 瑞穂は鬼鮫の倒れたのを冷静に見ていた。

 さすがの鬼鮫も、出血過多では死ぬ。
 これで終わったか?
 瑞穂の気が一瞬緩んだ、まさしくその時だった。

 鬼鮫はダガーを自らの胸から引き抜いた。
 血が迸る。
「!?」
 瑞穂は目を見張った。
「これで……終わりか?」
 にぃぃぃぃぃぃぃぃ。
 鬼鮫の口角が上がる。
 それはさながら肉食獣のように。
「ひぃぃ……」
 瑞穂は息を飲んだ。それは生理的嫌悪を含んでいた。
 鬼鮫が立ち上がった。あれだけ血を出したのに、まだこの男は立てると言うのか?
 鬼鮫はカランとダガーを床に投げ捨てた。ダガーは床をクルクル回り、やがて止まった。
「よくも遊んでくれたな。満足したか?」
 鬼鮫は笑いながら瑞穂に近付く。
 血生臭い匂いがする。当然だ。先程あれだけ血を出したのだから。
 しかし、それは鬼鮫の皮コートだけであり、この男からする体臭からは既に血の匂いが無くなっていた。まさか、あの怪我全て完治したと言うのか?
 鬼鮫は自身の羽織っていたコートを脱ぎ捨てた。
 脱いだ体のラインは肩幅が広く、服を着ても尚分かる位筋肉質であった。
 瑞穂が呆然としている間に鬼鮫は瑞穂との間を詰めた。
 そのまま腕を振り上げる。
「うぐっっ!?」
 受け身を取る暇もなく瑞穂は吹き飛び、壁に叩きつけられる。
 瑞穂は殴られた鳩尾を撫でた。
 あの男、拳が重い。なるほど、IO2がこの男が殺人狂になっても重宝する訳だわ。
 瑞穂は立ち上がり、自身も格闘戦の構えに切り替える。
 そこから先は激しい技の応酬であった。
 瑞穂は鬼鮫の繰り出す激しい拳を避けながら、壁を跳び、鬼鮫の首目掛けて蹴りを落とそうとした。
「同じ事が何度も何度も通じると思うな!!」
 鬼鮫は嘲笑した。
 瑞穂の蹴りは空回り、瑞穂が床に落ちた瞬間、鬼鮫の拳が再度瑞穂の鳩尾をえぐる。
「うぐぅぅぅぅ!?」
 瑞穂は今度は受け身を取って倒れども、鳩尾の拳までは回避できなかった。
 床に転がる。瑞穂は転がって体勢を整え、立ち上がろうとした瞬間。
 今度は鬼鮫の蹴りが瑞穂の背中に入った。
「うっっっっ!!」
 瑞穂は今度はうつ伏せに倒れた。
 その時瑞穂は気付いた。
 ああ、この部屋狭いんだわ。刀を捨てて格闘戦に切り替えたら、リーチは鬼鮫の方が圧倒的に長い。
 不覚……、鬼鮫を仕掛けるために作ったトラップに私が引っかかるなんて。
 瑞穂は唇を噛んで悔しがったが、今はそんな事をしている暇がない。
 瑞穂は転がって鬼鮫から何とかギリギリ距離を取り、立ち上がった。
 少し身体が痛い。ダガーを使った時に「勝った」と思って油断したのがいけないんだ。
 鬼鮫は再度重い拳を打ち込んでくるのを瑞穂は何とか避けて瑞穂は自分の手刀を鬼鮫の首に打ち込んだ。
 鬼鮫はそれを待っていたと言わんばかりに瑞穂の腕を掴んだ。
 そのまま背負い投げ。
 瑞穂は床に叩きつけられた。そのまま腕を捻り上げられる。


バキバキバキッッッ


「はぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
 瑞穂が悲鳴を上げる。
 腕から激痛が伝わる。
 鬼鮫に無造作に離された腕は、頼りなくパタリと落ちるだけだった。


<Decoy(2)・了>