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instigation -001 Guilford-
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全人類は一度滅びなければならないのだと彼女は言う。
人が真の安楽の世界を得る為には、それが第一条件。
30年程前に誕生した虚無の境界は、今ではかなりの数の構成員を有している。また、強力な超常能力者までもが所属するようになった。
しかし、彼女はまだ足りないと言う。
『わかっている筈よ』
大規模なテロを行う為には、より多くの構成員が不可欠だ。
虚無の境界の大義を理解する者、仕事の内容を問わず金で動く者、世界に絶望している者、そして、
破壊や殺戮に快楽を感じる者。
彼女に憑いた霊団が、まるで何か囁くかのように、彼女の周りを浮遊している。
『彼、とても優秀だわ』
彼女は恍惚とした表情を浮かべた。
『連れて来て頂戴――《神》の元へ』
「良いのデスか?」
デリク・オーロフが訊ねると、彼女は口元に笑みを浮かべ、
『壊さない程度にね』
と、言の葉を唇に乗せた。
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この世界で唯一『虚無』と交信する能力を有した巫神霧絵が存在する場所――虚無の境界の本部と呼べる場所は、都内のとある場所に存在している。普通の人間はその存在を目にしている筈なのに記憶する事も認識する事も出来ない。ある意味では、選ばれた人間しか足を踏み入れる事の出来ない場所だ。
デリク・オーロフは盟主・巫神霧絵との謁見を終え、本部の建物内を歩いていた。向かう先は馴染みのある研究所。今では規模が非常に大きくなった研究所は、本部の地下に場所を移していた。関係者以外は使用する事のない研究室直結のエレベーターに乗り、デリクは地下へと下降していく。
「おぉ、デリクじゃないか」
お前がここに来るなんて珍しいな、と言いながら近付いて来たのは、研究部でも古株の、今やこの場所の主任になった男だった。名は、賀茂知憲という。
「お久しぶりデス」差し出された手を握り、デリクは微笑む。「巫神サンに少し頼マれましてネ」
「勧誘か……あの人も懲りないねぇ」
渋い表情をして賀茂が溜息混じりにこぼした。巫神の指示による勧誘活動は最近になってまた数を増してきており、彼女が世界の終焉に向けて余念がない事が伺えた。
今回のターゲットはギルフォードだと告げると、賀茂はハテと首を傾げた。研究所から一歩も外に出ない賀茂には、彼が知りたいと思う情報以外は入って来ないのだ。
「賀茂サン、お願イがありマス」
「……IO2は――」
「IO2がギルフォードさんに対してドウ動こウとしているノか調べて下サイ」
IO2は勘弁しろ、と言いかけた賀茂の言葉を最後まで言わせず、デリクはにっこり微笑んで口を動かした。途端に賀茂は嫌そうな顔をする。
全世界の人口は増加の一途を辿っている。しかし、超常能力者の数もそれに比例して増えているかと言えば、答えは”否”だ。増えている事は確かだが、増加率は人口のそれに比べれば極めて低い。
つまり、超常能力者には限りがあるのだ。
IO2と虚無の境界、目的は違えど超常能力者を必要としている事は一致している。片や、守る対象として。片や、破壊の手段として。優秀な人材は、IO2と虚無の境界の間で奪い合いが行われる事も少なくない。
賀茂は元々IO2側の人間だったが、巫神の勧誘によって虚無の境界に寝返った人物である。IO2から追われる立場となった彼だが、その所為かあちら側の動向にはやたらと詳しい。恐らく、パイプ役が居るのだろう。
デリクが青色の瞳で見据えると、彼は観念したように溜息を吐いた。
「『先生』の言う事には逆らえんな」
「ありがとうございマス」
先生という皮肉を物ともせず、デリクは薄い笑みを浮かべた。
根回しは一つ、終了。
ギルフォードという人物はかなり刹那的で派手好きな人物らしく、情報を辿るとすぐに所在が判明した。彼には身を隠すという概念がないらしい。
賀茂の報告に拠れば、IO2はギルフォードに対して静観の構えを取っている。理由は、超常能力者の存在を著しく害しているとは言えないから、となんとも彼ららしい言い分であった。無差別に、ただ己の快楽の為だけに動くギルフォードは、IO2が直接手出しせずともいずれ捕まるであろう高を括っているのかもしれない。
(面白イ――)
デリクは口元を歪めて笑うと、この情報をIO2のパイプ役へリークするようにと賀茂に伝えた。
『ギルフォードは普通の人間ではつまらない、もっと強い人間を殺したいという欲望から、超常能力者をターゲットにするようになった。IO2の管理下にあり関係者も多く住まう○○にて凶行を行うとの情報あり』
これで、二つ目の根回しが終了した。
デリクが再び研究所を訪れると、賀茂がニヤニヤしながら近付いて来た。
「セーンセ、使うんだろ?」
「えぇ、ドヴェルグを一つ貸しテ貰えますカ?」
「良いよ〜。代わりにさぁ、ちょっと頼まれてくれるか?」
賀茂の表情と口調に嫌な予感がしながらも先を促すと、ナグルファルクラスに配属になった新入りを二人一緒に連れて行って欲しいと彼は言った。まだまだ実践で使えるレベルではないが、現場を入って実際に戦闘を目の当たりにするのも一つの経験だ。
「大して見込みのある奴らじゃないから、死んだら死んだでデータだけ取って来てくれれば良いからさ」
と軽い口調で賀茂は言う。守れと言われるよりは余程マシだが、邪魔なだけで戦力にならない人間を連れて行くのは不愉快だ。デリクは顔を歪める。
「ナグルファルが三体もいてドウするんデスか」戦闘は恐らく対人間になる筈で、ナグルファルの能力を考慮したとしても、多すぎては的にされるだけだ。「どうせ人員ヲ貸してくれルのなラ前衛部隊を貸してくだサイ」
「そんなもん俺に言うな」あ、でも、と賀茂は研究所内を振り返る。「さっきファングさんがいたなぁ……」
ほどなくして、賀茂がいかにも兵士らしい体格をした背の高い男を連れて来た。対峙した瞬間に、何よりも戦闘が好きなタイプの人間だとデリクにはわかった。
「近ク、IO2の部隊と戦闘を行いマス。手伝っていただけませんカ?」
男は一も二もなく了承した。
これで最後だ。
準備は、全て整った。
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偽情報に誘き寄せられたIO2の部隊――恐らくバスターズの小隊だろう、もしかしたらジーンキャリアもいるかもしれない――は、夜の闇に紛れて息を潜めている。ファングが用意してくれた傭兵部隊も、この闇のどこかに潜んでいる筈だ。
デリクもドヴェルグを高層ビルの影に待機させていた。戦闘が行われるであろう場所からは少し離れているが、これが定石だ。しかし、
「先生、こんな後ろにいたら出遅れちまうんじゃねぇか?」
戦闘が何たるかを理解しない馬鹿が一人。否、二人か。
「私たち、ドヴェルグの搭乗訓練はちゃんと受けてます。乗り方がわからない素人でもないんだからこんな後ろにいなくても……」
賀茂の頼みを聞いて新入りを二人連れて来ているが、どちらも吐き気がする程の馬鹿だった。なまじ超常能力を持っている所為か、自分の能力を過信した発言が多い。デリクに言わせれば素人に毛が生えた程度の力しか持たないくせに、自己顕示欲ばかりが強くて鬱陶しいばかりだった。
「作戦の守備ハ説明した筈デス」デリクは彼らを見もせずに言った。
そろそろターゲット、ギルフォードが現れる時間である。彼は根無し草のような生活をしているが、行動範囲には幾つかのパターンがあるようだ。その行動範囲の一つに、IO2関係者も多いこの場所が入っているのは幸いだった。IO2を誘き出すのも容易だし、ギルフォードを誘き出す必要はなかったのだから。
膠着状態が続いたその場に緊張が走った。一瞬にして空気が変わる。
「来ましたネ」
IO2のバスターズが良く訓練された動きでギルフォードを取り囲んだ。待機している者も見える。予想よりも大所帯だが、それはそれで好都合だった。パフォーマンスは派手な方が良い。
「よっしゃ!」
歓声を上げ、嬉々としてドヴェルグに搭乗しようとする少年を、呆れた声でデリクが引き止める。
「的になって死にタイならドウゾご自由ニ」その言葉に、機体に手を掛けていた少女の方も動きを止めた。「死にたくナイのなラ指示を出すマで待ちなさイ」
どういう意味だ、と少年が凄む。愚弄されたと感じたのだろう。ここまで馬鹿だと溜息しか出ない。
「相手が人間でハなくシルバールークやブラスナイトであれバ、あなた方の考えル戦略も有効かもしれまセン」それでも、的になって死ぬ事に変わりはないが。デリクは心の内で呟く。「しかし対人間、それモ訓練された傭兵部隊が相手ナラ、ドヴェルグのようニ大きな機体は恰好ノ的になるだけデス」
二人はデリクの言葉を考えているようだ。デリクは続ける。
「それニ、ジーンキャリアも参加していル可能性がありマス。彼らの中ニハ、生身でドヴェルグ一つ潰せる者も居るノですヨ」
それっきり、デリクは黙って前線の戦況を観察した。ギルフォードは笑みを浮かべながらIO2を迎撃している。やや後方から援護しているバスターズの集団の横腹から、ファング率いる傭兵部隊が攻撃を開始していた。
IO2陣営の全貌が見えて来た時、デリクは新入りに出るよう合図を出した。彼らには、陣営の周囲を走り回り彼らを一カ所に集めるようにとの指示を出してあった。
虚無の境界の大型人型兵器『ナグルファル』――その開発に、デリクは一枚噛んでいる。賀茂がデリクを先生と皮肉るのはこの為だ。
ナグルファルの持ち味は搭乗者の魔力強化、デリクが関わったのもこの分野だ。本来持っている魔力が弱く、武器を携えて戦闘する事を不得意とする能力者には打ってつけだ。
機体自身が持つ魔力と怨霊機で励起された悪霊の力全てをエネルギー化し、そのエネルギーの一部を搭乗者にフィードバックする。そうやって搭乗者の魔力を強化する事ができるのだ。
デリクの両掌に定着した魔法陣で作り出せる異空間の大きさには限度がある。しかし、
「引きなさい」
ナグルファルに乗ったらどうなるだろう――。
新入りのドヴェルグ二体が陣営から離れて行く。デリクは掌に意識を集中した。集団を透けた黒い膜が覆ったかと思うと、瞬時に多大な圧力が掛かって、
――爆ぜた。
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ドヴェルグから降りたデリクは、戦闘の中心だった場所へ歩いて行く。ファングの傭兵部隊が何人かデリクを振り返ったが、真直ぐにターゲット、ギルフォードの元へ向かった。
「如何でしたカ?」
ギルフォードは首を捻って顔だけデリクに向けた。彼の右の義手からは赤い液体がぽたぽたと零れ落ちて、地面に染みを作っていた。
「コレはあんた?」
そう言って、ギルフォードは義手で前方を示した。
そこには何もなかった。否、全て歪に拉げて地面に折り重なっていた。建物だった物の残骸もあったし、人間だった物の残骸もあった。もしかしたら運の良い者は息をしているかもしれないが、残りの一生を病院のベッドの上で過ごす事になるのだから運が良いとも言えない。
「《虚無の境界》にいれバ」デリクは答えず、微笑を浮かべる。「破壊と殺戮を楽しむ機会が多々ありマス」
評判を聞く限り、ギルフォードという人物は単に勧誘するだけではこちらに興味を持たないだろうとデリクは踏んでいた。今回の真の目的は、感覚と言葉――少しばかり派手なパフォーマンスで彼の興味を惹く事だった。
無表情で、ただ両の眼をギラつかせていたギルフォードは、突如天を仰いで笑い出した。土気色の喉元が上下し、気味の悪い笑い声が辺りに響いた。
「オモシレェじゃねーか、なァ」でも覚えとけよ優男、と彼は嗤う。「俺は、邪魔されんのが嫌いなんだよ!」
ギルフォードの動きは速かった。義手がぐらりと揺れたかと思うと、鋭利な刃物に変形し横になぎ払われる。その刃はデリクの喉元を切り裂いた、かのように見えた。
「先生、自分の身くらい自分で守れ」
デリクの前にファングが立ち塞がり、間に入ってギルフォードの刃を受け止めていた。ファングのナイフが銀色の光を反射している。
「エェ、そのつもりデス」
デリクはファングの体を退かせた。しかし、ギルフォードは身動き一つせず、視線だけで殺そうとでも言うのかデリクを睨み付けていた。
「無理に動いテも構いまセンよ」デリクは対照的に、酷く上品に微笑んでみせた。「そノ時はあなたの首が千切レるだけデス」
デリクは最初にギルフォードに言葉をかけた時、既に彼の行動をいつでも停止できるように術式を描いていた。加えて、戦場の血の匂いに誘われて起き出して来た黒い魔物を、ギルフォードが動き始めたと同時に背後へ回らせ首を噛ませていた。
無理に動こうとしたのか、ギルフォードの首筋に赤い色が細く流れている。
「能力者と対峙しタ事はありますカ? とてモ……楽しイですよ」
「そうみたいだな。楽しすぎて腸が煮えくり返りそうじゃねーか」
「人はね、一度滅びル運命なンですよ」
「アァ?」
「あなたが最後の一人になルまで、殺し続けテ構いまセン。《虚無の境界》はそういう集団なンでス」
わかっていただけましたカ、とデリクは首を傾けた。一瞬呆気に取られたギルフォードは、しかしすぐに口元に歪んだ笑みを浮かべた。
「オモシレェじゃん、やってやるよ」
「その言葉を聞いて安心しました」
デリクは魔物を再び影に戻した。ギルフォードの行動を止めていた術式も解く。同時に、「あ、そうだ」と今思い出したと言うような声を出した。
「もしまタ私に攻撃を仕掛ける時ハ、あなたのご自慢の義手がアレと同様になル覚悟をシテからにしてくださいネ」
アレ、と言ってデリクが指差したのは、彼が圧力をかけて潰した場所。ギルフォードがヒャヒャッと嗤うと、蛇のように細長い舌を見えた。
「あんたは最後に取っておいてやる」
「それハ光栄デス」
巫神霧絵がその手を緩めぬ限り、その日はそう遠からず来るだろう。その時を、デリクは酷く楽しみに思った。
「それでは行きまショウ――《神》の元へ」
世界の終わりへの歯車が、また一つ、回り始めた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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[PC]
デリク・オーロフ 【3432/男性/31歳/魔術師】
[NPC]
《虚無の境界》
ギルフォード
ファング
賀茂知憲
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■ ライター通信 ■
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デリク・オーロフ様
この度は「instigation -001 Guilford-」にご参加いただきありがとうございました。ライターのsiiharaです。
的確なプレイングに感動すると共に、《虚無の境界》にいても何ら違和感のないデリクさんが素敵すぎて思わず溜め息が出ました…。発注していただけて、とても嬉しいです。
今回のノベルはパラレル的な位置付けになりますが、設定・NPCはデリクさんのパラレル世界に存在するものとして書かせていただきました。もしまた《虚無の境界》関連のノベルにご参加いただいた時には、今回の設定を引き継ぐ或いはまた新たな設定でも大丈夫ですので、パラレル世界を楽しんでいただければと思います。
ガッツリ悪役(?)側の異界ノベルでしたが、気に入っていただけたら心の底から幸せです。
それでは、今回はこの辺で。また機会がありましたら宜しくお願いします!
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