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<東京怪談ノベル(シングル)>


●普通ではない彼女の非凡な日

 今日も太陽が落ちて、空がオレンジ色に染められている。艶やかなそれを橘・百華は表情を変える事もせずにジッと見ていた。
 心が壊れてしまっている彼女は綺麗な夕日を見ても、表情も、感情も少しの奮いさえ見せる事をしないのだ。
「‥‥‥‥?」
 いつも通りの下校道、だけど何か違う『気配』を感じて橘・百華は『気配』の方へと視線を移す。視線の先にあるのは町外れの病院跡地だった。
 今はもう建物も古びて、不気味さしか感じさせない建物なのだがこれでも昔は様々な患者がやってくる病院だった。
 だけど病院の小ささと患者の多さが比例せずに、新しく大きな病院を建てて、この建物は半ば放置状態で置かれている。人の住まない建物は古くなるのも速く、今では「肝試し」と言って病院内で遊ぶ子供達もいるほど。
「‥‥なんだろう‥‥」
 未だに感じられる『不思議な気配』に橘・百華はゆっくりと廃病院の中へと足を踏み入れていった。
「‥‥‥‥何か‥‥見てる‥‥」
 橘・百華は小さく呟く。廃病院に足を踏み入れると同時に、橘・百華に対して敵意を感じる。
 この病院の中には、誰かがいて、その『誰か』は橘・百華の存在を味方として見てはいない。不安と恐怖が入り混じり、そしてそれは橘・百華に対して敵意を抱かせていた。
「‥‥‥‥人‥‥?」
 廃病院の一番奥の病室の古びたベッドに寝ているのは一人の少女・小日向 優だった。
「あんた‥‥誰‥‥」
 小日向 優は威嚇するように鋭い瞳で睨みつけるものの、橘・百華は表情を崩す事なく小日向 優を見ている。
「‥‥あんたの、その感情の無さと‥‥生気の無さ‥‥失敗作? 組織の連中が送り込んできたのね!?」
 小日向 優は一人で呟き、一人で納得すると鋭く尖った牙と爪で橘・百華を攻撃する。
「あんた――」
 小日向 優は驚いたような表情で橘・百華を見る。小日向 優が驚くのも無理はない。
 何故なら――小日向 優に攻撃をされて腕や足から血を流しているにも関わらず橘・百華の表情はピクリとも変わらない。
 それどころか『どうしたの?』とでも言うように虚ろな目で小日向 優を見ている。
「‥‥モモは‥‥怪しくないよ‥‥?」
 橘・百華は呟くが、血をぼたぼたと流しながら言われても信憑性は皆無だ。それどころか余計に怪しさが増す。
「あんたみたいな子供さえも‥‥組織の連中は実験体にするんだね――それはあたしで分かっていたけどさ」
 小日向 優は自嘲気味に呟き橘・百華にトドメを刺す為に指をぽきりと鳴らし、鋭い爪をより鋭くさせて橘・百華に向ける。
「本当はあんたみたいな子を殺したいわけじゃないけど――あたしはまだ死ぬわけにはいかない‥‥恨むんなら組織の連中を恨むんだね」
 小日向 優は呟き、橘・百華に向かって走り出す――が、そこで橘・百華に異変が起きた。小日向 優に攻撃された事で血を流しすぎたせいなのか、貧血でその場に倒れこむ。
 そこで漸く、小日向 優は橘・百華が『敵ではない』と理解したのだろう。慌てて持っていた治療道具で橘・百華の治療をしたのだった。

「何でまたこんな場所に来たの? おかげであたしはアンタを敵と間違っちゃったじゃない」
 小日向 優はため息混じり、でも何処か申し訳なさそうに橘・百華に話しかける。
「‥‥不思議な気配が‥‥したから‥‥」
 来たらこうなりました、と橘・百華は言葉を付け足して「本当に悪かったってば‥‥」と小日向 優も苦笑して言葉を返した。
「‥‥あたしは、さ――人体実験に遭って‥‥人間じゃなくなってるわけよね。その組織からは逃げ出したし‥‥だから追手かと思って攻撃しちゃったんだよ」
 小日向 優は呟きながら汚くなった天井を見上げる。
「その組織じゃ、子供だろうが老人だろうが実験に使われてた。実験体全てを把握しているワケじゃないから、あたしは常に周りを疑って、組織に見つからないように逃げて、隠れての繰り返し」
 小日向 優の言葉に「‥‥ライオンさん‥‥ですね」と小さな声で言葉を返す。橘・百華の言葉に小日向 優は驚いたような表情を見せて「何で‥‥?」と聞き返す。
 橘・百華は常に相手の『真実の姿』が見える。だから小日向 優が獅子の遺伝子を組み込まれている事も橘・百華にはすぐに分かった。力を抑えて姿を『人間』に見せている小日向 優だったけれど、その力も橘・百華の前では無意味に等しいのだから。
「モモは‥‥具体的な願いだったら‥‥かなえてあげる事が出来ます‥‥」
 橘・百華の言葉に「本当に!? あたしを人間に戻せるって事!?」と小日向 優は表情を変えて橘・百華に言葉を返した。
「‥‥でも‥‥ゆうちゃんがその願いと同等の価値があるものを‥‥失う事になる‥‥」
 橘・百華の言葉に「それでも構わない。こんなバケモノでいるよりは断然マシよ」とその力を使うように小日向 優は願い出る。橘・百華も「そこまで‥‥意思が強いなら‥‥」と能力を使用しようとした――のだが、何故か発動する事が出来ない。
 恐らくは小日向 優に攻撃されたせいで出血が多い事が能力を使えない理由なのだろう。
「‥‥血が流れすぎた‥‥のかもしれません」
 橘・百華の言葉に、小日向 優はその場に座り込むように崩れ落ちた。
「あは、やっぱり自分の力で何とかするしかないね」
 小日向 優の自嘲気味な笑いに「‥‥ごめんなさい‥‥」と橘・百華が謝る。
「あんたが謝る事じゃないでしょ、ほら、もう外も暗くなってきたからあんたは帰りな。あんたには心配してくれる人がいるんだろ?」
 割れた窓から外を見れば、オレンジ色だった空はもう真っ暗になっていた。
「‥‥それじゃ‥‥帰ります‥‥」
 橘・百華は小日向 優に頭を下げて廃病院から出て行き、そのまま帰路へと着く。その後姿を小日向 優は何処か寂しげな表情で見ていた。
 それは『帰る場所』のある橘・百華が羨ましいからだろう。
「さて、もう一眠りしてから此処を発つかな」
 小日向 優は欠伸をかみ殺しながらベッドに横になり、今度あの子に会えたらちゃんと謝ろうと心の中で呟いたのだった。


END






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名     / 性別 / 年齢 / 職業】


3489 / 橘・百華    /女性   /7歳  /小学生


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■         ライター通信          ■
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橘・百華さま>

初めまして、このたびはシチュエーションノベルを発注していただき、ありがとうございました。
小日向 優とのノベルでしたが、いかがだったでしょうか?
少しでも面白いと思って下さったら嬉しいです。
それでは、簡単ですがまたお会い出来る事を祈りつつ、失礼します。

―水貴透子