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<東京怪談ノベル(シングル)>


 Decoy(3)


 豪奢な館は、しん、と静まり返っていた。
 当然だ。この館は本来無人なのだから。
 この館の奥で、激しい攻防戦が繰り広げられていると言っても、館には何ら影響はない。
 平和だった。外見上は。


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 シャッターに囲まれた密室の中で、二人は対峙していた。
 高科瑞穂(たかしなみずほ)は使えなくなった片腕を庇って立っていた。何とか鬼鮫から脱出して距離を取り、その距離を保ったが、その距離があまりにも近い事に焦りを感じていた。
 汗が滴り落ちる。
 対峙する鬼鮫の方は、余裕の笑みを浮かべていた。
 サングラスで全体までは分からないが、口元に浮かべるは凶悪な笑み。
 瑞穂はぞっとした。
 この相手には、ダガーでの連続斬りすら効果なかった。大量出血すれば普通は意識は混沌とする。しかし、この男は混沌どころか陶酔するような様で、血を出せば出す程に表面に被った皮が捲れ、凶悪な一面が出るように感じる。一体トロールの遺伝子とはどこまで万能なんだとそう思ったが、それを今すぐ解明した所で現在の不利を形勢逆転できるとは思えなかった。
 考えろ瑞穂。考えろ。
 瑞穂はジリジリと後ろに下がった。
 今この部屋は、密室になっている。ただし、それは鬼鮫に対してだけだ。
 瑞穂の背にあるサーバールームまでの道は開いている。
 このままサーバールームから通じている地下通路を使ってこの屋敷を脱出するか? いや、それだとIO2に情報が奪われる。サーバールームを破壊してから逃げるか? いや、この館は近衛特務警備課の物だ。迂闊に「敵が怖くて逃げて帰ってきました」じゃあ上から何を言われるかが分からない。
 瑞穂の現在の頭の中は、鬼鮫を倒す事から離れ、自らの保身の事で埋まっていると言う自覚はない。既に彼女の頭の中にはノルアドレナリンが分泌して、正常な思考は不可能となっていた。

「考えはまとまったか?」
 鬼鮫が牙を剥く。
 瞬間。
 鬼鮫は一気に距離を詰め、瑞穂の前に飛び出した。
 そのまま瑞穂の鳩尾に膝を入れ、そのまま両手を瑞穂の頭に打ちつける。
「うぐっっっ!!??」
 瑞穂は口から唾を吐き出した。
 唾は赤が滲んで見えた。
 鬼鮫はさらに瑞穂の髪を引き千切れんばかりに掴むと、顔面に拳を受け付けた。
 瑞穂の美しい顔が、ぐしゃりと歪む。
 瑞穂の鼻は折れたのだろうか。血が止まらない。
 瑞穂は、口の中に血が溢れ、鼻が血が止まらず、呼吸が整わない。
 床に崩れた瑞穂をさらに髪を引っ掴み、瑞穂の顎をクイッと持ち上げる。
「悔しいか? このまま無様に生き恥を晒すのが。何なら楽にしてやってもいいぞ?」
 鬼鮫は歪んだ笑みのまま瑞穂を見上げる。
 瑞穂は最後の抵抗とばかりに、血の混ざった唾を吐き出しだ。
 ペッとその唾は鬼鮫にかかった。
「断る」
 それは瑞穂の軍人としての意地であった。
 確かに瑞穂の脳はノルアドレナリンに支配されて、まともに機能しないが、本能がこの男を拒絶していた。
 鬼鮫は少し逆上したようだった。
 鬼鮫は瑞穂の首を掴んだ。
「うぐっ………」
 苦しい。息ができない。
 瑞穂はそのまま持ち上げられた。
 瑞穂は片手と両脚を使って抵抗を試みるが、それはただの徒労に終わった。
 脚をバタバタさせ、鬼鮫の手の力を緩めるべく蹴りを入れるが、身体に力が入らず、蹴りに重さが入らない。
 瑞穂はそのまま無造作に放り投げられた。


 グシャリ


 シャッターが折れ曲がる。
 瑞穂はその折れ曲がったシャッターの下に転がる。
 瑞穂はゲホゲホと咳をしながら、身体を折り曲げた。
 さっきの握力。圧迫される気道。もう少し投げ出されるのが遅かったら確実に死んでいたであろう。
「あまり俺を怒らせるな。こんな姑息な真似をしてタダで済むとか思っているんじゃないだろうな?」
 鬼鮫が首を傾げる。
 サングラスが少しずれる。
 そこから見えた目は、血走って見えた。
 この男……。
 瑞穂は何とか起き出そうとするが、片手で上手く起き上がる事ができない。
 この男……私をいたぶって弄んだ後に情報を引き出そうとしている……?
 生理的嫌悪で背筋が冷たくなった。
 寒くもないのに、歯がガタガタガタガタ鳴り、唇の震えが止まらない。


 ここから先は、一方的な蹂躙である。


<Decoy(3)・了>