コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


 Decoy(4)


 本来は綺麗に磨かれていたはずの床には、今は血溜まりが出来ていた。
 シャッターが折れ曲がり、既に密室と呼んでいいのか怪しいこの狭い場所は、血の生臭い匂いと、錆びたような鉄の匂い、そして汗や唾など鼻を覆いたくなるような腐臭で溢れていた。
 血溜まりの中、高科瑞穂(たかしなみずほ)はうずくまっていた。
 いや、うずくまらずを得なかったと言うのが正しいか。
 片腕は使い物にならず、先程の激しい打撃で、起き上がる事が出来なかった。
 瑞穂は、先程から震えが止まらなかった。
 肉食獣の前において、草食動物とは無力なものである。もっとも、瑞穂自身も本来は肉食獣の類だが、彼女は既に牙の折れた肉食獣。生存競争においては完全なる脱落者である。

「さて」
 瑞穂を見下ろしていた鬼鮫は近付いてきて、瑞穂の顎をくいと上げられた。
 瑞穂は先程のショックで完全に戦意を消失しており、されるがままになっていた。
「この仕掛け、誰に差し向けられてやった?」
「………答えると思っている訳?」
 瑞穂は最後の抵抗として軽口を叩いた。
 瑞穂は鬼鮫に顔に拳を浴びせられた。
「まだこの俺に逆らう気か?」
 鬼鮫は自身の首を撫でた。
「さっきはよくもやってくれたなあ。この傷口がうずくんだよ」
 瑞穂が鬼鮫の顔を見上げると、サングラスの下の目が見えた。
 白目がぎょろりとしていて爬虫類を思わせた。
 鬼鮫は瑞穂の腕を掴み、そのまま十字固めをかける。
「うぐぅぅぅぅぅぅぅっっっ……!!」
 無事な腕がギューギュー締め付けられる。

 ボキボキボキボキッッ

 関節が音を立てて外れていく。
 瑞穂は声にならない声を上げるが、既に声は声にならなかった。
「言え。言えば楽になる」
 鬼鮫が耳元でささやく。
 その声は粘っこい血の塊のよう。瑞穂の背筋は冷たく冷え切っていた。
「……わ、私は……」
 痛い。イタイ。いたい。
 生きていたい。
 瑞穂は思考が苦痛により上手く働かない。
 瑞穂の自身を動かしているのは、ただ生きていたい生存本能であった。
 瑞穂は、息も絶え絶えに、所属先と任務を、洗いざらい吐いた。
 吐き出すしかできなかった。瑞穂は、生きていたいだけだったのだから。


/*/


 鬼鮫は瑞穂を離したのは、彼女の意識も絶え絶えの時だった。
 鬼鮫は瑞穂に馬乗りになってひたすら殴り続けたのだ。ふと思いついたように、瑞穂の落としたダガーを拾い上げ、彼女を好きなだけ刺した。
「あぁぁぁぁぁ…………」
 瑞穂が喘ぎ声を上げる。
 鮮血。
 瑞穂の身体は好きなように刻まれた。
 死なないよう、生きたままで。
 鬼鮫が斬る場所は的確だった。
 そこは確かに急所からは外れていたが、人の痛覚を撫でるような場所ばかり斬っていったのだった。
 瑞穂の纏っていたメイド服は、瑞穂の鮮血で赤黒く染まっていった。
 鬼鮫は瑞穂に見えるように、わざと自身の首を撫でた。
「痛いよなあ。痛い痛い。俺も痛かったんだよなあ。ここが。ここを斬ったらお前はどうなるかな。痛いよなあ。痛い痛い」
 瑞穂の首筋をわざとすっとダガーで撫でた。
 瑞穂の首に血の筋がタラリと流れた。
「あぅぅぅぅぅぅ…………」
 瑞穂は、もうされるがままになっていた。
 彼女の喘ぎ声は悲鳴か、快楽か、恍惚か。
 何度も何度も刻まれ、既に彼女の纏うメイド服は服の機能を果たしていなかった。
 彼女の纏うそれは、血塗れの布切れでしかなかった。


/*/


 鬼鮫は、散々に弄んだ瑞穂を捨て、自身の相棒である投げた刀を拾った。
 彼女の顔に浮かんでいたのは、苦痛なのか、快楽なのか、恍惚なのか、不思議な顔をして倒れていた。
 鬼鮫は最後に瑞穂に唾をかけた。
 ボタリ。
 既に完全に抵抗できなくなった瑞穂にすぐにかかった。
 鬼鮫は壊したシャッターをひょいと持ち上げた。
 瑞穂の太股のスイッチを付ける事も考えたが、そのままにしておく事にした。
 もし次の戦場で会った時、この女がどんな表情で自身と対峙するのかが興味深かった。
 そのまま鬼鮫は瑞穂を跨いでサーバールームに入り、例の情報を抜いておいた。
 そして、そのまま立ち去った。

 立ち去った後に残った瑞穂は、血塗れのまま倒れていた。
 今の彼女にとっては、これこそが安堵であった。


<Decoy(4)・了>