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<東京怪談・PCゲームノベル>


 14人目の時守候補

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 真っ暗な空間に、ポツンとある白い椅子。
 椅子の前でピタリと立ち止まれば、どこからか声が聞こえた。
「いらっしゃい。じゃあ、座って」
 その声に促されるがまま、椅子に座る。
 闇の中から聞こえてくる声。その声の主は、幾つか尋ねた。
 偽ることなく、その一つ一つに答えを返していく。
 無意味だと思った。嘘をついても、すぐにバレてしまうと理解していた。
 だから、ありのままを伝える。何ひとつ、偽らず。

 鐘を鳴らさねばと思うが故に。

「−……!」
 ハッと我に返れば、目の前には銀色の時計台。
 夢じゃない。夢を見ていたわけじゃないんだ。
 思い返していたんだ。過去を、思い返していた。
 けれど、この心に痞える違和感は何だろう。
 自分の存在さえも、酷く曖昧に思えてしまう。
 けれど、覚える違和感に戸惑う暇なんて、与えられない。
「じゃあ、行こうか。失敗しても構わないから」
 肩にポンと手を乗せ、微笑んで言った男。
 あなたは誰ですか? と、そう疑問に思うことはなかった。
 何故って、知っているから。何もかもを。
 もちろん、これから何処へ向かうのかも理解している。
 鐘を。鐘を鳴らさなくちゃ。
 その為に必要な経験は、全て網羅せねば。
 そうさ。自分は、14人目の時守(トキモリ)候補。

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 その男の人は。やぶからぼうに、名乗った。
 ここはどこ? どうして灯はここにいるの?
 聞きたいことは、たくさんあった。うん、数え切れないくらい。
 でも。男の人が名乗ったことで、灯は、その疑問を飲み込まざるを得なくなったの。
「いらっしゃい。じゃあ、座って。あぁ、先に名乗っておこうか。俺は、ヒヨリね。よろしく」
 ヒヨリ。第一印象。名前から受けた第一印象は……そうだね、可愛いと思ったかな。
 見た目は、ちょっと変な人なのに、名前の響きは可愛い。そう思ったよ。
 それからね、同時にね、灯はね、いいなぁって思ったんだ。
 だから、じっと見つめたの。椅子に座りながら、椅子に座ってからも、ずっと見てた。
 じーっと見てたからかな。ヒヨリは言ったの。クスクス笑って、言ったの。
「うん? どうした? あぁ、これ?」
「うん……いいね、それ」
「でしょ。俺も、お気に入りなの」
 灯がね、いいなって思ったのは、帽子なの。
 ヒヨリが被ってる、黒い帽子。ちょっと小さめの黒い帽子。
 灯もね、帽子が好きなの。だからね、被ってるんだ。この帽子。
「灯も……好きなの。可愛いでしょ……この帽子」
 自慢の白いニット帽を撫でながら言うとね、ヒヨリはまたクスクス笑ったの。
 そしてね、目を伏せて。ペンをクルクル手元で回しながら言ったんだ。
「あぁ、いいね。似合ってるよ。可愛い」
「ありがとう……」
 灯はね、可愛いって言葉が自分に向けられてるだなんて思ってなかったの。
 自慢の帽子を褒めてくれた。だからね、灯は、ありがとうって言ったんだ。
 だから、ちょっとキョトンとして、また肩を揺らすヒヨリに首を傾げたの。
 どうして笑ってるのかな。どうしてかな? そんなことを、一生懸命考えてた。
 そうして考えてるうちにね、ヒヨリは訊ねてきたんだ。
「あぁ、ごめんごめん。で。キミのお名前は?」
「あのね、さっきからね……言ってるよ」
「うん。まあね。でもほら、一応、マニュアルがあってさ」
「まにゅある……?」
「そうそう。お約束、みたいなものかな」
「約束はね……守らなきゃ駄目なの」
「でしょ。 ふふ。はい、じゃあ、お名前をどうぞ。お嬢さん」
「月白・灯……。灯で良いよ」
「オッケー。灯。じゃあ、年齢は? 何歳かな?」
「……14歳」
「あら。って、あれ? 本当に14歳?」
「うん……」
「あれま。書類不備か。しっかりしてくれよ、ジャッジさん」
「ふび……?」
「あぁ、うん。手元にある書類だと、灯は24歳ってことになってるんだよね」
「……14歳だよ」
「あぁ、うん。ごめんごめん。こっちのミスだ。……でもまぁ、ミスるのも無理ないか」
 ペンをクルッと回して、ヒヨリは、カリカリと何かを書いたの。
 訂正してるんだって言ってたけどね、灯は、また首を傾げたんだ。
 だって、不思議でしょ? そこに書いてあるのに、どうして聞くのかな?
 どうして、そこに灯のことが書いてあるのかな? そう思ったんだよ。
 それからね、ミスしても仕方ないってヒヨリは言ったよ。
 どうして? って、灯は聞いたんだ。そうしたらね、ヒヨリは笑って言ったの。
 せくしーだからだよ、って。どういう意味かな?
 聞いても、笑うだけで教えてくれなかったんだ。
 いつか、教えてくれるかな? いつか、教えてねって約束すれば良かったかな。
「これで良し、と。さて、灯」
「うん……?」
「ちょっと難しいかもしれないけど、最後の質問」
「うん……」
「時間について」
「時間……?」
「うん。灯は、時間って何だと思う?」
「ん……本当に、難しいね」
 時間って何? そう聞かれて先ず一番に思ったのが、難しいなってこと。
 そんなこと、考えたこともなかった。だって、時間はいつでも傍にあるものだから。
 空気と一緒だよ。目に見えないけど、いつも傍にあるものなんだ。
 そこでね、灯は考えてみたんだ。質問の内容が、逆だったらって。
 空気って何? そう聞かれたら、何て返すかなって考えてみたんだ。
 きっとね、うまく言葉には出来ないけれど、大切なものって言うはずなんだ。
 灯もね、ヒヨリもね、息をしてるの。呼吸してるんだよ。
 そうしないとね、苦しくて苦しくて、死んじゃうんだ。
 生きていくために、必要なもの。空気は、大切なもの。
 じゃあ、時間は? 時間も一緒なんじゃないかな。
 違うのは、ひとつだけ。生きていくために必要なんじゃなくて。
 生きていることを実感するために、必要なものなんじゃないかな。
 しばらく黙って、そんなことを考えてね。灯は、答えを見つけたんだ。
 その答えを、灯は、一生懸命伝えたよ。
「何て言えばいいかわからないけど……」
「うん」
「時間は……止めることも、やり直すこともできないもの」
「うん」
「だから、大切なもの。だと、灯は思うな……」
「はい。わかったよ。ありがとう」
 ヒヨリはね、目を伏せたまま笑って、またカリカリと書き留めたの。
 遠くて、何を書いてるのかは理解らなかったけれど。
 ありがとうって言葉を聞いた瞬間、灯は思ったんだ。
 テストじゃないんだよね。これは、テストじゃないんだ。
 だから、答えはないの。正解は、ないんだよね。そう、思ったんだ。
 でもね、正解がないって理解ってから、余計に気になっちゃったの。
 もう考えなくていいのに、それは理解ってるのに。
 考えちゃうんだ。考えるように、なってしまったの。

 時間って、何かな。

 ポン、と肩を叩かれて振り返る灯。
 振り返った先では、ヒヨリがニコリと優しく笑んでいた。
 目の前に悠然と聳える、時を刻まぬ銀色の時計台。
 その時計台と、黒い帽子を被ったヒヨリを交互に見やる。
 何かを確かめるように、灯は何度も交互に見やった。
 前後に揺れるばかりの灯の首と動きを見ながら、ヒヨリは笑って言う。
「じゃあ、行こうか。失敗しても構わないから」
 どこに? そう訊ねる必要はない。何故なら、理解っているから。
 向かうは、時の歪み。置いてけぼりになった "時間" を助けに行くんだよ。

 *

 所々が青で染まる長い黒髪が、膝をくすぐる。
 そのこそばゆさにも、もう慣れた。
 踊れば良い。髪が膝に触れぬように、踊り続ければ良い。
 そうすれば、長い髪と一緒に、白いマフラーも踊る。
 クルクル、クルクル、闇の中で、弧を描いて回る、回る。
 ダンスに欠かせない、フェイバリットミュウジック。
 桃色のヘッドホンから漏れる、色とりどりの音。
 大好きな音を詰め込んだ、ミュウジックボックスも桃色。
 留まることなく溢れる音が、ステップを、より華麗なものへと変える。
 大丈夫。どんなにハイテンションになっても平気。
 闇を舞う、足音は聞こえない。誰にも、聞こえない。
 どんなに飛び跳ねても、回っても、その音は聞こえない。
 けれど、あなたの声は、あなたの音は聞こえる。
 隠れても、息を潜めても、どう足掻いても聞こえてしまうよ。
 息を止めて、苦しさから逃れる為に、刹那の呼吸。
 それさえも、聞こえてしまうよ。どんなに些細な音でも。
 絶対に、聞き逃さない。私は、あなたを逃がさない。
 どこまでも、どこまでも追いかけてあげる。
 あなたが、ごめんなさいって謝るまで、ずっと追いかけてあげる。

 漆黒の闇の中、ぽっかりと開いた穴。時の歪み。
 もしも、あのとき。そう考える人がいる限り、何度でも生まれる歪み。
 歪みに巡るのは、期待と後悔。淡い期待と、惜しみなき後悔。
 時を遡ることが出来たなら。あなたにも、それが出来たなら。
 この歪みは、存在していなかった。生まれなかった。
 不要だと切り捨てるわけじゃない。
 これもまた、誰かが、あなたが、生きている証。
 悩み、苦しみ、一歩を踏み出す、その礎。
 だから、優しく還してあげよう。
 もう二度と、こうしてここに生まれないように。
 願いを込めて。心の中で、そっと呟く言葉。
「おやすみ」

 どこからともなく出現させた白いチャクラムを放ち、歪みを還消した灯。
 高く舞い上がった灯は、数秒の滞空時間の後、着地。
 トン、と漆黒に鳴り響く足音。その直後、彼女の背中へ拍手が贈られた。
「お見事。完璧だわ。何の問題もないね」
 満足そうに笑って言ったヒヨリ。灯は振り返ることなく、
 僅かに残る時の歪みの痕跡へ、ペコリと一礼した。
 誰に教わったわけでもない。それが、ルールなのだと教わったわけじゃない。
 ただ単に、そうするべきだと心と体が悟ったが故の行動だった。
 一切の不備がない灯の 『働きっぷり』 に、ヒヨリは大満足の御様子だ。
「これで……お終い?」
 出現させたチャクラムを消して言った灯の表情からは、若干の脱力を感じる。
 表に、顔に、出していたわけではないけれど、気力は充実していた。
 何をどうすれば良いのか、明確には理解らなかったけれど。
 出来うる限りのことをしようと、そう心に決めていた。
(なるほどね)
 この程度じゃビクともしないか。むしろ、余裕しゃくしゃくだな。
 まだ余力は存分に残ってる。彼女が全力を出せば、或いは……。
 いいね。何とも優秀な人材が来てくれたもんだ。
 まだまだ、伸びる要素もたくさんあるし……若いっていいなぁ。
「お疲れさま」
 そんなことを考えながら、灯の頭へポンと手を乗せて労いの言葉をかけたヒヨリ。
 ヒヤリと冷たい手の感触に、灯は思わずキュッと固く目を閉じた。
 頭の頂から足の先まで、まっすぐに貫くような冷たい感覚。
 少しばかりの恐怖を覚えた灯へ、ヒヨリは言った。
「なるほど。なかなか、濃いな」
「……何、が?」
 灯が、そう疑問に思うのも無理はない。
 僅かに目を開き、見上げて訊ねた灯へ、ヒヨリは微笑みを向けて言う。
「あぁ。うん、時履歴がね」
「時履歴って……」
「あ、そうか。わかりにくいか。えぇと……灯の、今日この日までの経験って意味だよ」
「そんなこと……わかるの? 凄いね……」
「ははは。まぁ、これも仕事の内だからね。俺の場合は」
「仕事……?」
「あぁ、いや。気にしなくて良いよ。えぇと、灯」
「うん……?」
「お前が過去に就いてた職業に関しては、誰も何の発言権も持たない。けどね」
「うん……?」
「今も憑いてる……"それ"は、何なのか。そこを聞く権利が、俺にはある」
 憑いているもの。灯の体に憑いているもの。
 常人では見ることはおろか、感じ取ることすら出来ぬ、その存在。
 灯の小さな体に住まう、優しく温かく慈悲深き、その存在。
 いつから一緒にいるのか、どうして自分なのか。何ひとつ理解らない。
 けれど、灯は共に歩いてきた。いつしか、傍にいるのが当たり前と化していた。
 今更、あなたは誰? と訊ねることなんて出来やしない。
 体に住まい包み込む、その存在を、灯は 『三月』 と呼び慕う。
「三月……。灯の……お友達だよ」
「…………」
 聞いたことがない。勿論、見たこともない。
 天使を体内に飼っているなんて、聞いたことがない。
 けれど今、目の前にいる小さな少女は、それが事実であることを証明している。
 時は真実。彼女がこれまで、共に歩いてきた軌跡が、何よりの証拠。
 この地に暮らし、幾年月。久方ぶりに面白い人材が来訪したものだ。
 それで十分ではないか。これ以上の問い詰めは野暮であろう。
 ヒヨリはクスクス笑い、灯の頭を優しく撫でて言った。
「随分と綺麗なお友達だな。今度、紹介してよ。俺に」
「……いいよ?」
 放たれた言葉を深読みするような真似を、灯は決してしない。
 触れたことで、その性格までも理解しているヒヨリもまた、それ以上の追求はしない。
 面白い奴が来た。それで、十分ではないか。ねぇ?

 時の番人、時守(トキモリ)

 時の歪みを繕う者。それを使命と認め、全うする存在。
 我等の目的は、ただ一つ。鐘を鳴らすこと。
 高らかに、高らかに、響け、轟け、鐘の音。
 その日まで、我等は唱い続けよう。幾年月、果てようとも。
 その日まで、私は唱い続けよう。幾年月、果てようとも。
 この身を持って、時への忠誠を。

 ― 8032.7.7

 *

 分厚く黒い日記帳。その最初のページ。
 刻まれた思い出の紡ぎを指でなぞりながら、灯は淡く微笑んだ。
 思い出は心の中に。こうして書き留めた記憶は、いつだって甦る。
 鮮明に、色鮮やかに。決して褪せることなく、心の中に。
 これを、時を遡ることだと言ったなら。
 あなたは笑うかしら。ねぇ、ジャッジ。
 懐から取り出す、白い懐中時計。
 時を刻まぬ、その時計が示す時間。
 3時0分28秒。
 取り戻すべき時間へ。灯は、そっと口付けた。
 鐘が鳴るまで。再び、時が動き出す。その日まで。
 私は唱い続けよう。幾年月、果てようとも。
 この身を持って、時への忠誠を。
 愛しきあなたが、笑うまで。
「あ、ここにいたか。灯、仕事だ仕事。すぐ出るぞ」
「うん……」

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7764 / 月白・灯 / ♀ / 14歳 / 元暗殺者
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『14人目の時守候補』への御参加、ありがとうございます。
 イベント期間中での参加ということで、結末が大きく変わっております。
 灯さんは、時守"候補"ではなく、既に正式な時守として生きています。
 このシナリオ全体が、彼女の一つの記憶であると。そう捉えて下さいませ。
 また、その結末に併せまして、正式な時守であることの証、
 『アイテム:時守の懐中時計』を物語と一緒に、お届けしています。
 該当のアイテムに関しましては、所有アイテム欄を御確認下さいませ。
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.10.28 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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