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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


『不思議な台座』



「では、どんな効力があるのかわからない、と」
「はい」
 シリューナ・リュクテイア (しりゅーな・りゅくていあ)の問いかけに、その若い男は頷いた。
 小瓶に入れられた魔法の液体が並ぶ、シリューナの魔法薬屋には時折、この男の様に魔法の道具の鑑定を依頼する者が訪れる。
 今朝訪れたのは、隣の町へ引越しをするという若い男であった。シリューナはちょうど出かけるところであったが、男があまりにも急いでいる様子であったので、男の依頼を引き受けることにしたのであった。
「お忙しいところ申し訳ありません。ですが、引越しは明日ですから。家の荷物を引き取りに来る前に、このおかしな道具の鑑定をして頂きたくて」
「ずっと、自宅の倉庫に置いてあったというのだな?」
 男は小さく頷くと、シリューナに言葉を返す。
「たぶん、祖父がどこからか手に入れたものではないかと思います。祖父は骨董品が好きな方でしたから、亡くなる直前まで骨董品集めを。祖母も僕の両親も、ガラクタばかり集めて、と怒ってましたけど」
 その若い男は、シリューナの店のそばに住んでいるらしく、嫁を迎えて子供が生まれ家族が増えた為に家が狭くなり、隣町に大きな家を建ててそこへ引越しをするのだという。しかし、引越しの準備をしていた矢先、男の祖父のコレクションしていた大量の骨董品の中から、今、シリューナが目にしている、少し大きめの石造りの台座が見つかったのであった。
 何に使うかわからない道具であり、所有者の祖父はもう死亡している為、このまま捨ててしまおうと思ったが、万一、高価なものであっては大変だと考え、シリューナへと鑑定を依頼しに来たのであった。
 男は、街の噂でシリューナが魔法関連の知識に大変詳しいという事を聞いたらしく、シリューナに頼めばもう安心だ、とほっとした様な表情を浮べていた。
「確かに、そこいらのガラクタではないようだ。おそらくは、何か特殊な力があるかもしれない」
 台座を見つめながら、シリューナは呟いた。
「では、何かの魔法が?」
「間違いないだろう。しかし、さすがに今すぐに鑑定をするのは無理だ。今日じっくり調べてみようと思うが、明日、引き取りにこれるか?」
「はい!それで構いません。では、よろしくお願いします」
 そう言うと、男はシリューナに軽く頭を下げて店から出て行った。
 店の扉が閉まるのを確認してからシリューナは、台座に近づきその形や大きさを見つめ、頭の中にある膨大な魔法の道具の知識と照らし合わせた。
「さてと、どうしたのものか。台座であるのだから、この上に乗って使うのだろうが、危険な魔法がかけられている可能性もある。むやみに乗るのは危険だな」
 シリューナは慎重に台座に手を触れる。触っただけでは何の効果も出ない様であった。石造りの台座はとてもひんやりとしていた。シリューナは自らの手に、台座の冷たい感触を感じつつ、心当たりのある書物を棚から数冊出し、ページを捲っていく。
「過去、台座に魔法をかけて使った例があった様な気がしたが。はて、どの本に書いてあっただろうか」
 ページを捲っても、この台座に関する記述は見つからない。かつて読んだ書物の中に、この台座に近い形をした魔法の道具の記述があった様な気がするのだが、どの本にそれが書いてあったか、なかなか思い出せない。
 時間だけが、過ぎ去っていった。シリューナは、買物をしなければいけない事を思い出した。今朝出かけようとして客が来てしまい、外出を取りやめていたが、この台座の鑑定にはまだ時間がかかりそうだし、気分転換に外へ出るのもいいだろう。そう考えたシリューナは、台座を店の隅に置き、店を出る事にした。
 店を「閉店」にはしなかった。もうすぐ、店番の娘が、ここへやってくる事がわかっているからである。



「こんにちは、お師匠様!」
 ファルス・ティレイラ (ふぁるす・てぃれいら)は元気良く店のドアを開いた。いつでも明るく元気なティレイラの声が、店の中に響き渡るが、返事はなかった。
「あれえ?もしかしてお師匠様、出かけてるのかなあ」
 ティレイラは店の中を見回したあと、魔法薬が並んでいるカウンターの椅子に腰掛けた。
「そういえば、魔法の材料が切れたとか昨日、言ってたっけ。買物にいってるのかな」
 ティレイラは、テーブルの上に出しっぱなしになっている本を見つけて、それを手に取り、ページを少し捲ってみた。
「うーん、難しい魔法の事ばっかり書いてある。きっとお師匠様が出しっぱなしにしたんだなあ、もう、意外とだらしないんだからー」
 一人でクスクスと笑うと、ティレイラは本を書棚へと戻した。
 シリューナに魔法を教わっているものの、なかなか上達しない。火系統の魔法は得意なのだから、まったく魔法の才能がないわけでもないのだろうが、他の系統の魔法はまだまだ、満足に使いこなせる事が出来なかった。
 早く上達したいという気持ちはあるが、ティレイラはまだまだ修行中の身である。少しずつ、基礎から覚えていく事が大事なのはわかっていた。それでもたまに、背伸びをしたくなり、シリューナが店に置いていた魔法の道具を触ってみたくなってしまうのだが。
「あれ、これは何だろう?」
 誰もいない店内を何となくぶらぶらと歩いていたティレイラは、店の端に置いてある奇妙な石の塊を見つめた。昨日、店を出る時にはなかったものだ。シリューナがどこからか持ってきたのだろうか。
「石かなあ?」
 ティレイラは拳を作り、その石の塊をコンコンと叩いてみた。硬い、石の鈍い音が静かな店内に響き渡る。ティレイラは台座を軽く撫でてみた。冷たい石の感触が手にまとわりつく。
「これって、台座だよね、きっと。石の台座」
 確かに、上に人一人は乗れるような大きさであるし、石にあちこちに宝石を使ったレリーフがあるところを見ると、かなり高貴な物が乗せられていたのだろう。神や仏の石像か、それとも高貴な人物かわからないが、台座だけあると乗ってみたくなる。
 シリューナはどうせいないのだし、乗ってみても誰にも文句は言われないだろう。ティレイラは足をあげて台座の上へと乗った。それほど大きな物ではないから、簡単に上へ乗る事が出来た。
「ふふ、ちょっと偉くなったみたい」
 台座に乗ったというだけで、その他は何も変わっていないのに、少しだけ偉くなった気分がしてくるのが不思議だ。過去、この台座に何が乗せられていたかはわからないが、今、この台座はティレイラのものだ。
 だからといってずっと乗っていようという気持ちにはならない。ティレイラはすぐに飽きてしまい、台座から降りて店番の役目である店の掃除をしようと思った。
「あれ?」
 台座から降りようとした足が動かない。懸命に足を動かそうとするが、まるで地面に足が固定されてしまったように動かないのだ。
「おかしいな、どうして?」
 ティレイラは自分の足元へと視線を下ろした。2本の自分の足が視界に入る。そこには石の様に硬くなり、灰色に染まった足があった。
「あっ!」
 気付いた時にはもう遅かった。ティレイラの足は石になってしまったのだ。その石化は徐々に体の上へと上がっていき、すでに腰も動かなくなっていた。
「お師匠様、助けて!」
 この台座が何の為に作られ、何故ここにあるのかはわからない。わかる事は、この台座には上に乗った者を石化する力がある、という事だけだ。
 興味本位でむやみに行動すれば危険な目に合う。何度もそれを体験しているはずなのに、ティレイラはまた失敗をしてしまった。もう腕も動かない。
 店のドアが開き、人影が見えた事に気付いた時、ティレイラは目玉さえ動かす事が出来なくなってしまった。



「なるほど、これは石化の魔法がかかった台座ってわけだ。あの若い男にちゃんと説明してやらんといけないな」
 石化の魔法の記述を集めた本を開き、シリューナは自分の目の前にある台座の効力を確認した。
「かつていくつか作られて、罠に使われたみたいだな。そのうちの1つが、骨董品好きな老人の手に渡った。まあ、そういう事もあるだろう」
 本を閉じると、シリューナは満足そうに目の前にある石像を見つめた。慌てふためいて、眉間にしわを寄せ、台座から逃げようとしている姿をした少女の石像は、見ている者の同情を誘いそうな程にリアルであった。
 それはそうだろう、この石像はほんの数分前まで、生きていたのだから。いや、決して命まで石にされてしまったわけではないのだから、生きている石像と言うのが正しいだろうが。
「ありがとうティレイラ。調べる手間が省けたよ。おかげで時間が余ってしまった」
 シリューナは小さく微笑むと、ティレイラを台座から下ろして、それを店の外へと運んだ。
「と、やっぱり石だから重いな。それにしても、本当に巧妙な魔法だ。古代の魔法の知識には感心するよ」
 シリューナは店の入り口の横にティレイラを置き、そのまわりに花や草を飾りつけ始めた。店で育てていた魔法の草花が大半だが、美しい花を咲かせている物も沢山ある。美しく飾り付け、ちょっとしたガーデニングの様になった。
「その石像は何?女の子の像なんて面白いねえ」
 通行人が、ティレイラの像を見つめて驚いた表情を見せた。
「本物みたいだろう?ひょんなところで手に入れてねえ。気にいったから、店の前に飾り付ける事にしたのさ」
 そう言って、シリューナは確信犯の様な笑みを浮かべた。
「本当に良く出来ている。素晴らしい腕前の、芸術家が作ったんだろうな」
 それだけ言うと通行人は、ティレイラをしばらく眺めた後、すぐに立ち去ってしまった。
「よかったなあ、ティレイラ。褒められたぞ。ご褒美に、花飾りをつけてあげよう」
 シリューナは花で作った花の頭飾りを、石像のティレイラの頭の上へと乗せた。赤や白、桃色や赤と言った可愛らしい花の飾りが、もはや石像となり身動きも出来ないティレイラの頭を彩っていた。
「我ながら可愛らしく出来た。なかなかの出来栄えだ。何、心配する事はないさ。今日1日、そこで看板娘として働いてもらったら、明日には戻してやるさ。まあ、もしかしたら気分次第で明後日にするかもしれないがな」
 シリューナは、可愛らしく花で飾られたティレイラを満足そうに見つめると、そのままティレイラを店の前へ残し、笑顔を浮べたまま店の中へと戻っていくのであった。(終)