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14人目の時守候補
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真っ暗な空間に、ポツンとある白い椅子。
椅子の前でピタリと立ち止まれば、どこからか声が聞こえた。
「いらっしゃい。じゃあ、座って」
その声に促されるがまま、椅子に座る。
闇の中から聞こえてくる声。その声の主は、幾つか尋ねた。
偽ることなく、その一つ一つに答えを返していく。
無意味だと思った。嘘をついても、すぐにバレてしまうと理解していた。
だから、ありのままを伝える。何ひとつ、偽らず。
鐘を鳴らさねばと思うが故に。
「−……！」
ハッと我に返れば、目の前には銀色の時計台。
夢じゃない。夢を見ていたわけじゃないんだ。
思い返していたんだ。過去を、思い返していた。
けれど、この心に痞える違和感は何だろう。
自分の存在さえも、酷く曖昧に思えてしまう。
けれど、覚える違和感に戸惑う暇なんて、与えられない。
「じゃあ、行こうか。失敗しても構わないから」
肩にポンと手を乗せ、微笑んで言った男。
あなたは誰ですか？ と、そう疑問に思うことはなかった。
何故って、知っているから。何もかもを。
もちろん、これから何処へ向かうのかも理解している。
鐘を。鐘を鳴らさなくちゃ。
その為に必要な経験は、全て網羅せねば。
そうさ。自分は、14人目の時守（トキモリ）候補。
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「あっはは。こりゃまた濃厚なのが来たなぁ」
どこからか聞こえてきた笑い声。男の声だ。
無邪気っつうわけでもねぇな。あの笑い方は。
どちらかというと、カチンとくるっつぅか、カンに触る笑い方だ。
ただでさえ、ちょろりと動揺しちまってるんだよ、俺は。
そりゃ、そうだろ。考えてみろよ。
目覚めた瞬間、自分の部屋じゃなくて闇の中にいたら、どう思うよ？
まぁ、そうだな。まだ夢ん中なのかってな。そう思うわな、普通は。
けどな、残念ながら、これ、夢じゃねぇみたいなんだわ。
さっき、確認したんだ。っつうか、確認させられたって感じだな。
足元には闇ばかり。それなのにな、俺は躓いたんだよ。何かに躓いた。
そんで、転んだ。それはもう不恰好にな。前にベシャッとな。
その時、痛ぇって思ったんだよ。それで十分だろ。
夢じゃねぇって理解するには。ベタだけどな。果てしなくベタだけどな。
んで……どちらさんですか。さっきからムカつく笑い方してんのは。
向こうには、俺が見えてるんだよな。でも、俺には見えない。
何だっつぅんだ。この状況。どうしろってんだよ。
イラついていたのは確かだ。バリバリと頭を掻いた。
声を荒げたりはしなかったさ。そんなのガキ臭ぇだろ。
だからな、俺はジッと動かず、その場に立ってた。
そしたらよ、闇の中からヌッと、そいつは現れたんだ。
「いらっしゃい。じゃあ、座って」
やっと出てきたかと思いきや、椅子に座れと命令しやがった。
おかしいだろ。まず、説明があってもいいんじゃねぇのか。
そう思った。けどな、そうする気力がなかったんだ。俺には。
どっちみち、座ることになるっつぅのも何となく理解していたし。
だから、促されるまま、俺は椅子に腰を下ろした。
さっきまで、椅子なんてなかっただろうがよ。
そういう疑問もあったさ。でも、例によって気力がなくてな。
椅子に浅く腰掛け、はぁ〜と溜息を吐いた俺に、男は言った。
自身の名前が 『ヒヨリ』 であることを、俺に伝えた。
「…………」
肩を小刻みに揺らして、俺は笑った。可笑しかったんだ。
名前と外見が、マッチしてねぇもんだから。随分と可愛い名前じゃねぇの。
クックッと笑う俺に、ヒヨリは書類らしきものを見やりながら言った。
「そっちも似たようなもんだと思うけどね。はい、じゃあ、名前をどうぞ」
「名前ぇ？」
「そう。あと、年齢も教えて」
目を伏せて、淡々と喋るヒヨリの手元。
男のくせに細っこくて綺麗な指してんじゃねぇか……って、そこじゃなくてよ。
チラリと目に入った、書類の内容に俺は、また笑った。
書いてあるじゃねぇかよ。そこに、しっかりと。
俺の名前も年齢も、御丁寧に顔写真までついてるじゃねぇかよ。
それなのに聞くってか。あぁ、そうか。確認ってやつか。はいはい。
「宵守・桜華だ。歳は25。好物は酒」
「好物は聞いてないよ」
「好みのタイプは、そうだな。飽きない奴」
「それも聞いてない」
「で、俺って自由人。好き勝手、奔放に生きて楽しんでる」
「だろうね。うん、それは見れば理解るよ」
「んで、ここが一番重要なところなんだが」
「ん？」
「今日な、俺、寝すぎたんだよ」
「へぇ」
「んで、朝も昼も食ってない。故に、腹が悲鳴を上げてる」
「うん。さっきから元気に鳴いてるねぇ」
「何かしら食い物を恵んでくれると生きる活力が……」
「えーとね。じゃあ、最後の質問」
「…………」
「桜華。お前は、時間について、どう思う？」
スルーか。何つぅ華麗なスルーだよ。俺の要望は聞き入れずか。
まぁ、やぶからぼうだったかもしれないしな。
質問への回答が先か。そうしないと、飯にはありつけないと、そういうことだな。
それなら仕方ない。先に答えてしまおう、さくっとな。
「時間……。時間、ねぇ。」
うぅむ。いざ、説明しろと言われると困るものだな。
そんなこと聞いてくる奴なんて、お前くらいだろうよ。
ん〜そうだな……うまく説明できる気は、まるでしねぇけど。
それを踏まえた上で、俺なりに表現するとすれば。
「延々と積んで重ねた選択の塊、ってとこだろうな」
「あれ。意外とマトモなこと言うんだね」
「……お前、俺をどんな奴だと決め付けてんだ」
「粗暴で大胆な男」
「否定はしねぇけどな。……時間ってのは、アレだ。代わりのきかないもんだろ」
重さも形も色も、人それぞれ。まさに、十人十色ってやつだな。
んでもって、大きく膨れ上がっていく一方の癖して、削れやしねぇ。
邪魔だなと思っても、削ぎ落とすことが出来ねぇもんだ。
捨てるなんて、もってのほかだな。張り付いて取れやしねぇ。
人によって、生きる理由にも死ぬ理由にも成り得るもの。
面倒くせぇもんだ。時間ってのは、そういうもんだ。
俺の回答・言い分を聞きながら、ヒヨリはクスクス笑った。
笑いながら、手持ちの書類らしきものに、何かを書き留める。
その笑い方、何とかなんねぇのか。激しく不快なんだが。
聞いてると、こう、キュッと首を絞めてやりたくなるんだが。
あいつの笑い方に不快感を覚えながらも、俺は考え続けた。
それ以上は口にすることなく、続きは心の中で。
今まで気に留めたこともなかったけどな。
聞かれて、そういえば、って気付いちまった感じか。
何なんだろうな。本当に。真剣に考えたことなんて、なかったわ。
時間って、何だろうな。
ポン、と肩を叩かれて、桜華は振り返った。
振り返った先には、ニコリと淡く微笑んでいるヒヨリの姿。
漆黒の空間、その中心に聳える銀色の、美しき時計台。
「じゃあ、行こうか。失敗しても構わないから」
そう言ってヒヨリは、スタスタと先を歩いていく。
面倒くせぇな、と頭を掻きながら、後を追う桜華。
どこに行くんだ？ だなんて無粋な質問はしない。
そんなこと、聞かずとも理解っている。
向かうは、時の歪み。彷徨う時を救いに行くのさ。
＊
博識であることを、自慢することはない。
今までも、これからも、得た知識を道具として用いることはない。
様々な結末を見てきたさ。同時に、様々な始まりもまた、見てきたさ。
悲劇もあれば、喜劇もあった。確かに言えるのは、必死だったこと。
同じ時を生きた者が皆、必死に呼吸を繰り返していたこと。
共に笑い、共に泣き、共に生きてきた者。
彼等を仲間だと呼ぶことが許されるのなら、そう呼びたいものだ。
そんな彼等も、今や記憶の中にしか存在しない。
命を全うし、永き眠りについてしまったが故に。
俺と同じように、どこかで転生し、新たな道を歩んでいる者はいるだろうか。
いるだろうな。けれど、それを確認する術を、俺は持ち合わせていない。
もとより、確認したいとも思っていない。
ただ、何となく。時折、ふと思い出すことがあるだけさ。
狂気にかられ、狂気のままに、負を撒き散らした忌まわしき存在。
人は恐れた。俺を、天食と呼び、蔑みながらも怯えた。
小刻みに肩を揺らしながらも、俺に罵声を浴びせる。
愚かな者よ。そう思えば思うほど、笑みが止まなかった。
ほんの少し、爪で弾けば、木っ端微塵に砕け散る。
飛散する赤い血で、絵画を楽しんだこともあったな。
悪魔だと、そう呼ばれて当然のことを、俺は繰り返した。
けれどそれは、遠い遠い、昔の話。
身体に染み付いた血生臭さは決して拭い去れないけれど。
俺は選択した。天をも喰らう存在としてではなく、
桜の華のように、儚くも優雅に、悠々自適に生きることを。
例えそれが、許されぬ生き方だとしても。
漆黒の闇の中、ぽっかりと開いた穴。時の歪み。
もしも、あのとき。そう考える者がいる限り、何度でも生まれる歪み。
歪みに巡るのは、期待と後悔。淡い期待と、惜しみなき後悔。
あぁ、あぁ、見てらんねぇや。何て不恰好で不快な色合いだ。
あのなぁ、戻れやしねぇんだ。
どんなに望んでも、時を遡ることなんて、出来やしねぇ。
気付いてやれよ。解放してやれよ。自分で自分を締め付けて何になる？
もっと楽しめよ。人生ってやつを。
せっかく、人として生まれたんだから。
過去に縛られるなんて、みっともないぞ。
お前が言うなって？ そりゃあ、ごもっともな御意見だ。
クッと鼻で笑い、高く高く跳躍。
遥か上空から、不恰好な歪みに見舞う、入魂の一蹴り。
大きく膨らんだ風船が破裂するように、大きな音を立てて、歪みは消えていく。
着地すると同時に、背後から拍手が贈られる。
胡坐を掻いて手を叩いているヒヨリを見やり、桜華は肩を竦め、笑って言った。
「こんなもんで、いかがざんしょ」
「うん、完璧だね。っていうか、余裕かな」
「ん〜。まぁ、そうだな」
「本気になったらなったで、面倒なことになりそうだね。桜華の場合」
苦笑しながら、そう言って、ゆっくりと立ち上がるヒヨリ。
桜華はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、ヒヨリにツカツカと歩み寄る。
うん？ と顔を上げた瞬間。ほんの、一瞬の出来事だった。
「……！ あらら……？」
ガクンと体勢を崩し、前のめりになって倒れこむヒヨリ。
倒れるヒヨリを受け止め、桜華はケラケラと笑う。
「すっげぇ早業。やるね〜」
「看破っつぅ技だな。お前の弱点を突いた」
「弱点のない男ってことで通ってるんだけどな、俺」
「無理無理。何なら、もっかい突いてやろうか。喉」
「いや。結構です。痛くはないけど、何かムッとするんで」
クスクス笑いながら桜華から離れ、ヒヨリは書類に何かを書き留める。
何を書き留めたのか。気にならないわけもない。
聞いたところで、教えちゃくれないんだろうけれど。
それを知りつつも、桜華はヒヨリの肩にガッと腕を回し、書類を覗き込んで訊ねた。
「それ何なの。すげぇ気になるんだけど」
「まだ内緒」
ササッと書類を懐にしまい隠して笑うヒヨリ。
あぁ、まぁ、だろうな。そうだろうな。やっぱ、教えちゃくれねぇわな。
まぁ、いいよ。まだ、ってことはアレだろ。いつかは教えてくれんだろ。
それなら今、無理矢理聞きだす必要はないわな。
いつまでたっても教えないようなら、力尽くで聞けばいいし。
そんなことよりもだ。重要なことがあるだろ。なぁ？
「飯。飯を食わせろ」
「あれ？ 今日も寝坊したの？」
「イエス」
「困ったもんだね。そこ、改善しないと大変かも」
「何で困るんだよ」
「色々とねぇ」
「まぁ、いい。とにかく飯を食わせろ。昨日の分も」
「昨日？ 何のことかなぁ？」
「しらばっくれるか。いい度胸だ。あんだけ華麗なスルーしといて」
「あっはは」
時の番人、時守（トキモリ）
時の歪みを繕う者。それを使命と認め、全うする存在。
我等の目的は、ただ一つ。鐘を鳴らすこと。
高らかに、高らかに、響け、轟け、鐘の音。
その日まで、我等は唱い続けよう。幾年月、果てようとも。
その日まで、俺は唱い続けよう。幾年月、果てようとも。
この身を持って、時への忠誠を。
― 8032.7.7
＊
分厚い日記帳。その最初のページ。
刻まれた思い出の紡ぎを目で追いながら、桜華は一人、クスクスと笑う。
日記をつけるなんて、女みてぇなこと、この俺がするなんてな。
あの日から、一日も欠かさず書き留めてる。何つぅマメな事してんだか。
自分でも滑稽で笑い転げそうになるんだ。
友と呼べる奴等に見せたら、それこそ笑い死んじまうじゃねぇだろうか。
まぁ、見せやしねぇから、無用な心配なんだけどな。
パタンと日記帳を閉じ、棚へとそっと戻して、桜華は懐を漁る。
取り出した、白い懐中時計。時を刻まぬ、その時計が示す時間。
3時0分28秒。
取り戻さねばならぬ時間へ。桜華は不敵な笑みを向けた。
鐘が鳴るまで。再び、時が動き出す、その日まで。
唱い続けてやろうじゃねぇか。幾年月、果てようとも。
もう止めてくれって言っても、なお、唱い続けてやるよ。
弄ぶ悪いクセ？ あぁ、そうかもな。
でも、ちょっと違うな。これは寵愛から成るもんだ。
この身を持って、時への忠誠を。
何度でも、何度でも誓ってやるよ。お望みであらば。
俺をここまで夢中にさせてんだ。
素っ気なくなんて、してくれるなよ。
いつか必ず、聞いてやる。お前の鼓動。
そして、酔いしれてやるんだ。その鼓動に。
さぞ、気持ち良いんだろうな。女と混ざるよりも、ずっと。ずっと。
あぁ、参ったね。考えただけで、どうにかなっちまいそうだっつぅの。
「桜華ー！ まだ寝てんのかー！ いい加減に起きろー！ また朝ごはん抜きになるぞー！」
懐へ懐中時計を戻すとほぼ同時に、呼び付けの声。
聞き慣れたその声に、桜華は苦笑して自室空間を後にした。
さて。今日は、どんな歪みを拝見できますことやら？
と。その前に、今朝の朝食は何かな？
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４６６３ / 宵守・桜華 / ♂ / ２５歳 / フリーター・蝕師
ＮＰＣ / ヒヨリ / ♂ / ２６歳 / 時守 -トキモリ-
シナリオ『14人目の時守候補』への御参加、ありがとうございます。
イベント期間中での参加ということで、結末が大きく変わっております。
桜華さんは、時守"候補"ではなく、既に正式な時守として生きています。
このシナリオ全体が、桜華さんの一つの記憶であると。そう捉えて下さいませ。
また、その結末に併せまして、正式な時守であることの証、
『アイテム：時守の懐中時計』を物語と一緒に、お届けしています。
該当のアイテムに関しましては、所有アイテム欄を御確認下さいませ。
以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
参加、ありがとうございました＾＾
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２００８．１０．２８ ／ 櫻井かのと （Kanoto Sakurai）
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