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<東京怪談ノベル(シングル)>


あるべきところへ



1.
 その日、アンティークショップ・レンに現れたみなもの手には小さな紙袋があった。
「あの、こんにちは」
 遠慮がちにそう言いながら中に入ったみなもにすぐ気付いた主である蓮は笑顔でみなものほうへと近付いてくる。
「やぁ、みなもちゃんじゃないか。久し振りだね、今日はどうしたんだい?」
 蓮が言うとおりみなもがここを訪れたのは久し振りであったため、気さくに蓮は接してくれるもののみなものほうはしばらく訪れていなかったため遠慮がちな様子が抜けきらないまま口を開いた。
「蓮さん、あの……あの子はまだここに?」
 その言葉に、蓮はみなもがこの店を久し振りに訪れた理由に気付いたらしく、「あぁ」と頷いてみせる。
「まだここにいるよ」
「そう、ですか」
 誰かに会いに来たらしいみなもだが、目的の相手がいることがわかった途端、その顔に僅かだが複雑な表情が浮かんだのを見逃す蓮ではない。
「どうしたんだい? 会いにきたんだろ?」
「そうなんですけど……」
 どう言えば良いのか考えているらしいみなもに深く尋ねることはせず、蓮は店の奥へとみなもを案内した。
「まぁ、折角きたんだ。久し振りに遊んでやっておくれよ」
 そう言って蓮がみなもを連れてきたのは一枚の小さな絵の前だった。
 絵の中には小さな家と、その家についている窓にひとりの少女の姿が描かれている。
 ゆっくりその絵に近付くと、みなもは笑顔でその絵の少女に向かって話しかけた。
「こんにちは。遊びに来たわよ」
 と、絵に描かれている少女がゆっくりとみなものほうを向き、無邪気な笑顔を見せた。
『お姉ちゃん、こんにちは』
 少女は笑顔でそうみなもに言い、そして絵に描かれている扉が静かに開かれた。


2.
 ある事件をきっかけに、みなもはこの『少女』と出会った。
 少女はすでに死亡しているのだが、その魂が絵に描かれた家の中に留まり、奇妙なことにこうして会話もできるし他の者が絵の中へ入ることもできるようになった。
 少女の家族はどうやら少女と共に死亡しているようなのだが、少女は彼らの元へは行けず、いつか迎えに来ると信じ両親を待ちながら絵の中で暮らしている。
 そのことを以前少女から聞いたみなもは、だから蓮が少女がこの絵にいまだ留まっていると聞き複雑な気持ちを抱かざるを得なかったのだ。
 このままこの絵に留まってこの世にいることが果たして少女にとって幸せであるのか。家族の元へと旅立ったほうが良いのではないのか。
 しかし、少女にとってどちらが本当に幸せであるのかなどみなもにはわからない。わからないが故にみなもの気持ちはいっそう複雑なものになっていく。
「お姉ちゃん、なんだか元気ないよ?」
 ふと聞こえたそんな声に、慌ててみなもは笑顔を作って少女のほうを向いた。
「そんなことないわよ。今日はね、おやつを持ってきたの。それ以外にもいろいろ」
「ほんと?」
 途端、少女は目をきらきらと輝かせながらみなもを見上げ、その顔にみなもの心も和らいでいく。
 どうしたらこの少女にとって一番の幸せなのかはわからないが、せめて自分がいまできる精一杯のことを少女にしてあげたい。それは間違いなくみなもの本心だった。
「お姉ちゃん、おやつってなぁに?」
「ケーキとジュースよ。近くにおいしいお菓子屋さんがあって、そのケーキがとってもおいしいから持ってきたの」
「わたしケーキ大好き!」
 早く早くとせがむ少女にみなもは笑顔で絵の中に持ってきたケーキとジュースを準備することにしたが、ふと思いついたことを外にいる蓮に向かって尋ねてみることにした。
「蓮さん、もし絵の中に何かを描き込んだら、それはこの中で実体化するんですか?」
「そいつは試したことがないからなんとも言えないけど、実際やって確かめるのが一番手っ取り早そうだね」
 いま用意するよと言いながら蓮が持ってきたのは水彩画用の道具だった。
「万が一、塗りつぶされて何かあったら大変だからね。あんたらはちょっとどいてなよ」
 念の為そう言ってから蓮は筆をとりカンバスの窓のふち辺りに小さな花瓶を器用に描いてみた。
 描きこまれた花瓶のほうへ近付き、みなもはそっとそれに触れてみる。
 匂いはしないが、手にはしっかりとその感触があった。現実に比べるとやや感触に違和感を覚える気もするが、それは確かに花瓶として絵の中に存在している。
「どうだい?」
「ちゃんと実体化するみたいです」
 確認を終えたみなもは、蓮に向かって再び提案をした。
「この家の中に、家具を描き込んでもらえますか? できれば可愛らしい感じで」
「お安い御用だよ」
 にっこりと笑いながら蓮が描きこんだのは少女に似合いそうな白いテーブルと白い椅子だった。
「わぁ、このイス可愛い」
 嬉しそうに喜ぶ少女を見ながら、みなもも楽しそうにケーキをできたばかりのテーブルに並べていった。


3.
 ケーキを食べた後も、みなもと少女はいろいろなことをして遊んだ。
 みなもが持ってきた少女漫画は少女のお気に召したらしくふたりで一緒に読んでは少女は続きが見たいとみなもにねだった。
「ねぇ、お姉ちゃん。さっきの花瓶みたいに他にもいろいろ描けるのかな」
「何を描いてもらいたいの?」
「あのね、この壁、わたしが住んでたお家はもっと青色がきれいで、中ももっと明るくて、それと、それと」
 言われるまま、蓮は少女が満足するように家の内装を新しく描き換えていった。
「あんまり描き込むと元の絵がどんなだったかわからなくなりそうだけどねぇ」
 そう言いはするものの、そもそも他の者に売る予定などない絵なのだから構うことはないさと蓮はすぐに笑ったものだが。
「すごい、わたしのおうちそっくり!」
 できあがった様子を見て少女は嬉しそうに目を輝かせた。
 だが、ひとつだけ少女の希望をかなえることができないことがあった。
 生があるものを新たに描き加えることだ。
 猫、犬、鳥、いろいろな生き物を試しに描いてみたが、それらは置物のように冷たい静物として現れるのみで、少女が望んだように生きている存在としては現れることはなかった。
 寂しそうにうなだれる少女を見て、みなもは優しく語りかける。
「やっぱりひとりは寂しい?」
 その問いに、少女は小さく頷いてみせる。
 みなもは一緒に遊ぶことはできる、そして他の者も望むのならばこの家の中に招かれ、少女と一時遊んでやることは可能だろう。
 だが、みなもを含めて彼らは束の間の存在に過ぎず、少女の傍にいるべき者は誰もいない。
 かといって、少女がどうしたら両親の元へと辿り付けるのか、それがみなもにはわからない。
「蓮さん、どうにかしてこの子をご両親の元に連れて行くことはできないんですか?」
 どちらが少女にとって幸せなのか、本当にわかっていると言い切る自信はない。だが、こうして寂しくひとり絵の中で過ごしているより、誰かが傍らにいてくれるほうがきっと少女は幸せだといまのみなもには感じられた。
 みなもの言葉に、蓮はしばらく考えこんだ後、「駄目かもしれないけど」と前置きをしてからひとつの提案をした。
「誰かをその中に招くためにじゃなくて、自分が絵から出るためにその子がドアから出てみたらどうだい? 自分の意思でその絵から離れて外に出てみるってことだね」
「でも、そんなことをしてもしこの子が消滅してしまったら──」
「お外に出たら、お父さんとお母さんに会えるの?」
 みなもと蓮のやり取りをじっと聞いていた少女はそう言ってみなもの顔を見上げた。
「わたし、お外に出る。お父さんとお母さんに会いたい」
「本当に会えるかどうかわからないのよ? もしかしたらあなたは消えちゃうかもしれないのよ?」
 少女の身を案じたみなもの言葉にも、少女は強く首を振った。
「お父さんたちはきっと探してくれてる。だから、わたしもお父さんたちを探しに行くの。待ってるだけはもうイヤ」
 その言葉に、みなもはゆっくり頷いた。
「じゃあ、お姉ちゃんが一緒にお外に出てあげる。せぇので一緒にここから出ましょう?」
 そう言って、みなもはそっと手を少女に差し出し、少女はその手を嬉しそうに握ると、ふたりは扉の前に立った。
「せぇの」
 ふたり同時の声を合図に扉は開かれ、ふたりは一緒に足を踏み出した。


4.
 目を開くと、みなもはアンティークショップの中にいた。
 慌てて周囲を見渡すが、一緒に絵から出た少女の姿は見当たらない。
「蓮さん、あの子は……!」
「あんたがこの絵から出てきたのと一緒に、何処かへ消えちまったよ」
 ほら、と蓮が指差した絵には、少女の姿は消えていた。
「あの子、まさか消えちゃったんでしょうか」
「そうとは限らないよ。あんたがこっちに戻ってきたように、あの子だって魂のあるべきところへ戻っていったのかもしれないじゃないか」
 もし蓮の言う通りだとして、そのあるべきところには少女の両親が待っていてくれるのだろうか。
 みなもにはわからないことだが、そうあってほしいと願うことしかいまのみなもにはもうできることはない。
「なぁに、大丈夫だよ。お互いが会えると信じて探しあっていれば巡りあえるように案外この世界はできているものらしいからね」
 だから、みなもちゃんもそう信じてあげるんだよと言って肩を軽く叩いた蓮に、みなもは小さく頷いた。
 きっと、少女は両親と出会えるだろう。そして家族がまた一緒になり、あるべきところへ還ることができるだろう。
 そう信じ、みなもはすでに誰もいなくなった絵を改め見つめた。