コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


 14人目の時守候補

-----------------------------------------------------------------------------------------

 真っ暗な空間に、ポツンとある白い椅子。
 椅子の前でピタリと立ち止まれば、どこからか声が聞こえた。
「いらっしゃい。じゃあ、座って」
 その声に促されるがまま、椅子に座る。
 闇の中から聞こえてくる声。その声の主は、幾つか尋ねた。
 偽ることなく、その一つ一つに答えを返していく。
 無意味だと思った。嘘をついても、すぐにバレてしまうと理解していた。
 だから、ありのままを伝える。何ひとつ、偽らず。

 鐘を鳴らさねばと思うが故に。

「−……!」
 ハッと我に返れば、目の前には銀色の時計台。
 夢じゃない。夢を見ていたわけじゃないんだ。
 思い返していたんだ。過去を、思い返していた。
 けれど、この心に痞える違和感は何だろう。
 自分の存在さえも、酷く曖昧に思えてしまう。
 けれど、覚える違和感に戸惑う暇なんて、与えられない。
「じゃあ、行こうか。失敗しても構わないから」
 肩にポンと手を乗せ、微笑んで言った男。
 あなたは誰ですか? と、そう疑問に思うことはなかった。
 何故って、知っているから。何もかもを。
 もちろん、これから何処へ向かうのかも理解している。
 鐘を。鐘を鳴らさなくちゃ。
 その為に必要な経験は、全て網羅せねば。
 そうさ。自分は、14人目の時守(トキモリ)候補。

-----------------------------------------------------------------------------------------

 例えば……ここが夢の中だとして……何の、意味があるだろう。
 夢は……深層心理。人の心の奥深くを……反映して映し出すもの……。
 だとしたら……どう受け止めるべきだろう……。
 自分への興味すら……僕にはないけれど。
 さすがに……ちょっとだけ、気になる。
 僕は、僕を知りたい……そう、思ってる。
 自分のことを知りたいと思うなんて……初めてのことだった……。
「いらっしゃい。じゃあ、座って」
「…………」
 空から降ってきた声に顔を上げて。僕は……見上げた。
 目に映ったのは、闇の中から現れて、こちらへ歩み寄ってくる……男の人。
 か細い身体、小さめの黒い帽子、ちょっとだけ長い髪……。
 視界に捉えた、その男の人は……とても繊細そうに見えた。けれど。
「どうした? 座って。あ〜。えっと。俺はヒヨリ。よろしくどうぞ」
 そう言って、再び座れと促した男の人は……何とも不思議な笑みを浮かべていた。
 その表情を見た瞬間……何となく把握したんだ。この人は……変な人だって。
 触れれば壊れてしまいそうな、ガラス細工のような人……その印象は、すぐに消え去った……。
 ヒヨリさん。そう名乗った、男の人に言われるがまま……僕は腰を下ろす。
 それまで、そこにはなかったはずの……白い椅子へ。
「そんじゃあ、まず名前と年齢を教えてくれるかな」
 書類のようなものを見やりながら、僕に告げたヒヨリさん……。
 質問に答える前に……尋ねたいことがあったから。
 僕は、ヒヨリさんの足元を見ながら、小さな声で呟いたんだ……。
「……。あの……」
「うん?」
「ここは……どこ……ですか……?」
 僕の質問に、ヒヨリさんは……ただ一言。一言だけ、返した……。
「そのうち理解るよ。はい、お名前は?」
 曖昧な返答。適当とも取れる、その返答……。
 けれど、深い意味があるような気もする、その返答……。
 答えになってないよって……言いたい気持ちはあったけれど。
 これ以上訊いても、意味がないって思ったから……。僕は、答えた。
「宵待……クレタ……。歳は、16……」
 ちゃんと答えたよ……。僕は、ちゃんと答えた。訊かれたことを……。
 けれど、ヒヨリさんは、僕の顎を人差し指でツィッと上げて、言ったんだ……。
「人と話す時は、相手の目を見ような」
「…………」
 何度か。言われたことのある言葉だった。数える程度にしか……言われてないけれど。
 僕は、言葉を返すことはなく。ただ……コクリと頷いて、それを返答にした。
 けど……これは、僕の癖のようなものだから。すぐに、どうにかなるはずもなくて……。
 それからもずっと、僕は目を泳がせてた……ヒヨリさんと目が合ったのは、一度だけ。
「じゃあ、最後の質問。クレタ。お前は、時間についてどう思う?」
 時間をどう思うか。そう尋ねてきた、その一瞬だけ……僕はヒヨリさんと目が合った。
 すぐに目を逸らしてしまったけれど……どうしてかな、どうして、目を見たんだろう。
 ヒヨリさんという人物に対して、興味があった……? それも、理由の一つ。きっと。
 けれどそれ以上に……僕は、少し戸惑ったんだ。
 時間について、どう思うか。その意見を述べろだなんて……初めてのことだった。
 いつでも傍にあるものだから……そんなこと訊いてくる人なんていないから。
 どうして、呼吸するの? って、そう尋ねられているような……そんな気がしたんだ。
「……時間、ですか……」
「うん。お前の"時間"に対する想いを聞かせて」
「時間……その概念は……人しか持たないものだと……思う」
「へぇ。なるほど。で?」
「そもそも時間は……計れるようなものではない……から」
 時間。それは僕らが、移り変わる外の世界と空間を認識して……区切るからこそ生まれるもの。
 朝、昼、晩、春、夏、秋、冬。そう、季節の移り変わりも、時間の中にある……。
 自然なこと……自然そのもの……。僕らが、僕ら以外の動きを捉える為に必要な概念……。
 そうして時間を区切ることによって……僕らは、動きやすくなる。
 季節に合わせて、装いを変えたり……食事を取る、目安にしたり……。
 逆に……縛られて、動きにくくなる時や場合もあるけれど。
 一般的には、便利なもの……。必要不可欠な、もの……。それが、時間というもの……。
「なるほど。なかなか哲学的なことを言うね。じゃあ、クレタ」
「……う、ん?」
「お前は、時間を、どう思ってんだ?」
「……えっ……?」
「辞典から抜粋したような答えは求めてない」
「…………」
「お前にとって時間って何だ? そこを聞きたいんだ。俺は」
「……。僕……僕は……」
 時間。それに対する、自分の気持ち。そう尋ねられたのなら……。
 興味がない。そう、それしか……返す言葉はない。
 未来のことにしても……これから何が起こるか、どうなっていくのか。
 僕の周りを巡る、時間の流れ。そこに……僕は無関心だと思う。
 例えば……選択を迫られる瞬間があったとして。
 どちらかを選んだ場合、どちらかの未来は消えるわけで……。
 そういう時、普通なら、一生懸命考えると思うんだ……。
 どちらを選ぶべきか。双方を選んだ場合の未来を想定すると思うんだ……。
 でも僕は、考えたりしない……。何となく、そう、何となくで……どちらかを選ぶ。
 どうしたいのかとか、そういう気持ちや概念が、僕には……ないんだ。
 研究施設を出ることを許された、存在。
 凶暴性がなく、生活に支障をきたすことのない、一般社会に適応しうる……個体。
 僕は、それ以上でも、それ以下でもないから……今までも、きっと、これからも……。

 時間なんて、僕には……。

 ポン、と肩を叩かれて、ゆっくりと振り返るクレタ。
 振り返った先では、ヒヨリがニコリと微笑んでいた。
 漆黒の空間の中心部。そこに聳える、銀色の時計台。
 もう、何度足を運んだか、わからない。
 この日も、クレタは時計台を見上げて思い返していた。
 動くことのない、時計台の針を、じっと見つめながら。
「じゃあ、行こうか。失敗しても構わないから」
 そう言って、ヒヨリはクレタの手を引き歩き出す。
 どこに行くの? そう、尋ねることはなかった。
 理解っているから。聞かされていたから。
 僕は、助けに行くんだ……。彷徨うばかりの、時間を。助けに、行くんだ……。

 *

 夜が好き……。月の灯りが好き……。
 だから、いつも動き回るのは、夜……。
 動き回るといっても……飛び跳ねたり、笑ったりすることはなくて。
 静かな時を楽しみ、有意義に過ごすだけ……。
 ラジオから流れる曲を気に入ってみたり、ネットで何かを追求してみたり……。
 そう、散歩を……するんだ。よく。自分の足音が……夜は、鮮明に聞こえるから。
 誰かと一緒に? ううん……隣に、誰かがいたことはない。
 いたところで、どうするわけでもない……どうしていいか、わからなくなるから。
 人と話すこと、関わること、その全てを……心が拒むんだ。
 一人で歩く。だから、一人で自由気侭に歩いていくんだ……。
 月灯りが、肌を照らす様は……見ていて心地良い。
 そう……まるで、身体に吸い込まれていくみたいで。
 僕の白い肌は、月灯りが成すもの……そう、思っていたりもする。
 何かを思い出す、とか……そういう、過去を思い返すような真似……。
 それを嫌う傾向にあるのかな……滅多に、ないけれど。
 時々、本当に、時々、ザァッと……頭の中を記憶が駆け巡ることがあるんだ。
 叱咤の声、蔑む声、赤く赤く、腫れた頬……。
 震える身体……恐怖、葛藤、ごめんなさいを繰り返す……。
 ヒトとして扱われることのなかった、過去……。
 渦中で唯一、温かく、優しい光と……声。
 その温もりは、今、僕の傍に。いつでも……包み込むように。
 そうして、僕は我に返って……思い出す。
 駆け巡る記憶が、過去であることを、理解する……。
 その後の行動は……いつも同じ。
 導かれるように、戻る。フラフラと歩いて……戻る。
 気付けば、また夜になっていて……。そこでまた、思い出そうとする。
 眠りに落ちるまでの記憶、ここに、家に、戻ってくるまでの記憶。
 その記憶は、どこに落としてきたんだろうって、考える。
 繰り返す、繰り返す、毎日は。僕の毎日は、同じことの……繰り返し。
 欠かせないものは、月灯り。それと……夜の、静けさ。
 その生活に、不満を抱いたことはない……。
 これを人生と、そう呼べるのなら。決して、悪いものじゃない……。

 漆黒の闇の中、ぽっかりと開いた穴。時の歪み。
 もしも、あのとき。そう考える者がいる限り、何度でも生まれる歪み。
 歪みに巡るのは、期待と後悔。淡い期待と、惜しみなき後悔。
 どうしてかな……どうして、時間に対して、悔やむことがあるのかな。
 どうしようもないこと。戻ることなんて、出来ないんだよ……。
 けれど、少し。羨ましくもある……。
 そうして、戻りたいと思える時間を所有していることに……。
 僕には、ないから。 戻りたい時間なんて……取り戻したい時間なんて、ないから……。

 スッと目を閉じ、クレタは指を躍らせた。
 まるで、指揮者のように。細く白い指が、闇を舞う。
 やがて、クレタの指には白い光がポツポツと灯り。
 その光は矢となって、空高く、踊るように舞い上がっていく。
 踊る指。その動きがピタリと止まった、次の瞬間。
 クレタがフッと目を開くと同時に、空に蓄積された光が動き出す。
 降り注ぐは、光の矢。音もなく、ただ静かに、闇を裂く。
 光の刺に裂かれて、不恰好な時の歪みは、還っていく。
 また音もなく、闇の中へ。二度と、生まれぬように。さようなら。
 両手をパーカーのポケットへ埋め、ふぅと息を吐き落としたクレタ。
 時の救済。終えた後には、拍手が待っている。
「ごくろうさま。お見事、お見事」
 満足そうに笑いながら、クレタへ惜しみなく拍手を送るヒヨリ。
 クレタは俯いて、何を言うわけでもなく、ゆっくりと瞬きを繰り返した。
 落ちっぱなしの視線、その視界に、ヒヨリの足が映り込む。
 それと同時に、クレタの黒い髪が、ふわりと露わになった。
「……あっ……」
「そうしてたら、どんな顔してるのか、わかんねぇだろ」
「……知る、必要なんて……ないと思うんだ……」
「あるよ」
「…………」
「お前が何を考えてるのか。嬉しいのか、悲しいのか。そういうのを知るには、顔を見るのが一番」
 僕が、何を思っているか……それを知ったところで、何になるの……。
 関係ないじゃないか、他人が、どんなことを考えていようとも。
 そう思うが故に、クレタは、その思いを呟くように口にした。
 けれど、ヒヨリは。
「お前はそうかもしれないけどね。俺は、そうは思ってない」
 そう言って、躊躇うことなく告げた。クレタのことを、知りたいのだと告げた。
 どうでもいいこと。他人のことなんて、考える必要はない。
 そう思っていた。今までも、これからも、ずっと、そう思っていくのだろうと。
 けれど、この男は。自分の意見なんて、お構いなしに踏み込んでくる。
 お前のことが知りたいのだと、そう言って。
 目を見て話せと言う。目深く被っていたパーカーの帽子を強引に引っぺがして、こっちを見ろと言う。
 面倒くさい人。そう思うのに。うっとおしいな。そう思うのに。
 心のどこかで、喜んでいる自分がいた。
 知りたい。そう思うことを、僕は……知った気がした。

 時の番人、時守(トキモリ)

 時の歪みを繕う者。それを使命と認め、全うする存在。
 我等の目的は、ただ一つ。鐘を鳴らすこと。
 高らかに、高らかに、響け、轟け、鐘の音。
 その日まで、我等は唱い続けよう。幾年月、果てようとも。
 その日まで、僕は唱い続けよう。幾年月、果てようとも。
 この身を持って、時への忠誠を。

 ― 8032.7.7

 *

 分厚く黒い日記帳。その最初のページ。
 確かにそこに刻まれている、記憶と自分の文字。
 それらを目で追いながら、クレタは極めて謙虚な呼吸を繰り返す。
 数秒間の物思いの後、パーカーのポケットから取り出す、白い懐中時計。
 時を刻まぬ、その時計が示す時間。
 3時0分28秒。
 取り戻さねばならぬ時間。取り戻そうと、思えた時間。
 クレタは動かぬ時計の針を見つめ、何度目とも知れぬ宣誓を心の中で呟く。
 鐘が鳴るまで。再び、時が動き出す、その日まで。
 唱い続けてみせるから……。幾年月、果てようとも。
「クレタ! 起きてるかっ……て、よし。起きてるな」
 突然、空間に入ってくるや否や、大きな声で名前を呼んだヒヨリ。
 クレタは、懐中時計を再びポケットに収めて、ゆっくりと振り返る。
 あの日と変わらぬ、不思議な笑顔。変わらぬ、声。
 何ひとつ変わらないヒヨリの姿に、覚えた感覚。
 それは、安心。その感覚に、とても良く似ていた。
「仕事だ。仕事。すぐ出るぞ」
「……うん……わかった……」
「あっ。ま〜た、それ被るっ」
「……だって……こうしないと……落ち着かないから……」
「駄目。外しなさい。ほれ、外せっ」
「……あっ……」
「何回言えば、わかるんだ。お前は」
「…………」
「隠してたら、わかんねぇだろって」
「……うん」
「はい、人と話す時は目を見る! こっち見ろ」
「……。うん……」

-----------------------------------------------------------------------------------------

 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『14人目の時守候補』への御参加、ありがとうございます。
 イベント期間中での参加ということで、結末が大きく変わっております。
 クレタくんは、時守"候補"ではなく、既に正式な時守として生きています。
 このシナリオ全体が、クレタくんの一つの記憶であると。そう捉えて下さいませ。
 また、その結末に併せまして、正式な時守であることの証、
 『アイテム:時守の懐中時計』を物語と一緒に、お届けしています。
 該当のアイテムに関しましては、所有アイテム欄を御確認下さいませ。
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
-----------------------------------------------------------------------------------------
 2008.10.29 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
-----------------------------------------------------------------------------------------