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<東京怪談・PCゲームノベル>


 インスピレーション・ドロウ

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「どしたの。らしくないね」
「うん? どうして、そう思った?」
「だって、変だもん。この絵」
「はは。そっか」
 キジルの自室空間にて。
 紅茶とクッキーを運びに来たヨハネ。
 第一声に、らしくないと言った、その理由は、キジルが手掛けている絵にある。
 今日も今日とて、キジルは自室に篭って絵を描くことに没頭していた。
 よくもまぁ、毎日毎日、飽きないものだ。
 加えて、日々、完成する絵のクオリティが高い事にも感心させられる。
 だが、一体どうしたことか。本日の作品は……何とも不出来だ。
 決して下手なわけじゃない。寧ろ、完成度は高い。いつもどおり。
 けれど、随分と荒れているのだ。色もタッチも、乱れている。
 いつもと違う、一風変わった、アジのある作品と言えなくもないけれど……。
 持ってきた紅茶に砂糖を入れながら、ヨハネは笑って言った。
「久しぶりだね。スランプ」
「……そうだねぇ」
 ヨハネの言葉に苦笑を返したキジル。
 どうやら、彼は今、アーティストとしてスランプに陥っているようだ。
 ヨハネが言うように、久方ぶりの状況だ。二年ぶりくらいだろうか。
 厄介なもので、スランプというものは一度陥ると、なかなか抜け出せない。
 かと思えば、些細なことで、フッと復活したりもする。実に厄介な症状だ。
 そんなスランプ状態に陥った場合、キジルはどうするのかというと。
 彼は、筆を持つことを止める。
 しばらく、絵を描くという行為自体を封印するのだ。
 少々強引な手段かもしれないけれど、彼は、いつもそうしてきた。
 好きなことを我慢している。そんな状態のキジルを見て、
 ヨハネもまた、いつも、同じことを考えていた。
 確かに、いつかは回復するんだけど。
 見ていられないのだ。我慢している姿を。
 キジルの決断に口を挟むべきではないと、今までは見て見ぬふりをしてきたけれど。
 それも、もう限界だ。また、辛そうな顔を見るのは……嫌だ。
 うん、と頷いて、ヨハネは決意した。
 キジル好みの甘さに仕立てた紅茶を差し出し、ヨハネは提案する。
「たまにはさ、人物画を描いてみたらどうかな?」
「人物? うーん……」
「風景画ばかりだと、飽きてきちゃうんだと思うよ」
「そうかな。 んー……。でも、そうなるとモデルが必要になってくるわけで」
「だいじょぶ、だいじょぶ。うってつけの人がいるから」
「うん?」
「ちょ〜っと待ってて。今、連れてくるから」
「あ、おい。ヨハネ……。……。行っちゃった……」

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 クロノクロイツに、自室空間を所有しているクレタ。
 今日も今日とて、彼は自分だけの空間で、のんびりと生活していた。
 小説を読んだり、ラジオを聴いたり、ただ、ボーッとしたり。
 実家にいるときと、何ら変わらない生活だ。
 それだけ、居心地が良いとも取れるけれど。
 今日は……どうしようかな……これから……。
 ボーッとしながら、どうやって過ごそうかと思案するクレタ。
 彼の場合、この行為も何となくである。
 あれがああなって、こうだから、よし、これをしよう。だとか、そういう決め方はしない。
 その時折、何をして過ごせば一番くつろげるか。それを一番に考える。
 これをしなきゃ、あれをしなきゃ、という優先順位の概念は、彼にはない。
 例え、その時、急いで済まさねばならないことがあったとしても関係ない。
 思いつくままに、彼は生きる。彼は、そういう性格なのだ。
 小説の続きでも……読んでみようかな……。
 大きなソファの端っこに、ちょこんと座って、
 栞を挟んで置いておいた小説を手に取るクレタ。
 えぇと……どこまで読んだっけ……どこで終わったっけ……。
 今まで読んできたストーリーを思い返しながら、栞が挟まっているページに指を差し込む。
 その時だった。
 ストンッ―
「クレタくーん。いるかなー? あっ、いた」
 突然、満面の笑みを浮かべたヨハネが、空間へ降りてきた。
 ヨハネが、こうして確認もなしに入ってくるのは、いつものことだ。
 そこには、大して驚きもしない。クレタが引っかかっているのは……ヨハネの表情である。
 いつでも無邪気で元気な人。一つ年下のヨハネに対するクレタの印象。
 今日も元気そうだ。けれど。それだけじゃなさそうだ。
 何となく。何となくだけれど。何かを……企んでいるような顔、な気がした。
 ヒヨリと違って、ヨハネは悪戯を仕掛けたりはしない。
 ヨハネの場合、企むイコール遊びの誘い。
 今までも、何度かこうして突然やって来て、遊びに行こうと誘ってきた。
 別に嫌なわけでもなく、いつも、特に用事があるわけでもない。
 故に、その誘いを断る理由はなくて。いつも、応じてきた。
 けれど人と接することを苦手としているクレタにとって、
 無邪気すぎるヨハネと遊ぶのは、ちょっと疲れる。
 今日は……何だろう。ザリガニ捕りは、この間やったし……。
 何のお誘いをしてくるのかと考えつつ、小説をソファの上に置いて首を傾げると、
 ヨハネはツカツカと歩み寄り、クレタの手を掴んで。そのまま、歩き出した。
「……どこ……行くの……?」
 クレタの質問に、ヨハネはニコリと笑って返す。
「キジルの絵のモデル、やってあげて」

 話によると、キジルはちょっとしたスランプ状態に陥っているらしく。
 気分転換も兼ねて、ヨハネは人物画を描くことを提案した。
 そのモデルにうってつけなのが、クレタなのだとヨハネは言う。
 どうして自分なのか。それを理解できずにはいるものの、拒む気もない。
 キジルが絵を描くのを好むことも、彼の絵が素晴らしいことも、クレタは知っている。
 だからこそ、スランプ状態という辛い状況だと聞いて、それを無視するわけにはいかない。
 ヨハネに手を引かれ、キジルの自室空間へとやってきたクレタ。
 キジルの空間は、相変わらず。絵の具の香りで満ちていた。
 自分の空間ほどではないけれど、この雰囲気も落ち着く。
「こん……にちは……」
「クレタくん。ヨハネ、モデルって。クレタくん?」
「そうだよ。うってつけでしょ」
 ニコニコと笑うヨハネから離れ、キジルに歩み寄るクレタ。
 描きかけの絵を一目見て、クレタは瞬時に理解した。
 うん……。確かに……いつものキジルの絵では……ないね。
 でもこれも……一つのアートだと……僕は思うな……。
 創作は……芸術は……自由なもの……。
 例えば……五人が同じテーマに沿って描いても……描き上がる絵は……どれも違う。
 違う人が描いてるんだから当たり前だって……それは、違うんだ。
 個人にも……言えること……。
 過去に描いた絵と同じものを描くことは……出来ない。
 自分らしくないと……そう思うかもしれないけれど……。
 この絵も、キジルの絵であることには変わりないと……僕は、思う……。
 これはこれで、一つの作品として。存在しても構わないのではないか。
 そうは思う。その気持ちに、偽りはない。
 けれど、気分転換に、いつもと違うものを描くことには、賛成だ。
 そう思うがゆえに、クレタは、すんなりとモデルを引き受けた。
 キジルの絵が好きだから、というのも、引き受けた理由の一つかもしれない。
「絵は……面白いよね……。えと……僕は……どうすればいい……?」
 モデルを引き受けたものの、どうすれば良いのかわからない。
 ただ、そこらへんに立っていれば良いのか。
 どこかで、何らかのポーズを取らねばならないのか。
 クレタの言葉に、キジルはしばし沈黙した。
 ジッと見つめるキジルの視線に、首を傾げて返答を待つクレタ。
 しばらくして、キジルは意外な要望を口にした。
「そうだね。どうせ描くなら、ヌードを描きたいな」
「……ヌード。……ってことは……」
 キジルが発した言葉を頭の中で整理している途中だというのに。
「はいはいー。んじゃ、パパッと脱いじゃおうー」
 ヨハネは、まだ頭の中を整理しきれていないクレタの服をベリベリと剥いでいった。
 別に、裸になることに抵抗はない。
 アーティストならば、一度は描いてみたいとおもうテーマの一つだとも思う。
 けれど。自分の身体を描いても、何の面白味もないのではないか。
 ただの、痩せっぽちの少年の絵が出来上がるだけなのではないか。
 気分転換になんて、ならないのではないか。クレタは、そう思った。
 そして、そう思うと同時に、とあることに気付いて思わず硬直する。
 人物画。それは、描く人と描かれる人の間で、深い遣り取りが行われる。
 描く人は、モデルの中にある何かを感じ取り、そこへ自分の中にある何かを投影する。
 そうすることで、ようやく筆を走らせることが出来る。
 異なる心が一つになって、描き出されて、そこに、想いが宿る。
 それは即ち、混ざり合うこと。
 言葉ではなく。別の何か。
 目には見えない遣り取りで、混ざり合うこと。
 言葉以外の遣り取りを、キジルと交わすことになる。
 その場合。どうすれば良いか理解らない。
 うまく、混ざり合える自信もない。
 結局、自分は何の力にもなれなのではないだろうか。
 そんな不安の中、クレタはモデルを引き受けたことを後悔した。
 普通に言葉を交わすくらいなら。どうにかなるようにはなったけれど。
 それより深い混ざり合いは……正直、怖い。

 *

 そんな想いを他所に。丸裸にされてしまったクレタ。
 恥ずかしいという気持ちはない。だが、戸惑っている。
 大丈夫かな、どうすれば良いのかな。そんなことばかりを考える。
「細いねぇー! こうして見ると、一段と細いよー。ね、キジル?」
「うん。でも……何ていうのかな。こう言うとアレだけど。不気味な感じはないね」
「あー。わかるぅー。何だろ。センサイ?」
「そうそう。そんな感じ。わかってきたね、ヨハネ」
 クスクス笑って言ったキジルに、でしょ? と誇らしげな笑みを向けたヨハネ。
 確かに、クレタは細い。細身というよりは、もはや虚弱。
 普段は、ダボついた服を着ている為に、それで隠されているけれど。
 それらを剥がしてしまえば、こんなにも細い。
 強い風が吹けば、本当にフワリと舞い上がって飛んで行ってしまいそうだ。
 けれど、キジルが言うように不気味な雰囲気は、まるでない。
 実際、死人のようで、不気味な細身の人もいる。
 クレタの場合、そのような印象を抱かせることはなく。
 寧ろ、透明感があって、綺麗だと思わせる。
 ヨハネが言った、繊細という言葉がピッタリと当てはまる身体だ。
「じゃあ、そこに。膝を抱えるようにして座ってくれるかな」
 自分の目の前にある、黒い椅子を示して言ったキジル。
 椅子の上で膝を抱えて座る……とても窮屈な体勢だ。
 指示された通り、椅子の上で膝を抱えて座るクレタ。
 どこを見れば良いものか。
 わからないクレタの視線は、ウロウロと彷徨う。
 そこへ、キジルは、もう一つ指示を飛ばした。
「クレタくん」
「……うん?」
「こっち見ててくれるかな」
「……え」
「目の奥が見えないと、描けない」
「…………」
 わかる。言ってることは、わかる。
 今まで見たことのない、キジルの真剣な表情を見れば、言ってることは理解できる。
 けれど。この状況で。この状況で、目を見ろと言われると……正直、戸惑う。
 裸なのは身体ではなくて。心の方。目と目が合うことにより、更に深く。
 自分の身体は、キジルの目には、透けて映ることだろう。
 考えていることも、今、何を想っているかも、戸惑っていることも。
 ダイレクトに心に触れられることに、恐怖を抱いていることも、全て理解ってしまうことだろう。
 恐怖からか、不安からか、高鳴る鼓動。それは、クレタを更に戸惑わせた。
 その緊張を解きほぐそうと、ヨハネは助言する。
「いきなり目を見るんじゃなくてね。眉毛と眉毛の間を見るといいんだよ」
 要するに眉間だ。そこを見れば、良いらしい。
 ヨハネの助言に従い、クレタはキジルの眉間を見やった。
 少しだけ視線をズラせば、バチリと目が合う。
 その度に、ナイフを喉元に宛がわれているような感覚を覚え、クレタはビクリと肩を揺らした。
 極度の緊張の中、必死にモデルとして奮闘するクレタ。
 目はおろか、眉間を見ることもままならない。
 その状態は、描画が終わるまで続いた。
 どれほどの時間を費やしたか、もうわからない。
 キジルは、しきりに筆を止める。
 クレタがこちらを見なくなる、その度に筆を止めた。
 恐る恐る、クレタが自分を見やれば、また筆を走らせて。
 描画が中断された回数もまた、わからないほどに。
 静かな空間の中。静寂と、筆が走る音だけが、繰り返された。
 ぎこちない心の遣り取り。計り知れぬほどの時間を費やして。
 ようやく、描画が終わる。
「完成。お疲れ様、クレタくん」
 キジルのその言葉は、解放の言葉。
 クレタは椅子からヨロヨロと降り、そのままペタリと座り込んでしまった。
「お疲れさまぁー」
 微笑み、クレタへ服を多い被せるようにして乗せたヨハネ。
 はぁ……と大きな溜息を落とし、クレタは、いつものパーカーの袖に腕を通す。
 呪縛から解かれたことに対する、安堵の溜息。
 それを繰り返すクレタに、キジルはスッと差し出した。
 描いた、クレタの姿。ありのままの姿を。
 黒い椅子の上、膝を抱えて座る少年。
 吸い込まれてしまいそうなほどに白い肌と、綺麗な紅い瞳。
 その姿は、描かれていた姿は、確かに人間の身体だったけれど。
 なぜだろう。
 生まれたての、雛鳥のように見えた。

 殻の中にいた頃の記憶を払拭できずにいる雛鳥。
 いつか、空へ飛び立たねばならぬ日が、必ずやってくる。
 その日を決めるのは、雛鳥自身。
 誰かが決めるものではない。
 だから、そのままで構わない。
 蹲ったままで構わない。
 殻の中を懐かしんでも構わない。
 いつか、キミが、自分の意思で飛び立とうと翼を揺らし始めるまで。
 その日まで、見守っていてあげる。
 キミは、そのままでいいんだ。
 怯えていいんだ。怖いって、怯えていいんだよ。
 キミはまだ、雛鳥なんだから。

 描かれた絵に込められた、メッセージ。
 キジルが注ぎ込んだ、気持ち。
 自室空間へと戻る途中、クレタは貰った絵をジッと見つめていた。
 自分の身体を、綺麗だと思ったことなんてない。
 けれど今、確かに自分は。自分の姿に見惚れている。
 満足しているわけじゃない。ずっとこのままで良いんだとは思わない。
 今はまだ。そう、今はまだ、このままで良い。
 そう気付かせてくれる、温かい絵。
 自分の身体ではなく。自分の身体を包み込む温かさに見惚れているのかもしれない。
 クレタが去った後、道具をしまいながら微笑むキジルに、ヨハネは言った。
「どう? 脱出できた?」
 その問い掛けに、キジルは微笑み頷く。
「おかげさまで」
 枠に囚われて自分を見失うなんて、悲しいことだ。
 もっと柔軟に。楽しんで描いていかなくては。
 描き続ける内に、妙に難しく考えてしまう悪い癖がある。
 それに気付けたのは、キミを描くことが出来たからだ。
 これから先。キミの成長を描いていくのも。
 楽しいかもしれないね。
 また描かせてよ。
 キミさえ、良ければ。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / キジル / ♂ / 24歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / ヨハネ / ♂ / 15歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『インスピレーション・ドロウ』への御参加、ありがとうございます。
 引っぺがされましたが。すみません。キジルが絵に込めた気持ち。
 殻は過去だったり、自分の生い立ちであったり。
 翼は興味や関心、好奇心を示している言葉のようです。
 クレタくんの成長に、少しでも反映されますように。
 アイテムとして、キジルが描いた絵をプレゼント致しました。
 どうか、大切にしてやって下さい。
 遠い未来にでも、埃を被った状態で発掘されたりしたら、
 それはそれで。またそこで、ひとつの物語が生まれそうですが(笑)
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.10.30 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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