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<東京怪談ノベル(シングル)>


Z博士ノ、啓発椅子

 ある日の学校帰り。
 ドアを押せば、軽やかな鈴の音。
 アンティークショップ・レン。
 ランプの灯りと古い品物たちのかもしだす独特の空気で満たされた店内へ入れば、セピア色の写真の中にでも迷いこんだかのような気分にさせられる。
 ……筈だった。いつもであれば。
 ところが今日、店内に足を踏み入れた海原みなも(うなばら・みなも)の視界に飛び込んできたのは、ランプの灯りの下ですら、色鮮やかな赤・青・黄・ピンク・緑の五色。
 その五色のモノの前で、ぶ厚い本を片手に、難しい顔をしているのは店主の碧摩蓮(へきま・れん)だ。
「こんにちは」
 みなもの挨拶に、蓮は本のページから視線を上げた。
「よく来たね」
 返事をすると、また視線を戻す。
 みなもは蓮の手元をのぞきこんだ。
「何読んでるんですか?」
「取扱説明書」
 そう言って蓮は顎先で、例の五色のモノを指し示した。
「こいつのね」
 みなもの視線が、謎の物体へと注がれる。それは各辺1メートルほどの大きな立方体だった。それが五色に塗り分けられている。近づいてよく見れば、切れ目のようなものが随所にあり、組木細工のように、五つのモノが組み合わさって一つの立方体になっているようである。
「なんなんですか、コレ?」
「百聞は一見に如かずってね。聞くより、体験してみないかい? ……というわけで、着替えてね」
 みなもの返事を待たず、蓮が差し出したのは首から下の全身をダイバースーツのようにつつみこむ黒いレオタードだった。
「??? まあ、いいですけど……」
「五年前に亡くなった、とあるロボット工学の第一人者でサブカルチャーにも造詣の深い異才……仮にZ博士としておこうか。その人の発明品なんだけどね……なんていうか、天才って人種の考えることはわかんないねえ」
 差し出されたレオタードに着替えながらみなもが首をかしげる。
「なんだか、どこかで聞いたような話ですね」
「例のY博士の友人だった人だからね。類友ってやつかねえ……ええと、まずは着替えで次が……ボイスの採取か。着替えながらでいいからさ、ちょっとこのマイクに向かって喋ってくれるかい」
 蓮が、小さなマイクを差し出した。
「え……、何を喋るんですか?」
「声さえ入りゃあ、何でもいいよ。ハイ!」
 カチリ、と蓮の手がスイッチらしきものを押した。
「え、ええと、こんにちは」
 なんとなく挨拶してみた、みなもである。
「はいオッケー」
 スイッチをオフにすると蓮は立方体の側面に空いていた小さな穴に、マイクを押し込むように取り付けた。
「生成ボタンは……こいつか」
 説明書を見ながら、マイクの穴の脇についていた蓋をパカリと開けて、中をいじっている。
「着替え完了です……ちょっと恥ずかしいんですけど」
 黒いレオタードは女の子らしい体の線をくっきりかたどっている。
 その様子を上から下まで、舐めるように見つめて蓮はニヤリと。
「ふ〜ん、いい体してるじゃないか」
 言って、みなもの頭にヘッドセットのようなものをかぶせた。鳥の羽型の出っ張りが左右についていて、SFチックでありながらもどこか北欧の戦乙女の兜を思わせる。
「うわっ」
 シャキン、と軽い金属音がして、ヘッドセットから飛び出たグラススコープがみなもの右目を覆った。
「びっくりした……」
「そいつはタダの飾りみたいだね。けど驚くのは早いよ?」
 蓮がスイッチらしきところに触れるや、ウィーンと立方体が振動する。と、積木細工が元の形を取り戻すかのように、立方体がパカパカと展開しはじめた。
「ええええっ……!?」
 赤・青・黄・ピンク・緑、それぞれの色でできた物体へと自動的にわかれてゆく。分かれた物体はシャキーンシャキーンと金属音を響かせながら変形し、出来上がったのは小さな五つの……
「椅子……ですか?」
「そういうこと」
 幼児が座る程度の小さな椅子が五脚、均等にならんだ。
「ここまでは、まあ前座でね。本番はこれからなのさ。主役はもちろん、あんただよ。で、主役といえばキメ台詞だよね」
「は、はあ???」
 話の流れが、全く見えない。
「さっきのボイス採取で、あんたの声をこいつら認識できるようになってるから、ここに書いてある通りにしてごらん」
 見やすいように、該当ページをみなものほうへと向けて開く。

――ここまでできれば、いよいよ変身です。
  まず重要なのはポーズです。
  右手は腰にあて、左手は人差し指をピンと立てます。
  立てた人差し指は頬にあてましょう。
  右足は軽く飛び跳ねたときのように、膝からしたをぴょんと後ろに上げてください。
  この状態でちょっと小首をかしげたら、スマイル&ウインク!
  そして叫ぶのです。
 『五脚合体! ちぇあちぇあ・ちぇ〜んじ(はぁと)』
  はぁとは気分の問題ですが、欠かすべからざる萌えポイントですので三つくらいハートマークが飛んじゃう勢いで気合をいれましょう。

 目を通しただけで、頬が熱くなったみなもである。
「……蓮さん、あの……なんかやたら恥ずかしい上に……意味不明なんですけど、そのう……これほんとにあたしが? やるんです……よね?」
「やるんだよ、あんたが」
 即答、である。

――ええっと、恥ずかしいけど、蓮さんにはお世話になってるし……が、がんばれ、あたし! ああ、でもでも……ええい!

 みなもの頭の中で、何かがプツリと切れた。
 みなもの右足が上がる。
 軽く首をかしげて、左の人差し指がやわらかい頬の肉をぷにっと押した。
 にっこり笑って、パチリとウインク。
「五脚合体! ちぇあちぇあ・ちぇ〜んじ!」
 まぼろしのハートが店内を乱舞した。
 その瞬間。
 アップテンポの音楽が響き出した。小さな椅子にスピーカーが仕込まれていたようだ。
 同時に椅子がウィーンと動き出す。
「え、な、何?!」
 下部に車輪がついているのだろう、緑色の椅子がみなもに向かって走ってくるや、シャキーンシャキーンとブーツ型に変形し、みなもの左足を覆った。
 まるでサイボーグの脚のような外見だ。
「へえ〜優秀だねえ、特殊センサーが命じた人間の位置を正確に感知して自動装着していくらしいよ」
 蓮が説明書を抜粋して読み上げる間にも、今度は黄色の椅子が走りより、右足を覆ってゆく。
 BGMに、ヴォーカルの声が入った。

♪♪ちぇんじ ちぇんじ ちぇあっ ちぇあっ!
  ちぇんじ ちぇんじ ちぇあっ ちぇあっ!

「こっ、これあたしの声っ??」
「お〜そのまんまだねえ。採取したボイスから主題歌が自動生成されてるんだけど、ここまで見事なもんだとは思わなかったよ」

――み、耳ふさいじゃいたいよお!
 自分の声というのは、普通に録音しただけでも聞くのは気恥ずかしいものだが、こうこられては問題外である。
 みなもの内心の叫びをよそに、歌声はどこまでもアイドルちっくに軽快そのもの。

♪♪五つの椅子は〜あたしの心〜
  いつも勇気を(レッド!)
  優しさは大事ね(グリーン!)

 ご丁寧に掛け声まで入っている。
 その間にも、ピンクの椅子が走りより、今度はウィーンと脚を伸ばして高くなり、みなもの腹部あたりまで伸び上がった。シャキーンシャキーンと胸にそわせるカップが形づくられ、みなもの胸部から腹部、背中までを覆う。覆いつくせば、不要になった脚が内部に収容されてゆく。

♪♪みんなに愛を(ピンク!)
  さみしい日もある(ブルー!)
  だけどだけど希望を信じて(イエロー!)
  
 続いて赤の椅子と青の椅子が、それぞれみなもの右手と左手を肩口から指先まで鋼鉄の手袋となって覆ってゆく。

♪♪あたしは あたしは ちぇあッ子エンジェル
  ちぇあちぇあ・ちぇ〜んじ ラブ&ピース!

 歌が終わる頃には、みなもの全身はアニメにでも出てきそうなカラフルなロボットヒロイン状態と化していた。
 おしりから太もものあたりだけが黒地のレオタードのまま露出して、機械化された中にも女の子らしい形状を強調している。
「一見特撮モノかテレビアニメのパロディっぽいけど、Z博士の完全オリジナルだそうだよ」

――か、顔から火が出そう……

 みなもは完全にゆでダコ状態で真っ赤になっていた。
「どう? 動けるかい?」
「は、はい……」
 ガシャガシャと凄い音はするが、重量は全く感じられず、体の動作に問題はない。
「特殊な磁場を発生させることにより、地球の重力を局所的に相殺、人体への負担を98パーセントカットしてあるんだそうだよ。全然意味わからないけど、ものすごい技術があったもんだねえ」
 使い道の間違い方も、ものすごいと思ったみなもだったが、突っ込む気力も失せている。
「さて、それじゃあ、仕上げといこうか」
「まだ、何かあるんですかっ!?」
 声が半分悲鳴になっている。
「ナニ言ってんだい。椅子は座ってなんぼじゃないか。ええと、何ページだったかねえ……これだ」
 パラパラとページを繰る手が止まる。
「お、今度はセリフだけでいいみたいだよ」
「良かったあ!」
 嫌な予感がしまくっていたのだが、蓮の言葉に一息ついたみなもである。
「で、何て言えばいいんですか?」
 あの恥ずかしいポーズが無しでいいなら、少々のセリフなんて何ほどのこともない。
「ええと、『あなたのらぶ・ちぇあ〜にへ・ん・し・ん』だそうだよ。ああ、あたしは棒読みだけど、あんたは……わかってるよね?」
 蓮の微笑が、悪魔のホホエミに見えた一瞬である。
「うう……わ、わかってますよう……でも、まあ今回はセリフだけですから」
 うつむいて、心の準備をすること十秒。
 ぐっと顔を上げると、
「あなたのらぶ・ちぇあ〜にへ・ん・し・ん」
 とっておきの声で言ったその途端、みなもの手が、足が、勝手に動き出した。
 両手を大きく広げて片足でくるくると回転する。 
「えええええ!?」
「ああ、そうそう、言い忘れてたけど、この場合は変身のセリフを言うと、全身のパーツから微弱な電流が流れることで筋肉が操作されて、自動的に変身のダンスさせてくれるからね」
「言い忘れないでくださいいいい!!」
 涙まじりに叫ぶ間に、回転しおえた体が大きく開いてXの字を形づくり、そこからぎゅっと身体を縮めて両手で自分の身体を抱きしめる。
 全身の力が少し抜け、しなっとお色気ポーズ。
 両手の上から鋼鉄の胸がこぼれて躍る。
「いいじゃないか、可愛いんだから」
 蓮は他人事と割り切って、一部始終を楽しく見物している。
「よくありませんっ!! きゃっ!!」
 そのまま正座のような形にみなもの腰が落ちてゆく。
 正座した状態で脚のパーツが開き、太ももと脚を一つに覆いなおしてゆく。
 両手が肩と水平になるまで持ち上がり、肘がかくりと折れると手先が前方へと伸び、肘掛型に固定される。
 同時に、胸元のピンクのパーツからマスク状のものがせりあがり、みなもの顔面を覆った。視界がなくなり見えないが、腹部も胸元から引き出された薄い板のようなもので覆われる感触。
「あ、あたしっ、どうなってるんです!?」
 鋼鉄のマスクの中で、自分の声がわんわんと響く。
「う〜ん、前から見たら、完全に鋼鉄の椅子、だね。UFOの操縦席? みたいなSFっぽい流線形でなめらかなフォルムだよ。もっとゴツゴツになるのかと思ったけど、意外だねえ」
 マスクごしに蓮の声が答えた。
 少し聞き取りにくいが、どうにか会話は可能である。
「座ってみてください」
 ここまでやったら座ってもらわなくては、意味がない。
「いや、もう座ってるよ?」
「ええ?」
 気付かなかった。
 全く何も感じない。
「きゃっ!」
 急に、ガクンと背中が後ろへ傾いた。
「へえ〜リクライニング機能つきなんだ……、それからこのボタンは……」
「きゃああああ!!」
 みなもの全身がぶるぶると震えだした。
「マッサージチェア機能バイブレーションかあ、ふうん、気持ちいいねえ……ここで張節できるんだね、ええともう少し上のほうを強めに……と」
 鋼鉄の中で、全身を震わせているみなもの、特に一部が激しく振動する。
「あっ、む、胸っ! ちょ、蓮さん、ダメっ!」
 背中のやや上部が凝っていたのだろうが、椅子の中のみなもにすればたまったものではない。
「遊ばないでくださいよう……うわ、うわ、うわ!」
「いいじゃないか。あんたは今あたしのらぶちぇあ〜なんだしさあ。しっかし多機能だねえ。ええと他には……ロケットパーン…」
 チ、と発音するより早く、みなもが叫ぶ。
「飛びませんし、そもそも拳外れませんからっ!!!」
「アハハ、冗談だよ。流石についてないねえ」
「蓮さああん……」
 あれやこれや、ぶあつい説明書にたっぷり掲載されている機能を片っ端から試す蓮から、みなもが解放されたのは実に二時間後のことであった……。

「じゃ、失礼しますね」
 元通り学校の制服に着替えたみなもは、ぐったりと疲れ果てていた。
「お待ちよ。これ、お土産だよ」
 呼び止めた蓮が、みなもに差し出したのは……
「し、写真? いつの間に!?」
 レオタード姿でポーズをとりウインクするみなも。
 ロボットアイドル状態でお色気ポーズをとるみなも。
 蓮に腰掛けられた状態の椅子のみなも。
 しっかり三枚も撮ってあった。
 愛用のキセルに葉を詰めながら、蓮はニヤリと。
「実はねえ、自動記念撮影機能もついてたのさ。目に見えない微生物大のナノマシンカメラが周囲を飛んで、ここぞというショットをおさめるんだと。超のつく天才が萌えに走ると、おっそろしいことができるもんだねえ」

――だから、その技術、他に使い道とか使い道とか使い道とか……絶対間違ってるよ……
 
 思わず遠くを見つめるような目になってしまったみなもである。
 そこから視線を戻して写真を再度眺めれば、あの状況が脳裏に蘇り、また頬が熱くなる。
 けれど。

――このウインクのあたし、ちょっとカワイイかも。

 そんなことを考えてしまったあたり、みなももまたZ博士の萌え心に毒されてしまったのかもしれない。

――うん、イイ、よね!
 
 疲れの気配も吹き飛んで笑顔になったみなもを、店主の視線が興味深げに見据え。
「面白いねえ、あんたって子は」
「はい?」
「何でもないよ。気をつけてお帰り」