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<東京怪談・PCゲームノベル>


 ロスト・ホーマー

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 あらゆる空間と通ずるが故に。
 ここには、迷い子も多く訪れる。
 何故、ここに踏み入ったのか。どうやって来たのか。
 迷い子の大半は、その疑問を胸に抱く。
 見渡す限りに続く漆黒の闇の中、不安に苛まれて。
 いつしか迷い子は歩むことを止め、その場に蹲る。
 動きが止まれば、見つけることは容易い。
「またか……。最近、多いな〜」
 ピタリと足を止め、溜息混じりに呟いたヒヨリ。
 ヒヨリは、そのままクルリと反転し、来た道を引き返す。
 ジッと動かず、その場に留まったままの鼓動に向かって歩き出す。
 しばらく歩いて、その先で。ヒヨリが視界に捉えた人物。
 それは、とても小さく可憐な……少女だった。
「よっ。こんちは」
 ゆっくりと歩み寄りながら、ヒヨリは少女に声を掛けた。
 彷徨う、時の迷い子へ。

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 6年前―
 森の中、ひっそりと存在していた研究施設。
 地上にあるそれは、とても小さく質素な建物だった。
 けれど、研究施設の本体は、地上ではなく地下に。
 扉を潜ってすぐ、黒いエレベーターがあり、それにて下降。
 地下、停止する層は、50にも及んだ。
 だが、行き来できたのは、下層45〜49の間のみ。
 それ以下にも、それ以上にも、出入りすることは出来なかった。許されなかった。
 それが、サンプル達に埋め込まれた、ルールだったから。
 中には、ルールを破り、逃げ出そうとするサンプルもいた。
 そんな彼等に対して、白衣を纏った男達は、しきりに言っていた。
 まだ、人間のつもりでいやがるのか、と。
 逃げ出したサンプルが戻ってくることはなかった。
 後に聞いた話、彼等は失敗作として処分されてしまったらしい。
 外に出ることは叶わずに、研究施設の中で捕まって……処分されてしまったらしい。
 宵待・クレタ。10歳。
 自分の名前を、忘れかけていた。
 クレタと呼ばれることはなかった。
 施設の中では、決められた番号でしか呼ばれなかった。
 クレタに与えられたナンバーは、N−563。
 久しく名前を呼ばれず、そのナンバーで呼ばれ続けて、いつしか錯覚に陥る。
 自分という存在は、N−563。そのナンバー以外に、何の意味も持たないのだと。
 それが錯覚であること、洗脳の一種であること。全てをクレタは理解していた。
 他の、ナンバー付きのサンプル達も、ほとんどが理解まで至る。
 だが、その錯覚理解を、拒んでしまうケースがあった。
 錯覚に陥って尚、自分の存在を認めて欲しいと願う。
 ナンバーではなく、本当の名前で呼んでくれ、と願う。
 人としては、当然。けれど、実験体としては、問題。
 研究者達にとって、彼等は失敗作以外の何物でもなかった。
 彼等の願いは叶わず。人としての欲望を口にした瞬間、失きものにされる。
 何度も、何人も。そうして、処分されていくサンプルを目にしていた。
 彼らに対して、可哀相だとか、そういう感情を抱くことはなかった。
 理解っていたから。欲してはいけないのだと、理解っていたから。
 いつしか、人であることさえも忘れかける。
 けれど、それを怖いと思ったことも、嫌だと思ったこともなくて。
 こんなものかと。こういうものなのだと、そう理解することが出来た。
 数多く存在した実験体。サンプルの中、そうして自分を悟れる者は希少だった。
 その為、クレタは優秀なサンプルとして、何不自由ない生活を送る。
 ポツリと一言、何かを呟けば、それは叶えてやるべき欲求として研究者たちに届いた。
 処分されることはない。欲したことを、罰せられることはなかった。
 逆に、何か欲しいものはないか? そう訊ねられることが多かった。
 どうしてだろう。どうして僕は、処分されないのだろう。
 どうして、こんなにも大切に扱われるのだろう。どうして。どうしてだろう。
 優遇された状態。そんな生活が続く中、クレタは戸惑った。
 けれど、その戸惑いも、すぐに落ち着いてしまう。
 隔離された生活は、考えることそのものを、退化させてしまった。
 必要以上に優遇される生活が始まって、半月が過ぎたあたりのことだった。
 クレタに、人生で初の 『友達』 が出来る。
 必要なものは全て揃っている、生活に事欠くことのない、研究施設最下の部屋。
 そこは、もはやクレタの専用室と化していた。
 思い思いのこと、好きなこと。日々、気の向くままに生きる。
 部屋の外に出るのは、定期の血液採取のとき、朝と夜の二回だけ。
 それ以外の時間は、この空間で、この隔離されつつも安らぐ部屋で、クレタは生活を続けた。
 その部屋へ、何の前触れもなく、ヒョッコリと飛び込んできた一人の少女。
 自ら飛び込んできたのではない。放り込まれた、と言ったほうが正しいだろう。
 少女は、とても小さく細く、まるで骸骨のようだった。
「おはよう。はじめまして」
 少女は、掠れた声で微笑み、部屋の隅で本を読んでいたクレタに挨拶をした。
 どうしてだろう。普段、研究者たちが挨拶をしてきても、身動きすることはなかったのに。
 その場から動かぬまま、呟くように、おはようございますと返すだけなのに。
 立ち上がり、少女に歩み寄っている自分が、クレタは不思議で仕方なかった。
 少女と、初めて交わす言葉。いや……人と、初めて交わした言葉。
「……おは、よう」

 5年前―
 その日は、唐突にやってきた。
 いつもと何ら変わらぬ朝だった。
 目覚めて目が合い、おはようの言葉を交わす。
 今日は、一緒に何して遊ぼうか。話し合いながら、二人は笑っていた。
 そんな二人を、モニターで確認していた眼鏡の男が、とある言葉を口にする。
「笑みを覚えたか。……よし。JKを実行しよう」
 眼鏡の男が発した言葉に、近くにいたスーツの男が確認した。
「どちらを?」
「H−468だ」
「了解しました」
 眼鏡の男は、モニターの前で頬杖をつき、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
 間もなくして、男の元に、少女が運ばれてきた。
 気を失っている、その少女の前髪を掻き分ければ、そこには『H−468』の刻印。
 眼鏡の男は、少女を愛おしそうに抱きしめて、眠る少女の耳元で何度も愛を囁いた。
 可愛い、可愛い、俺の玩具。お前たちに、俺は計り知れぬ愛を注いできた。
 今までも。これからも、ずっと。その愛は衰えることなく。増していくばかりさ。
 どうか、受け止めておくれ。俺の、この留まることなき愛情を。
 その身に宿し、そして見せておくれ。俺の魂を継いだ、その姿を。
 少女が部屋からいなくなり、ポツンと一人ぼっち。
 今まで、こんな気持ちになったことはなかった。
 いつだって、自分は一人。それに不満や恐怖を抱くことはなかった。
 それなのに、どうしてだろう。手が、足が、こんなにも震えるのは。
 部屋の隅、蹲るようにしてクレタは待っていた。
 少女が戻ってくるのを。ただ、ジッと動かずに待っていた。
 半日ほどが過ぎた頃。
 バシュッと扉の開く音。
 見やれば、そこには少女が立っていた。
 クレタは、すぐさま立ち上がり少女に駆け寄る。
 たった半日。たった半日だけど、とても久しぶりな気がした。
 駆け寄ったクレタは、少女の手を引き、いつものソファへと歩いて行く。
 話したいことが、次々と頭を駆け巡った。いつも話しているのに。
 もう、話すことなんてないんじゃないかってくらい、毎日話しているのに。
 何を話そうか、何して遊ぼうか。また、絵を描きながら、お話しようか。
 あぁ、そうだ。天使が悪魔を好きになってしまう、あのお話。
 まだ途中だったよね。聞かせてよ。あのお話、好きなんだ、僕。
 あぁ、そうだ。その前に、キミに言わなきゃいけない言葉があるね。
 危ない、危ない。忘れるところだった。また、キミに叱られちゃうところだった。
 淡く微笑み、クレタはクルリと振り返った。そして告げる。
 少女と交わした、たった一つの約束。約束の挨拶を。
「……えと。……おかえり」
 照れくさそうに微笑んで言ったクレタ。
 頭の中で、次の展開を予想していた。
 少女はきっと、頬を膨らませて「遅いよ」って言う。
 そうしたら、何て言い訳しようか。素直に謝ろうか。
 言葉を発した後、クレタは、頭の中でシミュレーションを繰り返した。
 その間、わずか三秒。
 少女は、言葉を返すことなく。
 ヒラリと落ちる枯葉のように、その場に崩れ落ちた。
「……!?」
 驚き、慌てて少女を抱き上げる。そこでまた、驚いた。
 少女が、まるで綿のように軽い。このまま空へ、飛んでいってしまいそうなほどに。
 何かがおかしい。そう気付いた時だ。
「……がぼっ……ごふっ」
 少女は、何かを言おうとしたけれど。それは叶わずに。
 黒い、それは黒い……漆黒の血を吐いて、ピクピクと身体を小刻みに揺らした。
 自分の腕の中、まるで魔物のように。不気味な姿へと変わっていく少女。
 その変貌を前にして、クレタは初めて呼んだ。
「……コハナ。……どうしたの。……コハナ」
 声を震わせて、少女の名前を呼んだ。
 少女は、クレタの声に応じるかのように、細く白い腕を伸ばし、クレタの頬に触れる。
 その冷たい感触と、少女の口端から、未だに垂れ落ちる漆黒の血に。
 クレタの中で、とある感情が爆発する。

 恐怖。

 その思いが、どこからくるものなのかは理解らなかった。
 ただ漠然と。怖かった。変わり果てた少女の姿に、自分の未来を見たような気がした。
 少女を手放し、いや、半ば投げやって。クレタは部屋の隅へ逃げる。
 部屋から出ることは出来ない。だから、隅で蹲るしか、彼には選択肢がなかった。
 部屋の隅で震えるクレタは、異常なまでに青褪めていた。
 そんなクレタを見た研究者たちは、慌ててクレタを部屋から出し、別の部屋へと移動させる。
 最後に見たのは、少女の変わり果てた姿、その背中。
 滲む記憶。それが、クレタが最後に見た、少女の姿だった。


 *


 ヒヨリと共に、時の迷い子を救いに来たクレタ。
 クレタの口から語られた、過去と真実、目の前にいる少女の正体を、ヒヨリは理解した。
「なるほどね。そういうことだったか」
「コハナは……適合できなかったんだって……そう、聞いた……」
「あぁ。何かよくわかんねぇ薬ってやつにか?」
「うん……。外に出てから……聞いた話だけど……」
「じゃあ、あれか。お前は、この子の最期を見てねぇってことか」
「うん……見て……ないよ……」 
 怖くて……仕方なかったんだ……。コハナに会うのが……怖かった……。
 違う……違う生き物になっていくようで……見ていられなかったんだ……。
 一緒に過ごした時間さえも……嘘だったかのように思えてしまいそうで……。
 怖かったんだよ……僕は、怖かったんだ……。思い出を……失うことが……。
 逃げ出したこと。大切な仲間から目を逸らし、逃げ出した自分。
 そこに、後悔の気持ちがあった。一日たりとて、忘れたことはない。
 何度も、何度も夢にも見た。けれど甦るのは、楽しい記憶ばかりで。
 目を背け続けてきた。恐怖と向き合うことが、出来なかった。
 助けてあげるべきだったのか。助けることなんて、自分に出来たのか。
 色々なことを考えた。けれど、一歩を踏み出すことは出来なかった。
 出来なかったんじゃない。出来ないように、作られていたんだ。
 心と身体のバランスが取れない中、迷い悩み葛藤する生活の中。
 クレタは、表情と感情を喪失した。
 忘れたわけじゃない。必要ないものだと。そう教えられたから。
 その歪んだ教育に、僅かでも、感謝してしまった自分がいた。
 関係ないと断ち切れば。こんなにも楽なんだ。
 考えないようにするって、こんなにも楽なんだ。
 これで良いんだ。これが正しい考えなんだ。そう思った。
 けれど。時守として、この空間で生きる内、それは過ちなのではないかと思い始めた。
 巡る巡る、果てなき時の中。確かに息衝いていた事実。過去。
 忘れたことなんて、なかったはずだ。そんなこと、出来なかったはずだ。
 いつだって、気にしていた。どうしているんだろうって、気にしていた。
 だからこそ、あの日。コハナの死を知った、あの日。
 自分は、涙を零したんだ。
 目から零れ落ちる、少し塩辛いそれを、涙と呼ぶことを知ったのは、つい最近のことだけれど。
「さて。どうする? 俺も一緒に行くか?」
 立ち上がり、ニコリと微笑んでヒヨリが言った。
 クレタは俯いたまま。暫くして、ゆっくりと顔を上げる。
「僕が……連れて行かないと……駄目な気が……するから……」
 そう言ってクレタは、自分を見上げる、あの日のままの。
 可愛らしい少女の手を引き、歩き出した。
 ゆっくりと、ゆっくりと、一歩、また一歩。
 二人で過ごした、儚く短くも色褪せることのない思い出を辿りながら。
 歩くクレタの背中へ、ヒヨリは手を振り告げる。
「迷子になんなよ。まぁ、迷子になったら迎えに行ってやるけど。ちゃんと、連れてってやれよ」 
「……うん」
 コハナ……。コハナは……僕の大切なひと。
 今もそう……大切だった、なんて言わない……。
 僕にとってコハナは……ずっと、そう、ずっと大切なひとなんだ……。
 ごめんね……コハナ……。
 逃げ出して……目を逸らして……怖くて……会いに行けなくて、ごめんね……。
 いつからかな……いつから、キミはこうして……この空間を彷徨っていたのかな……。
 僕を……探してくれていたんだよね……ずっと、ずっと……。
 本当なら、僕が誰よりも先に……見つけてあげなくちゃいけなかったのに……。
 もっともっと早く……見つけてあげなくちゃいけなかったのに……。
 ごめんね……コハナ……。
 ずっと、こうして一緒に歩くことは出来ないけれど……。
 心はいつも……キミの傍にあるよ……忘れないよ……。
 キミが……キミの命を……時間を……全うできるまで……。
 ずっと、こうして……手を繋いで歩いて行くよ……。
 思い出を辿りながら……たくさん、たくさん、お話しながら歩こう……?
 ねぇ、コハナ……。
 今日は、何して遊ぼうか……?

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / 小花(コハナ) / ♀ / 14歳 / 時の迷い子

 シナリオ『ロスト・ホーマー』への御参加、ありがとうございます。
 曖昧にしておこうかとも思ったのですが……。
 少し、クレタくんの過去を紡がせて頂きました。
 少女の正体と、結ばれる過去という感じで。
 きっと、コハナちゃんは、在るべき場所へ還ることが出来たと思います。
 クレタくんと、たくさん、たくさん、お話をしたでしょうから。
 闇の中へ溶けていく、大切なひとと、消えぬ思い出、過去。
 また少し、取り戻すべき時間、約束の日に。
 クレタくんは、近づけたのではないかと…思います。
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.11.03 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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