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<東京怪談・PCゲームノベル>


 ビオナの花弁

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「馬鹿でも……風邪ってひくのね」
「……うるへー」
 ヒヨリの自室空間にて。
 真っ黒なソファに身を埋め、グッタリとしているヒヨリ。
 その隣で肩を竦めているナナセの手には、不思議な形の体温計。
 どうやら、ヒヨリが風邪をひいてしまったようだ。
 馬鹿だからというわけでもなく、珍しい状況だ。
 そもそも時守は、体調不良に陥ることがない体質なのだから。
 けれどそれは、ここ、クロノクロイツに居る間のみに言えること。
 この空間から出なければ、体調を崩すことはない。
 要するに。
 東京やら何やら、あちこちに遊びに行っているが故に。
 ヒヨリは、外で何らかの病原菌を体内に宿してきてしまったということ。
 このような状況に陥るからこそ、ナナセはヒヨリを叱ってきた。
 フラフラと他所の世界へ遊びに行くなと、叱ってきた。
 はぁ、と大きな溜息を落として、体温計をテーブルの上に置いたナナセ。
 だから言ったのに。いつも言ってるのに。
 まったくもう。看病するこっちの身にもなって欲しいわ。
 面倒なのよ。外で貰ってきた病原菌を消すのは……。
 自然治癒することはないから、調合するしかないのよ。薬を。
 その薬の調合に必要な材料……ビオナの花弁。
 あれを入手するのが、面倒なのよ。
 わかってるの? まったくもう……。
 パコッ―
「痛っ……。おま、病人に何つーことすんだ……アホぅ」
「大迷惑なのよ。本当、馬鹿なんだから」

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 ゲホンゴホンと苦しそうに咳き込む姿。
 その姿をジッと見つめて、クレタは物思う。
 ヒヨリが……風邪を引いてる……。
 とっても苦しそう……こんな顔、初めて見たよ……。
 ヒヨリ……。ヒヨリは……変な人……。
 知りたがりの、変な人……。
 何でもかんでも知りたがるんだ……どんなに、些細なこと……でも……。
 いつも言うね……知りたいんだって……知る権利が、俺にはあるんだって……。
 どうしてかな……どうして、そんなに知りたがるのかな……。
 人の心を覗き込むことは……そこに手を差し込むことは……楽しいことばかりじゃ……ないのに……。
 汚いもの……不愉快なこと……嫌な気持ち……拒絶……。
 そんなものを見ることだって……あるのにね……。
 実際……いくつか、見てきたんじゃ……ないかな……。
 僕の中にある……そういう部分……。
 見てきたはずなのに……それでもまだ、知りたがるんだ……。
 変な人……。不思議な人……。ヒヨリは……変な人だよ……。
 クルリと反転し、ヒヨリの空間を後にしようとするクレタ。
 突然、思い立ったように動き出したクレタへ、ナナセは声を掛けた。
「クレタくん? どうしたの?」
「……風邪を治す、お花。探してくる……」
「えっ。ちょ、待って、クレタくん。私も一緒に……」
「ナナセは……ヒヨリの看病してて……僕、一人で……行ってくる……」
「あ。ちょっ、クレタく……」
 一緒に行くからという言葉に聞く耳持たずで。クレタは空間の外へ。
 今まで、こんなことがあっただろうか。
 自分の意思を、はっきりと述べることが、あっただろうか。
 一人で行きたい。その気持ちを、ちゃんとクレタは口にした。
 少しずつ、彼の中で何かが変わり、或いは芽生え、或いは元に戻りつつあるのかもしれない。
 そんなことを考えつつ、クレタが消えた後も、ボーッとしていたナナセ。
 ヒヨリは苦しそうに咳き込みながらも、クスクスと嬉しそうに笑う。
「どうだ。参ったか。げほげほっ……俺、クレタに好かれてんだぞ。お前なんか、目じゃねぇぜ」
「…………」
 ボスッ―
「ごほっ! おま……みぞおち……げふっ、ごふっ……」

 確か。ナナセは言っていた。何の前触れもなく、突然ポッと咲く。
 ビオナの花は、気まぐれな闇の花だって。
 どこにあるのかわからないということは、どのくらい時間が掛かるのか見当がつかないということ。
 どこまでも、どこまでも続く闇の世界を、延々と歩くことになるかもしれない。
 ダラダラしている暇はない。なるべく急がねばならない。一刻も早く、助けてあげなくちゃ。
 小さな声で何かを呟きながら、自室空間で準備していたクレタ。
 長丁場になっても対応できるように。
 ちょっとダレて、所々が解れているけれど、
 そんなところもお気に入りな、黒い鞄に。食事と飲み物を、詰め込んだ。
 布製のその鞄を肩へ、斜めに提げて。出発。ビオナの花弁を求めて。

 真っ黒な花。闇と同化する、漆黒の花。それがビオナ。
 この空間、クロノクロイツにしか咲くことのない、不思議な花だ。
 気まぐれに咲くが故に、探し出すのは容易ではない。
 逆に、何も考えずに歩いていると何度も見かけたりする。そんなもんだ。
 いざ、欲して探すとなると見つからないのもまた、不思議なことに自然の成り行き。
 自分が今、どこを歩いているのかさえ、もう理解らない。
 どっちから来たのか、どこへ向かっていたのかも、もう理解らない。
 ほんの少し、居住空間から離れただけで、ここまで迷うことが出来る。
 果てなく続く闇。けれど、それに不安や恐怖を覚えることはない。
 もう慣れた。この闇の空間に、慣れてしまった。
 何も恐れることはない。この闇もまた、流れる時の一部。
 そこらを歩いている動物と一緒。
 こちらが気にせぬ限り、向こうも気に留めない。
 心が強く在れば、闇の中に、道を見出すことだって可能だ。
 けれど、あてもなく歩き続けることに覚える疲労感は凄まじい。
 どんなに心が強くても、身体的に覚える疲労は、どうすることもできない。
 フゥと一つ息を落とし、その場に座り込むクレタ。ちょっと休憩。
 鞄から珈琲牛乳と、サンドイッチを取り出して口に放る。
 指についたマヨネーズをペロリと舐めて、クレタは辺りを見回した。
 どうしよう……かな……。とりあえず探しにきたけれど……。
 こうして探しだすと……本当に、みつからないものなんだね……。
 前に一度だけ……キジルとヨハネと散歩していた時に……見たんだけどな……。
 どこに咲いていたかな……もう、覚えていないや……。
 珈琲牛乳を飲み干し、パックを、ぺしょっと潰してゴミ袋の中へ。
 まるで見当がつかない。その状況は相変わらずだけれど。
 諦めて引き返すつもりなんて、更々ない。
 さぁ、行こう。ビオナ探しを、再開しよう。
 うん、と頷いて、ゆっくりと立ち上がったクレタ。
 その時だった。
 突然、目の前にフワリと……美しき漆黒の花が咲いたではないか。
 想いに応じるかのように、目の前に咲いてくれたビオナの花。
 良かった。これを持ち帰れば、ヒヨリは元気になる。
 ホッとした表情(のように見える)を浮かべ、しゃがんで花を採取しようと手を伸ばす。
 すると。
 ヒュンッ―
(……ん。…………)
 頬を、風のようなものが掠めた。
 伸ばした手を一旦引っ込めて、顔を上げる。
 すると目の前に、猿がいた。
 どこぞの動物園から逃げてきただとか、そういうことではない。
 猿の首には、黒い時計がブラ下がっている。要するに……悪戯猿だ。
 ビオナの花は、悪戯者にとって、かけがえのない材料。
 彼等が悪戯の際に必ず所有している、黒い時計を構成する物質のひとつである。
 悪戯をした結果、時計を壊されてしまうのは、もはやどうしようもない結末だ。
 悔しがっている暇はない。すぐさま、新しい時計を作らねば。悪戯が出来ないのだから。
 悪戯時計を構成する物質は、数多く存在するが、中でも一番入手困難なのが、この花、ビオナだ。
 例によって、どこに咲くかわからないがゆえに、採取は困難を極める。
 必要としているもの。それが重なり、被ってしまった場合。どういうことになるかというと。
「おい、小僧! その花、ワシが頂くぞ!」
「…………」
 このように、敵対し、取り合う展開になってしまう。
 必要としているのは理解る。けれど、それは、こちらとて同じこと。
 どうぞ、と差し出すことなんて出来るはずもない。
 ふぅ……と息を吐き、クレタは懐から銀の懐中時計を取り出して、悪戯猿に見せた。
 悪戯猿は、その意外な事実にクリンと目を丸くする。
「んなっ。何じゃい。小僧……時守だったんかい」
「……うん」
「おっかしいな。お前さんみたいな奴、時守にいたっけかな〜」
「割と……新人さんかも……しれないね……」
「へっ。そうかいそうかい。まぁ、どうでもいいこった。頂くぜ、その花っ」
 ビオナの花めがけて、ピョーンと飛び跳ねた悪戯猿。
「運が……悪いよね……」
 クレタは、そうポツリと呟き、両指を躍らせ、闇の宙へ二つの十字を刻んだ。
 シンクロモーション、ダブルクロス。
 左右対称に、美しく揺れる二つの十字は、空へ高く舞い上がり、一つに重なる。
 眩い光が辺りを照らし、その眩しさに目が眩んだ、その一瞬に。
 十字は空で無数に分かれ、光の雨となって闇に降り注ぐ。
「うおおおおおおおおおぅっ!?」
 見るからに低俗な……雑魚を甚振る趣味はない。
 クレタが放った光の十字は、悪戯猿の周りに、隙間なく刺さっただけ。
 何となく、昆虫標本を思わせる光景だ。……相手は猿だけど。
「何じゃい! こんなもん、引っこ抜いてしまえばっ……」
 突き刺さった光の矢を引き抜こうと、ガシッと掴んだ悪戯猿。
「……あ」
「!! へぶぁっ!? がばばばばばっ!?」
 掴んだ瞬間、光の矢は激しく閃光し、電気にも似たそれを放つ。
 その結果、真っ黒に焦げてしまった悪戯猿は、パタリとその場に倒れこんだ。
 触ったら……痛いよって……言っておけば良かったかな……。
 殺しちゃうつもりはなくて……ただ、少し黙っていて……欲しかっただけなんだけど……。
 あ……。大丈夫だね……ピクピクっと僅かにだけど……動いてる……。
 悪戯猿が死んではいないことを確認したクレタは、
 何事もなかったかのように再び屈み、ビオナの花へ手を伸ばした。
 採取。良かった。ちゃんと、採取することが出来た。
 ホッと安心した後、クレタはビオナの花弁を一枚だけプツンと取り、
 残りを、ピクピクしている悪戯猿の上に、そっと乗せた。
 弔いの花のように。
 数分後、意識を取り戻した悪戯猿が、
 情けをかけられた! とキィキィ悔しそうに鳴いていたのだが。
 クレタが、その声を耳にすることはなかった。
 すぐさま、ヒヨリの元へと戻っていたが故に。

 *

 花弁を細かく刻み、それを摺り潰して、聖なる水に溶かす。
 うっすらと、闇色に染まる聖水。その染色は、特効薬の完成を意味する。
 漂う香りは……何とも微妙な。消毒液のような香りだ。鼻にツンとくる。
 飲みなさい、とナナセに差し出されたカップ。
 並々と注がれ、揺れているビオナの特効薬。
 一度だけ。前に一度だけ、これを口にしたことがある。
 あの鮮烈な舌触りと喉越しは、忘れようにも忘れられない。
 何も、こんなに並々と注ぐこともないだろうに。
 カップで揺れる特効薬を見つめながら、ヒヨリはゴクリと唾を飲んだ。
 覚悟を決めたかのように思えたが……カップの位置はそのまま。依然、手の中。
 飲もうとしないヒヨリに腹を立てたナナセが、チョップをお見舞いした。
「いい加減にしなさいよ、あんた。クレタくんが折角取ってきてくれたのにっ」
「わ……わかってるよ。わかってるって。けどな、これ不味いんだって……アホみたいに不味いんだって……」
 ガックリと肩を落として言ったヒヨリ。
 どうやら、ビオナの特効薬は、香りだけでも、それなりに効果があるようだ。
 その証拠に、先ほどまでの咳き込みが消えている。
 けれど、額に浮かんでいる汗は……発熱が続いていることを意味するだろう。
 もしかしたら、冷や汗かもしれないけれど。
 躊躇い続け、なかなか口にしようとしないヒヨリを見かね、クレタは手荒な行動に出た。
 ガシッとカップを掴むヒヨリの手を持ち、そのまま上へ。
 カップを半ば強引に口元へ運び、仕上げに額を小突いて上を向かせる。
 僅かに開いた口へ……ダブダブと注ぐ特効薬。
「……がぶば……ばばば」
「ちゃんと……飲まないと、元気にならない……よ」
 あまりの不味さに白目を剥いているヒヨリ。
 かなりキツそうだが……額に浮かんでいた汗は、スッと引いた。
 即効性なのか……凄いなぁ、などと感心しているクレタ。
 いつもと変わらぬクレタの表情に、傍で見ていたナナセは苦笑した。
 パタリと倒れこむヒヨリ。
 ノックアウト……じゃなくて、完治。おめでとう。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / ナナセ / ♀ / 17歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『ビオナの花弁』への御参加、ありがとうございます。
 プレイングの出だしが、可愛すぎて…参りました。
 ポーッとしつつも健気な。そんな一面を描けていれば、と思います^^
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.11.03 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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