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【2分49秒 ー3】
眼鏡を取りあげたファングは、ツルの部分をグニグニいじる。
「おい」
苛立ったような声。瑞穂は笑う。
「それ、私じゃないと動かないの。網膜パターンが認証装置に組み込まれてて」
ファングは歯をむき出しにしてうなり、眼鏡を握り潰そうとする。
「壊したら、開かないわ」
「開けろ」
眼鏡を差し出し、命令した。瑞穂は眼鏡を受け取って掛け直すと、
「いやよ」
ゴキ、という音。左腕が殴られて、その骨が折れたようだ。
「拷問? やんなさいよ。でも、急がないとダメね。 あと少しで仲間が来るわ。そうね――」
眼鏡のツルのスイッチを押し、レンズに時刻を表示させる。五時二十七分二秒。
「あと、二分四十九秒。といったところかしら」
「女っ!」
ファングは瑞穂の左足を引っつかみ、持ち上げる。宙づりにした瑞穂の、大きく開いた首元を、踏みつけるように蹴りつけた。
「うぁっ」
鎖骨が折れた。
ファングの恐ろしいまでの握力で捕まれている足首も、このまま握りつぶされるのではないかと思うほど、痛い。
そして中段蹴りが腰を叩き、ミシリという嫌な音が、身体の中から聞こえてきた。
「開けろ」
「誰が」
ファングは腕を振り、瑞穂の身体を廊下の壁に叩きつけた。
足からは手を放してくれたが、自由になったとは思えない。地面に落ち、瑞穂は呼吸を激しくする。
う、動けない。
全身が悲鳴を上げている。
そしてファングは、なおも瑞穂の首を片手で掴み、持ち上げた。
「早くしろっ」
いって、上段回し蹴りを左胸の脇に当てる。
「ああっ!」
「拷問らしく」
ファングはそういい、瑞穂の左手首を取り、小指を潰した。
絶叫が廊下に響く。
薬指、中指、親指、人さし指。五指が砕かれ、瑞穂は意識が遠のいた。
眼鏡を操作させるため、右手は残る。ならばそこから反撃だって――
そう思ったが、甘かった。
右手の小指、薬指を折られ、人さし指も砕かれた。二本あれば十分だという判断だろう。
「開けろ」
地面に倒れ込んだ瑞穂は、眼鏡のツルを中指と親指でつまむ。
「あと、一分」
瑞穂は呻いた。ファングが腹を蹴り上げたのだ。
浮かび上がった身体に、ファングはさらに蹴りをぶち込む。怒り狂った様子のファングは、扉に跳ね返ってきた瑞穂にアッパーを食らわせて、なおも突きを繰り出した。
特殊素材でできたワンピースだからこそ、今までファングの拳圧に堪えてきた。だが、さすがに蓄積されたダメージは大きく、なにより指を折られたという精神的なダメージと痛みとが、瑞穂の心を挫けさせる。
「あと五十秒」
眼鏡のレンズに、透過する薄い赤色の数字。コンマ秒単位の数字が、次々と変わっていくのを眺めていると、攻撃される衝撃を考えなくてすむ。
「あと三十秒」
ワンピースの生地に覆われていない、肌が露になっている腕や太ももは、打撲がひどい。ガードされているところでさえ、骨の何本かがいっている。
「名前をいえ」
ファングがいった。瑞穂の首を左手で掴み、持ち上げている。
「その根性に、敬意を表する」
「た……たかしな、みずほ」
ファングはすっと腰を落とした。ふんっ、という覇気とともに、右手を繰り出す。その拳が、瑞穂の左胸の下。心臓の位置を突く。
肋骨が折れ、内臓に刺さるイメージが、瑞穂の脳裏によぎって消えた。
「かはっ」
吐血し、かすみ瞳で数字を読んだ。
「あと、二秒」
もう動けない。
けど、勝った――
そして、かすかな振動が地下に響いた。
「俺が、一人だと思ったか?」
定時連絡の仲間は一人。
今のは、地上での戦いの音だ。
もう一度、今度は先ほどよりも大きな振動が廊下を揺らした。
助けは来ない。
その考えが、瑞穂の心をぼきりと折った。
「あ、あああああああああぁぁぁぁぁっ!」
瑞穂は叫んだ。
死が見えた。
涙が溢れ、とめどなく流れていく。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。
「た、たすけて」
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