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<東京怪談・PCゲームノベル>


 時狩 -tokigari-

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「ちょっと。聞いてるの? ヒヨリ」
「聞いてる聞いてる。聞いてるって」
「じゃあ、今、私が説明したこと。もう一度説明してみて」
「…………」
 ちゃんと聞いてるっつうの。まったく。いちいちウルセェな、お前は。
 あー……と。アレだろ? 要するに、妙な奴らが、この辺りを徘徊してて。
 そいつらの目的が、俺達。時守だっつうんだろ?
 この空間をどうにかしようだとか、その辺りを策略してそうだけど。
 はっきりしたことは言えない、と。ただ、奴等が俺達を狙っているのは間違いない、と。
 とっ捕まりでもすりゃあ、ロクなことになんねぇから、気を付けろ、と。
「そういうことだろ?」
「……だいぶ、ざっくばらんになってるけど。まぁ、そんなところね」
「だーから、聞いてるっつったろ。で? お前は、どうすんだ?」
「勿論、調査するわよ。誰かが捕まりでもしたら、大変だもの」
「捕まったら捕まったで、そいつらの目的がハッキリするだろうから、いいんじゃねぇか?」
「何言ってるのよ。駄目に決まってるでしょ。何されるか、わかったもんじゃないんだから」
「捕まったら助けりゃいい。そんだけだろ」
「……あなたは、危機感というものが欠落しすぎているわ」
「そりゃあ、どうも」
「褒めてないわよ」

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 クロノクロイツに自室空間を所有しているクレタ。
 けれど、オネやヒヨリたちのように、ここを帰る場所としているわけではない。
 クレタには、れっきとした実家がある。その実家は、東京の下町に。
 とはいえ、クレタがこの自室空間にいることは多い。
 こっちが実家なのではないかと錯覚してしまうほど、滞在期間が長い。
 それは何故か。答えは簡単だ。
 クレタは、3年前に研究施設から出され、外の世界で生活することを義務とされた。
 その際、クレタの保護者役を買って出た、一人の研究員がいる。
 その研究員は、クレタの親代わりのようなもの。
 だが、その研究員は、仕事の為に長期不在となることが多い。
 一度仕事に出かけると、半年ほど戻ってこないということもある。
 その為、クレタは実家ではなく、この自室空間に身を置いている。
 研究員……保護者の休暇に合わせて、実家に戻っているようだ。
 人と接することを拒み、一人を好むはずのクレタが、
 この空間で過ごすことが多くなったのは、いつごろからだっただろうか。
 自分の心に、とある変化が生まれていることに……クレタは、気付いていない。
 いや、もしかしたら何となく気付いているのかもしれない。
 ただ、その変化を口にしたり、あぁそうかと認めたりしないだけで。
(……。忘れ物は……ないかな……)
 自室空間にて、お気に入りの鞄を肩から斜めに提げ、辺りを見回したクレタ。
 久しぶりに、実家へ戻る。何ヶ月ぶりだろうか。
 身支度を整え、自室空間を後にするクレタの足取りは、心なしか軽く見えた。
 何から話そうか。まず、おかえりなさいを言って。それから、何を話そうか。
 話したいことがたくさんある、それは即ち、あらゆる経験をしたことを意味する。
 きっと、喜んでくれる。嬉しそうに微笑んで、どんなに長くなっても聞いてくれるはずだ。
 自分が様々な経験を経ていくことを、誰よりも喜んでくれる人だから。
(そうだな……とりあえずは……やっぱり、ヒヨリたちのことからかな……。うん……)
 背中を丸めてノソノソと歩きながら、あれこれと考えるクレタ。
 そうして歩いていると、突然、足がグンと重くなった。
(……。……?)
 ゆっくりと振り返れば、そこには自分の腕を掴む……黒装束の男。
 男の背後には、同じように黒装束を纏った連中がズラリと並んでいた。
 会ったことは……ないな。そもそも、装束の所為で顔がわからないが故に、判断しかねる。
 クレタは、黒装束の男をジッと見やって尋ねた。
「えと……。……何? ……誰?」
 クレタの声を聞き、黒装束の男は腕から手を離す。
 そして、鼻下あたりまで覆っていた装束をクィッと上げて、顔を露わにした。
「やぁ。久しぶりだね。クレタ」
「…………」
 失礼なことだとは思う。思うけれど。申し訳ない。まるで見覚えがない。
 露わになったものの、男の顔に見覚えがない故、
 男が発した "久しぶり" という言葉に、何と返すべきか迷うクレタ。
 どこかで会ったっけ……。……。…………。いや……ないよね……うん……。
 男の顔を見ながら、あれこれと思い返してみたものの、やはり思い当たる節がない。
 クレタは少し俯いて、小さな声で告げた。
「あの……。ごめんね……。誰か……わからない……」
 申し訳なさそうに目を伏せたクレタを見て、男はクスクスと笑った。
「あぁ。構わないよ。仕方ないよね」
「……うん?」
「大丈夫。すぐに思い出すよ。……思い出させて、あげるから」
「……。……え」
 淡く笑んだまま、男は闇に手指を躍らせた。
 すると、足元から黒い槍のようなものが次々と突出。
 槍はツタのように蠢き、やがて、とあるものを構成した。
(…………)
 黒い檻の中。囚われてしまったことに、ゆっくりと何度か瞬きを落とすクレタ。
 腕を伸ばして触れてみれば……とても硬い。鉄のような、冷たい感触。
 だが、この檻を破って、外に脱出することは、さほど難しいことではなさそうだ。
 闇で構成されている物質なら、何かと都合も良い。
 けれど、すぐさま脱出したところで、どうにもならないだろう。
 何故、どうして自分が囚われたのか。この黒装束の連中が何者なのか。
 わからないことだらけだ。でも、だからこそ、足掻くべきではない。
 言動・雰囲気から察するに、腕を掴み、檻で自分を捕らえた男が集団を束ねている存在だろう。
 彼は、決して、自分の言い分、ましてや、ここから出してなんて言葉を求めていない。
 求めているものは、聞く姿勢。自分達の目的を明らかにする、その猶予を求めているのだろう。
 そう判断したクレタは、その場にゆっくりと腰を下ろし、目を伏せた。
 何を言うわけでもなく、ただジッと黙っているクレタを見て、男は満足そうに微笑む。
 そして、檻の外からクレタの頭を優しく撫でつつ、目的を明らかにしていく。
「クレタ。奪還の調子はどうだい?」
「……。……奪還?」
「あぁ。時の奪還さ」
「……。…………」
「おや? 参ったな。そこまで忘れてしまったのかい」
「……ごめんね。何のことだか……僕、わからない……」
「そうかそうか。……面倒なことになってるな。ふふ」
「…………」
「あぁ、ごめん。大丈夫。それも、はっきりと思い出させてあげるから」
「……?」
「簡単なことさ。命を捧げてくれるだけでいい」
「…………」
 命を差し出せ、だって? それは、死ねということだろう。
 あまりにも唐突な申し出に、クレタは戸惑った。
 そもそも、言ってる意味が、さっぱり理解できない。
 久しぶりだと告げたことにしても、奪還について尋ねたことにしても。
 まるで心当たりがないのだ。全てに置いて、理解しかねる状況。それが続いている。
 連中の目的は、はっきりした。自分の命を求めている。何ともシンプルな目的だ。
 けれど、そこで、はいそうですか、わかりましたと命を捧げるなんて出来るはずがない。
 何故、自分が犠牲となるのか。その必要性が理解らない。理解に苦しんで当然だ。
 ふるふると、謙虚に首を左右に振り、命を捧げることを拒んだクレタ。
 その返答を前に、男はクスクスと肩を揺らして笑う。
 あぁ、クレタ。俺は嬉しいよ。
 キミがそうして、自分の意思を露わに出来るようになったんだから。
 成長したね。うん、見違えるほどに、成長を遂げてる。
 あの日のキミは、死んだ魚のような目をしてた。
 何を語りかけても、どこに触れても、無反応。
 でもね。俺は、そんなキミを愛していたんだ。
 はっきりと言えるよ。俺は、あの日のキミを愛していて。今のキミを愛せない。
 だって、キミは拒むだろう?
 俺が今、キミの頬や唇。身体に触れたら。
 拒みはしなくとも、何らかの想いを、表情に乗せて俺に向けるだろう?
 もう、あの日のように、ただ黙って身を委ねてはくれないだろう?
 悲しいね。キミの成長は、嬉しくもあり、悲しくもあるものだ。
 けれど、案ずる事はないさ。思い出せば良いだけのこと。
 俺に身を委ねることしか出来なかった、あの日のキミに戻せば良いだけのこと。
 クスリと笑い、男はどこからともなく黒い剣を出現させた。
 そして、檻の隙間から、それを躊躇うことなく刺す。
(…………)
 避けたものの、剣は左手を掠めた。
 クレタの左手の甲に紅い血が滲み、その血は、腕をツーッと垂れていく。
 捧げる気がないのなら、奪うまでだ。
 男の意思を汲み取ったクレタは、立ち上がりコクリと唾を飲んだ。
 ジッと自分を見据える、クレタの眼差し。それに、男は興奮を覚える。
 あぁ、クレタ。そうか。キミは、そんな眼差しも覚えたのかい。
 冷たく、刺さるような眼差しじゃないか。俺を敵と見なす、そんな眼差しじゃないか。
 信じられないよ。キミが、そんな顔するなんて。そんな目で、俺を見るなんて。
 嬉しいんだ。とても嬉しい。キミの成長が、俺は、とても嬉しい。
 でもねクレタ。同時に悲しくもあるんだ。キミが遠く、遠くなってしまったようで。
 戻してあげる。戻してみせるさ。あの日のキミに。
 生まれたての赤ん坊のように、可愛らしかったキミに。
 俺がいないと、何も出来なかった、無垢なキミに……。
 ガシャン―
「……っ」
 男の攻撃を、光の壁を作って防いでいたクレタだったが、
 強く荒くなっていくばかりの男の攻撃に、防御が間に合わなくなってしまった。
 結果、クレタは檻の端へと追いやられ、喉元に剣の切っ先をあてがわれる。
 見上げ、睨み付けるような眼差しを男に向けるクレタ。
 男はクスクス笑い、溢れんばかりの快楽を必死に抑えた。
「さぁ、クレタ。時間だよ。目を閉じて……」
 僅かに、僅かに少しずつ、剣の切っ先を喉へと差し込んでくる男。
 チクリと走る痛みは、やがてズキズキと持続した痛みへ変わっていく。
 とりあえず、この檻から脱出しなくては。
 こんなところで、誰ともわからぬ奴に殺されるなんて御免だ。
 キュッと下唇を噛みしめ、視線を泳がせて、能力を発動するタイミングを探るクレタ。
 興奮から荒くなった呼吸を整えようと、男がスゥと息を吸い込んだ。その一瞬の隙。
 今だ、と思い能力を発動しようとした矢先。
 バチンッ―
「……。……あ」
「……おや?」
 クレタを拘束していた黒い檻が、水風船のように、一瞬、大きく膨張して割れ消えた。
 辺りに、ビチャビチャと飛散する、黒い液状の闇。
 身動きが出来るようになったクレタが、視界に捉えた人物。それは、ヒヨリだった。
「来い。クレタ」
「……うん」
 呼ばれるがまま、立ち上がって、すぐさまヒヨリの元へ駆け寄ったクレタ。
 クレタを背に庇うようにして立つヒヨリは、黒い大鎌を揺らして笑う。
「残念でした」
 ヒヨリの言葉に、男は肩を竦めて苦笑した。
 やれやれ。保護者、いや、飼い主気取りかい、ヒヨリ。
 とても憎たらしいけれど。それよりもクレタ。どうしてすぐさま駆け寄ったりするんだい。
 忘れたわけじゃないだろう? 本当は、覚えているんだろう?
 忘れるはずがないんだ。キミが、キミを、俺を忘れるなんて。ありえないんだから。
 さぁ、クレタ。こっちにおいで。
 気付いているだろう? 覚えているだろう?
 思い出せよ。お前を背に庇っている、その男の正体を……。
 クスクスと笑いながら、剣を揺らし、歩み寄ってくる男。
 異常な、不気味なその雰囲気に、クレタは身震いを覚えた。
 身体じゃない。身体じゃなくて、心。心が、恐怖に震えているような感覚。
 追い詰められたかのような、その感覚に怯え、クレタは何故か、両手を組んだ。
 そして、目を伏せて祈りを捧げるように跪く。
 すると、あたりを眩く白い光が包み込み……。
 パリン、と。氷が砕けるような音が、頭の奥で鳴り響いた―

 *

 ハッと我に返れば、そこは自室空間。クレタの、自室空間。
 まさか、今のは全て夢だったのか。クレタは顔を上げた。
 すると、ソファにヒヨリが座っていて。こちらをジッと見やっている。
「……ヒヨリ。……僕、いま……」
 尋ねようとしたクレタ。その途中で、ヒヨリが声を挟む。
「夢じゃねぇぞ」
「…………」
 たった一言だけれど、現状を把握するのには十分すぎる言葉だった。
 先ほどまでの経験は夢じゃない。夢なんかじゃなくて、現実に起きたこと。
 じゃあ、どうして? どうして自分は、今、ここにいるんだろう。
 どうして、ここへ戻ってきているんだろう。覚えていない。
 あの後、どうしたのか。どうやって、ここまで戻ってきたのか。
 何ひとつ、覚えていない。
 理解に苦しむクレタを、ヒヨリの言葉が救う。
 記憶が欠乏したわけじゃない。能力が発動しただけのこと。
 時守は、クロノバックと呼ばれるスキルを習得している。
 それは、時の歪みを修繕する際に発動する能力で、
 迷う『時』を、在るべき場所へと戻す特殊な能力だ。
 クレタが数分前に発動した能力は、それを応用したもの。
 クレタ自身が体内に宿す光の能力に、クロノバックを融合させた。
 その結果、自分の周り、一定範囲を光で包み込んで……時空ごと移動させた。
 要するに、瞬間移動だ。
 眩い光を放ちながら消えるが故に、目晦ましも兼ねている。
 こんな能力を扱えるだなんて、思ってもみなかった。
 けれど確かに、先ほど、自分は両手を組んだ。
 それが、発動体勢となることを、知っていたかのように。
 いや、違う。知っていたのではなくて……そう、思い出したかのように……。
 自身の両手を見ながら、首を傾げたクレタ。
 いったい、どういうことなのか。クレタは、それを尋ねようとした。
 発動した能力もそうだが、あの黒装束の連中、あの男の正体も気になる。
 どうして。自分が囚われたのか、会ったことがないはずなのに、久しぶりだと言われたのか。
 時の奪還とは何なのか、命を捧げる必要性は……。
 駆け巡る様々な疑問を、頭の中で整理する。
 うまく伝えられるか、尋ねる順序は正しいのか。
 判断できないけれど、このまま放っておくわけにはいかない。
 寄せ集めて纏めた疑問を、クレタは言葉にして発そうとした。けれど。
「気にすんな。とりあえず、しばらく一人で出歩くなよ」
 ヒヨリは、そう言ってスタスタと歩き、空間を出て行ってしまう。
 遠くなっていくヒヨリの背中に、伸ばしかけた手。
 それを引っ込めて、クレタは俯き目を伏せた。
 そうか。尋ねても、教えてはくれないのか。
 気にするな。その言葉の裏には、きっと。
 出来うることなら、忘れてくれ。そんな気持ちも込められている。
 どうしてなのかは理解らない。どうして教えてくれないのか。
 教えられない……理由があるの……? ねぇ……ヒヨリ……。

 クレタ。
 逃げても無駄さ。キミは、俺から逃れられない。
 忘れるはずがないから。俺と過ごした日々を、キミは忘れられない。
 また、会いにいくよ。少し、急いてしまったかもしれないね。
 だから今度は、ゆっくりと。キミの気持ちも聞こうじゃないか。
 あぁ、勘違いしないで。ただ聞くだけさ。キミが何を想っているのか。
 ただ、聞くだけ。聞いてあげるだけ。
 俺が、その気持ちを汲み取ることはないよ。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / J / ♂ / ??歳 / 時狩 -トキガリ-

 シナリオ『時狩 -tokigari-』への御参加、ありがとうございます。
 Jが変態チックでスミマセン。クレタくんとは顔見知りのようです。
 ヒヨリの態度にしても、何か引っかかるところがありますね。
 全てが明らかになるのは、まだまだ先の御話…。どうぞ、お付き合い下さいませ。
 PS:過去描写、気に入って頂けたようで何よりです。良かった^^
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.11.06 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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