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<TSF・PCスポ魂ノベル>


人生借り物競争、きたる!



 秋。
 秋といえばスポーツ。実りの秋。食欲も並ぶ。
 とはいえ……最近は春に運動会をするという。
 だがやはり、秋といえば……!



「人生ってさ、不条理なものなんだよネ」
 『彼』はその世界を見下ろしていた。
 世界は広い。人間たちや、そこに住む者にとっては。けれどもやはり、こうして見ると地上に住む生き物はちっぽけだ。
「そうだなぁ」
 ちょっとしたイタズラを考えた。
「巨大な借り物競争、なんてどうだろう?」



 空からチラシが降ってきた。
 たまたま手にしたそれには、こう書かれていた。

 おめでとう。キミは幸運を手に入れた。
 だが本当の幸運を手に入れるためには以下のものを手に入れなくてはならない。

「……『人生借り物競争』?」
 チラシにでかでかと書かれたその言葉に、怪訝そうに首を傾げるしかない。
 文章の先に進んだ。

 過去の自分にあるものを借りてくるのだ。それができればきっと――。

***

 天から舞い落ちてきたチラシを、千影は受け取る。そこに書かれた文を読み、軽く首を傾げた。
「にゅ? チカの大事なもの……」
 えっと、それは、それは……。
 必死に思考を巡らせ、千影は嬉しそうに叫ぶ。
「えとえと、お弁当のししゃもー!」
 叫んだのはいいが、再び首を傾げる。
「うにゅ? 違う?」
 誰も応えてくれない。自分の答えは違っていたのだろうか?
 だってここには、自分の大事なものを借りて来いって書いてある。
 がくん、と身体が後ろに倒れた。うまく立てない。いや、足元の地面が消えたのだ。
 え? なんで?
 そんな疑問が浮かぶより先に、真っ逆さまに闇の中へ落ちていく千影は手足をばたばたとさせる。けれどもそれで落下速度が緩くなるということはなかった。
 背中の翼もまったく動いてくれない。どうなっているのか。
 手を上に伸ばす。誰か助けてくれないかと伸ばされた指先に、何も触れることはなかった。



 どすん! という衝撃に、「にゃ!」と小さく悲鳴をあげる。
 そっと空を見上げる。先ほどまで見えていた暗闇はそこにはなく、チラシを持っていた時と同じ青空が広がっていた。
 ぽかぽかと暖かな陽気に千影は思わず嬉しくなって、にこ〜っと笑みを浮かべた。
 柔らかな太陽のぬくもり。緩やかな風の心地よさ。
 視線を下ろし、そして少し目をみはる。
 揺れる草花。綺麗に整えられた樹木。咲き乱れる花々が千影を歓迎しているようにすら思えた。
(このお庭……)
 見覚えが、ある。
 すぅ、と息を吸い込む。やっぱりこの香り……この空気は……。
「うにゃー! ここ、お家のお庭だーっ!」
 ばんざーいとばかりに広げて挙げられた両手をそのままに、千影はくるくるとその場で回転する。一人でダンスでも踊っているようだった。
 しばらく地面を踏みしめて舞っていた千影はそこではた、と気づく。
 なんで家の庭に居る? さっきまで街中に居たのに。
「うにゅ〜?」
 頭の上にハテナをいくつも浮かべて千影は眉をおもいっきり下げた。
 でも、このお庭は家のものだ。間違えるはずがない。……どこかが違うかもしれないけれど、千影には違いがわからなかった。
 本当に家の庭だろうか? 千影は、幼い頃によく居た場所――小さな泉のほうへと足を向ける。
 微かな水音が耳に届く。ということは、やっぱりここはお庭?
 千影は茂る草を押し退け、そこから泉を覗いた。
 泉のすぐそばの芝生の上には、一人の少女が転がっている。
 彼女は腹部を芝生に密着させた状態で、何かを手に持っている。それに夢中なようで、ゆらゆらと体を動かしながらも目は絶対にそれから離れない。
 艶やかな黒髪といい、着ている衣服といい……間違えようもない。少女は、人の姿になった幼い自分だ。
 そうっと近づいて上から覗き込むと、幼い自分は絵本を読んでいた。
 見覚えのある本だ。
(これ……なくした絵本だ……)
 家に遊びに来る大人の一人が千影にくれた、魔法の絵本。
 当時から『魔法の絵本』と千影は呼んでいた。まともにタイトルも憶えていなかったが、その呼称は絵本にぴったりだったのだ。
 本を開くとホログラフが使用されたと思われる登場人物たちが物語を紡いでいく。それが魔法なのか、それとも科学によるものか、なくした今となっては判別はつかない。
 けれども、幼い千影にとっては、正体などどうでもいいのだ。
 もっと見たくて近づくと、幼い自分は急に影によって見えなくなった絵本に驚き、首を傾げた。そしてこちらを見上げる。
 魔性と純粋とを掛け合わせたような、緑柱石のような瞳がこちらを凝視してきた。
 幼い自分は、突然現れた人物に悲鳴をあげるようなことはしない。瞬きを数度繰り返して、「う?」と呟く。
「はにゅ? おっきなちかなの」
 驚きに染められてはいるが、警戒はしていない。それが瞳からうかがい知れる。
 どうやら千影が未来の自分、はたまた大きく成長した己自身だと思ったらしい。疑いという感情は込められていないし、不思議になる必要すら感じていないようだ。
「そっちはちっっちゃいチカ!」
 そんな会話を交わして、千影はさらに近寄った。
 もしかしなくても、きっと『大事なもの』というのはこの絵本のことだ。これを借りなければならないのだろう。
 大事にしていた大切な魔法の絵本。
「あのね、その本を貸してほしいの」
 突然の千影の申し出に幼い千影は瞬きをした。
「ちかがおわったら、いいよ」
 その大きな宝石のような瞳は、かしてあげてもいいよ、でもいつまで? すぐかえしてくれる? など、様々な感情が浮いては消えた。
 千影は幼い自分の隣に座る。ちかげは気にせずに本に集中した。
「むかし。むか、し……ちいさなこねこ……が、い、ました……」
 首を傾げながら文字を読んでいくちかげ。
「こねこは、さが……さが、ん?」
 そこまできて、ちかげは眉をひそめてすぐに下げた。悲しげに歪められたそれに、千影は本を覗き込む。
 すべてひらがなの文字は、千影にとっては読むのは簡単だ。
 そっと、手を伸ばした。
「ねえ、その本、チカが読んであげる!」
「にゅ?」
 わけがわからないという様子のちかげに、千影は微笑む。
「一緒に読んだら、もっと楽しいよ」



 二人だけの庭に、千影の声が静かに響く。
「むかしむかし、ちいさな子猫がいました。子猫はあるものを探していたのです」
 力いっぱい、感情をたっぷり込めて千影は読む。自分の膝の上には、幼い自分が乗っており、絵本をじぃっと見つめていた。
「だれもがもっているはずのものを、その子猫はもっていなかったのです」
「うにゅ?」
「みんな、生まれた時に自分の宝石を持っています」
「ほうせき?」
「うん。きらきらしてる石だよ」
 説明すると、膝の上のちかげが背筋をぴんと伸ばして目を輝かせた。
「子猫は自分の宝石を持っていなかったのです。みんなもっているのに、自分だけがない。子猫はとても悲しみました。
 子猫は道を歩きます。そこで出会った白いうさぎが、こちらを見て言いました。
 『おいおい、くろくてきたないネコだなあ。しかも、宝石を持ってないぞ』
 うさぎは首に大きなリボンをしています。リボンの真ん中には大きな赤いルビーがあるではないですか。
 まるで炎のようにうつくしいルビーを、子猫はうらやましそうに見つめます。
 子猫はうさぎにたずねます。
 『ぼくの宝石、みなかった?』
 『しるわけないだろ』
 うさぎは鼻をならして、ぴょんぴょんと、かろやかに去っていきます」
 次のページを捲る。
「子猫はさらにすすみます。向こうからやって来たのはハト。
 『くろくてみすぼらしいネコだ。おやおや。宝石もないのか?』
 ハトは小さなエメラルドのついた首飾りをもっています。子猫はうらやましくてたまりません。
 『ぼくの宝石、しらない?』
 するとハトはパタパタと翼を鳴らします。
 『どんな色の宝石だ?』
 その答えを子猫はしりません。かなしくなって、子猫は涙をぽろりとこぼします。
 『ぼくの宝石、どんな色だろう?』
 さっきのうさぎのようにおおきいのか、ちいさいのかもわかりません。
 子猫はぽろぽろと、涙をながします」
「かわいそう! かわいそうだよー!」
 ばたばたと暴れるちかげ。千影も懐かしさと同時に、切なさで胸が締め付けられる。
「パタパタと、ハトは去っていきました。
 子猫はあるきます。いったいボクの宝石はどこにあるんだろう?」
「どこだろう」
「あるいてあるいて、つかれはててしまった子猫。
 ウサギやハト、ヘビにウシ。いろんな動物に話を聞いたけれど、子猫の宝石はみつかりません。
 どんな色で、どんなかたちで、どんな大きさなのかすら、わかりません」
 さらにページを捲った。
 悲しさに暮れる子猫は、雪の中に埋まって震えている。誰に会っても答えは「知らない」だ。途方に暮れて、寒さの中で眠りそうになっていた。
「つぎにあらわれたのは、ちいさなにんげんの女の子でした。彼女はなにも持っていません。
 『ぼくの宝石、どこにあるかな?』
 たずねる子猫を見て、女の子はにっこりとわらいました。
 『それって、なあに?』
 どうやら女の子は宝石をしらないようです。みんなが持っている、たったひとつの宝石を。
 『だいじなだいじなものだよ』
 『どんなかたち?』
 『わからない』
 『どんな色なの?』
 『わからない』
 『どのくらいのおおきさ?』
 『……わからない』
 子猫はとても悲しくなって、涙をぽろぽろと流します。
 女の子は両手を大きく広げました。
 『わたしはホーセキは持ってないけど、たいせつな、だいじなものはあるよ』
 子猫は涙を流しながら、女の子を見上げます。
 『それはなあに?』
 『パパとママ。おじいちゃんと、おばあちゃん。だいじなだいじな、かぞくだよ』
 『かぞく?』
 きいたことがないことばです。子猫は女の子を見つめました。
 『それは、だいじなものなの?』
 『うん』
 『いいなあ。ぼくもほしいなあ』
 宝石くらいにたいせつなものが、子猫も欲しくなりました。
 女の子はいいます。
 『あなたの涙はとっても綺麗。きらきらひかって、まるで空のおほしさまみたい!』
 『そう?』
 『かえるところがないなら、わたしのかぞくにならない?』
 『なれる?』
 『おたがいがだいじに思うなら、なれるよ!』
 女の子がのばしてきた手を、子猫はにぎりました。とってもあたたかいです。
 二人で雪をふみしめて、あるき出します。
 子猫はあたたかい手をよろこびました。
 宝石は見つかりません。けれども、とてもたいせつなものがこの道の先にあるような気がしているのです」
 物語はここで終わり。
 本を閉じようとした千影には、家のほうから自分を呼ぶ声が聞こえてくる。それはもちろん、今の自分にではなく……。
「ママ様!」
 パッと立ち上がったちかげは、すぐさま走り出した。そしてこちらを振り向いて、手を大きく振ってくる。
「ごほんよんでくれて、ありがと!」
 背中を向けて走り去るちかげを見つめていた千影は、手の中の絵本を、大事そうに抱きしめた。刹那、座っていた地面が消えた。



「にゅ?」
 首を傾げた千影は、過去に戻る前と同じ場所に立っていた。けれども腕の中にはあの絵本がある。
 千影は絵本を見てからそっと空を見上げた。
「ししゃもも好きだけど、この絵本も好き!」



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3689/千影・ー(ちかげ・ー)/女/14/Zodiac Beast】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、千影様。初めまして、ライターのともやいずみです。
 魔法の絵本を過去の自分から出に入れました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。