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<東京怪談ノベル(シングル)>


【みなもさんの怪奇譚――変身(心)】

●不思議なもの
 ――海原・みなもは夜の帳が落ちた町を歩いていた。
 水泳部の活動が要因か、下校途中のバイト帰りか定かでないが、彼女は古風にアレンジした清楚なセーラー服に瑞々しい細身の肢体を包んでおり、可憐な風貌によく似合っている。
 温和そうな愛らしい円らな瞳と同じ色の青い長髪を軽やかに揺らしながら、帰路に向かって落ち着いた足取りを運んでいた。
「あら?」
 ふと、みなもは立ち止まる。青い瞳に映るのは一冊の本。
 人波が行き交う歩道に捨てられたかの如くポツンと落ちていた書物は、一見幻想小説風な表紙故か、そもそも他人の落し物に気が回らないのか、目立たぬ筈がないのに誰も気付いていない。
 少女は戸惑いの色を浮かべながら俯き、視線をチラチラと人波に流すと、小さな溜息を洩らす。
「(本当に誰も気付いてないのかしら? まるで見えてないみたい‥‥)あっ! ダメっ!」
 歩いて来る男の靴に本が踏まれそうになり、思わず手を伸ばしながら澄んだ声を響かせた。
 何事かと一斉に注目を浴びる中、男は踏んでしまった本から慌てて足をあげる。
 ――あれ? 靴痕ひとつない‥‥どういうこと?
 男は少女の視線から足元を見つめ、何か落としたのかい? と、周囲の視線を気にしながら問う。対峙しているのは清楚可憐な女学生。有らぬ疑いまで好き勝手に囁かれる有様の中、動揺を隠せなかったのは、みなもとて同じだ。
「えっ、と‥‥見えません、か? い、いえっ、ごめんなさいッ! あたしの見間違いでしたっ!」
 流石にコンタクトレンズを落としたなんて嘘で、巻き込む訳にもいかない。みなもはペコリと頭を下げ、顔を真っ赤に染めながら素直に謝った。男は、なら言いのだけど、と靴音を鳴らしながら通り過ぎてゆく。
 ――さて、問題はこれ(本)よね‥‥。
 自分以外に見えていない本。否、存在すらしない代物に腰を曲げた不自然な体勢のまま視線を流す。
 無害なら黙って見過ごす事も出来た筈。
 しかし、全てに対して真面目に受け入れ、トラブルに巻き込まれる事も多い性分の彼女に、無視という選択肢は不幸にも見つからなかった。そもそも現実的に考えれば、自分の目を疑うべきだろう。
 みなもは腰を屈めたまま、ゆっくりと手を伸ばす。幸いにも歩いて来る人波も道を譲った為、邪魔は入らなかった。
 尤も、彼女が正気じゃないと思われたかは別として‥‥。
「あっ(触れる‥‥やっぱり本はあったんだ‥‥)っ!?」
 傍から見れば路上で座り込み、地面に手を翳しているアブナイ娘だ。
 みなもは羞恥に頬を染めながら本を手に、足早に駆け出した。
 同級生に見られていない事を祈る――――。

●魔導書と契約
「はぁ、はぁ、はぁ‥‥もうっ、あなたのせいですからね?」
 人通りを過ぎた路地裏の壁に背を預けながら胸元に手を当て、弾む吐息を落ち着かせると、本を見つめ恥ずかしそうに唇を尖らせた。勿論、幻想小説風の表紙は一言も語りはしない。
「あたしに見つけてもらうのを待っていたのですか? ‥‥そんなことありませんよね」
 愛らしく小首を傾げながら自問自答しつつ少女はクスッと笑った。
 暫しの沈黙が流れる中、青い瞳が神妙な色を湛え、細い指が愛しそうに本の表紙を撫でる。
「不思議な本‥‥どんな物語が綴ってあるのかしら?」
 魅了されたような響きで紡ぎながら、みなもはゆっくりと本を開いた。
「ッ!?」
 刹那、少女は青い瞳を驚愕と戦慄の色で見開く。眼差しに映り込むのは、ページ一杯に描かれた魔方陣だ。紋様は妖しげな輝きを放ち、慄く瞳に焼き付いて放さない。
「き、きゃああぁっ!?」
 甲高い悲鳴が月明かりに響き渡る中、みなもを呑み込んだ魔道書がポトリと地面に落下した。
「ひぃやあぁぁぁああぁぁッ!!」
 スカートを両手で押さえる格好で滑稽に回転しながら、暗黒の闇に落ちてゆく。
 みなもが眼下に捉えたのは、吸い込まれた魔方陣だ。距離が縮んでいる事を物語るように大きくなり、紋様は少女の身長を遥かに凌駕したものと知る。
「やだッ、ぶつかっちゃう! あんッ!」
 切迫した声を響かせる中、みなもの肢体は仰向けの状態で宙に浮いた。否、正確には落下の最中で急停止に見舞われたと例えるべきだろうか? 反動でスカートの裾が舞いあがると同時、少女は見えない力で身体を大の字に固定され、苦痛の色で短い悲鳴を洩らした。
「な、なに? あたし、浮いてるの?」
 ゆっくりと開く瞳は暗黒の天空を映し出すのみで、背中に僅かな熱を感じさせる魔方陣を窺えない。
「んっ、身体が動かない‥‥あ、あたしをどうするつもりですか?」
 闇は何も答えてくれなかった。四肢の自由を奪われた磔状態に音の消失した闇の空間。
 みなもの恐怖と不安は膨れ上がり、頬に冷たい汗が滴り伝う。
「お、お願いですから帰して下さい! あたし‥‥ひんッ!?」
 哀願の響きが紡がれた刹那、少女はビクンと腰を跳ね上げ仰け反った。困惑に瞳孔が揺れる中、何かに反応する如く、みなもの肢体がピクンピクンと小刻みに震えながらリズミカルに弾ける。
「んあっ、ひくッ、な、なに? 身体の中に何かが注ぎ込まれて‥‥ひうぅぅっ」
 具体的に何がどこから注ぎ込まれているかは分からない。ただ、感覚的に黒いエネルギーが身体を圧迫してゆくようで、人魚の末裔故か、少女の芯が警鐘を鳴らしたかは定かでないが、嫌悪感に苛まれて苦悶の呻きを切ない吐息と共に洩らした。
「だ、だめですッ、もうッ、注ぎ込まないでくらはいぃ‥‥あたひ、はれつひしゃふぅぅ」
 闇の魔力を大量に注入され、圧迫感に呂律が回らない様相が凄惨にみなもを彩ってゆく。
「くるひぃれふぅ‥‥ひぐッ! ふああああぁぁッ!」
 小刻みに肢体が圧迫感に跳ねる中、新たな洗礼に見舞われた少女は涙で濡れた瞳を鮮烈に見開いた。
 苦悶の悲鳴が一際大きく響く。同時に衣服が内から突き破られると共に、背中から赤い雫を散らせながら漆黒の翼が生えた。次いでスカートのヒップラインが耳障りな音を響かせると、うねる蛇の如き黒い尻尾が姿を晒す。白い柔肌を切り裂かれる激痛に、みなもは涙と鮮血を散らせて絶叫した。
 だが、悪魔化は始まったばかりに過ぎない。吹子の如く吐息を弾ませながら理性を保つ中、異形の洗礼が四肢に及んだ。
「はぁはぁはぁ‥‥ひぅッ、んあぁッ、こんなにされたら折れちゃうッ、んっ、ひぃんんッ‥‥!」
 手足の骨が不愉快な呻きと共に軋み、有り得ない変容を描くと耐え切れず布地が悲鳴をあげた。制服が布切れとなって舞い散る中、脳天に突き抜けるような激痛が迸る。
「きゃあああぁぁっッ!!」
 ぎゅんと腰が折れそうな程に仰け反り、弓なりの体勢を保ったまま小刻みに戦慄く。
 瞳孔は焦点を定めておらず、失神したかのようだった。静寂の中でバキバキと骨が悲鳴をあげる。
「あ‥‥あは☆ 痛いけど、気持ちいい‥‥♪ もっと、あたしを変えて下さい☆ みなもだって分からないほど滅茶苦茶に変身させて下さい! んあっ★」
 骨が湾曲を描き、肢体が変容する度、少女は愛らしく微笑む唇から甘味な音色をあげ、愉悦に潤む眼差しを蕩けさせた。青い瞳が妖艶な色を孕み、歯と耳や手足の爪が鋭さを模るに連れ、悩ましく眉を戦慄かせて頬を紅潮させる。
 ――それ‥‥すごい‥‥歯の神経が苛められて‥‥耳が‥‥あぁんっ、もう考えられないよっ!
 苦痛と嫌悪は快感と快楽に塗り変えられ、精神は恐怖から至福へ変心してゆく。
 みなもは躯と心の変身に委ね、従属と隷属の洗礼を刻み込まれた‥‥。

 全ては、ある魔術師が人手不足を理由に、魔導書を用いた適正識別と使い魔契約を行う罠である。
 適正がある者にのみ魔導書を見る事が可能で、本を開くと強制的に読み手を魔空間に転送させ、悪魔化して従属と隷属の刻み付けた使い魔に仕立て上げる寸法だ。
 そんな事実を少女が知ったとしてもどうでもいいに違いない。

「はい★ ご主人様、何なりと命じて下さい♪」
 みなもだった使い魔は、異形の痛みに愉悦を感じながら愛らしく微笑んだ――――。


<ライター通信>
 この度は発注ありがとうございました☆
 お久し振りです♪ 切磋巧実です。
 訳あってノミネートをお引き受けする事が出来ませんでした。何度も発注依頼を頂いたにも拘わらず、お引き受けできなくて申し訳ございません。
 さて、いかがでしたでしょうか? 世界観は夢オチか夢でも現でもない「現実という悪夢」として、舞台を学園の図書室にするか路上か迷ったのはヒミツです。設定を演出できる部分と、被害者属性(笑)のみなもさんですから、軽く羞恥プレイ(おいおい)と相成りました。導入部が若干長いですが、変身(変心)過程に力を注がせて頂いたつもりです。
 それにしても、従属と隷属に快楽ですか。相変わらず危ういですねこの娘は(笑)。
 楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
 それでは、また出会える事を祈って☆