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<東京怪談・PCゲームノベル>


 時の狭間で鬼ごっこ

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 自室空間を出てすぐに、目が合った。
「よぅ。お疲れさん」
 ヒラリと手を振って、そう言ったのは、ヒヨリだ。
 挨拶代わりに軽く会釈を返す。
 うんうんと頷きながら微笑み、林檎を齧っているヒヨリ。
 彼がこうして、くつろいでいるということは、
 特に何の事件も発生しておらず、現状が平和であることを意味する。
 時の修繕に追われる使命を背負う時守にとって、
 今、この時間は、とても貴重なものと言えるだろう。
 さて。どうしたものかな。
 仕事はないみたいだし……。今日は、ゆっくり過ごそうか。
 そう思い、引き返そうとした時だった。
「おーい。ちょっと待て」
「?」
 引き止める声に足を止め、振り返る。
 するとヒヨリはニコリと笑って、
 立ち上がると同時に、自身の手元に黒い鎌を出現させた。
 その鎌は……あれだよね。仕事のときに、あなたが使う武器のようなもの。
 それを出現させたということは、仕事が入ったということだろうか。
 そんなことを考えつつ首を傾げていると、ヒヨリは笑って言った。
「ちょっと遊ぼうか」
「……え?」

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 キョトンとしているクレタに、ヒヨリが言う。
「お前、部屋に戻ったら、また寝るだろ」
「……うん。……そう、かも」
「駄目。子供は元気に遊ばないと」
「……子供じゃ、ないよ」
「あっはは。反応早いな」
「…………」
「つか、俺が暇だからさ。遊んでよ」
 クロノクロイツでも尚、引きこもり状態が継続しているクレタを、
 何とか外に出して、少しでもアクティブなアウトドアな人間にしようと……。
 というのもなくはないが。ヒヨリが遊びを提案した理由は、自分が暇だから。その理由が大半を占める。
 子供だと言われたことに、つい、すぐさま反応してしまった。
 そんな自分が何だか妙で。クレタは俯き、変な気持ちになっている原因を探る。
 ぱふぱふとクレタの頭を叩くように撫でながら、ヒヨリは言った。
「鬼ごっこしよっか。あ、鬼はクレタね」
「……鬼、ごっこ」
 もちろん、知っている。それが、どういう遊びであるかは。
 けれど、知っているだけで、実際にやったことはない。
 幼年期を研究施設で過ごしたクレタには、無縁の遊びだった。
 実際に……やってみたことは、ない……けれど……。僕……苦手だと、思う……。
 追いかけるっていう……その行為自体が、苦手……なんだ……。
 自分の意思で……目標を定めて、一生懸命になるでしょ……。
 そうしないと……捕まえることができない、んだよね……?
 必死になることを嫌うわけではない。ただ、必死になっている自分を想像できないだけ。
 やったことがないゆえに、おそらく戸惑うだろうし、きっと難しい。
 その結果、スルスルと擦り抜けて逃げられてしまったら。それは、悔しいはずだ。
 悔しい……。悔しいから……追いかけるの……?
 それが、必死になるってこと……なのかな……。
「嫌だったら、何か別のことして遊ぶか。何がいいかなぁ。ん〜」
「…………」
 もしも……もしもの、話……。
 僕が、ヒヨリを捕まえたら……捕まえることができたら……。
 ヒヨリは、どんな顔をするだろう……。
 悔しそうな顔……するかな。それとも、笑う……かな?
 ジッとヒヨリを見上げながら考えている内に、クレタは気付く。
 楽しそうだと。そう思っていることに、ようやく気付く。
 何だかんだで、それなりに長い付き合いだ。顔を見れば、何を考えてるかくらい理解る。
 ヒヨリはクスクス笑うと、クレタの頭を撫でて言った。
「んじゃ、クレタが鬼ね。はい、よーいどんっ」
 パチンと指を鳴らして駆け出したヒヨリ。
 一瞬呆けたものの、鬼ごっこが開始されたことを把握したクレタは、ワンテンポ遅れて駆け出す。
 時の狭間で、鬼ごっこ。

 開始早々、クレタはヒヨリを追いかけながら小さな溜息を漏らした。
 もう疲れただとか、そういうわけではなくて。先行きに……どうにも暗雲というか。むしろ真っ暗というか……。
 先を駆けるヒヨリは、スキップしながら駆けている。それなのに、一向に追いつけない。
 全力疾走しているのに、ヒヨリの背中は、ずっとずっと遠いままだ。
 そもそも、ヒヨリは見た目によらず、身体能力が高い。
 パッと見た感じだと、何となく気だるそうで、身体を動かすことを嫌う人のように見えるけれど。
 実際は、かなりアクティブで。いや、もう、寧ろ、落ち着きのない人で。
 少し話をすれば、気だるそうな第一印象は見事に払拭されるのだけれど。
 やってみようと思ったものの……。その前に気付くべきだったのではなかろうか。
 明らかに、体力や身体能力で、自分が劣ってしまうことを。
 ほんのりと後悔したクレタだったが、すぐに気持ちを切り替える。
 確かに、捕まえるのは容易ではない。けれど、捕まえてみせる。
 必要な要素は、体力だけじゃないはずだ。他にも色々と必要になってくるはず。
 運も実力のうち。もしかしたら、ヒヨリが転ぶかもしれない。
 チャンスが巡ってきたら、それを確実にモノにすれば良いんだ。
 たかが、鬼ごっこ。されど、鬼ごっこ。
 クレタにとっては、人生初の鬼ごっこだ。
 少し真面目にあれこれと考えすぎかもしれないけれど、それも仕方のないこと。
 チャンスが巡ってくる、その瞬間を待ちわびながら、追いかけ続けるクレタ。
 ただ闇雲に追い掛け回しているわけじゃない。それを悟らせるクレタの目に、ヒヨリは笑う。
 逃げながら、ヒヨリはクルリと、持っていた大きな黒い鎌を回して言った。
「クレター。突然ですが、ここで問題でーす」
「……?」
「俺の武器は、何でしょう?」
「……武器」
 そんなの、わかりきってる。今、目に映っているものだ。
 クレタは少し息を切らしながら、問題に返答を返した。
「……その、鎌……」
「正解っ。では次の問題。この鎌で、俺は普段、どんな攻撃をするでしょうかー?」
「……攻撃」
 それも、知ってる。何度も傍で見ているから。簡単だ。
 クレタは少し息を切らしながら、問題の返答を……。
「……闇を。……あ」
 返答途中で、クレタは口篭った。
 先の展開を読んだがゆえの口篭りだったのだが、時、既に遅し。
 駆けながら先を行くヒヨリが、クスクスと笑いながら、闇に大鎌を躍らせた。
 柄の部分だけが銀色の黒い鎌が、闇に溶ける。
 ピタリと立ち止まり、無意識に身構えたクレタ。
 次の瞬間、前方から黒い波のようなものが迫ってくる。
 空間そのものを揺らす、ヒヨリの攻撃。
 これは普段、時に悪戯を仕掛ける者にヒヨリが浴びせる制裁の技だ。
 直撃してしまえば、電気が走るような痛みを覚えて失神してしまう。
 実際に浴びたことはないけれど、何度も目にしてきているから、威力は把握できる。
 遊びの延長線上で仕掛ける悪戯ということで、かなり手加減して放っているようだが、
 それでも、くらってしまえば、かなり痛い思いをすることだろう。
 威力を知っているがゆえに、平然とはしていられない。
 光の壁を張って弾き返したいところだけれど、その能力を発動するには、ある程度の時間が必要だ。
 大鎌から放たれた闇の波動は、すぐ目の前まで迫っている。何とか、避けるしかない。
 身を捩り、辛うじて波動の直撃を逃れたクレタ。
 目の前を掠めていった波動の余韻が、ふわふわと前髪を揺らした。
「あっはは。いい動きするねぇ。さすが〜」
 笑いながら、クルクルと大鎌を回すヒヨリ。
 鎌を消さないあたり……また、同じように攻撃してくるつもりなのだろう。
 まぁ、逃げるほうも必死になるのは仕方ない。それも、きっと鬼ごっこの醍醐味。
 しかしまぁ、余裕しゃくしゃくのくせに、とんでもない方法で妨害してくるものだ。
 フゥと息を吐き、これからどうすべきかを思案するクレタ。
 重ね重ね言うが、何もそこまでムキにならなくても、真剣にならなくてもと思うかもしれないけれど、
 初体験という体験には、どう足掻いても好奇心が付き纏う。故に、仕方のないことなのだ。
 本気ではないにしろ、ヒヨリの鎌による攻撃は、かなり危険なものだ。
 妨害だなんて、そんなレベルじゃない。くらってしまえば、鬼ごっこどころじゃなくなる。
 負けというよりは、ゲームオーバーに近い。それは、何となく嫌である。
 ヒヨリはいつも元気で無邪気で、笑っている男だ。物事を深く考えようとしない。
 けれど、仲間を想う気持ちは誰よりも強い。代表なだけに、責任感も関与しているのだろう。
 そう考えると。ひとつ、良さげな作戦がある。
 少し卑怯かもしれないけれど、このまま追いかけ続けても、活路は見出せない。
 うん、と頷き、クレタは作戦を実行した。
 何発も何発もヒヨリが飛ばしてくる闇の波動。
 それを避けることは容易いのだが、くらった "フリ" をするのだ。
 できるだけ自然に、疑われないように、演技をする。
 遊びの中に組み込むそれは、演技でもあり、また一つの "嘘" でもある。
 嘘をついたことなんて、今まで一度もない。
 何となく周りに合わせて生きて、それで良いんだと思ってきた故に、自分を偽ったこともない。
 うまくいくだろうか。相変わらずの無表情ではあるものの、クレタの心は緊張で高鳴っていた。
 バタリとその場に崩れるようにして倒れたクレタ。
「うぇっ!?」
 ヒヨリは目を見開き、慌てて駆け寄る。
 避けられないはずがない。手加減していたし、クレタの動きの癖に合わせて飛ばしていた。
 避けられないはずがないんだ。それなのに、どうして。
 理解に苦しみながらも、ヒヨリは尋常じゃないほどの焦りを覚える。
「クレタ。おい、大丈夫か」
 大鎌を一旦消して屈んで、うつ伏せになっているクレタの肩を揺らす。
 まだ。まだ動いちゃ……駄目。……もう少し。もう少しだけ、このまま……。
 呼吸することさえも忘れて、ジッと動かずに待機するクレタ。
 ピクリとも動かない、そのクレタの姿が、ヒヨリを余計に焦らせる。
 まずい。マジでくらってしまったらしい。すぐ、処置しないと。
 とりあえず、背負って……。
 クレタの脇腹に腕を差し込み、そのまま抱き上げようとしたヒヨリ。
 その一瞬の隙。無防備すぎるほど。チャンスは、ここだ。
 それまでピクリとも動かなかったクレタが、何事もなかったかのように動く。
「あ」
「……捕まえた」
 ギュッとヒヨリの腕を掴んで呟いたクレタ。
 してやったり。そんな表情を浮かべているかのように見えた。
 ダマされたことを理解したヒヨリは、笑いながら潔く負けを認める。
 やられた。マジで心配した。普通に焦った。でも演技だったと。そういうことね。
 はいはい。俺の負けだよ。どんな手段でも、勝ちは勝ち。俺は、お前に捕まった。
 俺の負けだよ、と笑いながら肩を竦めるヒヨリ。
 笑った……。やっぱり、笑うんだ……。悔しがったりしないで、笑うんだね……。
 でも……気のせいかな……。ちょっとだけ、眉が寄っているような……気がするんだ……。
 ジッと顔を見つめていると、ヒヨリは呟くように言った。
「あー。くそぅ」
 負けを認めたものの、やっぱり悔しいものは悔しい。
 追いかけられて捕まったわけじゃなく、まんまとダマされて引っかかって。油断したからこそ、なおさら悔しい。
 本当は悔しい。ヒヨリの気持ちを、呟きから悟った瞬間、クレタの心が不思議な満足感で満たされた。
 結果、その想いは僅かに、表情となって淡く淡く現れる。
「あっ!!」
「……。……うん?」
「お前、いま、笑ったな」
「……。……え?」
「俺は見たぞ。確かに笑ったっ」
「……そう、かな」
「うん。へぇ〜。そうかそうか。可愛い笑顔じゃないですか、クレタくん」
「…………」
「もっかい笑ってみ? はい、笑う」
「……そんなこと、言われても……できないよ」
 フィッと顔を背けて俯いたクレタ。いつも無表情なクレタが、はじめて見せた笑顔。
 もう一度、もう一度とアンコールを飛ばし続けるヒヨリの扱いに、クレタは困惑した。
 人が笑うのは……楽しいとき。あるいは……嬉しいとき。
 僕は本当に笑ったのかな……。それを確認する術はないけれど……。
 ちょっとだけ……ワクワクしているような気がするんだ……。
 ワクワク……。あれ……? ワクワクって……何だっけ。どんな……気持ちだっけ……?
 自分が覚えている感覚を理解できなくなり、首を傾げたクレタ。
 考えても、意味がないような。そんな気がして、クレタは腕を掴んでいた手をパッと離すと、
「……次は、ヒヨリが鬼だよ……」
 そう言って、タタタッと駆け出し、闇の奥へと逃げていった。

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 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『時の狭間で鬼ごっこ』への御参加、ありがとうございます。
 楽しい。クレタくんは、その感覚を知ることが出来たでしょうか。
 淡い微笑み。とっても可愛いんだろうなぁと。ニヤニヤしてしまいます。
 また機会がありましたら、遊んでやって下さいね。次はカクレンボでも…。
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.11.07 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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