|
縁の協心 - 遠隔からの影 -
腕時計を覗くとそろそろ予定時刻だった。
遠く視線を飛ばした時、定刻どおりにバスの姿が現れる。エンジン音を唸らせ停留所に止まって扉が開く。
乗車してすぐに知り合いとばったり遭遇した。
「魄地君」
「吉良原か」
片眉をピクリと動かすと微かに微笑む。
初めて聞いた吉奈の名前。忘れられていたわけではなかった。けれど吉奈はあえて言及しない。
自然に祐の隣に座るが、祐に拒絶の意志はない。最初は警戒心で溢れていたのに、今はそれほどでもない。お互いを知れば祐は気持ちが落ち着くのだ。
あれから”魔”の情報が入るたび、見かけるたび、メールや電話で連絡している。吉奈が危険な目にあうことも少なくない。祐の目を盗んで『心理迷彩』以外の能力を使うこともある。いつ祐にばれてしまうかひやひやしていたが現時点ではまだ気づかれてないと吉奈は確信していた。怪しんでいるかもしれないが、それ以上の確証はないのだ。
「今日はマフラーしてないんだな」
祐はちらりと吉奈の服装を一瞥して問う。
今日の吉奈は祝日なので私服だ。ブロックチェックのベアフリルにジャケットを羽織っている。いつもの手袋で素肌を隠し、日傘は手元で閉じていた。
「幸いにも今日は曇りですからね。久々にマフラーと帽子を外せました」
二人は空を見上げる。秋から冬に変わっていく雲が空一面をどんよりと覆っている。今にも水の粒が落ちてきそうだ。街は薄暗く、行き交う人々に宿る心の灯火も小さくなっている。
「光が差さないと少しは大丈夫なんだな」
「ええ」
太陽を避ける吉奈は夜に近い曇り空を喜んでいた。気分が沈んでしまう人々とは逆だ。
「魄地君、どこへ行くんですか?」
「友達に会いに行くんだ」
「待ち合わせですか」
「この前、話しただろ? 連絡がつかない友達がいるって」
脳裏に思い出す。浮かない表情をした祐が携帯を眺めていた情景を。
「ではご無事だったんですね」
それは良かった、微笑を浮かべる。
「あの数日後に帰ってきて……。ちょっと切り傷を負ったが無事だった」
(切り傷?)
ふと思う。その少年も修羅場をくぐり抜けているのか? と。もしかしたら……”魔”と何か――。
そう考えて、以前した約束を思い出す。
「ご友人と会った後に予定がなければ、遊びに行きませんか?」
「へ?」
「約束していたでしょう?」
妖しく微笑む吉奈。
祐の頭の中でからかわれる場面がよぎった。ぶるっと震える。
「どうしました?」
「い、いや、何でもない。吉良原の方こそ何もないのか?」
「私は散歩の途中ですから」
語尾にハートマークが付いていたが少年は無視した。何か嫌な予感がする……、それでもその直感を振り払うしかない。
*
二人はゲームセンターへ行くことになった。でもその前に。
有名な待ち合わせ場所に十分前に着く。祝日だからか人ごみで埋まっている。携帯や本などで時間を潰したり、中にはゲームをしている人もいた。ほとんどの人がここから街中へ散らばっていくのだ。もしかしたらどこかで偶然出会ったりすることもあるかもしれない。
祐の銀の瞳に目をとめて、ちらちらと覗く人もいたがカラコンをしていると誤解される。現代科学の進化に祐は救われていた。吉奈の方がもっとまじまじと見つめられていたが本人は気にしていない。
人が多くて待ち人を見つけられるか不安になった時。明るいはっきりとした声が祐を呼ぶ。
「祐! ここだよ」
声の持ち主に振り向くと天理だった。服をおしゃれに着こなしている。
透き通る声に周囲の女性たちは騒ぎ、整った顔立ちに魅了されていた。プロの歌手グループか俳優の中にいそうな美少年。
「ごめんな、呼び出して」
「いや……」
「あれ?」
天理が祐の隣に気づく。祐が少女を伴っているなんて珍しいことだ。
「この方は?」
「あ、ああ」
少し慌てながらお互いを紹介した。
「そうか、協力者という、あの女の子ですか。俺は封禅天理です」
にっこりと眩しく微笑む。
(この人が天理さん……)
会って分かった。祐よりも実力は上だと。仮にも吉奈は都市伝説になっている爆弾魔だ。天理を見ただけで隙がないと見抜く。
吉奈は突然、祐の腕にからみつき、くっついた。
「お、おい!」
「私は吉良原吉奈です。よろしく」
祐の抗議を無視して腕を解こうとしない。
天理は目を見開いて心中で呟く。
(へー、祐の周りにこんな女の子がいるんだ……)
先ほど協力者と言った天理に少女は問う。
「私のこと、ご存知なんですか?」
「祐が教えてくれますから。特に封禅家の協力者となると俺が知らないわけにはいきません」
「知らないわけにはいかない?」
吉奈は復唱する。
「天理は本家の跡取りなんだ」
「ふぅん……」
天理を値踏みするように上から下まで観察して。
とろけるような瞳で祐を見つめた。
「でも私にとっては魄地君が一番ね」
三人に一瞬の間があく。
「……へ?」
「そっ! それ、どういう意味だ!?」
耳まで真っ赤になって吉奈の腕を外そうとする。
「そんなこと私から言わせるんですか? 分かってるくせに」
力を強め、絶対に祐少年を逃がそうとしない。
「ばっ! またからかうつもりだろ!?」
「本気ですよ?」
真摯な紅玉が銀の瞳を射抜く。
「ぐっ……」
祐は体の強張りを弱め、真正面から吉奈に向き直る。
「あ、あのな……」
「はい」
「だから……」
次の言葉が紡げず、頭をかく祐は目を合わせない。合わせることができない。
「吉良原とは、その……」
「……ぷっ。くくくっ」
肩を震わせて吹き出す。それは脇から一部始終を見ていた少年。
二人は同時に天理へ顔を向ける。
笑い続ける少年を吉奈はじっと睨んでいた。
笑いがおさまった頃。
「祐、いつもそんな風にからかわれてるの?」
「へ?」
目を皿にして、吉奈、天理へと交互に見比べた。
「から、かった……?」
「封禅さん笑わないで下さい。これからしようとしてたシナリオが台無しじゃないですか」
「ご、ごめんごめん。見てたら面白くて、ですね」
謝られても誠意を感じられなかった吉奈。不満だったが、気になる一点を尋ねる。
「それにしても、よく気づきましたね」
「分かりますよ。あなたからは本気の心が視えませんでしたから。ただ遊び心が強かった」
「……」
(視え、る? もしそうなら、この人は侮れませんね)
見抜いたことに対してではない。『視える』、それが吉奈に戒心を持たせた。心を読むのではなく、天理は視えるのだ。
二人のやりとりを間抜けな顔で見ていた祐は、はっと我に返る。
「ちょ、ちょっと待てよ! 今の、からかってたのか?」
「そうですよ?」
吉奈は真面目に肯定する。
「そうですよ、ってお前……」
はぁーと盛大にため息をつく。
なんだ、うろたえて損したじゃないか、と呟いた。
「祐は鈍感だからね、恋愛にしても」
「悪かったな!」
がるるっ、と狼のようにかみつく。
「さて、ちょっと祐を借ります。長くはかかりませんから待っていて下さい」
二人は吉奈から離れ、ビルの陰に、人のいない場所へと入り込む。
吉奈はその場に残るが、一人になったとたん数人のナンパから誘われる。いつものことなのか難なくさらりとかわした。
二人の元へ覗きに行こうと思ったが、あの天理がいる。気配を隠してもばれてしまうかもしれない。協力者の吉奈を避けたということは聞かれたくないことなのだ。秘密にされると逆に好奇心が湧いてしまう。それでも、どうにか踏みとどまった。
「お待たせしました。祐をお返ししますね」
そう言うと早々と立ち去った。
「もういいんですか?」
「ああ。天理にはまだ仕事が残ってるみたいだからな」
「……」
祐の雰囲気が緊張気味だ。何かあったのかもしれない。けれど吉奈から聞くわけにもいかなかった。
*
二人はやっと目的の場所へ。
日本で有名なアニメ、ゲーム、パソコンの街へ降り立つ。
道行く人の中にゴスロリを着ている女の子がいたり、コスプレをして何かの宣伝チラシを配っている。
メイド喫茶前を通りかかれば、店内から「お帰りなさいませ、ご主人さま」という声が聞こえてきた。
目的地に辿り着くと、広い敷地内に一際大きく建っていた。ビルごとゲーセンになっていて「萌え〜ゲーセン」と少女キャラが言っているイラスト看板がある。周辺では一、二を争うほどではないのだろうか。
「萌えとかいうのはよくわかりませんが……。ここのゲームセンター、単純に大きいから遊びやすいんですよね」
「オレは遊んだことないから分からないぞ?」
「いいですよ、こんなものがあるのか、と思って頂ければ」
二人はビルの中へ吸い込まれていった。
*
あのイラスト看板のわりにはどこにでもあるゲーセン。だが萌えポイントというものがあるらしく、規定数を集めると何かあるらしい。
騒音と紙一重で大音量の音楽がリピートする中、吉奈は一階、二階と全てのフロアを網羅していく。五階でゾンビたちを銃で打ち抜き、四階でドライブゲーム、三階で音楽にそってリズムをとり、高得点を叩き出していた。いずれも時間をかけずクリア。
訪れたことのない祐でも吉奈がゲームの達人であることに気づいた。よく見れば、他にもそれらしき達人ばかりだ。
「一緒にしませんか?」と三階で吉奈は祐を音楽ゲームに誘ったが断られた。「こうすればいいですから」と手本を見せ、強引に引っ張り込む。だが祐はリズムをとるだけで精一杯。吉奈に付いてこれない。
「初めてにしては上手いと思いますよ」
息切れしている祐に疲れた様子もみせない吉奈は声をかけた。
ほとんど遊びつくすとすでに夕方だ。空を覆った曇り空で外は暗い。
少女は多くなってきた人の波をすり抜けて一階に降りた。祐は帰るのかと思ったが、そうではなく。小さな箱の中に少年の手を引いて入る。
「何だ、ここは……?」
プリントシール機自体を知らない祐は閉鎖的な空間に首を傾げる。
「いわゆる簡単に撮れる写真ですよ」
手順通りに操作していく吉奈。
「写真……? って、ちょっと待て、オレは撮られるのが嫌いなんだよ!」
慌てて逃げようとする祐の手を掴んで引き戻す。
「いいじゃないですか、私との記念に。それに……」
面白そうですし……と呟く吉奈を聞き咎め、反論しようと口を開く。が、「撮りますよ」の声に少年はカチンコチンに固まった。氷のように微動だにせず突っ立ってるだけの祐。ふふっと少女が微笑んでフラッシュが点った。
それから何度か撮ったが、最後になってようやく祐の体がほぐれてくる。
「まさか、写真が嫌いとは思いませんでした」
大きく息をついて全身の力を抜く少年。それを横目にまだ笑みを抑えられない吉奈。
現像された写真には、固まってる祐の周りで色んなポーズをしている吉奈が映っていた。はさみで切り取り、半分を祐に手渡す。
「なに」
「記念と言いましたよね。魄地君も慣れたらきっと楽しいですよ」
そっと受け取り、映っている自分を一瞥して。
「慣れることはない……と思う。でも、楽しそうだなってそれは分かる気がする」
少年にほんの少し笑顔が戻った。
最後に、二人は二階へ登った。
そこは格闘ゲームがフロアいっぱいに埋め尽くされた場所。
ほとんどはコンピューターとの対戦だったり、二人対戦だったが、一部だけ全国通信で得点と強さを競い合うゲームがあった。
吉奈は鋭い勘を生かし、連勝していく。コインを惜しみなく投下し、ボタンとスティックを巧みに動かす。手の一部のように早業で次々と対戦相手を倒していった。
「すげぇ……」
祐は今まで見た比ではないと思った。
吉奈が使用している名、「K.P」がトータル得点の一位に迫る勢いでせり上がっていく。そんな時。
ある挑戦者が名乗りを上げる。
吉奈は挑戦者を快く受け入れた。
Fight! と開戦の合図。
いつも通り、吉奈は華麗な手さばきで相手を翻弄していく。けれどそう見せかけて押されていくどころか吉奈と互角に渡りあっていた。隙を見せない吉奈を挑戦者は罠に誘い込む。それを見破れない吉奈ではない。
熱い攻防を繰り広げる中、お互いが先読みして一手二手と上手をいく。
吉奈はここまで長引くとは思わず、疲労が増していく。額に汗がにじみ、指はたこができそうだ。
二人のヒットポイントが残り僅かとなった時。展開ががらりと変わった。
挑戦者が刹那、ぐっと構えた。
吉奈は普段より首筋がビリリッと強く痺れる。
(来る!!)
それは一瞬だった。
必殺技を何段も積み重ね、隠し技すら乗せて迫った。
何もしなかった吉奈ではない。だが……。
音楽が流れる。敗北のテーマソングが。
「ふぅ……」
吉奈はいきなり負けてしまった。
負けるとは思っていなかった。油断していたのかもしれない。けれど――。
「何だったんだ……今の?」
ゲームに疎い祐でも、今の対戦が普通ではないと感じ取っていた。
「……。挙動が読めませんでした」
「吉良原でもそんなことあるのか」
吉奈は頭を左右に振る。
「そうではありません。多分、相手はただの人間じゃないですよ」
「……ただの人間じゃないって……」
「新たな能力者、か……」
少女は瞳を伏せて考え込む。そして続けた。
「或いは”魔”かと」
「!!」
とっさに吉奈の肩を掴む。
「それは確かか!?」
「確証はありません。でも何か力を持つ者でしょう」
「もし”魔”だとしたら……」
「取り込まれてる人間……でしょうね」
街は降り出した雨でびしょぬれになっていた。
傘をさして行き交う人、急ぎ足で駆ける人にうもれて。どこかで静かに”魔”が歩きだす。
”魔”にとりつかれた人は自覚なしであることも多い。人を襲った記憶だけをなくし、変わりない日常を過ごす。
ニュースから流れる事件の中に、”魔”による犯行もひっそりと隠れている。
吉奈に勝利した挑戦者はその後、全国首位に躍りでた。しかし、それからは鳴りを潜め、姿をくらます。そして、いつか出遭ってしまう――。
縁(えにし)が宿命(さだめ)を呼び、月夜の下で幕が上がることとなる。
------------------------------------------------------
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
------------------------------------------------------
【整理番号 // PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3704 // 吉良原・吉奈 / 女 / 15 / 学生(高校生)
NPC // 魄地・祐 / 男 / 15 / 公立中三年
NPC // 封禅・天理 / 男 / 17 / 付属高校二年、一族次期当主
------------------------------------------------------
■ ライター通信 ■
------------------------------------------------------
吉良原吉奈様、いつも発注して下さりありがとうございます!
こんな感じで宜しかったでしょうか?
謎? を残しつつ終わらせて頂きました。
次に続くシナリオで発注される場合は、同じタイトルからお願いします。
”魔”やその他、出遭う設定などは考えて下さって構いません。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
リテイクなどありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
また、どこかでお逢いできることを祈って。
水綺浬 拝
|
|
|