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<東京怪談ノベル(シングル)>


〜世にも奇妙なTea Party〜

ライター:メビオス零



●帰るまで後二時間半……かな?:再会した途端に懐かれました。私はハムスターか何かですか?●

 空を見上げれば、そこには見渡す限りの……曇天が広がっていた。
まだ昼前だというのに光は差さず、住宅街はどんよりとした空気に包まれている。
 しかし、それは住宅街で洗濯物を干している主婦達の「降るなら降る。降らないなら降らないでハッキリしろ!」という天気に対する抗議オーラがそうさせているのであって、東京全域が暗黒オーラに包まれているわけではない。
 見上げれば曇天。その為に太陽は差していないが、この時間帯ならば周囲の高層ビルに阻まれ、雲があろうと無かろうと元々影の方が多いだろう。
こんなで日でも、陰気な空気など感じさせない活気に溢れる繁華街にて…………

「う〜ん……こっちも良いですけど、やっぱりこっちの服の方が……」
「………………」

 手にしたワンピースをみっちゃんこと、みっちゃんに当てて悩んだ後、海原 みなもは再び新たな服を手に取り、みっちゃんの体に当てて思案する。
 その間、みっちゃんは微動だにすることもなく、みなもの着せ替えを甘んじて受け入れながら、ほんの一時間前の出来事を思い出していた。


 …………主であるハーデスの居城にてメイド業に勤しむみっちゃんは、メイド服以外の服は滅多に着ない。
 外に出る外出着などを、全く持っていないわけではない。しかし、みっちゃんは仕事の間はメイド服を脱ごうとしない。そして城にいる間は常に仕事をこなしている上に仕事の都合以外では外に出ないわけだから、メイド服以外を着る機会はない。
 機会はないのだが、もしかしたら必要となる時もあるかも知れない…………いわば、『保険』程度の認識で用意しているに過ぎない。
過ぎないのだが……しかしそれでも、使えなければ意味がない。
普段から着ることもなくクローゼットの中に放置してあったみっちゃんの私服は、尽くが風化し、手にした途端に砂となって崩れ落ちた。一体どれ程の長きに渡って放置していたのか…………それに対して突っ込む者は誰も居ない。聞いたらその時点で何かが終わる。みっちゃんの年齢問題に関しては、誰一人として聞く勇気を持ち合わせていなかった。 
 そんなわけで、みっちゃんは自分の服を用意するため、東京の街へと繰り出した。城から出た先は、渋谷区の背の高いビルの建ち並ぶ裏路地。遠くからは雑踏の音と何やら宣伝を行うような声が聞こえてくる。
ハーデスの居城から外の世界に出る場合、その出る場所を指定することはできない。出入りを行う権限は与えられているが、空間を操るような能力はみっちゃんには存在しないため、どうにもならなかったのだ。こればかりは贅沢は言っていられない。
 雑踏の中に出なかっただけでも良しとしよう……そうして薄暗い裏路地から街道へと出て、なるべく安価な商品を取り扱っている洋服屋を探そうとしている時に…………

「あれ? みっちゃんさん……ですか?」

 バッタリと、みっちゃんはみなもとの再会を果たしたのだった。

 ………………
 …………
 ……

「本当にその服で良かったんですか?」
「…………」

 コクリと小さく頷き、みっちゃんは手にした紙袋をギュッと握り締めた。その中には、これまでに着ていたメイド服が入っている。
 現在、みっちゃんは水色の柄の入っていないTシャツと紺のジーンズという、非常にラフな恰好をしている。みなもが悩み、苦悩しながら選んだ数々の可愛らしい恰好はほぼ全てがみっちゃんによって却下され、棚に戻された。
 元々、みっちゃんは着飾ることに楽しみを覚えるような性格ではない。それに世俗に疎いみっちゃんではあるが、みなもが選んできた猫の着ぐるみや魔女ッ子変身グッズがまともな恰好でないことは、離れた場所でクスクスと笑っている店員を見ることで理解出来た。それを見なければ気付かなかったかも知れないが、残念なことに気付いたため、みっちゃんは適当に動きやすい服装をテキパキと選び、みなもの制止を躱して会計を済ませたのだった。

「せっかくですから、もうちょっと女の子らしく可愛い服を着ればいいのに…………」
「………………」

 散々みっちゃんで着せ替え遊びを楽しんだみなもに、みっちゃんは睨みを利かせて抗議する。しかし睨むと言っても、表情は何一つとして変化していない。精々、目が一ミリ程細くなった程度だろう。当然みなもにも気付いて貰えない。
 みっちゃんと久々に再会したみなもは、楽しそうにみっちゃんの隣を歩いている。
 一度城の外に出たみっちゃんは、最低でも三時間は城へ戻ることができない。それを知るみなもは、ここぞとばかりにみっちゃんの買い物に付き合うと言い出したのだった。

「それにしても、本当に久々に会いましたよね。同僚の方の……えっと、なんて言ったかな? あの人に電話番号を教えたから、しばらくしたらかかってくると思ったんですけど、全然連絡もなかったですし、心配してたんですよ」
「…………」

 みっちゃんはみなもの言葉に、顔を伏せて目を逸らした。
 実を言うと、何度も連絡は取られそうになった。主にみっちゃんの同僚が、宴会の口実としてみなもに連絡を付けようとしていたのだ。
しかしそれを、みっちゃんは尽く妨害した。元々ハーデスの城は異界であり、一般人が立ち入って無事に済むような場所ではない。下手をしたら帰ることも出来なくなり、外に出たら出たらで、数年から数十年規模の時間が経過していた…………何て事にもなりかねない。
同僚が行っているのは、みなもを自分達の世界に引っ張り込んで取り込もうというのと同等の行為であり、ただの招待で終わるようなものではない。
 同僚はともかく、みっちゃんとしては、外部の人間をあの城に入れることは容認出来ないのだ。
 ……みっちゃんの表情に影が落ちたのを見て取ったのか、それとも身に纏う空気の変化を嗅ぎ取ったのか…………
 みなもはみっちゃんの肩を叩き、笑いながら励ましてきた。

「そんな顔をしないで下さいよ! 別に拗ねてるわけでも、怒ってるわけでもないんですから。それに連絡も付けずに再会出来る辺り、不思議と縁があると思いませんか?」

 ……確かに、何の連絡も取り合ってない二人が、この広い東京の雑踏で再会するというのも、不思議な縁である。しかも、みなもが外の世界に出ると言うことも珍しい。しかも私用での外出というのならば、運命じみたものすら感じられる。

「ね? こうして会ったのも何かの縁ですから、帰るまでの時間、付き合ってくれませんか? バイト先が急にお休みになって、今日は一日暇だったんですよ」

 明るく言うみなもの提案に、みっちゃんはしばし思案する。
 みっちゃんが外に出てきたのは、私服を揃えると言うだけの理由だ。他には何もない。ハーデスの城に戻るまでの三時間程の間は空きが出来るが、その間に何かをすると言うことなどなにも考えていなかった。
 拒む理由は見当たらない。みっちゃんがコクリと小さく頷くと、みなもは手を合わせて目を輝かせながら喜びを表した。

「良かった! わたしの家、この近くなんですよ。しばらくの間、休んでいって下さい」

 みなもに手を引かれ、みっちゃんは渋谷の雑踏を歩き出す。
 生まれて初めてのご招待に、みっちゃんは僅かに歩を早めることで、心情を語っていた…………





●帰るまで後一時間ぐらいでしょうか:可愛い振りしてあの子割とやるもんだねと思ったけど職業を思えば当然でした●

 そうして訪れた海原家。のキッチンからは、美味しそうな甘い匂いが漂い始めていた。

「うわぁ……良い香りですね。流石はみっちゃんさん。メイドたるもの、お菓子作りぐらいは基本ですか」
「………………」

 感心したように感嘆の声を上げるみなもに背を向け、みっちゃんは黙々とお菓子作りに励んでいる。
 海原家に到着した二人だったが、みっちゃんを相手に会話が成立するわけもない。よって雑談で時間を潰すことは出来ず、着せ替えで遊ぼうにもみっちゃんが頑なに拒否した為、みっちゃん指導によるお菓子研究会が開かれたのである。
 料理に関してはそれなりに心得のあるみなもであったが、みっちゃんの調理技術の前にあっさりと白旗を上げ、今ではみっちゃんの手元やお菓子の出来具合を見ては感嘆の声を上げている。
 それ程滞在期間が残っているわけでもないので手の込んだ物は作れないが、みっちゃんが作るお菓子の数々は、単純な作りであるはずなのに、不思議な甘さでみなもの心を惹き付けた。

「………………」

 みなもの反応に気をよくしたみっちゃんは、ほどよくクッキーが焼き上がろうとしているのを見て取り、クッキーと一緒に飲む紅茶の準備にはいる。まだ海原家のキッチンを使い出してから一時間と経っていないのだが、一流のメイド足るみっちゃんは既にどの場所に何があるのかを正確に把握しており、動作には全く淀みがない。
 手早くお茶葉を急須に入れ、お湯の水温を適温になるまで念入りに量り、紅茶に合わせる。緑茶や紅茶、さらには葉の種類によって、適温というものは異なってくる。みっちゃんは葉の香りが飛ばないように慎重になりながらも、端から見ればテキパキと迷うことなく用意しているように見える速度でそれをこなしていた。
 ……そうして出来たお菓子とお茶を前に、二人は居間で対面した。
 二人で作ったお菓子と、みっちゃんの入れた紅茶に口を付け、みなもは「はぁ……」と深い息をつく。

「みっちゃんさんって、弱点無いんですか?」
「…………?」
「あ、いえ。別に弱点を聞き出して倒そうとか考えてるんじゃなくて、何でも出来るから……何か苦手なこととか、あるのかなって思って」

 みなもは誤魔化すようにクッキーに手を伸ばし、それを口に運ぶ。みっちゃん特製のミルククッキーは、平凡な材料を使っているにもかかわらず、口内に優しい甘さを充満させる。
 みっちゃんは、クッキーを口に運んで幸せそうにほんわりとしたオーラを放っているみなもを見つめながら、自分の欠点を探してみた。
 …………結果、見つからない。
 家事は標準として万能で、時には主の護衛も務めるために荒事も問題ない。衣食住を確保するための資金繰りも経験があり、ガーデニングや小物作り、機械の修復なども行える。
 あえて挙げるとすれば、言葉を発さないことぐらいだろうか?
 しかしそれも、日常生活には何ら支障はない。こうして普段から会っていないような客人(今はみっちゃんが客人だが……)と会ったとしても、何だかんだで怒らせたりするようなこともなく、日々の生活も送れている。
 同僚からは「化け物じみている」とすら言われたことがある。なるほど、弱点の存在しないような存在に襲われたら確かに恐怖だろう。ある意味、化け物というのもあっているのかも知れない。
 みっちゃんの体から発せられるオーラが、どんよりと曇ってきていることを感じ取ったのだろう。対面に座りお茶を楽しんでいたみなもは、慌てて手を振り、フォローに回る。

「べ、別に弱点がないのって、悪い事じゃないと思いますよ? 誰の手助けでも出来ますし、周りから感謝こそされ、嫌われるような事にはならないと思いますし。それに、私はみっちゃんさんのそう言う所が信頼出来て……うん。好きになったんですから」

 ハッと顔を上げるみっちゃん。みなもは紅茶の入れてあるカップを手に、ニコニコと微笑んでいる。
 今みなもの言った「好きです」発言は、あくまで友人としての物であってやましい想いなど微塵もない。
もちろん、察しの良いみっちゃんのことである。妙な誤解をすることもなく、みっちゃんも友人としての物だと受け取った。しかしそれでも反応してしまったのは、これまで友人知人同僚主人誰一人として、みっちゃんに「好き」等と言う言葉を掛けてくれたことはなかったからだ。
 胸に感じる暖かみ。ソレが何であるのかは理解出来ない。
 動揺は顔には出さず、みなもに気取られないように時計を見る。

「………………」
「どうしまし……ああ、もうこんな時間ですか。時間が経つのは、早いですね」

 みなももみっちゃんの視線を追って、壁に掛けられている時計に目を向けた。
 時刻は既に、みっちゃんの帰宅予定時刻まで、残り三十分であることを示している。
 まだまだ日は高く、夕暮れまでは時間がある。しかしみっちゃんとて、城内で使用人の指揮を引き受けている多忙の身だ。城内に戻るのに時間がかかるという条件があるからこそ長居しているが、本来ならば早々に用事を済ませ、帰還しているべきなのである。
 みっちゃんは、静かに椅子から立ち上がった。
 休憩時間は終わった。これから急いで、城へと戻るためのポイントを探し回らなければならない。場所にはおおよその当たりは付いているのだが、うっかり長居して戻るタイミングを逃したら重大なミスになる。一流の使用人として城に君臨しているみっちゃんにとっては、絶対に犯せないことだ。
 立ち上がったみっちゃんの様子から、タイムリミットが来たことを理解したのだろう。
 みなもはみっちゃんを見送ろうと立ち上がり、目配せをしてから一緒に玄関先にまで歩き始める。前回はみなもを気にするあまり帰還が遅れてしまったみっちゃんだったが、今回のみなもはその事も理解している。見送りは玄関先までで、そこから先は不可侵の領域だ。
 どれだけ親しくなったとしても、二人の間には明確な境界が存在する。
みっちゃんが城に仕えるのには、何かしらの理由がある。それは誰にも分からないが、引き留めることは許されない。みっちゃんの放つ空気にはそれだけの威圧感があり、先程まで共にお茶を楽しんでいた時とは打って変わり、今では「引き留めないで下さい」と言わんばかりの空気を発している。
 たとえ親しい仲でなくとも、邪魔してはならないと悟れるだろう。
 みなもはそう感じた。だからこそ、邪魔をするような気など無かった。
 ……つまり、この後で起こったことは、一切の邪念も何もない事故以外の何物でもないのだと言うことをしっかりと理解し、分かってあげて欲しい。

「きゃっ!?」
「……?」

 ガツッと、小さな音がした。
 椅子から立ち上がり、みっちゃんを見送ろうと玄関に向かおうとしたみなもの足がテーブルを揺らす。みっちゃんのことばかりを考えて、足元への注意が散漫になっていた。テーブルの足を蹴り付け、みなもの態勢が崩れて倒れ込む。
 固い床。バランスを崩した体勢ではまともな受け身も取れないだろう。倒れ込めば、重傷ではないだろうが痛い思いをすることは確実である。
 せめて少しでも痛みを和らげようと、反射的に腕を体の下に回すみなも…………敷かしその体は、これまた反射的にみなもに手を伸ばしたみっちゃんによって抱き留められた。

「………………」
「………………」

 二人で見つめ合う。
 急がなければならないというのに、みっちゃんもみなもも動かない。倒れ込んだみなもの体は、みっちゃんの胸の中にある。みっちゃんは突き放すこともなく、しかし強く抱きしめることもなく、ただみなもが倒れないようにと支え、みなもと視線を交わしている。
 …………急がなくてはならないというのに、その状態は一分程続いた。
 短い時間だったが、二人は気の遠くなるような時間に感じていた。

「あ、えと……ご、ごめんなさい」
「………………」

 謝るみなもを離しながら、みっちゃんはみなもの体をしげしげと見つめて怪我がないことを確認し、コクリと小さく頷いた。
 心なしか、みっちゃんの顔は赤い。それはみなもも同じで、みっちゃんよりも明確に赤面している顔は妙な熱を持ち、鼓動は倒れ込もうとしたその時よりも強く存在を誇示している。

「大丈夫です。け、怪我はありません……から」
「…………」

 なら良かった、と頷いたみっちゃんは、先程よりも足早に玄関へと向かい、靴を履いた。普段ならば、見送りに立とうとする相手を置いていくようなことなどないのだが、この時のみっちゃんはまだ動揺の中にいるみなもを置いて、一人で玄関に立っていた。
 みっちゃんもみなもと同様、やはり動揺しているのだろう。もしくは時間がない事への焦燥か…………一刻も早くみなもの元を発とうと、歩を早めている。
慌てて見送りに追いついてくるみなも…………みっちゃんは相変わらず何も言わず、ただ追いついてきたみなもに視線だけを向け、小さく頭を下げていた。

「あの……また、来て下さいね?」

 みなもは扉に手を掛けるみっちゃんに声を掛ける。
 今度はいつ会えるのかも分からない。連絡手段は持っていても、二人の時間は擦れ違っている。何よりも職務を優先するみっちゃんの性格もあり、二人が次に会えるのがいつになるのかは、誰にも予想は出来ないのだ。
 だからこそ、言葉を掛けておく。二人の小さな絆が、小さな事で断ち切れないようにと繋ぎ止める。

「みっちゃんさんなら、いつでもお相手しますから。また……二人でお茶を飲みましょう」
「…………」

 コクリと、みっちゃんは確かに頷き、扉を開けた。
 天を覗かせなかった雲はいつの間にか風に流され、眩い陽射しが二人を覆う。
 二人は、そうして再び離れた。束の間の再会、ほんの数時間の共有した時間を胸に、再び出会えることを願いながら離れていった。
 …………それから、二人がまた出会うことができたのかどうかは…………誰も予想の出来ない、未来のことである。






●参加PC●
1252 海原・みなも (うなばら・みなも)

●NPC●
みっちゃん


〜あとがき〜

 何年ぶりでしょうか‥‥あまりの懐かしさに、NPCの設定とかも完全に忘れていたメビオス零です。
 突然の依頼には驚きました。これまで東京怪談からの執筆は滅多になかった上に、登録初期のお客様が来られるとは思いもよらなかった物ですから‥‥まだ私を覚えていて下さって、感謝の限りです。
 今回の執筆に際し、過去の作品を読み返した時には悲鳴を上げました。アレはない。消し去りたい。まさに黒歴史、振り返ることすら恐ろしい出来に、本当に泣きたくなりましたよ。
 今は、あの頃よりはマシだと思いたい‥‥‥‥
 今回のご発注、誠にありがとう御座いました。
 しばらくの間、私用で発注の方を休止いたしますが、1月頃には復活出来るように尽力いたしますので、もしまた依頼の方を頂けるのでしたら、その時にはよろしく御願いいたします(・_・)(._.)