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<東京怪談・PCゲームノベル>


お願いBaby!【2nd_Season】


〜OP〜

嗚呼、嗚呼、嗚呼、こんな場所に来てしまって。

君は…トム・ソーヤか…それとも、アリスか?

君の好奇心が、この王宮の扉を開く鍵となったのか?
無邪気に、さまよい歩いて此処まで来たのか?
ならば、猫をも殺すの言葉通り、その身を一思いに喰らうてやろうか?


それとも…、


違うのか?
切なる願いを抱えているのか?
それは、千年の呪いに匹敵する願いなのか?


動かしてみよ。


私の心を。
君の言葉が、私の心を動かせば、或いは…。

嗚呼、或いは、この王宮で飼っている、大事な「奴隷」を貸してやらない事もない。
それとも、この孤独の王の力、奮ってやらない事もない。

さぁ! 言葉を!
私の退屈を癒す言葉を………頂戴。




【本編】



『Scene.01 In front of the mirror 』


灰色の英字新聞風の包装紙に、黒いハートマークのシールがたくさんあしらわれた透明セロファン製の袋。
そんな可愛いパッケージに包まれたキャラメルポップコーンは、メリィの数あるラインナップの中でも、特にウラのお気に入りのお菓子の一つだ。
お土産にと持ってきたはずの、そのポップコーンをポイポイと口の中に放り込みながら、ウラは意気揚々と王宮内の廊下を闊歩する。
キャラメルティストのポップコーンは、程良く甘くて癖になる。
ベースに薄紅色のマニュキアを塗り、キラキラと光るラインストーンをちりばめた綺麗な爪先を煌かせ、指先に摘んだポップコーンを唇に押し込むと、廊下に飾られていた凝った意匠の施された鏡に、自分の姿を映して、にんまりと満足げに微笑んだ。
ハートの飾りがあしらわれた、光の当り方によっては銀色の光沢も放つ黒いフェイクファーケープを羽織り、袖口が広がり、黒のレースが施された、ワインレッドのワンピースの裾を摘んでクルリと回る。
黒いレース地のリボンが、至る所に飾られた、赤×黒のビビットな色彩のワンピースではあるが、色合いに深みがありシックな印象を見る者に抱かせていた。
綺麗な黒髪には、赤いハートのワンポイントが可愛らしい大きなリボンの髪留めをつけ、小首を傾げて笑う姿は、自分でも「完っ璧!」と親指を立てたくなる程に愛らしい。
踵の高いダークブラウンの編み上げブーツを履きこなし、黒いタイツで細く形の良い足を益々、見惚れずにはいない程美しく見せ、得意げにポーズを取って見せていると、突然鏡に映るウラの姿が見る見る内に変化して、真っ白な肌、真っ白な髪をした一人の女が映し出される。

「白雪? 無粋よ、人が淑女の礼儀として、身嗜みをチェックしているというのに」

この城の中で、この程度の出来事に驚いて等はいられない。
紅玉のように赤い唇を突き出し、そう不平の述べるウラに白雪は深々と頭を下げ、それから「お迎えに上りました。 ウラお嬢様」と丁寧な声音で挨拶をした。
「連絡は行ってるみたいね。 クヒッ!」
そう告げるウラに、白雪は顔を上げ、「はふっ」と溜息を吐くと、「先だっては、礼の述べようもない程、お世話になりましたので、お望みの書物の元までは、白雪がご案内させていただきます」と、しおらしい様子で告げる。
ウラが、「当然」という表情で頷きもせずに眺めれば、そんな彼女に対して、白雪はキロリと底光りする眼差しで「アリス…まで、叩き起こして下さいましたしね」と釘を差してきた。
そう言えば、ある意味彼女にとって「最強」とも言うべき恋敵を表層まで引きずり出し、ベイブに会わせたのは自分だったっけ…?と思い返し、「クヒッ…なぁに? その目は」と意地の悪い声で言ってやる。
「いずれ…ベイブが会わずにはいられなかった存在よ。 おまえも分かっていたでしょう? それに、古今東西、想い人の母親が、恋の障害にならなかった例はないの。 ベイブを手に入れたいのなら、マザー・アリスを乗り越えなさいな白雪。 自分だけ楽しようだなんて、考えない事ね?」
そう愉しげに告げれば、「わ…私は、あのお方を、て…手に入れたい等と、そんな畏れ多い!!」と慌て、憤慨し、それから、ニヤッと不敵に笑うウラを見て、自分の言葉が何も通じはしない事を悟ったのだろう。
むうと唇を噤み、それから、またはふっと溜息を吐く。

「それで、お嬢様は、今回、あの厄介な魔術師のお遣いでいらしたんですよね?」
攻撃の方向性を変える事にしたのか、そう鏡の中から、腕を組みつつ揶揄するように問い掛けられ、的確なその物の言いに、今度はウラが憤慨した。

「お遣いですって? このあたしが? ハッ! 馬鹿馬鹿しいっ! あたしは、自分のやりたい事以外、何もしないって決めてるの! ナめんじゃねぇよ、そんなガキの使いみてぇな、みっともねぇ真似、誰がすっか。 こちとら、来たくて来てんだよ。 無駄口叩く暇があんなら、とっとと、本の場所まで案内しろや、この×××が!!」

図星を突かれ、そう徐々にヒートアップしながら、ウラが白雪を口汚く罵ると、白雪がその反応ですら想定済みだったのか、冷静な目で眺めてくる。
その冷たい眼差しに、ハタ!と我に返り、一度大きく息を吸うと、一旦息を整え、「図書館に…あるんでしょ? 『魔術師という人種についての考察』は」と、半眼になりつつ問い掛けた。


魔術師の弟子。
れっきとした魔女の卵。
そんな彼女の日々は、中々享楽に満ちているように見えて、時折、とても面倒臭い。
こうやって、「課題」という名のお遣いを、保護者でもあり師匠でもある魔術師に命じられてしまう事もある。
今回の課題は。

『千年王宮における「魔術師」とは何ぞや?』

それが、今回ウラに課せられた、とっても、とっても面倒臭い課題だ。

「レポート用紙、最低20枚程は書いて下さイネ?」


王宮の図書館内にある『魔術師という人種についての考察』という本に目を通せば、レポートを書くに足る材料は集まるとは言われていたが「既にチェック済み…という訳ですか?」と、忌々しげに白雪が答える言葉に、思わず苦笑せずにいられない。
前に、ウラの師匠でもあり、保護者でもある魔術師が、この王宮を訪れ、図書館の本を勝手に持ち出した際、流石目端が効くと褒めるべきか、抜け目ないと呆れるべきか、気になる本には目星を付けておいたらしい。

自分に課題を宛てた際の、したり顔をした保護者の表情を思い出すだけで「ケッ! 糞がっ!」と、とっても汚い悪態を心中で吐き捨ててしまうが、狡猾極まりない、魔術師は千年王宮を、ウラの魔術教育の教材としても活用しようと目論み始めたようだった。

千年王宮はウラにとっては、滅多と味わえぬ特別な時間をくれる、バカンスの場所のようなもので、決して勉学等というつまらぬものの為の場にはしたくないのだが、与えられた課題にはきちんと取り組まねば後が怖い。

もうじきクリスマスだというのに、「悪い子には、サンタさんはやってきませンヨ?」等というふざけた理由でプレゼントやクリスマスパーティーをお流れにされるのは御免蒙りたかった。

確かに、日頃からさほど勉強意欲等見せはしないし、基本的に興味の持てない事に対しては無気力一直線のウラだ。
前回、王宮のために、ちょっと頑張ってみた姿に、何故か保護者、ピン!とくるものを感じたらしい。
利用できるものは、髄とかがカスカスになるまで、利用し尽くす!!がモットーの彼は、王宮に行かせる事で、ウラに魔術に対する向学心を高めようと目論んでいるようだが、そうは問屋は卸さない。

鏡の中から姿を出現させ、早速、図書館に向かおうとしているらしい白雪を「お待ちなさい」と高飛車に制止する。
「その前に、あたし喉が渇いたわ。 とっときの紅茶葉も持参してあげたのよ? まずは、お茶会としゃれ込もうじゃない? 会場はそうね…中庭の薔薇園。 あすこがいいわ! クヒッ! 蝶もしこたま飛ばして頂戴。 そんじょそこらのお姫様じゃあ味わえないような、絢爛豪華で、ご機嫌な会を用意なさいな」

そうウラは告げて胸を張り、「いいこと? 白雪。 あたしには千年王宮で、お茶とお菓子を楽しむ権利があるの! クヒッ。 それはおまえもようく分かっているでしょう?」と、凄んで見せれば、ウラの要求に目を見開いていた白雪も、うぐぐと唸って頷かざる得ない。
ウラの活躍がなければ、この城は、あの性悪猫に乗っ取られ、言いようにされていたのは間違いないのだ。
どうもチェシャ猫と犬猿の仲に見受けられた白雪など、もし、あの戦闘にて敗北を喫していたならば、ただ殺されるよりも余程無残な目にあっていただろう。


「これに加えて、硝子玉の栞を、わざと見逃してくれている事で、まぁ、あたしは、この前の借りを返してもらった事にしてあげてもいいわ」
そうウラが言えば、益々白雪は苦々しげな表情を見せ、ウラは「クヒヒッ」と笑う。
「本当に貴方方は…」と肩を落とす白雪に、ウラはピッと指を立て、「良い事? 魔術師って、転んでもタダでは起きない生き物なのよ? ましてや、うちの魔術師ときたら、転んで起き上がったその手には、金貨がザクザクと握り締められてるような男だもの。 クヒヒッ! 気を許せば、あっという間にすっからかん! 泥棒よりも周到で、怪盗よりも鮮やかに!! そして、野党よりも根こそぎ奪う、そんな人種よ、魔術師って奴は。 アラ! 素敵! こんなところでレポートの答えが見つかっちまったわ! クヒヒッ…、この前、ここにあたしを迎えに来た時に、また、幾つか『栞』を転がしておくだなんて、本当に、あたしの魔術師ってば、気が効いてると思わない? なんだか、あたしが出汁にされたみたいで、とっても、とっても、腹が立ったけれども、まぁ、いいわ!」
そう言いながら、クルリとその場で回って、鏡の中の白雪に微笑み掛ける。

「どう、このワンピース」

そう言われ、前回、ウラが自分を迎えに来るという目的の他に、硝子玉の栞の散布を目的に王宮を訪れたという事を盾にして、自分の保護者におねだりという名の強奪に等しい強引さで、この可憐なワンピースを勝ち取った事を察したのだろう。
「古今東西、魔術師よりも、魔女の方がより狡猾と相場は決まっておりますものね」と頷いた。

ウラが前回の騒動を糧に勝ち取ったものは、このワンピースだけではない。

保護者は、かなり意地悪な場所に「硝子玉の栞」を隠し込んでいるが、当然、ウラ、隠し場所の見当はつけてある。
これでまた、気が向いた時や、退屈に耐えかねた時にバカンスに気軽に遊びに来ることが出来るとウラはほくそ笑む。
何もかもお見通しの魔術師とて、常人の予想を超えた行動を取る、愛しい魔術師見習い娘の動向までは見通せないらしい。
まぁ、どれ程賢く生まれついたとて、世の中の父親が、自分の娘の行動を全て把握できる事等在り得ないのと同じ道理なのだろう。
そもそも、ウラの行動、思惑全て把握出来る者など、この世の中に存在しよう筈もない。
今日とて、大人しくレポート作成に励むつもりは毛頭なく、その証拠にメリィの紙袋の中には、甘みある香りが特徴的な、セカンドフラッシュの「ルビーティー」の茶葉が入った紅茶缶も入れてあり、課題を課された直後から、王宮にて皆でお茶を楽しもうとウラは目論んでいた。

白雪は、一瞬だけ羨ましそうに、そんなウラの姿を眺める。

赤いワンピースの裾がヒラヒラと揺れる様に、視線を走らせ、唇を少し曲げる表情を目ざといウラは見逃さない。
パチパチと、長い睫を瞬かせた後、ウラは「おまえも…いつも白ばっかりじゃつまらないわ」と呟いて、それから、ガサリと手に提げた黒い紙袋の中に手を突っ込んだ。
それは、大きなハートマークと「Merry」と店名の印刷された、とても可愛い紙袋。
ワンピースのついでにちゃっかり強請った、お土産名目のウラ御用達のキャンディショップ、メリィのお菓子の山。
チョコに、クッキー、クランベリーソースの入ったマシュマロ等々、ウラセレクトの詰め込まれたお菓子の奥底、指先に触れる感触に、にんまり笑って引っ張り出す。
そこには、透明のプラスチックケースに入った、ピンク色のハートのイヤリングが一揃い。
「いらっしゃいな」
そう手招きするウラを訝しげに眺め、それでも存外素直に傍に寄る白雪に「屈んで」とウラは横柄に告げる。
戸惑ったように白雪の、真っ白で小さな作り物のような耳に無造作に指先を伸ばし、イヤリングを取り付ける。
目をパチパチと瞬かせる白雪を他所に、もう片方の耳にも付けてやると、一歩下がり「フン」と息を吐き出して「ほら、可愛い」とウラは得意げに告げた。
白雪の白い睫が、何度も、何度も瞬いて、それから、顔を横に向け、鏡に自分の顔を映す。
真っ白な頬の横で、ピンクのハートのイヤリングが揺れていた。
「白一色だけなんて粋じゃないわ。 別の色を入れた方が、おまえの白さが際立っていいでしょ?」
そうウラが言い、白雪の顔を覗き込めば、驚いた事に、今まで何の温度も上った事のなさそうな頬が、イヤリングと同じピンク色に染まっていた。
今度は、ウラが盛大に瞬いてしまい、それから思わずその頬を指先で突いてしまう。

ハッ!としたように、我に返った白雪が「こ、このような、物…頂けません」と言いつつも、大事そうに指先でイヤリングを摘むのを見て、「別にいいわよ。 玩具みたいなものだし…」とウラは白雪の頬を突きながらからかうように言う。
「それに気に入ってくれたみたいだしね」と言いながら身を離せば「誰が…!」と文句を言いかけ、そして、また鏡に映る自分にチラチラと視線を送ると、耳元で揺れるピンク色の小さなハートに、むず痒いような、困ったような、何とも嬉しげな微笑を浮かべた。
「ベイブに見せておやんなさいな」
ウラがそう言えば、白雪は、何か反論しようとして、しかねたように口をつぐみ、それから「へ…変じゃありませんか?」と問い掛けてくる。
「あたしが見立てたものが、『変』なんて事あるわけないでしょう? このスットコドッコイ。 ようく似合ってるわよ」と言ってやれば、頬を薄く染めたまま、はにかんだような笑みを一瞬見せて、小さな小さな声で「ありがとうございます」と白雪は礼を述べ、また、大事そうにそのイヤリングを指先で撫でた。
ウラは、その微笑む姿とこの前の騒動でチェシャ猫に毒の口付けを与え、何とも残酷に空中に放り出した姿とのギャップに、「女って、やっぱり魔物ね」なんて、自分の性質を省みずに内心で深く嘆息した。


『Scene.02 Rose garden 』


回廊脇を流れる虹色の水の中を極彩色の美しい魚が泳いでいる。
動く絵達がこちらに向かって手を振ったり笑いかけてくるのに応え、要所要所に飾られた変わった彫刻や、花等を眺めている内に見覚えのある、薄靄の掛かった薔薇園へと辿り着いていた。

白雪が、不意に薔薇の上に身を屈める。
ツイと、その真っ白な唇から白くキラキラと光る息を薔薇に吹きかければ見る間に、薔薇が白く変じ、そしてゆっくりと、まるで今まで眠っていたかのようにその薔薇が『起き上がった』。

大きく花開いた薔薇の花弁の下に、小作りな少女とも少年とも取れる淡白な顔が覗いていた。
ヒタリと葉の上に立ち「ふぁ」と小さな欠伸をしながら緑の手足を伸ばす、その白薔薇は白い花びらのような衣服を身に纏い、ぺこんと白雪に向かって頭を下げる。

「お茶会の用意を今すぐ始めて。 パウダーローズスノウを降らせて、キャンドルを飾って頂戴。 黒揚羽はいるだけ呼び集めて、それから、そうね…楽団も呼んでいただける? エリザに歌って欲しいから。 あと、これが肝心。 コックも総動員させて、お茶菓子を用意させて下さいな」と白雪は白薔薇に告げ、それからウラを振り返って「お客人も同席させていただいて宜しいでしょうか?」と問うてくる。

「客人?」

ウラが首を傾げれば、白雪は頷いて「お会いになった事が確か、おありのはず。 鵺お嬢様と、いずみお嬢様がお越しになっております」と告げた。
「ああ! 確か、初めてこの城に訪れた際に、一緒にお茶をした子達だわ」とウラは手を叩きつつ思い出し、「勿論よ! またこのお城で一緒にお茶会が出来るだなんて、中々ドラマティックじゃない?」と言ってクヒッ!と笑った。
白雪が頷き、白い薔薇を一輪手折ると、ツイと唇を寄せて、何か囁く。
そして、ひょいと、空中に薔薇を放り投げれば、白薔薇は空中に消え果てしまっていた。
「伝書薔薇。 王宮内で、連絡を取り合う際に使用しております」
そう白雪が告げる言葉に「随分と便利なものなのね。 この薔薇は」と言いつつ、白薔薇を指先で突き、それから、思い出したという風に「ついで…といっちゃあなんだけど、ベイブ達にも同席させなさいな。 城の住人抜きでお茶なんて、何だか落ち着かなくってよ」と、ウラが提案した。
すると、自分の主人を呼びつける事に大いに抵抗を覚えたのだろう、眉根を寄せ「ご気分が優れぬようであれば、叶わぬかも知れませんが…」とそこまで言って、ふと、自分の耳元で揺れるイヤリングの存在を思い出したのか、思案気な表情を見せ、「何とかご同席を乞うてみます」と、少し気恥ずかしげな様子で言った。
少しだけ、いつもより可愛い姿をしていれば、想い人にその姿を見せたくなるのは女の必定というもので、ウラは余りに純情気な白雪の振る舞いを、愉快気に眺めつつ「来るわよ。 あたしのお茶会なんですもの」と自信たっぷりの声で告げる。
白雪は、ウラのそんな言動を呆れたように一度眺めた後、よちよちと歩き、薔薇達を白く染めてまわっている白薔薇に「ベイブ様達もお呼びしてきて頂戴」と声を掛けた。
その途端、サーッと白い花弁を青く染め、プルプルと震えだす薔薇。
余程ベイブが怖いのか、戸惑うようにヨチヨチと右往左往する様を眺めていれば、白雪が厳しい声音で「何を惑っているの。 早くお行きなさいな」と厳しい声で言う。
益々青くなる薔薇の姿をウラは少し気の毒に思い、「いいわ。 あたしが一緒に行ってあげる。 あたしといれば、おまえに滅多な事をさせはしないわ」と言いながら、青くなった薔薇に掌を差し伸べた。
白雪が、半眼になって薔薇を睨むのを、「お茶会までの準備中、ここでずっと待ってるのも暇なのよ。 主催が客人を招きに行く事に、何の不思議もないわ」と言えば、眉根を寄せつつ、薔薇に「ちゃんと、ベイブ様の元まで着いていくように。 ウラお嬢様のお傍を離れたりしたら、その花びらを全てむしってしまいますからね」と白雪は脅した。

「薔薇と共に行けば、王宮の住人も妙なちょっかいを貴方に掛ける事はありません…し…」とそこまで言った所で不敵に見上げてくるウラに白雪は諦めたように頷き「…生半な者では、貴女に傷を付ける事は叶わぬでしょうね」と、呟く。
「おまえもやっと分かってきたようね。 じゃあ、行ってくるわ」
そうウラは告げ、持参のお菓子の詰った紙袋や、ルビーティーの茶葉にてお茶を淹れてくれるよう白雪に託すと、青薔薇を肩に乗せて、意気揚々と中庭を後にした。


さて、ベイブのいるであろう玉間へと向かう道すがら、フラフラと、白雪の監視の目がないのを良い事に、いらぬ場所まで覗き見るウラの髪を、チョイチョイと薔薇が引っ張ってきた。
「なぁに?」
その顔を覗き込めば、切れ込みのように見える細い目を、それでもパチパチと精一杯瞬かせ、小さな指先を、ひょいと廊下の先に向ける。
見れば回廊の向こうから、竜子が鵺、いずみと共に歩いてくる姿が見えた。

「あっれー? ウラだよね? ね?」

そう言いながらピョンピョンと跳ね、銀色の髪を揺らす鵺と、「お久しぶりです」と律儀な声で告げてくる相変わらず利発そうないずみの姿を目に留め、ウラは目を細める。
「よお!」と片手を挙げた竜子は、前回負ったらしい負傷の痕が目立ち、頬やら瞼の上にガーゼを貼った痛々しい姿を見せてはいるが、それでも元気な様子で「お茶会ってぇのは、あんたの仕業か?」と笑いながら問うてくる。
ウラは「相変わらず、がさつな挨拶ね」と肩を竦め、それから「そうよ? 感謝なさい。 そして、おまえ達は運がいいわ! また、私が主催のお茶会に参加出来るのですから」と肩をそびやかして見せた。
白い美貌に、鮮やかな笑みを刷き、「お茶会♪ お茶会♪ ウラ、またモンスターケーキを作ってくれるの?」と、嬉しげに鵺に問われ、「残念ながら今回は、あたしのケーキはなくってよ、っていうか、てめぇ、聞き逃してやろうかとも思ったけど、そこまで大人になんかなってやんないわよ? 何よ?! モンスターケーキって!! 単純だから余計に腹立つわよ。 そのネーミングは一体、いつ、勝手になされたのよ!!」とウラが言えば、物凄く悪気の一切なさそうな顔で「えー、だってー、なんか、前のケーキって、中からどれだけ控えめに言っても未知の生物、どれだけ大げさに言っても未知の生物、つまるところ未知の生物とかがコニャニチワー!ってしそうな見た目だったじゃん」と鵺は言ってくる。
「コニャニチワするかー!! むしろ、あたしが、お目に掛かりたいわよ! 中からコニャニチワなケーキはあたしがお目に掛かりたいわよ! そして、料理オンチの癖して、あたしのケーキに文句付けるなんて、身の程知らずにも程があるわ!」
そう半ギレになりながら応戦するウラに、「オンチじゃないもん!! ちょっと、野菜の皮を剥いたら剥き終わった時には鵺の手の中には何もないとかいう状態だったり、ガスコンロの火を付けたら常に火柱が立ったり、作った料理が全部黒いなんか、これは魔王の食物か?!と目を疑うようなボロボロの消し炭になってたりするだけだもん!!」と鵺も反論し、「あー、確かに、それはオンチとか、そういう範疇にないわね」といずみが冷静に頷く声に、ウラも「別の意味で、奇跡の腕前だわ」と思わず、納得&落ち着きを取り戻してしまう。
「まぁ、その代わり、あたしのケーキに比べりゃあチンケなものだけども、メリィのお菓子を持参したわ?」
そうウラが告げれば、竜子が歓声めいたものをあげ、いずみも嬉しげに「メリィのですか…! 私も最近、あのお店行けてないんです。 季節毎に商品のラインナップが変わるようですから、ずっと気になっていたんですよ」と言いつつ、手を打った。
鵺だけが「メリィ? 何それー! 鵺、知らないよー? そこのお菓子って、そんなに美味しいの?」と顔を巡らせており、ウラはそんな鵺の鼻先に指を突きつけて「メリィを知らないなんて、チェック、あま〜〜い!」と言ってやる。
鵺はウラの言葉にプクッと頬を膨らませると、「いいもん、鵺は、川商メイツだし!」と、不満げに告げ、ウラが「川商?」と首を傾げれば、にっと笑い「川商知らないなんて、チェックあま〜〜い!」と指を突きつけ返してきた。

「はいはい。 そんな意地悪言い合わないで、また、お互い案内し合えばいいでしょう? どっちも素敵なお店なんだから」

先ほどのように、不毛な言い合いに発展しないよう、一番年下にも関わらず、大人びた声で諌めてきたいずみは、「で? ウラさんは、どうしてこちらに?」と問うてくる。
「あたしは、ここの図書館に用があって来たの。 まぁ、とはいえ、このお城に来て、埃臭い本にすぐ直行なんて、無粋が過ぎるわ。 とりあえずは、芳しいお茶と、甘いお菓子で幸せな時を享受しなきゃ、馬鹿馬鹿しくってやってらんないってなものじゃない?」
ウラの言葉に、鵺が大いに頷き「賛成、さんせーい! 何でもいいよ! 美味しいお菓子が食べられるのなら」と言い、いずみも「現金なものね。 まぁ…ご相伴に預かれるのなら、文句なんて私にもないけど」と、澄まして答える。
ウラも、そうこなくっちゃと笑みを浮かべ、「クヒッ! 竜子、白雪と薔薇達に、薔薇園にて用意をさせているから、先に向かっていて頂戴」と、竜子に振り返り言えば、「んあ? いや、あたいら、ベイブを呼びに行こうかと考えてたんだけど…」といい、それから、ウラの肩に座っている青い薔薇に目を止め「ああ、白雪に、ベイブの元に行くよう言われたんだな?」と言いつつ、ちょんちょんと指先で薔薇を突いた。
竜子を見上げ、「キィ!」といった甲高い声を挙げた薔薇は、立ち上がり、その指先に緑の手を纏わせる。
「なーにー? これ! 可愛い!」と鵺が薔薇を覗き込み、いずみも不思議そうに、その小さな指で薔薇を優しくなでた。
「薔薇園の薔薇。 普段は、眠ってんだけど、何か用事があるときゃ、起こしてんだ。 おい、大丈夫、ベイブがあんたを虐める事ぁないよ。 ウラもついてるし、そんな事したら、あたいがベイブを〆てやる。 安心して行きな。 この『女王』が請け負ってやる」
そう竜子が言えば、漸く安心したのか見る見る薔薇は白くなり、「キィキィ」と声をあげた。
「あたいが一走り行ってやってもいいんだが、そうすると、今度は言いつけを守らなかったとかって、この子が白雪に苛められっちまうからね。 悪いな、ウラ。 言葉に甘えて、先に薔薇園に向かっておくよ。 ベイブをつれてきてやってくれ」
竜子に言われ、元よりそのつもりだったウラは「言っとくけど、貴女のお遣いで行くんじゃないわよ?」と凄んでおく。
「分ぁってるよ。 この世界中のどこ探したって、あんたみたいな子を使える奴ぁいないだろうさ」
そう肩を竦める竜子の言葉に、自分をここに遣いに出した、憎たらしい魔術師の顔を脳裏に思い浮かべるも、まぁ、楽しい出来事の前に、嫌な事を思い出す事もあるまいと、「フフン」と一度頷いて見せ、それからクルリと踵を返して玉間に向かって歩き出す。
竜子達が背後で、中庭に向かって歩き出す気配を感じていると、白薔薇が「キィ♪」と歌うような声をあげ、フワリと飛び立ち、先導するように前をふわりふわりと漂い始めた。



『Scene.03 Four strange men 』


程無く、辿り着いたのは見慣れた玉間。


そこには黒須の姿もあって、更にはこの前の騒動にて、Drにトドメを差した男、兎月原・正嗣と、鵺の婚約者である魏・幇禍の姿も見受けられる。
(アラアラ。 こいつらも、何て運の良い奴らなのかしら。 偶然あたしのお茶会に居合わせるだなんてね)と考えつつ、幇禍、兎月原の両名とも、客人としては申し分ない程の容姿を有している事に満足を覚えずにいられなかった。

まぁ、何て言ったって、見ているだけで絵になる。

どちらも背が高く、片方はモデルめいた均整の取れた体つきをしており、もう片方はがっしりとした如何にも男性らしい体型をしていて、どちらも落ち着いた大人の空気を身に纏っているからか、若干年上の色気ある男性に弱い節のあるウラにしてみれば、どちらでも良いから、彼らのような男性にエスコートされて、夜のパーティにでも出かけてみたら、さぞかし気持ちよかろうと夢想してしまう。
きっと周囲の女達が、嫉妬と羨望混じりの眼差しを投げかけてくれるだろう事を確信しつつ、まぁ、そういうハイクォリティな男二人の傍にいるから、存在感とか? 霞むっていうか、まるっきり「無」になっちゃっててもしょうがないよね☆な、黒須へと漸く視線を向けた。
K麒麟に纏わる騒動において、一番負傷が酷かったのは、黒須だったせいもあるのだろう。
未だ顔色も冴えず(まぁ、これは元よりだが)左腕を三角巾で吊り、至る所に包帯が巻かれた酷い姿をしているせいで、いつも以上に陰気で、一言で言うなら「残念」な仕上がりになっている黒須に、若干同情の念すら覚える。。
されど、何だかんだと、幇禍や兎月原相手に騒いでいる姿を見て、見た目よりかは元気なのだろうとウラは軽く算段をつけると、玉座に、つまらなそうに座っているベイブに「あら、いつも通りのシケたツラね!」と声を掛けた。
突如響き渡ったウラの声に驚いたのだろう。
一斉に皆が此方に視線を送ってくる。
ベイブは少し身を起こし、それから唇に苦笑めいた笑みを刻んだ。

「来たのか…」
「来たわよ?」

そう笑みを刻んで答えながら、同時にベイブがこれまで身に纏っていた厭世的な雰囲気の中に、若干の違和感が入り混じっているのをウラは察する。


(アリスの影響かしら?)
そう、微笑みながらも油断なくベイブの様子を観察するウラ。
前回の騒動にて、アリスを引きずり出す等という、この王宮を揺るがす所業をやってのけたのだ。
(そりゃ少しは気にかけてるんだから)と、ウラは心中で嘯く。

己の心にアリスが棲まう事を、自分自身の作り出したアリスと対面する事によって認識したベイブ。
そのお陰で、病的なまでの魔術師アレルギーは形を顰めたようだが、しかし、彼にとって魔術師が受け入れられざる存在である事には、前回の自分の保護者に対する態度を鑑みても間違いないだろう。
千年王宮における魔術師の存在=ベイブの魔術師に対する認識であると考慮するのなら、ベイブの魔術師に対する認識の成り立ちの根幹となっているのであろう、彼が元所属していたらしい『聖CALOL教』とやらの教義において、魔術師に対し、どのような定義がなされているかを知らねばならない。
(その答えが、『魔術師という人種についての考察』に記されているのね)
そう一人、心の中で呟くと、今はそんな事よりも…と、スタスタと玉座に近寄り、掌をベイブに差し出して、「さぁ、一緒にいらっしゃいな。 中庭で、今から素敵なお茶会を執り行うのよ?」と誘った。

「お茶会?」
そう素っ頓狂な声を挙げる黒須に、チラリと視線を送り「おまえも…なんだか気の毒だから誘ってやってもいいわ。 勿論、そちらのお二人さんもね?」とウラは言う。
顔を見合わせる三人を無視して、ベイブに視線を送れば、ウラの肩に再び座っていた薔薇が、ベイブを眺め、また青ざめ始める。
だが、ベイブはうっそりとした様子でウラの手を取り立ち上がると「さて…そのような予定、私は聞いてはおらんのだが?」と、半眼になってウラに問い掛けてきた。
「予定? クヒヒッ! このあたしが此処にいて、そんな下らないものを立てられるとは思わない事ね? 人生はいつだってハプニングの連続よ? 予定調和の出来事なんて、反吐が出るほどつまらない。 楽しみましょう? 突然を。 サプライズは何時だって、歓迎すべき客人だわ。 その手を取り、ワルツを踊って見せる位の余裕が、おまえにも必要だとあたし思ってよ?」
ウラの流れるような言葉にベイブは、「ふむ」息を吐き出し「まぁ良い。 暇つぶしには丁度良いだろう」と言いながら、ウラと共に歩き出す。

「おい! ちょっと…ベイブ…ッ!」とヨタヨタとした様子で、後を追う黒須の姿を振り返り、ベイブは鬱陶しそうに眉を寄せると、大きな手を伸ばして、その体を支える。
「何だ?」と、面倒臭げに問うベイブに、黒須は、元より己の言う事なぞ、何一つ聞きはしない相手である事を思い出したのだろう。
自分でも何を言おうとしていたのか分らなくなったのか、「あー…いや…」と瞳を瞬かせて、兎月原と幇禍を振り返る。
そんな黒須の、助けを求めるような視線を見かねたのか「いや、俺も丁度喉が渇いた所だったから、是非お邪魔させて頂きたいね」と兎月原が言い、ウラに笑いかけてくる。
大人の色気たっぷりの微笑と、そのうっとりせずにははいられないような蜂蜜めいた甘い声音にウラも、思わず微笑み返して「愉しみになさいな。 白雪が、張り切って準備をしてくれているわ」と答え、幇禍も「白雪さんはそちらにおられるんですか? じゃあ、俺もお茶会に同席させてください」と言った。
黒須は、自分の客人二人も、お茶会への参加に対して異論がない事を確認すると、益々ベイブに言う事を無くしたのだろう。
無言のままベイブに視線を戻し、「何か言いたい事は?」と嫌味っぽくベイブに尋ねられて「ねぇよ」と唸るように答えた黒須に「それは良かった」とベイブは頷くと、身長差があるせいか、ずるずると引きずるようにして黒須を伴い歩き出し、「痛ぇ!! 痛ぇって! なんか、もうちょっと、せめて怪我人を気遣うっぽい感じで歩けよ!!」と、盛大に文句を言われていた。

「何…あれ?」と呆れたように言うウラに、「一応は、怪我してる黒須さんの手助けのつもりなんじゃないですか? 全く、逆効果になっちゃってますけど」と幇禍が答える。
「…というか、黒須さん、あんだけ身長差あったら、怪我に加えて肩の関節とかも、外れるんじゃないか?」と、少しばかり心配そうに言う兎月原に、幇禍は面白そうに視線を送り、それから、心から純粋な提案であるかのように、「あ、じゃあ、あの時みたいに、黒須さんの事、運んであげたらいいじゃないですか。 ほら、お姫様抱っこで」とニコニコとして提案した。

なんか、凄く、破壊力のある単語を耳にした気がする…と一瞬固まったウラ。
苦虫を噛み潰したような顔で「なぁ…幇禍さん…不可抗力って言葉を知ってるか? あの時の、止むを得なさと、俺の苦痛を知っての、その台詞なんだろうなぁ?」と低い声で兎月原が問い掛ける。
「いやぁ、だから、俺は、兎月原さんって、なんて犠牲的精神の上に行動できる、人なんだろうって感心してたんですよ」と幇禍が白々しい声で言うのを聞き、ウラは信じられないと言った調子で「え? おまえ、運んだの? お姫様抱っこで、あの蛇男を」と黒須の背を指差す。
兎月原が何ともいえない、なんか、もう、悲痛って言葉を絵にしたら、こういう顔なんじゃないかな?的な表情を浮かべるのを見て、流石のウラも日頃の傍若無人を忘れ、「えーと、なんか、地獄的に嫌な事を思い出させてしまってごめんなさい」と詫びつつも、「災難だったわね」と心からの同情を示さずにはいられなかった。

そんなかなり失礼な会話を三人が背後で繰り広げられているのを知ってか、知らずがノシノシと歩くベイブに引き摺られ、最早ぐったりとした状態になりつつ先を歩く黒須の、何とも惨めったらしい背の様子に溜息を吐く。
ベイブが無事お茶会に向かい、傍から離れたお陰で、また白い姿を変えた薔薇の様子を横目で眺め、先程までの尋常じゃない怯えように、余程、荒れていた頃のベイブというのは恐るべき暴虐の王様であったのだろうとウラは考える。
その頃のベイブに関わりたいとは一切思わないながらも、どんな様子であったのか、一度くらいは眺めて見たいものだとも思う。
今は、昼間の雄ライオンにも似た、余りに無気力で、怠惰な様子に、この男が果たして、それほどまでに苛烈な性質を有した時期が合ったのだろうか?などと意外に思わずにはいられないのだが、実際発狂状態を目の当たりにすると、さもありなんと思わされる事もあるわけで、どんな風に残酷な振る舞いをしていたというのか、黒須の体を支える白い手が、どれ程多くの血に染まったのか…それを考えると、少し背筋が寒くなるような心地を覚えた。


さて、あと少しで中庭に辿り着くという所で、突然幇禍が、ある扉に目を止め指差した。
「あの扉って、随分と他の扉とは趣が違いますね?」
そう好奇心一杯の声で問い掛ける幇禍に、黒須が「んあ?」と言いつつ視線を向け、「ああ、ありゃ、ガラクタ部屋だ」と言って肩を竦める。
幇禍の言う通り、他の扉に比べて随分と大きな鉄製の両開きの扉がしつらえられているその入り口は、随分と目立って見え、重厚な扉の奥には何があるのか、興味を引かれずにはいられない。
「ガラクタ…部屋?」
そう言いながら首を傾げる兎月原に「ああ。 こいつが、暇にあかせて収集したは良いが、もう飽きちまってるようなもんを、詰め込んでおいてあってな…」と言いつつベイブを指差す黒須に、「主人を指差すな…」と不機嫌そうにベイブが眉を寄せれば、「うるせぇよ。 ほんっと、俺が来たばっかの時は、どんだけ、あすこに詰め込んだ玩具共に苦しめられたか…」と更に不機嫌そうな顔を見せる。
「特にあれ、よくねぇぞ? スイッチ入れたら、人でも何でもお構いナシに吸い込んじまうミニ掃除機とか!!」
「という事は、黒須さん吸い込まれたんだな?」
そう冷静な声で確認する兎月原を無視して、「触った瞬間、相手を捕獲して血を吸ってくる、吸血人形とか!!」と黒須が訴えれば、今度は「おまえ、血も吸われたのね…」とウラも呆れを隠し切れない声で呟いてしまう。
「あまつさえ、あれなんだよ!! ただの指輪に見せかけて、指に嵌めた瞬間石化って!! 石化する指輪って!!!」
「石化したんですね」
完全に半眼になっていう幇禍に、「見事な位に、全部に引っ掛かってな…」とベイブが、世間話位の温度で言う。
「違う!! 引っ掛かってんのは俺じゃねぇ!! 掃除機にスイッチ入れたのは竜子だし! 吸血人形に触ったのも竜子で、俺は、その目の前にいただけだ! 指輪だって、竜子が面白がって、俺に勝手に嵌めてきて…!!!」とそこまで言った所で、ガクっと項垂れ「えー? 俺、改めて振り返ると、凄い可哀想じゃねぇ?」と呻く黒須に、兎月原が「まぁ…そういう星の元に生まれたんだな。 あと、似合うし。 そういう役回りが、凄く似合うし」と全く慰めになってないながらも、頷かざる得ないフォローをいれた。
「で、そういった類のものは全部あそこに詰め込んであるんですね?」と何故か瞳を輝かせながら問い掛ける幇禍。
「んあ? まぁ、あんまり数が多いもんで、然程危険性が見当たらなかったモンに関しちゃあ、運輸会社スタッフの中で、PCが触れる人間に通販HP作らせて、売り捌いたんだけどな」
そう黒須が言った所で「見たいなー」と、幇禍が小さく小さく呟いた。
「は?」
「あの扉の中、見たいなぁ」
「はい?」と、黒須が首を傾げ、それから見る見る青ざめる。
「なぁ? 俺の、苦しみエピソード聞いてた? あん中にゃあ、結構洒落にならねぇモンが、しこたま詰め込まれてんだって!」
「ええ、でも、まぁ、正直、俺、黒須さん程、間抜け不幸キャラじゃないんで、絶対、そんな阿呆な目には合わないと確信してますし、事如くそういう目に合うのは、黒須さんの役目って…」とそこまで言って、照れたようにわざとらしく鼻の下を指で擦り、「へへっ!」と爽やかに笑うと、「俺…、黒須さんの事信じてますからっ」と、そう、何か良い事言ってる風に宣言する幇禍を黒須は死んだ魚のような目で「うん、お前が、俺の事、どういう風に見てるか、毎回、会う度に思い知らされてっけど、毎回、俺、落ち込むのは諦めが悪いって事なのかな?」と、首を巡らせ兎月原に尋ねる。
しかし、兎月原も、無闇矢鱈に爽やかな笑みを浮かべると、「うーん…どうでもいい!」と、親指さえ立てつつ、一刀両断し、涙目になりつつウラにまで視線を向けてくるのでウラは、全くの無表情で黒須を眺め返しておいた。
幇禍が、そんな黒須の心情など、一切構わずに、ベイブに視線を送って「良いですよね?」と尋ねれば、何故、そこまで食いつくのか分らなかったのだろう。
「…別段面白いものは何もないぞ?」と、いや、さっきまでのエピソードを鑑みるに、どうしてもそうは思えないんだけど?的な台詞をベイブが吐く。
とはいえ、面白い、面白くない以前に、そんな危険性の高いものに、自ら関わろうとする気持ちが、一向に理解できないウラではあったが「だぁかぁらぁ、下手に触ると、命に関わるモンもあるんだって!」と黒須が言うのを聞いて、幇禍は、益々必死になったように「兎月原さん! ほら! 兎月原さんも、見たいですよね?! ね!」と、勝手な同意を求めており、兎月原が三人の視線を受けて、それからウラに視線を向けてくるので、溜息を吐き出し「そんなに気になるのなら、覗いていらっしゃいな。 何か気がかりを残したまま、お茶を飲んでも美味しくないでしょうしね。 でも、あたしは先に行くわよ? お茶が冷めたらイヤだもの」と、きっぱり告げた。

黒須と、兎月原は一瞬視線を交わすと「うん、じゃあ、まぁ、俺も、折角ウラさんがご用意して下さったお茶が冷めてしまうのは本意ではないし…」と言いつつ兎月原が後ずさり、黒須も「…だな? ここは、まぁ、そういう事で…」と言いつつ、ベイブから離れる。

あ、これは、お茶会を理由に、何か面倒そうな事から逃げようとしている…と察したウラ。
確かに、幇禍の様子を見れば、あの扉の向こうに足を踏み入れる迄は、この場所から、梃子でも動きそうにない。
自分自身、ここに留まっていては、命懸けびっくり箱とも言うべき、あの扉の向こうに行かねばならぬ事態に巻き込まれるかも知れないと、賢明な判断を下し、とっとと踵を返して薔薇園に向かい出せば背後から、「お前ら…コイツを、押し付けるつもりだな?」と、ベイブが低く唸るように言う声と、「え? いや、押し付けるだなんて、そもそも、俺は無関係だし…」だの、「まぁ、それに、やっぱ、この城の主のが、的確にあのガラクタ共の説明だって出来るだろうしな!」だの、見苦しい言い訳を重ねる黒須と兎月原の声も聞こえてくる。
幇禍が、「何ですか、みんなして、俺をお荷物みたいに…、そんな事言わずに楽しそうだから、皆で行ってみましょうよ! ほら、ウラさんも一緒に…って、あ……ウラさぁーん?!」と声を掛けてくるに至って、咄嗟に駆け足になれば、「こら! ちょっ! お前だけ逃げるなんてずるいだろうが!!」という黒須の声も聞こえてくるが聞こえないったら、聞こえない。
(そもそも、あたしのような、可憐で見るからにか弱いレディを、危険な場所に同行させようなんて了見が間違ってるのよ)
そう思いつつ、そのまま、タッタカと、駆け足を続け、程無く中庭に辿り着けば、そこにはウラの予想を上回る程の美しい光景が広がっていた。


『Scene.04 Tea party 』


パウダーローズスノウ。
白雪が薔薇に用意させていたものの正体は、小さな小さな、マシュマロ大の白い薔薇の形をした雪。
天井から降り注ぐ、その雪は触れても冷たくはなく、フワリとした光を放って消える。
そんな雪が、ゆるり、ゆるりと降り注ぎ、黒い蝶が薔薇園内を飛び交っていた。
演奏者のいない、楽器のみの楽団の奏でる音色があたりを満たし、黒いベンチの上、どうやら、未だ体と合流できていないらしいエリザが、小鳥の如き澄んだ歌声で歌っている。
美しいキャンドルが、銀燭台の上に乗り、そこらかしこに浮き上がって、暖かな光を灯していた。
薔薇園の薔薇は、全て白色に変じ、蝶の黒と薔薇の白のコントラストは鮮やかで、虹色の水を噴き上げる噴水のすぐ傍に、大きな丸い黒檀製のテーブルが用意されていた。
真ん中に、白い薔薇が飾られたそのテーブルには既に、美味しそうなお茶菓子が所狭しと並べられている。
ウラが持参したメリィのお菓子も、銀食器の上に美しく並べられており、既に鵺が嬉しげに愛らしい形をしたクッキーを摘んでいた。

薔薇園の薔薇は、全て白色に変じ、蝶の黒と薔薇の白のコントラストも鮮やかな、美しい光景にウラはただただ溜息を零す。
「あ、やっときたー! ほら! 主催がいなきゃ話にならないでしょ? 早く座って、座って!」と鵺の声に促され「おまえはもう、つまみ食いしてたじゃないの」と指摘しつつ、勝手に身を引きウラに腰掛けやすいようにしてくれた黒檀製の椅子に腰を降ろす。
「あれ? ベイブは?」
竜子にそう問われ、澄ました顔で「所用を済ませてから来るそうよ?」と伝える。
そういえば、婚約者である幇禍の来訪を、鵺は知っているのだろうか?と思えども、まぁ、その内彼自身が此処に来るのだし良いか…と、思考を切り替える。

「さて、待たせたわね」

そう言いながら、視線を落とせば、まるで湧き出すように白磁のティーカップの中に紅茶が現れ、甘く芳しい香りがウラの鼻先を擽った。
自分の目(鼻?)に狂いはなかったと、その素晴らしい香りに目を細めると、にんまりと唇を歪め、カップを持ち上げ、「じゃあ、お茶会を始めましょう」と気取った声で告げて「クヒッ」と笑う。
いずみも、鵺も、待ちかねたというように笑みを浮かべ、竜子なぞは、ガブリと熱い茶を急いで飲み「あっつ!!」と悲鳴のような声を上げた。
白雪が白い指先を伸ばし、メリィのハート型チョコレートを摘んで口の中に入れると、「アラ…」と目を見開いた。
中にキャラメルソースの入った、ハート型のミルクチョコは、今月のメリィ売れ筋ランキングでも堂々のNo1だった人気のお菓子だ。
紅茶に合うだろうと思いセレクトしたのだが、その思惑は正解だったらしい。
紅茶で、口の中を湿らせ、甘い香りで一杯にすると手近にあった、ミニタルトをサクリと食み「相変わらず、良い腕をしてるわ」とうっとりと呟いた。
ベリーの酸味と、クッキー生地の甘みが口の中で入り混じり、頬を緩めずにいられない味わいに猫のように喉を鳴らす。
他の面々もめいめいお菓子に手を伸ばし「美味しい」だの、「これもイケてんぞ? ちょっと食ってみろよ」だの、感想を述べ合う光景に、ウラは赤い唇を緩ませ、喉の奥から湧き上がる笑い声に身を震わせた。
「クヒヒヒッ! ヒヒッ!」
そう両手で唇を抑え、笑い声をあげるウラにいずみがにっこりと笑って「随分とご機嫌ですね?」と問うてくる。

「ご機嫌? 当然よ。 だって、不機嫌も、ご機嫌も、自分次第。 目の前に美味しいお茶と、お菓子があって、世界はこんなに美しい。 これでご機嫌でないなんて、それは随分と愚かで不幸な人間だわ?」

そうウラは言い、そして竜子と白雪に、視線を向けた。
「悲しいことがたくさんあった。 けれど、それ以上に嬉しいことも見つけてやる。 でなきゃ帳尻が合わないわ。 そうでしょ?」
ウラの言葉が何を指すのか気付いたのだろう。
「ああ、全くだ。 あんたのお陰で、楽しい時間を過ごせてるよ。 ありがとうな」
そう言いながら竜子が手を伸ばし、ウラの頭を優しく撫でる。
子ども扱いされてるようで気に入らなかったのだが、この時ばかりは大人しくしていれば、白雪も「気分転換には…なりますわね」と小憎らしい声で言い、それでもよっぽど気に入ったのか、また、メリィのチョコレートを一つ摘んで、嬉しげに口の中に放り込んだ。

さて、そんなこんなで、歓談しつつお茶を楽しんでいると、竜子がソワソワとした様子で「悪い、あたい便所!」と言いながら立ち上がった。
「竜子…デリカシーがないわ?」とウラが眉を潜めれば、「こういう時は、飲食が終わるまで席を立たないのがマナーですよ?」といずみも文句を言う。
「だって、我慢できねぇんだもん!」と、もじもじしながら反論してくる竜子に、「良いから行ってきなよーん。 あ、でも、迷子には気をつけてね?」と鵺が言い「あいよ!」と気軽に返事をして駆け出す竜子の背中を呆れたように眺めれば、鵺がふと、思い出したという風に、白雪に問い掛けた。

「ねぇねぇ! あのさぁ、気になってたんだけど、ゆっきーってば、何でも知ってるんだよね?」

鵺の言葉に、(ゆっきー…?)と首を傾げれば、白雪が顔を上げ、「まぁ、何でもというと語弊が御座いますが…」と答える。
(ああ…白雪だから、ゆっきー…)と、何だか釈然としないものの、とりあえず納得するウラを他所に、「でも、この城の中の事なら、全部お見通しでしょ?」と鵺が問いを重ねる。
「ええ…まぁ、城内の事でしたら…」
そう無表情に答える白雪に、鵺がにこりと笑いかけ、
「だったら、ねぇ、ゆっきー? 『アリス』の居場所を教えて?」と、無邪気な様子で強請った。

アリス。

その名前に、目を見開くウラ。
マドレーヌの欠片を指先から取りこぼしつつ白雪に視線を向ければ青ざめ目を見開いて鵺を凝視している。

「アリス…何故? 彼女の居場所を探りあてて、どうしようというのです」

凍ったような声。
よりにもよって、彼女にアリスの居場所を聞くなんて…とウラは、溜息をつきたい気分になる。
いずみに視線を向ければ、彼女も、白雪の尋常ならざる反応に警戒心を覚えたのだろう。
「鵺…白雪さんはご存じないのかも知れないわ」と取り成すように告げた。

「知らない? 違うよ、この反応は。 知ってて言いたくない、拒否反応だよ、コレ」

そう白雪を指差しながらいずみを振り返り言う鵺に、いずみが、そんな事は分っているという風に溜息を吐き出し、ウラに視線を送ってきた。
とりあえず、指先についたマドレーヌの欠片を、ピンク色の小さな舌で舐め取ると、ウラは小悪魔めいた表情を浮かべ、そのまま首を傾げる。

(さて…どうしようかしら?)

そう思いながら、前回の騒動で、随分と行使した甲斐あってか、かなりコントロールのよくなった雷撃を、トンと爪先を地面に軽く打ちつけ、指先に小さく宿らせる。

(お行きなさいな)

そう心の中で呟いて、小さき指先を振るえば、白雪の皿の上にあったアップルパイの中に、小さな電撃の塊が吸い込まれた。
その様子をいずみと鵺が目敏く見つけ、キョトンとした顔でこちらを見てくるのを、ウラは「クヒッ」と小さく笑い、唇に人差し指を当てて、「しーっ」と黙ってみておくようジェスチャーで告げる。
白雪がとりあえず心を落ち着けるために、銀製のフォークで、震えながらパイを切り、唇の中に運んだ瞬間だった。

白雪が、目を見開き、「いっ! いいいいっ! ひぃっ!!」と全身を震わせながら奇妙な叫び声を上げて後方にぶっ倒れる。

「し、白雪さん?!」
「ゆっきー?!!」

驚いたように名を呼びながら立ち上がる鵺と、いずみに「ちっちっち」と指を振り、ナプキンで唇を拭うとウラが、「白雪姫が、林檎なんか食べちゃあ、ぶっ倒れるのは当然でしょ? 特に、魔女が手を加えた林檎はね」と、にいっと唇を裂いて告げた。

「鵺? アリスの事は、白雪のタブーよ? 聞いたって教えてくれるどころか、全力で貴女とアリスの邂逅を邪魔してくるに違いないわ」
そう言いながら立ち上がり、白雪の顔を覗きこむ。
ピクピクと震えながらも、完全に失神してる様子を確かめ「電撃アップルパイ、思ったよりも効いちゃったみたいね」と呟くと、「食器が銀製で良かった。 ステンレス製だったりしようものなら、フォークに感電してしまって、静電気程度の威力しかなかったでしょうね」と言いつつ「鵺、おまえ運がいいわ」と言ってクヒッと笑う。
「…どういう事ですか?」
そう訝しげに問ういずみに、「どうもこうも、白雪は毒林檎にやられちまった。 残って、この世の春を謳歌するのは、魔女って相場は決まっているでしょう? あら、三人の魔女だなんて、むしろ、マクベスみたいじゃない? 万歳マクベス! さぁて、悪巧みを始めましょう?」とウラは捲くし立て、鵺に視線を向けて「会いたいの? アリスに」と問い掛ける。
鵺が、コクンと頷けば、「だったら…道化を捜すのが一番、手っ取り早いわね」と呟いた。

「道化…って、前にお城で会った、天井からぶら下がってた、変な男の事?」
鵺の言葉に更に頷き、「道化が何故?」といずみが問えば、「あれがアリスよ」と端的にウラは告げる。
「ベイブの心の内に棲まうアリスは、ベイブの心の最奥に潜む存在ゆえに、この城の最深層に存在する。 彼女とコンタクトを取るのは、並大抵の努力だけでは叶わないわ? あたしは一度彼女に会っているけど、その時は、最深層とこの表層が逆転する特殊な状況だったから、彼女とあいまみえる事が可能だった」
ウラの言葉にいずみが、視線をかすかに巡らせ「つまり、最深層にいるアリスさんに変わって彼女の意思通りに、この表層にて活動をしているのが道化さん…って事でいいんでしょうか?」と言えばウラは満足気に頷いて「飲み込みが早くて、いいわね。 おまえ」と言ってクヒッと笑い鵺も「最深層まで行かなくても、道化君さえ見つければ、アリスに鵺の気持ちを伝える事が出来るって訳なのね?」と言って頷いた。
「彼女自身は、ベイブと一回邂逅を果たし、ベイブが彼女の存在を受け入れたから、多分表層まで自由に行き来は出来るようになってるでしょうけど、白雪の手前、彼女の縄張りを荒らすような事はしてないでしょう。 この表層では道化を捜す方が、余程アリスに会える公算が高い。 ただ、じゃあ、その肝心の道化が何処にいるか?って聞かれると、あたしにも見当がつかないのだけど…」とそこまで言えば、いずみが「あっ!」と声を上げ、「白雪さんのお面!」と言って、倒れている白雪を振り返った。
「ほら! 鵺! 面を打って付ければ、100%の能力じゃないけど、相手の能力が行使できるようになるって言ってたじゃない! それに、相手の隠している事も分るって」
いずみの言葉にポン!と手を叩き「いずみ、賢い!」と鵺が褒めると、何がなんだか分らず、目をパチクリさせるウラに、にこりと愛らしく笑いかけ「見てて、ウラ! 鵺の、超必殺技だよーん」と言いつつ、ごそごそと「え? そんなものを、何処に?」と疑問を抱かざる得ない、大きめの紙袋を取り出す。
「じゃじゃーん! お久しぶり!!って事で鵺の愛用能面製作キット!」
そう言いながら示されて、「は?」といずみが首を傾げれば、「いつでも、どこでも、気軽に能面が打てるキットです」と、思いっきり通販番組の商品紹介口調で鵺が説明してくれた。
「お値段、19800円」
別段知りたくもない値段まで教えてくれた鵺に「それって高いの、安いの?」と一応聞けば「いや、間違いなく世界中で鵺以外に需要のない商品だから、そこら辺は分んないんだよねー」と言いつつ、白雪の顔を覗き込み、「じゃ、ちょっくら打っちゃいますか!」と気軽な様子で宣言した。

ウラが思っていたよりも早く、器用な手付きで面を打ち終えた鵺の手の中に、まさしく能面というべき真っ白ながらも、白雪の面影を如実に写し取った面があった。

「これを…付ければ…」と言いつつ、面を顔につければ、まるでひたりと張り付くように鵺の顔を覆い尽くす。

そして、鵺は、突如自分の胸に指先を突き立てると、ずぶずぶと己の胸を「押し開いた」。

「っ!! きゃあ!!!」

余りの光景に悲鳴を上げるいずみを見て、こういった情景を始めて見るのか…と思いつつ、白雪の能力を継承しているのならば…と、鵺の胸の中にある、白雪のものより幾分小さい鏡を覗き込む。
そこには、暖炉に薪がくべられ、赤々とした光の灯るレンガ造りの暖かそうな小部屋にて、ロッキングチェアに腰掛揺られる道化の姿が映し出されていた。

ずずず…と胸が閉じられ、鵺が面を外す。

「居場所、分った?」

ウラが問い掛ければ、鵺は頷き、いずみとウラ両方に「ありがとう。 お陰でアリスに会えそう!」と嬉しげに礼を述べると、ふと、不思議そうに「そういえば、ウラは、こうやって協力してくれたのに、何で鵺がアリスに会いたいのかって聞かないのね?」と問うてきた。

「あら? おまえ、聞いて欲しかったの?」

そうウラが問えば、鵺は「んー、分んない…かな?」と素直な口調で言う。
ウラは「クヒッ」と小さく笑うと「だったらいいわ。 言いたくない事は聞きたくない事! 面白いか否かが重要。 でも、おまえにとっては大事な用事なんでしょ? 早くお行きなさいな。 白雪が目を覚まして、面倒な事になる前にね。 鉄の靴を履かされた後じゃあ、どうしようもないでしょう」と言う。
いずみも深く頷くと「…鵺。 頑張ってね」と告げて、その肩を叩いた。
「…何もかも、貴女が悲しい事全てに決着を着けたなら、また、一緒に遊びましょう。 待ってる。 私、待ってるから」

いずみの言葉に鵺は笑って頷いて、それから、くるりと身を翻し鵺が中庭を後にする。
いずみが、何処か凛とした眼差しで、その背を見送るのを他所に、ウラはさっさと椅子に腰掛けると、「あら…お茶が冷めちゃったわ…。 暖め直して頂戴」と、昂然とした声で命じた。
すると、たちまち紅茶に湯気が立ち、ウラは満足の笑みを浮かべて、熱い紅茶をゆっくりと啜る。
「ウラさんって…本当にマイペースなんですね…」
ウラを振り返って、呆れたように言ういずみに視線を向けて「クヒッ」と笑うと、「ほら、おまえもとっとと座りなさいな。 鵺は行っちまったわ。 まぁ、どういう理由かは、全く知らないんだけど、それでも、中々良い目をしていたからね。 きっと、アリスに会えるでしょう」と言い、「中々魔女に向いてるわ。 おまえもね」といずみを指差し言ってやった。
いずみは少しだけ目を見張ると、「私の、何処がですか?」と心底不思議そうに言う。
「悪巧みが、上手な所がよ」
そう言い、またクヒッと笑えば、「悪巧みだなんて…。 私の場合は、唯、保有している情報量・知識量の差異により、手段の構築の選択肢の幅が若干同年代の人間よりも広いだけであって、決して他人よりも狡賢い等というわけではありません」と、一気に並べ立て、それから、数秒ほど間を置いて「…多分」と随分と自信なさ気な声で答える。
いきなりのトーンダウンに、ウラが小首を傾げて、そのあどけない顔を覗き込めば、理知的な目をヒタリとウラに据えて「…でも、幾ら、手段を構築する知識を有していても、そんな小手先の力では、どうにもならない事だって多いですし、いつだって、私は口ばかりで、子供だからっていつも、カヤの外に置いてかれてしまう。 力が、どうしたって足りないんです。 目の前の出来事は、どんどん進行していって、私の手の届かない場所で、解決したり、どうしようもなくなってしまったり…。 守られてばかりで、私は誰も守れない。 狡猾って言葉が、言葉通り狡い賢さを示しているのなら、自らを傷つく事のない場所に置き、ただ、知識の提供だけを行う私は、狡賢いのかも知れないですね」と、呟いた。
ウラは、何度も瞬いて「おまえ、歳は幾つ?」と思わず問う。
いずみは、唐突な問い掛けも、され慣れているといった様子で「10歳です」と、すぐさま答え、ウラは益々目を剥いた。
そして、その表情のまま「馬鹿ねぇ…」と、しみじみとした声で呟く。
掌を伸ばし、いずみの頬をむにっと掴むと「こんなに肌が美しい時から、そんな事を考えるなんて、馬鹿よ、大馬鹿」と言ってクヒッと笑った。
「女と生まれただけでも、人生大儲けだって言うのに、子供っていう限られた黄金の時を謳歌しないでどうすんの? 狡賢くって結構。 綺麗な顔に傷なんかついちゃ、大変よ。 大人に守ってもらうのが、子供の仕事なんだから、そんな風に自分を卑下するなんて愚の骨頂よ。 あたしなんて、守って貰ってばかりだわ。 でもね、守って貰う事こそが逆に、誰かを守る事になる場合もあるの。 おまえを守る事、その事で、きっと気持ちが救われてる人間だっている筈よ? 大人に仕事をさせてあげなさいな。 子供を守るっていう仕事をね?」
ウラの言葉に、それでも眉を下げたままのいずみを見て、ウラは一つ溜息を吐くと、「でもね、おまえがそれをどうしても許容出来ないというのなら、どうしても、守りたいものを探し出すのも手だと思うわ」と、言って、また紅茶を啜った。
「どうしても…ですか?」
いずみが問い返す言葉に、「ええ」と頷き、「これだけは、後ろになんて引っ込んでいられない。 守られてばっかりは我慢ならない。 どんな手段を講じても、絶対に自らの手で守る…っていうものをね、見つけるの。 人でも良い、物でも良い、主義主張、信念だって構やしない。 あたしはそうね。 あたしの美意識。 あたしが心から美しいと思える物の為なら、自分が傷つく事も厭わないわ」

思い返すは、千年王宮での戦い。
保護者の制止すら振り切って、最前線に立った。
世界すら巻き込んでも構わなかった。
守ると決めた、己のの為に。
自らの血を流す事を、少しだって厭いはしなかった。
分ってる。
そんな己の我が儘さを。

だが……。

(我が儘は、魔女の必須要素。 大体、我が儘じゃない女の子なんて、一つも可愛くないわ)

そう心の中で嘯いて、ウラの言葉を静かな面持ちで聞くいずみに、滔々と述べる。
「おまえも、そういうものを探して、心に決めるの。 これだけは、絶対、大事だって。 目に入るものを全て守る事なんて不可能だし、出来やしない事を意地張ったって出来るって言い張ったって、それは愚か者のする事でしょ?」とウラが言えば、いずみは素直に頷く。
「だから、欲張らない事。 素直に守られるという事も、必要だって理解する事。 でもね、これだけはって物に対しては、遠慮しないの。 他人への迷惑だって考えない! 何もかもを巻き込んで、どんな事をしたって守る。 クヒッ! まぁ、あたしは元から、他人の迷惑なんてもの考えたことはないけど、おまえみたいな子は、きっと、色んな人間の事を考えちまう性質だろうからね」
そう言いながら、首を傾げると「そう決めたなら、おまえ、きっと楽になるわ」とウラは言い、澄ました顔で、マカロンを口に運んだ。

いずみは、少し微笑んで「魔女の入れ知恵ですか?」と問い掛けてくる。
「クヒッ!」とウラは笑い返すと、「そうよ。 あたしの言う事を素直に聞いて、おまえ、もっと悪女におなりなさいな」と答え、いずみは眉を顰めると「既に、将来を危ぶまれている身の上ですので、これ以上、大人を怖がらせるのは、御免蒙ります」等と小憎たらしい口を利いて、それから「ふふふっ」と、柔らかに笑った。

エリザの、澄んだ歌声に添うような、その笑い声に目を細め、ウラは唇を緩ませる。

そうやって、二人穏やかにお茶を楽しんでいると、ガラクタ部屋の前で揉めに揉めていた男性陣が、漸くがやがやと中庭に足を踏み入れてきた。


「遅かったわ…ね…」と、文句を言いかけた口調も途中で留まらざる得ない位、なんか、「え? ボロ雑巾の妖怪?」的な惨状を呈している黒須から目を逸らす。
他の面々も疲れきった表情を浮かべ、唯一、何故か、別れた時よりも明らかに気力に満ち満ちている幇禍のみが、キラキラと輝くばかりの笑顔を美貌に浮かべ、「楽しかったですよー? ウラさんも来られれば良かったのに」と明るい声で告げてきた。
「…そう…なのかしら?」と、黒須に視線を向ければ、なんかおどろおどろしい声で「…よくも…一人だけ…逃れやがったな…?」と、そのまま「祟りじゃあ〜〜」等と言い出してもおかしくない風情で言ってくるものだから、思った言葉がそのまま口に出てしまうウラは無表情に、「唯でさえ、良くない人相が、最早、MAXレベルでヤクザ状態になっていてよ?」等と告げてしまう。
「おっまえ…凄かったんだぞ? 阿鼻叫喚ぞ? 俺は、もう…うっかり、前章にて、人生最大の命の危機を何とか免れたのに、まさか此処で、俺…、死ぬのかな…?って切ない決意を固めたんだからな!!」
そう必死に訴えられども、いずみが真顔で「あの…黒須さん…必死すぎて、鬱陶しいです」と告げたものだから、撃沈!と言わんばかりに崩れ落ちる。
そんな最中、竜子が漸く、そして案の定「迷ったー!! やばかった!! ありとあらゆる意味で、人間としてやばかった! 具体的に言えば、最終的にはチョイ漏れっていう、セーフかアウトかでいったら、うーん、ギリギリアウト?な結末を迎えざる得ない位やばかった!!」と、女子として、もう、終了宣言をかましているのと同じ位の台詞を吐きつつ、中庭に戻り、そして、突如増えている人数に目を見開く。

「あっれ? 幇禍! それに、兎月原さんも、来てたのかよ」と、竜子が言えば「俺が連れてきた」と言いながら、黒須が手をヒラヒラさせる。
だが竜子はその台詞より、満身創痍の姿に目を見開き、「…どーなってんだ? あれ?」と黒須を指差しながら竜子がベイブに問えば、何ごとか説明しようとして、明らかに面倒臭くなったという風な表情で「…あいつの趣味だ」と真顔で答え、その答えに「ふうん」と竜子が、即座に納得すると「ほどほどにな?」と何か、もう、若干いたわりの表情すら浮かべつつ、慈愛の篭った声を掛けた。
「うん、やめてくれ。 また、無駄に、信憑性が高い誤解を蔓延させるのは、心からやめてくれ」と、黒須が本気の声でベイブに頼んでいる。
この三人が揃うと、どうして、こうも下らないコントが繰り広げられてしまうのか?
折角素敵な庭園のお茶会途中だというのに…等と思いつつ、お茶を飲み飲み、観覧していると、不意に竜子が「あっれ? 白雪?! あんた、なんでこんなトコで寝てんだよ!」と不思議気に喚く声が聞こえ、咄嗟にいずみと顔を見合わせた。

わ す れ て た!!!

「う…ううん…」

竜子の声に眉を寄せ、そう呻きながら起き上がりかける白雪を見て、ウラはスクッ!と立ち上がると「さぁ! あたしのお茶の時間はお仕舞い! さっさと、図書館に言って、レポートを仕上げなくては! おまえたちはゆっくりしていくといいわ?」と言いつつ、スタスタと歩き始める。

「ちょっ! ウ…ウラさん?!」と悲鳴めいた声をあげつつ、取り残されそうになったいずみが「…ひっ!」と悲鳴を上げるものだから、思わず振り返ってみれば、頬に白い髪が垂れ掛かり、壮絶な眼差しをこちらに向けながら半身を起こした白雪が、ウラの後を追おうとしていたらしい、いずみの肩をむんずと捕まえている所が目に入った。

ああ 見なきゃよかった…

そう思わずにはいられぬほどに、赤子ならば即座に息の根が止る程の恐ろしい表情をした白雪から、クルリと顔を背け、咄嗟の道案内に、竜子の腕をひっぱり「図書館! さぁ! あたしを図書館につれてって!!」と言いつつ、小走りになる。
「あ…?! え!! いや、あたい、まだ、あの、クッキー、喰えてないんだけど…」と名残惜しげな竜子の声になど、構っていられない。

「ウゥゥラァァお嬢様ぁぁぁぁ???!!!」

怨念めいた白雪の声を背に、師匠に倣って危険な事からの脱出はノンストップ☆あたし!の精神に則り、呆気に取られたようにこちらを眺めてくる兎月原や、黒須達を置いて、ウラは一目散に中庭を飛び出した。




『Scene.05 Library 』


そんなこんなで、道案内としては、最悪の竜子を伴い、それでも、何故かウラの肩に居座ったままだった薔薇の無言の案内で、無事図書館に辿り着けたウラ。
竜子に、レポート製作の為の本を探さねばならない旨を告げたなら、「ここの本の事なら、スペードとクラブの兄弟に尋ねるのが一番だ。 あいつら、この図書館の護衛兼司書もやってんかんな」と言い、竜子が「おーい! スペード! クラブー!」と大声を張り上げる。
見上げる天井は首が痛くなる程高く、本棚は、そんな天井スレスレまで聳え立つものばかり。
見渡せど、本、本、本!!の環境に、クラリと眩暈を覚えるが、竜子はそれに加えて「本ばっか見てっと、頭痛が起きんだよ…」等と、如何にも頭の悪そうな事を言いつつ頭を抱えていて、なんて単純な性質をしてるのか…と呆れてしまう。
そんな彼女の元に、「えっさ! ほいさ! えっさ! ほいさ!」と軽快な掛け声が聞こえ、トットットと足音を立てて、背の高い棒のような男と、ずんぐりむっくりに太った男が現れた。

「お呼びですかい、女王様!」
「呼ばれたんですかい、俺達は!」

そう二人リズム良く声を発する二人に対し「そうさ、呼んだよ。 一つ頼まれごとをしてくれないか?」と竜子が言う。

「この子が探している本を見つけて欲しいんだ。 なんて本だっけ?」

「『魔術師という人種についての考察』」
そうウラが端的に述べれば、二人してマジマジとウラを眺め、それから、同じタイミングで首をかしげた。
「女王、このお嬢ちゃんからは、ピリリとした匂いがするよ!」
「舌を刺すようなスパイシーな匂いがするよ!」

「「そう、魔術師の匂いだ!!」」

声を揃えて、興奮したように喚く二人に「うるせぇ、うるせぇ」と顔を顰め「こいつは良いんだよ。 下手に迷っちまったら、ここは、大迷宮になってっからシャレになんねぇ。 ここの全てを知ってるのは、あんたらの他に、ダイヤとハート位だろ? 頼むよ。 禁書なんかをウッカリ開けて、喰われちまうのも勘弁願いたいんだ」と竜子が、再度頼み込む。

「…しかし…なぁ?」
「ご主人様が…何と言うか…」

「ああ、あいつは大丈夫だよ。 白雪も、知っての事のようだし、ベイブだって分ってるんだろうさ。 ここで、ちゃんと働いてくれたなら、あたいがベイブに良いように言ってやんよ」
そう竜子が言う言葉に漸く納得したのだろう。
「では、ちょいとお待ちを」と、痩せた方の男が言い(後で聞いたら、痩せた男がクラブ、太った男がスペードらしい)、再び「えっさ、ほいさ」と本の迷宮奥深くへと消えていく。
「ここの本の中には、開いただけで、その世界に吸い込まれっちまうもんや、本を読んでる人間に様々な影響を及ぼしちまうもの、本の中に封じ込めてあるもんが飛び出してきちまうようなものもあるからねぇ、くれぐれも取り扱いは厳重にって、白雪にも言われてんだよ」
そう竜子は言い「まぁ、あたいは本なんか、読まねぇから、初っから近付きゃしないんだけどな」と笑う。
しかし、ウラにしてみれば、これ程好奇心を書きたてられる場所がまだあったのか!と目を輝かせずには入られず「本に吸い込まれるって事は、おとぎの世界にいけたりもするの?」と好奇心を隠し切れない声で聞いてしまった。

「ん? ああ、まぁ、そういうのもあるって聞くぜ? それこそ、御伽の国のお姫様気分を味えて、一通りの物語が終われば、外に返してもらえるような、安全な本もたくさんあるらしいんだが、逆に吸い込んだ人間を、登場人物に加えて、そのまま閉じ込めちまうような危ない本も多いらしいからね…。 まぁ、あの兄弟の案内なしに、本に触るのは良しといた方が良いだろうね」

そう話しているうちに、クラブとスペードが一冊の分厚い本を片手にやってきた。

「ほらよ! これが、お望みの本だ! 読み終わったら、机に置いといておくれ。 また、俺達で元の場所に戻しておくから。 あとくれぐれも、そこらの本に勝手に触るんじゃねぇぞ? どうなっても知んねぇからな?」

そう釘を刺され、ウラとしては、また、是非、この図書館も、冒険したいものだわ!などと思いつつ、とりあえず、気の進まないレポートに取り掛かる。

竜子は、コンビニで購入したと言うバイク雑誌を片手にウラの傍らに腰掛けると、「んじゃ、頑張んな」と他人事めいた声で言い、パラリパラリを足を組んで頁を捲り始めた。

しかし、ものの十分もしないうちに飽きたのだろう。

うろうろと、トランプ兄弟の忠告も聞かず、あたりをうろつき始める気配を背後に感じて溜息を吐く。
かくいうウラとて、どうしてこれ程楽しい場所にいて、こんな退屈な作業に勤しまねばならぬのか、何だか理不尽にすら思えてきて、レポート用紙に落書きなんぞを始めてしまった。

書かれている文字は「ルーン文字(魔術文字)」ゆえ、いちいち分らぬ単語にぶつかる度に、魔術語辞書を引かねばならないのも鬱陶しい。
著者は、ウラが考察していた通り、「聖CAROL教会」の関係者らしいのだが、そこに書かれている魔術師への考察という名の、罵倒は些か冷静さに欠いていて、如何に教会と、魔術師が対立していたかを如実に物語っていた。
基本的に、魔術師となる為の素養というものは、DNAレベルで有りや無しやが明確に分かれ、素質のないものには、どれ程の努力を重ねようとも、一切魔術というものを使えるようにはならない…というのが通説となっている。
しかし、逆に、その素養、才能が如実にあるものは、本人の意識すらない所で勝手に力が発現し、何も知らない者から見れば異様としか言いようのない現象を巻き起こしていたらしい。
然るに、魔術とは魔の力そのものを指すのではなく、本人が先天的に有している力、その素質を「如何に制御し、己の思うがままに行使するか」という、その術こそを「魔術」と呼ぶのである…とは、ウラの師匠の教えだが、この本を読む限り、その理論に則れば、「聖CAROL教会」が忌み嫌うのは「魔術」そのものではなく、「魔術師の素養となる、その力」なのだろうと、ウラは察する。
(まぁ、ありがちな話だけども、自らの地位を、自分達には理解しきれない力によって脅かされたり、神の力の証明を阻害する、真の奇跡の力を疎んでいる…というのが本当の所かしら? それに、仮想敵がいた方が、身内意識が高まり、団結力に繋がるし、一方的に魔術師を「悪」と決めつけ、それに敵対する立場になる事で、己達を「正義」だとするお題目だって唱えられて、自己擁護も出来ちゃうものね? つまり、その教会が擁する騎士団っていうのは、そのお題目を、武力でもって実行、証明する為の、実行部隊だったわけなんだわ…)
そこまで、理解できたし、この「聖CAROL教会」の認識=この王宮内における魔術師に対する認識と推定するならば、ここらへんを文章化して、レポートに纏めれば、保護者も許してくれるような気がするが、どうにも、こうにも面倒くさい。
「口で伝えちゃ駄目なのかしら?」なんて、考え、ぐりぐりとノートに落書きをし続けていると「っ!! ウラ!! やべぇ!! 本を、閉じろ!!!」という声が背後から聞こえてきた。

「え?」と声をあげ振り返るウラの視界一杯に、大きく開いた本の頁の真ん中に、これまた大きな人間の口がデン!!と、飛び出した、異様な絵本の姿が飛び込んでくる。

(口突き絵本…?!!!)

驚きつつも、だらりと舌を伸ばして、此方に向かって一目散に飛んでくるものだから、「っ!!」 と、息を呑みつつ、咄嗟に本を抱えて横に倒れれば、大きな口を開いた本が、べろん!!と舌を伸ばして、ウラのレポート用紙を舐め上げる。

「な…何なの?!!」

立ち上がり、慌ててレポート用紙を見れば、先ほどまで書いていた落書きが跡形もなく消えて白紙の状態と成り果てていた。

驚き目を見開く、ウラの脇からにゅっと手が伸びて「ドン!!」と大きな音を立て、クラブが、その本を押さえつけてくる。

「腹ペコ本だ!! 厄介だ!」
「腹ペコ本さ!! よりにもよって!」
「しかし、今回は運が良い。 前にこいつが目覚めた時は、大事な本があらかた食われてえらい目にあった!」
「あの後、同じ本を同じだけそろえるのに、俺達ゃどんなに苦労した事か!」
「ご主人様にも随分酷い目に合わされて、俺はこんなにやせ細り!」
「俺はやけ食いして、こんなに太っちまった!!」

そう言い合い、それから竜子を振り返り「不用意に触んないでおくんなさい!!」とクラブが文句を言う。
「今度、何かいらん事をしでかしたなら、『神曲』の本に吸い込んで貰いますからね!!」とクラブが言うので(ダンテの『神曲』の世界なんか、巡らされたら気が狂っちまうわ!)とウラは思えど、竜子は、その本がどんな本なのかすら理解できなかったらしい。
ヘラリと笑って「悪い!! ちっと、ここに在る本なら良いかって思って触ったら、いきなり口が飛び出してきてさぁ…いや、助かったよ!! サンキュウ」と軽く礼を述べ、プリプリと立ち去ろうとする兄弟を呆然と見送りかけてウラは「待って!!」と声を掛けた。

「それ…紙に書かれた、字や絵を、喰っちまう本なのよね…?」

そうウラが問い掛ければ、兄弟は顔を見合わせて「そうだよ! 図書館なんかにあってはならぬ本なれど、ご主人様が珍しいからつって、本棚の中に収めちまったのが間違いの元さ!」と、スペードが文句を言う。
しかし、ウラは、にぃっと唇を裂き、一ページだって進んでいなかったレポート用紙を、ついっと三人に突きつけると「そいつのせいで、あたしが端正込めて『書き上げた』レポートがおじゃんになっちまったわ。 どう、落とし前をつけてくれんの?」と凄んで見せた。



『End Roll』


王宮から帰宅したウラが、保護者の魔術師に述べたのは「半日も王宮に篭りっぱなしになって、完璧なレポートを仕上げたっていうのに、馬鹿な竜子のせいで、全部おじゃんになってしまったわ」という、他愛もない嘘だった。
勿論狡猾極まりない魔術師に掛かればその真偽等お見通しではあったのだが、今回に限り、課題免除の決断を下さざる得なかったのは、偏にウラが小脇に抱えた「一冊の本」が恐ろしかったからに他ならない。


「字や絵を食べてしまう本」


「あたしが、本当にレポートを食われちまったって、ここにある本で証明して良いのよ? クヒッ」と笑って本を開いて見せようとするウラに、貴重な本をどっさり抱え込んだ書斎を持つ魔術師が、「いいですヨ? 証明して見せて下サイ」なんて言える筈もない。

本を人質…いや本質に取られた形の魔術師は、それから、こっそりウラが寝ている間に、彼女が王宮の図書館から竜子を脅して借りてきた「腹ペコ本」を返却する日まで、一日たりとも心穏やかに過ごす事は出来なかったという。







バカね? あたしをお遣いになんて使うからいけないのよ!

クヒヒヒッ!!



fin



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3427/ ウラ・フレンツヒェン  / 女性 / 14歳 / 魔術師見習にして助手】
【2414/ 鬼丸・鵺 / 女性 / 13歳 / 中学生・面打師 】
【1271/ 飛鷹・いずみ   / 女性 / 10歳 / 小学生】
【7521/ 兎月原・正嗣 / 男性 / 33歳 / 出張ホスト兼経営者 】
【3343/ 魏・幇禍 (ぎ・ふうか) / 男性 / 27歳 / 家庭教師・殺し屋】



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■         ライター通信          ■
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少数受注ノベルという事で、私の集合ノベルとしては、いつもの半分の、5名受注にて書かせて頂いたにも拘らず体調不良等の事情により、納品が遅れましたことを心よりお詫び申し上げます。
これに懲りずに、また、お会いできます事を心より望む次第です。

それでは、少しでも楽しんでいただけたら幸いです

momiziでした。