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<東京怪談・PCゲームノベル>


『紅月ノ夜』 其ノ参



「よーし!」
 気合いを込めた声を吐き出し、樋口真帆はぐっと両の拳に力を入れた。
 あの吸血鬼の藍靄雲母。やっとのことで友達にはなれたが、まだまだ彼女は不安の真っ只中のようだ。
 もっともっと彼女と仲良くなって、不安を拭ってあげたい。
 自分の部屋を、行ったり来たりしながら悩んでいた真帆は思いついて先ほどの声をあげたのだ。
「デートよ、デート! 雲母ちゃんとデート!」
 これしかない!



「いらっしゃいませ」
 小さくか細い声が迎えてくれる。それは深夜のコンビニだ。
 たった一人でカウンターに立っていた雲母は、神秘的な淡い紫の髪と瞳をしている。
 コンビニの制服らしい緑色の服を纏った彼女は、自動ドアを潜り抜けて現れた真帆に目を丸くした。
「ま、真帆、さん」
「お仕事お疲れ様です」
 にっこり微笑むと、雲母は眉をひそめて落ち込んだ気配をみせた。この間のことを気にしているのだろう。
「雲母ちゃん、お仕事終わるの何時ですか?」
「え……あ、えっと」
 彼女は店内に設置された壁掛け時計に目を遣り、もうすぐ終わると教えてくれた。終わるまで待ってますと告げた真帆に、彼女は困惑した。

 時間がきて、雲母は従業員用のドアをくぐって出てくると、真帆にぎこちなく笑みを向けてきた。
 真帆は雲母と共に外に出る。すっかり寒い。
 軽く震える真帆に、雲母は持っていた小さなコンビニ袋から何かを取り出した。
「これ、肉まんですか?」
「うん。あの、この前の、お詫びにもならないけど」
「気にしなくていいのに」
 呆れたような声を出すと、雲母は身を縮ませるようにする。どこまでも小心者のようだ。
「雲母ちゃん、ちょっと来て欲しいところがあるんです」
「え? わ、私?」

 路地裏を抜けた先にある廃工場を見上げて、雲母は不思議そうに瞬きをした。そんな彼女の手を取り、真帆は中へと引っ張る。
 中に踏み込んだ雲母は光景に驚き、足を止めた。
 そこは猫の集会場になっている場所だ。集まっている猫たちを見回した後、真帆は雲母を連れて奥へと進んだ。
 一匹の猫の前に来て、真帆がうやうやしく挨拶をした。
「こんばんは」
 尻尾が二つある猫が楽しそうに目を細める。不思議な猫に雲母は怪訝そうにした。
「こちら、猫又さん。
 猫又さん、今日はお友達を連れてきました。仲良くしてあげてくださいね。雲母ちゃんです」
「ねこまた?」
「長生きした猫さんのことです。さ、雲母ちゃん、歓迎のダンスです」
「ダンス?」
 頭の上に疑問符を浮かべている雲母の前で、真帆は人形を取り出した。これは「お月様の人形」だ。
 音楽を奏で始めた可愛らしい人形を困惑気味の顔で見つめていた雲母の手を取り、真帆は軽やかに舞いだす。
「えっ、ちょ、ちょっと」
 驚く雲母を、少し強引に引っ張った。小柄な彼女はまるで自分と歳の変わらない少女のようにすら思える。
 猫たちも音楽に合わせて、人間のような動きはしないものの、それぞれが楽しそうに体を揺らしたり、尻尾を動かしたりしていた。
 真帆の使い魔もさりげなく隅っこのほうで踊っている。
「あ、あっ、ち、ちょ……」
 真帆の適当なステップに振り回されながら、雲母は周囲を見回す。たくさんの猫に囲まれている彼女は、その瞳の奥でゆらりと赤い炎が揺れたのに気づかなかった。
「ほら雲母ちゃん、もっと楽しそうに!」
 ハッとする雲母は視線を真帆に戻す。
「えっ? あ、いや、だって私、踊れない……」
「適当でいいんです! ほら」
「そんなこと言われても……」
 足が絡まりそうだと言わんばかりの態度の雲母は、真帆を凝視して口を開いた。
「真帆さんは、こうしてたくさんの猫たちと踊ることが多いの?」
「そんな毎回ってわけじゃないですけど、時々は。やっぱり変ですか?」
「……変っていうか…………現実味がない」
「そうですか?」
「うん。だって、猫とこんな風に過ごす人、見たことないもの」
 それもそうだ。だが真帆にとっては当たり前のもの。雲母にとっては信じられないことでも。
「嫌ですか?」
「嫌じゃないけど……」
 雲母はそれでも、微妙な表情だ。完全には受け入れられない。
 こんな夢みたいな出来事を簡単に受け入れることはできないのだろう。彼女の中ではおそらく、夢と同等に思われているような気がする。
 音楽のリズムが華やかに、軽くなる。聞いているものを明るく、陽気にさせるものだ。



 空への散歩に出かけた真帆は、箒に乗る自分の背後をうかがう。キルト地のコートを羽織っただけの雲母は、こちらの様子に気づいて顔をあげた。
 風が冷たい。当然のことだが、真帆は自分の吐く息の白さに小さく笑った。
 だが雲母の吐き出す吐息は白くなってはいない。人間とは肉体の温度が違うのかもしれなかった。
 真帆の腰に手が回されているが、妙に冷たい……ような気がしないでも、ない。
「雲母ちゃん、寒くないですか?」
「……寒くない」
 最初は困惑したようだが、彼女はうっすらと頬をピンクに染めてはかなげに微笑んだ。
「だって薄着に見えますよ?」
 真帆のように、防寒ばっちりな格好ではない。マフラーもないし、イヤーマフもない。
「そう、かな」
 小さく言う雲母は眼下の光景に目を細めた。
 箒を大きく旋回させ、真帆はお目当ての場所に向かう。急に速度をあげられ、驚愕したらしい雲母は腕に力を込めてきた。
「とっておきの秘密の場所、教えてあげますね!」
 お世辞にも綺麗とはいえない夜空だったが、変わりに地上ではネオンがきらめき、空の星に劣らない輝きを放っている。
 眺めている雲母に真帆は問う。
「夜の東京も、捨てたもんじゃないでしょう?」
「……うん」
「今日はありがとうございました」
「え?」
「雲母ちゃんは、やっぱりまだ、こういうのを受け入れるのって難しいと思います。でも、悪くないってこと、伝えたくて」
「………………そうだね」
 小さく返してくる雲母は、ちょっと笑っていた。そしてもう一度、今度は少し明るく「そうだね」と囁いたのだった。



 晴れ晴れとした気持ちだった。あんな風に「夜」を感じたことはなかった。
 いつもは億劫な夜が、少しは好きになれた気がした。
「楽しそうね」
 通り過ぎてから、気づいた。声をかけられて、ぎょっとしたからだ。
 自分が通り過ぎた街灯の下に、一人の少女が立っている。長い黒髪を腰まで伸ばした、麗しい娘だ。
 吸血鬼に変質した自分から見ても、彼女の美貌は恐ろしく魅了を秘めている。人間ではないのではと感じてしまうほどに。
「た、退治屋……」
 怯える雲母のほうへ、彼女は瞼をゆっくり開けて視線を向けてきた。
 街灯の頼りない光りのせいかのか、左右で瞳の色が違うように見える。チョコレートとキャラメルの色の瞳だ。
 柔らかく甘いもののはずなのに、彼女の瞳だというだけで印象ががらりと変わる。
 すらりとした長い脚をジーンズに包んだ彼女は組んでいた腕をほどく。そして姿勢を正してこちらを凝視した。
 怖くて逃げ出したい。雲母は冷汗を感じた。吸血鬼の自分が発汗するとは思えないが、そんな感覚があったのだ。
「お、お願い、です……。み、見逃してください……」
 震える声で懇願する。一体何度、この試みを試しただろう。一度として受け入れられたことはない。
「私は、人間に戻りたい……! それだけなんです。お願いです!」
「………………」
「そ、そんなことがあなたには関係はないと知っています。で、でも」
 自分を友達だと言ってくれた少女がいた。できれば、彼女のためにも変わりたい。
 弱々しく、受け入れるだけ、悲嘆に暮れ、諦めるだけだった自分から……少しずつでも変わりたい。
 ただ殺されるのを恐れているだけでは、この退治屋からは逃げられない。見逃されていた、と自覚しているだけに。
「あ、あなたはとても強いじゃないですか! こ、こんな小物を追ったって、いいことなんて何も」
「我が一族は、例えどのような敵だろうとも、手を抜きはしない」
 彼女ははっきりと冷たく、言い切った。雲母にとっては、退治屋の一族なんてものは理解できない集団だ。
「知りません! そんなもの、知りたくもないです! もう放っておいて!」
「あの娘がそう言った?」
 なぜ知っているのかと、雲母は青ざめた。あぁそうだ。そういえば、彼女は自分をこの退治屋から助けてくれたのだ。この退治屋が憶えていても不思議じゃない。
「まんざらでもないって、言ったのかしら? 吸血鬼だって」
「え……」
「ただの人間じゃないでしょう? どう? 人間じゃない存在と接するのは」
「…………」
 雲母は真っ青になり、震えた。
 知っている。この退治屋は知っている。自分と彼女が友人になったことも。
「ま、真帆さんは人間です!」
「『ただの』人間じゃないと言ったはず。種族は人間でも、あんたとは根本的に違う」
「私は」
「あんたは太陽に当たれば灰になる。銀の杭を心臓に打たれれば死ぬ。水に入れば溺れる。十字架で火傷を負う。
 それはもう、『人間』じゃない。
 わかっているはず」
「私は」
「あんたはどこまでいっても『ひとりぼっち』なの」
 衝撃を受けて雲母はその場に力なく座り込んだ。どこか救いを求めるように、退治屋を見つめる。
「あんたは人間にも、吸血鬼にもなれない。どっちつかずのまま。
 吸血鬼の自分を、永遠に認められない」
「…………………………」
「なぜなら、あんたは人間だから。人間の価値観のままだから」
 急に、ぞくりとして。
 雲母は振り返る。暗闇が広がっていた。街灯の明かりが消えていた。
 その闇の底から、誰かが見つめてくる気がする。そう……あの『赤い目』と同じように。
 恐怖に悲鳴をあげる雲母はよろめきながら立ち上がり、逃げ出した。
 退治屋の横を一心不乱に通り過ぎ、雲母は逃走した。
 それを見送った退治屋の娘はゆっくりと、雲母の背中へと視線を遣る。同時に体を振り向かせた。
「白と黒。善と悪。光と影。
 吸血鬼は、どちらかわかっているはずよ……あんたにはね」
 彼女の声は届きはしないだろう。わかっていて、囁いた。
 風が吹き、退治屋の娘の長い髪をもてあそぶ――――狂ったように。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6458/樋口・真帆(ひぐち・まほ)/女/17/高校生・見習い魔女】

NPC
【藍靄・雲母(あいもや・きらら)/女/18/大学生+吸血鬼】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、樋口様。ライターのともやいずみです。
 まだまだNPCは夢心地ですが……いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。