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<東京怪談・PCゲームノベル>


 Call my name.

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 遠くで、呼んでいる。
 何度も何度も、名前を呼ぶ。
 その声が、どこから聞こえてくるのか理解らなくて。
 何もない真っ白な世界を、ウロウロと彷徨うばかり。
 どこ? どこにいるの? どこから呼んでいるの?
 名前を呼ぶだけじゃなくて、ちゃんと教えてくれないと行けないよ。
 どこにいるのか、どこで待っているのか、どこへ行けばいいのか。
 教えてくれないと、行けないよ。
 フラフラと彷徨い続けて、どれほどの時間が経っただろう。
 あてもなく歩き続ける自分の前に、突然、大きな鍵を持った少年が現れた。
 とても懐かしい顔、見覚えのある、いや、ありすぎる顔。
 幼き日の自分と瓜二つのその少年は、見上げて言った。
「……迷子になっちゃった?」

 キミはきっと、否定するんだろうね。
 迷子になんてなってないって、否定するんだろうね。
 でもね、その自覚がないだけ。今、キミは、間違いなく迷ってる。
 ついて行きなよ。教えてくれるから。どこへ行けば良いのか、教えてくれるから。
 迷っている事実を認めてごらん。そうすれば、楽になれる。
 キミは、キミに救われるんだ。思い出して。思い出してよ。
 ここまで来れたら、戻ってこれたら、抱きしめてあげる。
 苦しいよって顔を歪めても、離さないから。
 戻っておいで。俺の腕の中へ。

「どうなってんだよ……」
「間違いなく、あいつの仕業よね」
「……のヤロゥ」
「私達には、どうすることも出来ないわ。待つことしか、出来ない」
「……くそっ」
 持っていた林檎を投げやり、もどかしさを露わにしたヒヨリ。
 ナナセは、投げられて闇に転がった林檎を拾い上げると、目を伏せて深い溜息を落とした。
 目の前にいるのに、こんなに近くにいるのに、どうすることも出来ない。
 何度名前を呼んでも、頬を叩いても、肩を揺らしても、目覚めない。
 深い眠りの中、闇へ誘われる仲間を、救う術を持ち合わせないことへの憤怒。
 ただ祈ることしか出来ない。名前を呼びながら、伝えることしか出来ない。
 目を覚ませ。お前の在るべき場所は、そこじゃない。

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 自分にそっくりな少年。違う、そっくりなんかじゃない。この少年は、自分自身だ。
 オーバーサイズのサンプルクローズ。研究対象である証。少年の額に刻まれているナンバー。
 紅の双眸で見上げる少年。ズキンと、額に鈍い痛みが走った。……痛い。
 痛い……。頭が痛い……。頭が……割れそうだ……。
 決して消せぬ過去。経験と記憶。クレタが鮮烈な感情を覚える唯一の記憶。
 良い思い出なんて一つもない。思い出したくないことばかり。
 消えてしまえばいいと、消せやしないかと、何度も試みた記憶。
 追走してくる記憶から逃れようと、月灯りに助けを乞う。
 柔らかなその光が肌に触れている間だけは、心が静かになった。
 けれど月が見えなくなってしまえば、忌まわしい過去がまた追走してくる。
 部屋の隅、蹲って震えた日々。どこからか聞こえる、電子音。どこからか漂う消毒液の匂い。
 逃れようと目を固く閉じれば、瞼の裏に注射器が浮かぶ。
 針の先端から垂れる紫色の液体。掴まれた腕、全身に電気が走るような衝撃。
 気を失いかけて虚ろな意識。その中で、確かに聞いた笑い声。
 ビクビクと波打つ身体に刻まれた、恐怖と信頼感情の欠落。
 僕は、どうしてここにいるんだろう。どうして、存在しているんだろう。
 何の為に? 彼等の為に? 彼等が満足する為に? それだけの為に?
 特別扱いされていたのは事実だ。欲しいものは、何でも与えてもらえた。
 欲しいだなんて一言も言ってなかったものでさえ、惜しむことなく彼等は与えた。
 大切だからだよ、って。彼等はそう言ったけれど。
 彼等が大切に思っていたのは、僕の心じゃなくて、僕の身体。
 どんな薬を打ち込んでも拒絶反応を起こさず、的確なデータを摘出する……この身体。
 僕を、僕の心を。全てをひとつと捉えて必要としてくれるわけじゃない。
 この先もずっと、彼等に使われていく。わかりきった自分の未来。
 そんな状況から、救い出してくれた人。親のように慕ってきた一人の研究員。
 彼は、研究施設にいた時から、僕に内緒話をしてくれた。
 誰にも言っちゃ駄目だよ、そう言って彼が何度も耳打ったのは、解放の道標。
 お前を連れて、この研究所を出ようと思う。彼は、何度もその言葉を口にした。
 逃げ出してしまえば追われて、同じことの繰り返しになってしまうから、
 ちゃんと正式な許可を貰うんだ。お前と外に出ても構わないという許可を。
 そんなことが可能なのかと疑ってはいたけれど、期待したのも事実。
 きっと、そんなこと出来ない。そう思っていたから、僕は抑え込んだ。
 溢れそうになる期待を、必死で抑え続けてた。
 彼が言ったとおり、研究所から出ることが可能になった日。
 僕は、夢を見ているかのような感覚に陥って、一瞬、気を失いかけた。
 解放してくれた彼に対して、信頼というものが芽生えぬはずもなくて。
 皆が見ている前で、その感情を露わにすれば、内緒話をしていたこともバレてしまうような気がしたから。
 そうしたら、彼は勿論、僕もまた、ここへ縛り付けられてしまうって思ったから。
 感情を必死に隠した。嬉しくて仕方ないのに、その想いを必死に隠した。
 抑え込んだその感情が弾けたのは、研究所を出てすぐの事。
 初めて使った 『ありがとう』 の言葉。
 これからは自由に。思うがままに生きていけるんだ。
 生き方なんてわからないけれど、正しい生き方なんて、僕にはわからないけれど。
 色々なことを経験して、少しずつ少しずつ覚えていけばいいんだ。
 あの日の僕は、期待に満ち溢れていた。
 嬉しいと思う感情を、どうやって外に出せば良いのかわからなくて戸惑っていたけれど。
 確かに、期待していたんだ。これからの自分を思い描いて。
 その期待が不相応なものだったこと。
 解放なんてされていないこと。
 その事実に気付いたのは、それから一週間が経過した日のこと。
 すべてを理解した瞬間、心が冷め切っていくような気がした。
 氷のように凍てついて、まるで自分の心じゃないかのような感覚さえも覚えた。
 どこへ行こうとも。何をしようとも。決して逃れられない。
 そう悟った瞬間、感情というものが、音もなく消え去った。
 あの日から、僕は僕を忘れてしまったんだ。

 少年から目を背け、逆方向へと一人で歩いて行くクレタ。
 そんなクレタの後を追い、少年は回り込んで進路を塞いだ。
「どこ行くの? 迷子なんでしょ?」
 微笑んで言う、幼き日の自分。その表情を見た瞬間、ゾッとした。
 姿形こそ瓜二つではあるものの、まったくの別人だ。
 そんな顔、そんな微笑み、僕はしない。知らない。
 見覚えのある自分の姿が、ひどく別の『物』のように見えて怖い。
 クレタは少年を押しのけ、再び歩き出す。
「……違う。僕は、迷子なんかじゃ……ないよ……」
 呟くように言葉を落としたクレタの後を追い、少年は執拗に繰り返した。
 迷子になった人は、それを認めたくないから、そうじゃないって言うんだ、とか。
 僕についてきなよ、道を教えてあげるから、とか。
 少年の態度や言葉から、やがてクレタは悟る。
 この姿、この空間、夢の中。そこが一番適切だったんだ、きっと。
 誰なのかは理解らないけれど、僕は誘われている。試されているようなものだ。
 はっきりとはしないけれど、確かなことが一つある。
 この少年に、幼き日の自分に、ついて行くべきではない。
 ついて行けば、はっきりしないことが明確になるような気もする。
 でも、知りたいとは思わない。どうしてかな。必要ないことのような気がしたんだ。
 知ったところで、何が変わるわけでもない。そう思うんだ。
 心の中では、はっきりと言える想い。けれど、口には出せない。
 あてもなく歩くクレタの後を、少年は追いかけてくる。
 追いついて隣に並び、少年は何度も見上げて繰り返した。
 迷子だって認めるのは、恥ずかしいことじゃないんだよ、と。
 少年が自分に向ける眼差し。交わることはなかったけれど、その眼差しは突き刺さる。
 槍のように、ザクザクと突き刺さる視線。覚える鈍い痛み。
 歩みが次第に速くなっていったのは、逃れようとしたからか。
 視線が突き刺さる度、思い出したくない過去が頭の中で再生される。
 見たくない光景や聞きたくない声が、頭の中を駆け巡る。
 それがとても嫌で不快で、距離を求めた。
 ついてこないで。何度も何度も心の中で、そう叫ぶ。
 どこまでも続く真っ白な世界。抜け出せないのか。そう思った瞬間、思い描く人。
 頭にぼんやりと浮かび、やがて鮮明になっていった、その人物は、ヒヨリやナナセ、時守の仲間達。
 そこにいるわけじゃないのに、実在しているわけじゃないのに。クレタは願った。
 ここから……出たい。出たいから……手を、手を差し伸べて……。
 真っ白な世界に腕を伸ばし、求めた手。
 その動きに、クレタは自分の想いを確信した。
 あぁ、そうか。僕は、こんなにも切望しているんだ。願っていたんだ。
 彼等と一緒にいることを、彼等の傍にいることを、彼等を、こんなにも愛おしく思っていたんだ。
 信じる気持ちなんて、とっくに忘れたものだと思っていた。二度と思い出しやしないだろうと思っていた。
 信じたところで、裏切られるだけ。本当の僕を見てくれる人なんて存在しないんだって、そう思っていた。
 けれど、彼等と言葉を交わすうち、彼等と行動を共にする度。
 どんなにくだらない話でも、それを聞いていたいと思う自分がいた。
 だから、僕は……いつも、彼等の傍で、膝を抱えて座っていたんだ。
 嫌な顔ひとつせずに、傍にいることを許してくれた。
 それだけじゃない。一人でいたら、何してるんだって呼びに来てくれたんだ。
 一人でいることが好きだったのに、安心できたのに。そこから引っ張り出して。
 いつしか、僕は一人でいることが出来なくなっていたんだ。
 大切なんだよ。失いたくないんだ。もう、二度と……。
 腕を伸ばすクレタの耳に、声が届く。
 自分の名前を何度も呼ぶ、懐かしく温かい声。
 やがて光の中から出現した手を、クレタは迷わずに取った。
 幼き日の自分を否定するわけじゃないけれど。間違いなく、それも自分の一部だから。
 でも、今、僕は彼等と一緒にいたい。どんなことがあっても。傍にいたいんだ。
 君について行ったら、もう二度と彼等に会えないような気がする。だから、ついて行かない。
 僕は、僕の気持ちに……気付いたから。

「……タ! ……レタ! ……クレタ!」
 揺れる身体、頬に感じる、手のひらの感触。
 ふっと目を開けば、そこには自分の顔を覗き込むヒヨリの姿。
「……! おい、ナナセ! 戻ってきた!」
「良かった……!」
 戻ってきた? 何を言っているのか、意味が理解らない。
 クレタはボーッとしながら、ゆっくりと身体を起こす。
 身体を起こしきる前にヒヨリとナナセが抱きついてきて、再びソファに埋もれ。
 目を丸くするクレタの頭を撫でて、ヒヨリとナナセは何度も「おかえり」と呟いた。
 ナナセに至っては、ひどく声が震えている。……泣いているのだろうか。
 目を覚ました自分を強く抱きしめる二人の腕。その苦しくも優しい温もりに、クレタは目を伏せた。
 どこへ行っていたのか。遠い遠い世界に迷い込んでいたような感覚。
 夢なのか、そうじゃないのか。それさえも理解らないけれど。
 ヒヨリとナナセの服をキュッと掴み、クレタは呟いた。
「僕は……。みんなと一緒にいたいんだ……」
 いきなり何を言い出すのかだとか、そんなこと聞いてないだとか、そんなことは言わず。
 ヒヨリとナナセは、うんうんと何度も頷きながらクレタを抱きしめた。
 強く、苦しく、温かい抱擁。このまま二人の中へ溶けてしまうんじゃないかとさえ思う。
 それも……良いかも。溶けて……しまっても構わないかもしれない……。
 でも、そうしたら……話が出来なくなってしまうから……やっぱり、嫌だな……。
 腕の中、淡く微笑むクレタ。その表情に、ヒヨリとナナセもつられるようにして微笑んだ。


 なるほど。そうか。クレタ。キミは、そいつらと一緒にいることを望むんだね。
 せっかく誘ってあげたのに。手を差し伸べてあげたのに。どうしてかな。
 キミには、俺の手が見えていなかったのかい? ずっと差し伸べていたのに。
 この手を取れば、必ず幸せになれたのに。幸せにしてあげたのに。
 キミは馬鹿だ。見ていられないよ。そそのかされているキミなんて。
 でもね、クレタ。愛想をつかすなんて、そんなことは有り得ないんだ。
 キミがどんなに低脳な存在になっても、俺はキミを愛してる。
 何度でも何度でも囁いてあげるよ、繰り返してあげるよ。
 キミが、俺を再び愛する日まで。
 戻っておいで。俺の腕の中へ。 

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 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『Call my name.』への御参加、ありがとうございます。
 何よりも先ず、おかえりなさい。時狩との関係は曖昧なままとなりましたが、
 そのかわりに、大切な想いを見つけることが出来たのではないかと思います。
 点在する時狩の独白から、これで終わりということはないでしょうが、
 きっと大丈夫。気付いた想いに不安を抱くことがなければ、きっと。
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.11.13 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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