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<東京怪談・PCゲームノベル>


エキストラ募集!

「なあんにも、ないんですよねえ」
 東京大江戸テレビランドのラウンジ。
 ソーダの入ったグラスを前に、制服姿の海原みなも(うなばら・みなも)は困惑を隠せない様子だった。
 テーブルごし、差し向かいに座っているのは、例のごとく求人広告を出した桐生白水(きりゅう・はくすい)。
 今日は代官の衣装ではなく、自前のスーツに地毛の茶髪である。一応サングラスはかけているものの、回りの一般客がこちらを指差しながらヒソヒソと話していたり、ケータイカメラをこっそり向けている様子を見れば、正体はバレバレのようだ。
「ん〜、参ったなあ」
 コーヒーカップ片手に、白水はうなった。
 他のキャストやスタジオの空きの関係やらで、次の撮りなおし予定日まで少し間があった。その間に下調べをと、みなもはこのニ日間、東京大江戸テレビランドのスタッフに色々話を聞いてまわったのだが、幽霊が出るような理由が何ひとつみつからない。
 二度目ということで、みなもと顔見知りになっているスタッフも多く、わりと気軽に話をしてくれはしたのだが、脚本は完全オリジナルで史実と無関係とのこと。使用する小道具・大道具などに、いわくのある骨董品もなし。撮影場所のスタジオに取り憑いたものがいる気配もない。
 余りの進展のなさに、状況の中間報告と、白水に何か気付いたことは無いか確認を兼ねて、本日の会見となった次第である。
「白水さん、何か、今回出た幽霊侍たちの特徴っていうか、変わったこととかなかったですか? どんなことでも、ヒントになるかもしれないし、思い出してください」
「そうは言ってもなあ……」
 みなもの言葉に、白水は腕を組んだ。
「どっかの殿様とその家臣、って感じじゃああるんだけど、それ以上はなあ。名前がわかるわけじゃねえし……ん、待てよ」
「なにか、思い出しました?」
 みなもが、身を乗り出す。
「名前、わかるかもしれねえわ。そういや、殿様の羽織に、妙な家紋ついてたんだ。土星マークみたいなやつ」
「ど、土星……? って、輪っかの中にボールがあるような感じですか?」
「そうそう」
 そこで、一瞬沈黙した二人である。
「あの、土星って、江戸時代に発見されてましたっけ?」
「とは思えねえよなあ……、仮にされてても、輪っかまで見えるとは考えにくいし。よく似た別のもん現してるってことか?」
「う〜ん、とりあえず、それでもう一度調べてみますね。特徴的なことは確かですし」
 
 翌日の放課後、みなもは通っている学校の高等部の職員室を訪れていた。
 高等部で日本史を教えている教師に、教鞭を取るかたわら、何冊か本まで出した家紋マニアがいたことを思いだしたからだ。
 はっきり顔は知らなかったが、入り口脇に貼られていた座席表で机の位置を確認してから、ちらりと中をのぞくと座っている人影がある。
「失礼します」
 みなもは、中へと入ると、声をかけた。
「すみません、日本史の吉田先生でしょうか。はじめまして、中等部の海原みなもといいます。少し教えて頂きたいことがあるのですが……」
「うん? 中等部からのお客さんとは珍しいね」
 みなもは少しホッとした。
 怖そうな先生だったらどうしようかと思っていたが、定年も近いだろうと思われる男性教師は、「ニコニコ縁側でひなたぼっこするおじいちゃん」とでもいった印象だった。
 振り向いた吉田は、白髪頭をかきながら、人の良さそうな笑顔を浮かべている。歴史雑誌をめくっていた手を止め、一口お茶をすすると、
「で、どんなことだい?」
 と問いかけた。
「先生は、家紋にお詳しいですよね? 土星……じゃないと思うんですけど、そんな形の家紋についてご存知ないでしょうか?」
「ああ、土星紋ね。あるよ」
 吉田は、あっさりと返した。
「え、土星って、あの宇宙の土星ですよ?」
 思わず、問い返す。
「そう、あの土星。え〜っと、どこかに資料が……」
 吉田は机の最下段についている大きめの引き出しを開けると、ぎっしり詰まっているファイルから、一冊を抜き出した。
 ファイルをパラパラとめくり、該当箇所を開いてみなもに差し出した。ズラリと家紋が並び、その名称が記されている一覧だ。
「その右上のほうね」
「あっ、ほんとに土星だ」
 そこにはまごうかたなく土星の形の紋が掲載されていた。
「この紋、どういう人が使ってたとか、わかります?」
「それはちょっと特殊な紋なんだけどね、江戸後期に旗本の国友家が使っていてね。これが、なかなか面白い話があってね……」
 話好きらしく、こちらから尋ねる前に、吉田は楽しそうにいろいろと話してくれた。関係あることないこと含めた講義は、実に三時間にわたり、途中には「一応学校だし、内緒ね、コレ」と言いながら、お茶とようかんまで出してくれた。
 その講義の中から、必要な箇所をまとめると。
 旗本の国友家というのは戦国期に近江(滋賀県)で鉄砲を作っていた鍛冶師の子孫の分家なのだという。この国友家の代々の殿様というのが、江戸で旗本になっても、元が鍛冶師の一族だっただけに、妙なカラクリを作ったり今でいう発明家の類を多く輩出。ついには天体望遠鏡すら作成して、土星を観測してから、それを紋にしてしまったらしい。
 うらみつらみには縁の無さそうな話ばかりである。ただ、最後に幕末の国友家の話に至って、みなもはもしやと思った。
 なんでも、旗本国友家の最後の当主、国友藤五郎は大の新しいもの好きで、西洋から入ってきた写真機にも熱中、自分が写ったもの、写したものともに多くが現存しているらしい。祝い事のたびに、家臣たちと皆で写った記念写真も多いとのこと。さらには、『いまに動く様子が写る機械もできるに違いない』などということを日記に書き残した人物でもあるという。
 そして、国友家の別邸である下屋敷があった場所というのが、ちょうど今の東京大江戸テレビランドのすぐ近くである。
――ま、まさかとは思うけど……。殿様も家来のひとたちも、テレビに映りたがってる……?

 そんなこんなで、撮影当日。
「こないだとは大分雰囲気違うけど、コレはコレで似合ってるぜ。へ〜、しっぽまでついてるのか。振れたらもっとカワイイのにな」
 代官姿の白水が評した、本日のみなもである。
「白水さん、微妙に発言がマニアックですよ……まあ、そうかもしれませんけど」
 今日のみなもの役は、狐の化身だ。白い狐耳と銀髪のカツラ、白い巫女装束のお尻にはフサフサしたしっぽがついてる。メイクも白塗りを基本に、青い口紅とシャドウで人外のイメージを強調。額には小さな青石のボディジュエリーを連ねて貼り付けてあり、キラキラ光るティアラでもはめているかに見える。
「それより……ホントにやるんですか?」
 みなもには今回、大きな心配事があった。二度目の出演でもありそんなに緊張せずにやれるかと思っていたのだが、渡された脚本にはとんでもないことが書いてあった。
「やるんだよ、オマエ案外根性座ってるからできるって」
 軽く答える白水。
「あの……一回だけでも、練習とか」
「水泳部もやってるんだったよな? 高飛び込みより難易度低いって。心配ねえよ」
「う〜〜ん」

 とんでもないことの内容はさておき。
 白水と話し合って決まった本日の計画はこうだ。
 幽霊侍たちがカメラに写りたいのなら、写してしまえばいい。しかし当然ながら、今のままでは写らない。そこで、みなもの力で作成した霊水を周囲に散布、現場及び幽霊侍たちの霊気を高めることで実体化させようというのだ。
 その内容にあわせて、脚本家に頼んでストーリーも変更してある。悪徳商人が商売敵を倒したいとお稲荷さんの祠で祈ったところ、みなも演じる狐の化身が現れ、死んだ侍の霊を呼び出しては商売敵の商人たちを襲ってゆく。その真相をつきとめた白水が、稲荷神社で元凶と断つ、という話だ。ラストバトル以外の箇所は、代役で撮り終えてある。
 脚本家は、
『これさあ、夜道で幽霊侍が商人襲うくらいは適当に人影で誤魔化してもイイけど、ラストの大立ち回りは、CG使わないとショボいし、かといってマトモに使ったら制作費足りないよ?』
 と苦言を呈したが、そこは白水が強引に推し進めた。
『センセ、オレがこないだ出てたココの局の幽霊特番知らねえ? あっちのディレクターに頼んだら、幽霊みたいに見える影投射する特殊なライト貸してくれるってんで、ソコは無問題。あれ動かすことも出来るし、スゲぇリアルだから』
 当然ながらそんなものは無いわけだが、白水が幽霊関係の特番にちょくちょく出演しているのは事実でもあり、どうにか騙されてくれたのだった。

「レインメーカー、用意完了です!」
 雨をふらせる器具を、細かい霧雨を散布するように調整していたスタッフの声で、全ての準備が整った。
 夜の野外セットでの撮影だ。場所は稲荷神社の境内。
 稲荷というと小さな祠を思い浮かべがちだが、殺陣ができなければ話にならないので、やや小ぶりな神社という程度の広さにしてある。
 紅い鳥居の奥に祠と賽銭箱。観音開きの扉を閉じた祠の中にみなもが、賽銭箱の前に悪の商人役がスタンバイしている。
 少し離れた所には、大きめの照明器具が二台。
 一台は本当の照明用だが、もう一台は幽霊ライトだと説明してあるダミーのライトだ。事前に『全て設定済だから、電源だけ入れろ』と言い含めてある。

――ああ、はじまっちゃうよ。今日はセリフもあるし……ううん、セリフなんかはこれでも演劇部だしいいんだけど……! なんか暑くもないのに、汗出てきちゃった。

 祠の中で、みなもの緊張がピークに達したとき、
「本番、スタート!」
 監督の掛け声。
 代官姿の白水が、境内に駆けこんでくる。
「唐津屋、信心深いなぁ結構だが、そいつは頂けねえぜ」
 祠に向かって一心不乱に祈っていた悪商人が、驚いて振り返る。
「な、なんですかお武家様。私は商売が繁盛するよう、お祈りをしていただけでございますよ?」
「そのお祈りの内容、もっと詳しく話してもらおうか」
「……くっ、見逃してさしあげようかとも思いましたが、くだらない言い逃れをするのも面倒ですね。こうなれば……お狐様、お願いいたします。この者に裁きの鉄槌を!」
 バン! と祠の扉が開き、みなもの姿があらわになる。
 カッ、と目を見開くみなも。
 少しゆっくりめに、なるべく厳かに聞こえるよう注意しつつ、セリフに入る。
「その願い、聞き届けた……ただし、今宵限りじゃ。うぬは少々血を流しすぎた」
 少女の声ながら、抑揚をあまりつけない語りくちは、数百年・数千年の時を生きた存在の声を思わせる。
「えっ、なんですと?」
 悪商人の狼狽を無視して、サッと人差し指で天を指すみなも。
 同時にレインメーカーから、霊水が散布された。境内に霧雨となった霊水が降り注ぐ。カメラには神秘的な薄靄のように写る程度のものだ。
 みなもの鼓膜が気圧の変化を感じたときのように、ピリリとした。場の霊気が増している。
 境内に、うっすらとした影たちが浮かびはじめた。おぼろな輪郭だったそれらは、みるみるうちに、透明度を減じてゆき、やがて誰の目にもはっきりと映るようになった。
 もちろん、カメラにも。
「さあ、唐津屋、これがうぬへの最後の力添えじゃ。いざ、さらば」
 みなもは、両手を大きく開いた。巫女装束の袖が、翼のようにはためく。

――ああ、来ちゃったよう。ええと、合図は……

 正面をにらみつけるようにして目を凝らす。遠くでスタッフが頭の上で両手を○にした。

――来た!

 みなもは祠から賽銭箱の上を通って境内に降りた。そのまま数歩前方へと走るや、身体が上に向かってグッと引かれ、宙に浮かびあがる。

――うわっ!

 と思った時にはみなもは地上三メートルほどの高さを滑空していた。必死で両手を広げ、足をのばした態勢をキープする。
 そのまま白水の頭上を越えた。
 そう、これこそが、今回の不安のもと、ワイヤーアクションだ。

――うわわわわ〜〜! は、速い!
 
 映画などで見ていると、ゆっくり飛んでいるように見えるが、実際に自分が飛ぶとスピード感が全然違う。しかも飛行の体感速度は速いにもかかわらず、時間の感覚は遅い。
 実際はわずか数秒だったのだろうが、カメラから写らない場所に敷かれたマットレスの上に着地して、
「ハイ、お疲れ〜」
とスタッフに肩を叩かれるまで、みなもの感覚は狂いっぱなしだった。
「お疲れ様で……あれっ」
 マットの上で立ち上がろうとしてよろける。
 緊張しまくった後の脱力感によるものか。
「あはは……あ、あたし、ほんとに、飛んだ……」
 なんだか笑えてくる。
 そこでようやく思い出した。
 まだ撮影そのものは終わっていない。
 境内のほうをみやる。
 白水と幽霊侍たちの間で、豪快なチャンバラが繰り広げられていた。

――うまくいってるみたい。幽霊たちもいい動きしてるし。

 実は白水、殺陣の最中ずっとアドリブで
「お前たちにゃ、やられてもらわないと、この悪党の描いた猿芝居の幕がおりねえんだ」
「次はお前だ」
「殿様は後ろでどっしり控えているもんだぜ」
 などと、幽霊侍たちにセリフで指示していた。いくら幽霊侍たちが写りたがっても、やられ役に徹してもらわねば困る。ここをわきまえてくれるかどうかが、白水とみなもの危惧するところだったのだが、うまくいったらしい。
 やがて、幽霊侍たちがみな倒れ伏し、白水が刀を納めると、レインメーカーが止められた。倒れた幽霊侍たちが、ぼやけて消えてゆく。
「カーット!!」
 監督の声とともに、スタッフたちから歓声があがり、周囲を拍手の音が満たした。
 白水の殺陣はもとより、新技術のライトの威力に(と彼等は信じている)、みなものワイヤーアクションと、このシーンの撮影は業界人にとっても衝撃だったようだ。
 白水は、みなものいる方に背を向けた形で、しばらく境内に立ち尽くしていたが、やがて振り返るとみなもに向けて、ぐっと親指を突き出してみせた。
 それからみなもの傍まで歩み寄ると、ちょっと耳貸せと手招きをする。
 みなもが首をかしげながら、片耳を差し出せば白水ちょっと屈んで、
「霊水止まったあとだけどな、立ち上がったアイツら、殿も家臣もひっくるめて大騒ぎだぜ。互いに肩たたきあうわ、拙者が一番上手かっただの、殿もなかなかだの、自慢とお世辞大会やってやがる」
 そんなことを言ったから、思わず吹き出してしまった。
 さらに、つけ加えた。
「それから、殿様曰く、『あのように美形のお狐様なら一緒にわしも飛んでゆきたかった』そうだ」
「ええっ!?」
 これには、白塗の下で、赤面したみなもである。
 『美形じゃのう』は時代劇ではよく聞く言葉だが、普通に言われると気恥ずかしい。
 みなもは今も殿様たちがいるであろうあたりを見つめた。
「白水さん、あのお侍さんたち、まだいます?」
「満足はしてるけど、消えちゃいねえなあ」 
「除霊とかせずに、このまま置いといてあげちゃ、ダメですか?」
 悪い霊たちではないのだ。ちょっとばかり好奇心旺盛だというだけで。そう思えば、除霊だの封印だのしてしまうのはしのびない。
 白水は一瞬眉根を寄せたが、すぐに笑いだした。
「どうしたんです?」
「よっぽど嬉しかったんだろうなあ、あいつら、胴上げはじめやがった。あんな面白おかしい連中、消せとか言えねえわ、オレ」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1252/海原・みなも (うなばら・みなも)/女/13/女学生】
【NPC/桐生・白水(きりゅう・はくすい)/男/26/俳優】

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■         ライター通信          ■
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 たびたびの発注ありがとうございます、法印堂です。
 今回もギリギリまでお時間頂きまして、申し訳ございません。

 みなもPC様の役は狐の化身――人外でもあること折角なので、通常の殺陣ではなく、飛んで(笑)いただきましたが、いかがだったでしょうか。

 余談ですが、国友一族関連は虚実織り交ざっておりまして、実在&土星を観測したあたりは史実ですが、旗本の分家がいただの土星家紋だのは完全な創作ですので、念のため。

 また、ファンメールありがとうございます。
 お返事の前にまず発注頂いている作品を……と思ううちに返信できないままとなっておりましたが、ご意見・ご感想ともにとても参考になり、かつ楽しませていただいております。
 前回・前々回発注頂きましたのがシチュノベでライター通信が無い形でしたので、小説外メッセージをお伝えするのはかなり久しぶりになりますが、楽しんで頂けていたようで、当方も嬉しく思っております。
 今回も楽しんで頂けたらよいのですが。

 また、諸事情から現在窓開け制限中ですが、折を見てまた開けてゆきますので、今後ともどうぞよろしくお願い致します。

 気に入って頂けますよう祈りつつ 法印堂沙亜羅