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<東京怪談・PCゲームノベル>


 追想と理解

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 ふっと目を開けて、闇を見上げ、溜息を落とす。
 またか。いつの間に眠ってしまったんだろう。
 どのくらい眠っていたんだろう。
 近頃、知らぬ間に眠りへ落ちることが多くなった。
 疲れているわけでもないのに、やたらと身体が重くてダルい。
 自覚していないだけで、実は体調不良なのかもしれない。
 寝すぎだとか、もはや、そんなレベルじゃない気がする。
 何となく気が引けるけれど……相談してみたほうが良いかもしれない。
 相談するなら、やはりヒヨリだろうか。
 ソファから起き上がり、俯いて額を押さえながら、そんなことを考えていると。
(……?)
 妙な音が聞こえた。風の音のような音。
 クロノクロイツは静寂の空間。物音が響くなんてこと、滅多にない。
 どこから聞こえてくるのか。辺りを見回してみる。
 やがて、その音が上空から聞こえてきていることに気付く。
(……? ……!)
 見上げて、思わず硬直してしまった。
 どうしてだ。どうして、こんなところに?
 蛇のように蠢く渦。時の歪み。
 闇の中、自分の頭上に浮かぶ歪み。
 その歪みの中、映る場景が、余計に自分を戸惑わせた。

 唐突すぎる、追想と理解。

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「おはよう、クレタ。気分は、どうだい?」
「おはよう……ございます。特に……不調は、ない……です」
 ゆっくりと身体を起こし、目を見ながら挨拶と体調を伝える。
 目を見て話すのは、交わされた約束の一つ。
 多くを求めはしなかった。いつだって、僕のことを一番に考えてくれて。
 嫌なこと、やりたくないことは、無理にする必要はないからと、そう言って、僕の気持ちを尊重してくれた。
 白い白衣を纏った、一人の研究員。深い森の中、研究施設。
 僕の、かつての家。帰る場所。帰らねばならなかった場所。
 ただいまを言ったことはなかった。外に出たことがなかったから。
 交わす挨拶は、おはようございますと、おやすみなさい、宜しく御願いします。それだけ。
 自分の気持ちを露わにすることは許されなかった。
 こうしたい、ああしたい、あれは嫌だ、これは嫌だ。そういう感情を露わにすることが出来なかった。
 不思議なもので、駄目だと教え込まれると、それが正しいことだと思ってしまう。
 感情を失くすことは、正しいことなのだと僕は思った。
 感情を抱くことは、あってはならないことなのだと僕は悟った。
 それなのに、その研究員は、僕を説いた。
 気持ちを外に出すことは、間違いじゃない、正しいことだと説いた。
 他の研究員は、決してそんなことを口にしない。
 影で彼等が、僕のことを『道具』だと言っていることも知っていた。
 だから、僕は忘れたんだ。感情そのものを忘れた。自分の意思で。
 ここにいる限り、ここで暮らす限り、ここに生まれた限り、僕は道具。
 それ以上にも、それ以下にも成り得ない存在なんだから。
 そう思っていたのに。その研究員は、僕を惑わせたんだ。
「これは……。花、かい?」
 部屋の片隅で絵を描いていた僕に歩み寄り、研究員は言った。
 研究員が手に持っている紙に描かれているのは、そう、花だった。
 けれど、見たことがない。僕は、花なんてものを見たことがない。
 ただ漠然と、綺麗なものとして、頭の中に記憶されていた。
 あの日、僕が描いた花は、まるで太陽のように丸く紅く、大きかった。
 見たことがないものをイメージだけで描いたのに、それを花だと認識してくれる。
 それが、とても嬉しくて。僕は無言のまま、スケッチブックを差し出した。
 暇さえあれば描いていた、絵。描いている間、僕は時間を忘れた。
 夢中で描いた絵。僕のすべて。大切なもの。そのどれもが、不可解なものに見えたはずだ。
 何を描いたのか、まるで検討もつかない。僕の絵は、そういうものばかりだった。
 他の研究員に、見られたこともあった。自分から見せたわけじゃない。
 彼等は言った。これも優秀な証か、と。悔しくなった。
 自分の宝物を勝手に見られて、それを『証』と呼ばれたことが。
 もう二度と見られないように。僕は、それ以降、隠れて絵を描くようになった。
 ソファの裏に隠れて、こっそりと幸せを感じる。
 スケッチブックは、枕の下に隠していた。誰にも見られぬように。嫌な思いをしないように。
 けれど、その研究員は、僕が描いた絵を褒めたんだ。
 ひとつひとつ、じっくりと眺めながら。
 しかも、描かれているものが何なのか、僕が何を描いたのかさえも言い当てた。
 嬉しかったんだ。わかってくれたことが。僕が描いた絵を『証』と呼ばないことが。
 いつしか、その研究員は、いつも僕の傍にいるようになった。
 それまで僕の傍にいた、僕の担当だった研究員は他所のフロアへ行った。
 それも嬉しかったことの一つ。前の研究員の目が、僕は嫌いだった。
 冷たい、氷のような目。その目に見下ろされる度、全身が凍りつくようだった。
 彼とは違った。その研究員の目は優しくて。その眼差しは柔らかくて。
 自分のことを理解ってくれる人が、いつも傍にいる。
 僕は、安心を覚えて。同時に、笑ったり怒ったり、感情を少しずつ外に出すようになった。
 前の研究員は、許してくれなかったことだ。
 笑えば叩かれたし、不満を露わにすれば罵倒された。
 けれど、その研究員は、一緒に笑ってくれたんだ。一緒に悩んでくれたんだ。
 そんな彼に対して、信頼の感情を覚えるななんて無理な話で。
 僕は、彼にすべてを話した。隠し事なんて、ひとつもしなかった。
 思ったことを口にすれば、それに、真剣に耳を傾けてくれた。
 何ひとつ、ないがしろにせず。正面から向き合ってくれたんだ。
 幸せだなんて、そんなことさえ思うようになった、そんな、ある日。
 僕は、小さな声で呟いた。
「僕は……。あなたと、ずっと一緒に、いられるかな……」
 何を言ってるんだろうって、すぐ我に返って慌てた。自然と漏れた言葉だったんだ。
 いつの間にか、声にして外に放っていた想いだったんだ。
 その瞬間は、さすがに焦ったし、驚いた。自分の言ったことに自分で驚いたんだ。
「な、何でもない……。変なこと言って、ごめんなさい……」
 僕は、すぐさま謝った。出来うることなら、聞かなかったことにしてくれと言いたかったけれど。
 口にした想いは、偽りのない、本心だったんだ。
 だから僕は、おそるおそる、彼の目を見た。
 どんな顔をしているだろう。もしも、迷惑そうな顔をしていたら、どうすればいいだろう。
 不安に思いながらも見やったのは、少しばかりの期待があったから。
 彼なら、嫌な顔なんてしないんじゃないか。笑ってくれるんじゃないか。そう思ったんだ。
 見上げた先、交わる視線。彼は、微笑んでいた。優しく柔らかく、笑んでいた。
 その笑顔を確認した瞬間、僕はホッとして。嬉しくて。もう一度、尋ねようとした。
 あなたと、ずっと一緒にいられるだろうか、と。
 けれど。
「……!! いっ……」
 左腕から全身へ、激しい痛みが体中を巡った。
 何事かと見やれば、その研究員が、僕の腕を掴んでいたんだ。
 千切れそうなくらい、強い力で、細い僕の腕を掴んでいたんだ。
「痛い……。痛い、よ……。ねぇ……」
 痛みに顔を歪めながら、僕は彼を見上げて眼差しに疑問を込めた。
 どうしたの。どうして、こんなことするの。痛い、痛いから、離してよ。
 もしも、僕がさっき言ったことを不愉快に思っているのなら、謝るから。
 どうして痛い思いをしているのかを理解できなかったんだ。だから僕は、目で訴え続けた。
 訴え続ける最中、僕の目に映ったもの。
 緑色の液体が込められた注射器を、彼は手にしていた。
 どうしてかは理解らないけれど、怖かったんだ。
 それが、どういうものなのか、あの日の僕は知らなかったけれど。
 とても怖いもの。恐ろしいもの。僕の目に、その針は、恐怖を刻んだんだ。
「何するの……。やめて、やめてよ……」
 怯える僕は、ジタバタと暴れて逃げようとした。
 けれど彼は、僕を押さえつけて、その針を僕の身体に差し込んだ。
 耳の下へ差し込まれる針。激しい痛みが、頭をグラグラと揺らした。
「いっ……。痛い……! 痛い! 痛いよ……! 痛い! やめて! やめてよ!」
 波打つように襲い来る痛みに、のた打ち回る僕を、彼は全力で押さえつけた。
 暴れる僕の頬を、彼は何度も叩いた。痛みが、麻痺するくらい。
 もがく僕を押さえ、叩きながら、彼は言ったんだ。
「うるせぇ! おとなしくしろ! やっと……やっと完成したんだ! 全ては……全ては、この日の為! はははっ!」
 忘れない。あの日の彼が発した言葉。狂気に狩られた、あの顔。
 痛いと訴え続ける僕を見て、何とも嬉しそうにゲラゲラ笑っていた、あの顔。
 あぁ、そうか。あなたも、僕を愛してはくれなかったんだ。
 あなたが愛していたのも、僕じゃなくて、僕の身体だったんだ。
 どうしてかな。理解りきっていたことなのに。どうして、信じてしまったのかな。
 どうして、あなたに、僕は心を許してしまったりしたんだろう。
 虚ろになっていく意識の中、僕は悔いた。
 暗くなっていく世界、鈍くなっていく痛み。
 僕に馬乗りになって、ゲラゲラと笑う研究員。
 部屋の入り口にもう一人……誰かがいて、こちらを見ていた……ような、気が……した……。

 打ち込まれた薬は、特殊能力を宿させるものだった。
 副作用で潰れる喉。そうだ、僕の喉は、まだ……潰れたまま。
 あんなに大声で叫んだのは、あの日だけ。もう、僕は叫ぶことが出来ない。
 欺瞞に満ちた彼の笑みと引換えに、僕は手に入れた。光の雨。光を操る、そのチカラを。
「……っぐ。げぇっ」
 自身の頭上に、突如発生した歪み、その中に映し出された過去、場景。
 トラウマ以外の何物でもないその光景を、第三者の立場で見てしまう。見せられてしまう。
 苦しみにもがく過去の自分を目の当たりにして、鮮烈に甦る、痛みと記憶。
 脳みそを直接掴まれて、前後左右に揺らされているかのような感覚に、クレタは嘔吐を繰り返した。
 とめどなく襲い来る痛み、不快感、頭痛。その波が一旦引いた瞬間、クレタは息を切らしながら口元を拭った。
 治まったわけじゃない。またすぐに、痛みは襲い掛かってくることだろう。
 どうすればいい。どうすれば。口を押さえて固く目を閉じるクレタ。
 そこへ、聞き慣れた声が振ってくる。
「クレタくん、いる? 仕事なんだけど……出れる?」
 オネだ。オネの声だ。クレタは慌てて手元にあった黒いクッションで、吐き散らしたものを隠す。
 涙でグチャグチャになった顔。吐き散らしたもの、吐き散らした原因。
 そのどれもが、見られたくないものだった。仲間には、絶対に見られたくないもの。
 見せてはいけないもの。心配をかけるわけにはいかないから。隠し通さねばならない。
 クレタは掠れた声で、自室空間の上にいるであろうオネへ声を飛ばした。
「少し……部屋の整理をしてから行くよ。すぐ、行くから……。先に行ってて……」
 クレタの発した言葉に、オネは「わかった」と言って、先に現場へと向かっていく。
 自分の問題なんだ。僕の過去。僕にしか理解らない痛み。
 その痛みを、誰かにぶつけたところで何になる? 困らせてしまうだけ。
 可哀相だなんて、そんなこと思われたくないんだ。皆と同じ、皆と同じ速度で歩いて行きたい。
 そう思うのなら、自分だけで解決しなくちゃ。誰にも頼れない。
 皆とは、笑って過ごしたいから。いつだって、笑って楽しく過ごしたいから。


 *


「クレタくん……そろそろ、限界かもしれないよ」
 ポツリと呟いたオネ。ソファに凭れて上を向き目を伏せていたヒヨリは、少しだけ目を開けて呟いた。
「あいつの執着心は、どうにもなんねぇな……」
「彼が直接クレタくんに接触してしまったら、もう偽ることは出来ないわ」
 読んでいた本をパタリと閉じて言ったナナセ。
 静寂の中、懐から銀色の懐中時計を取り出し、それを見つめながらオネは更に呟いた。
「記憶が鮮明に残っている分、僕よりずっと苦しいだろうね……」
 寂しそうに呟いたオネの頭をワシワシと撫で、ヒヨリは溜息を落とす。
 クレタも、全てを知ってしまうのか。
 その日が、もうすぐそこまで来ているのか。
 知らぬままにしておくことは出来ないのか。させてくれないのか。
 俺達に出来ることは、待つこと。ただ、見守ることしか出来ないのか。
 あぁ、俺達は……何て無力なんだろう。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / オネ / ♂ / 13歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / ナナセ / ♀ / 17歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『追想と理解』への御参加、ありがとうございます。
 歪み・追想はJが仕掛けたもののようです。
 オネの発言・オネに対するヒヨリの態度が少し妙です。
 もしかすると、オネも……。伏せます(笑)
 もう少しで全てが明らかになりますが。
 些か、引っ張りすぎかもですね…うぅ、ごめんなさい。orz
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.11.15 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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