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<東京怪談・PCゲームノベル>


 最初で最後のワガママ

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 驚いて目を丸くするかな? それとも、笑うかな?
 間違いなく 「珍しいね」 とは言われるだろうなぁ……。
 共に笑い、共に悩み、時を共有することに覚えた喜び。
 この空間に踏み入って、時守として生きるようになって。
 どれほどの時間が経過したのか。それを確かめる術はないけれど。
 共に過ごした時の中、一度たりとて口にしてこなかった想い。
 言えなかったんじゃなくて、言わなかったんだ。
 迷惑をかけてしまうんじゃないかって。そう思ったから、言わずにいた。
 ポロリと漏れそうになったら慌てて胸に閉じ込めて。吐き出さなかった想い。
 くだらないことかもしれない。大笑いされるかもしれない。
 でも、もう閉じ込めておくのは嫌だよ。
 仲間だと、かけがえのない仲間だと、そう思うからこそ。
 聞いて欲しいんだ。叶えてくれだなんて、そんなこと言わないから。
 ただ、聞いてくれるだけでいいんだ。 

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「ナナセ……。ちょっと、いいかな……」
 背後からボソリと声を掛けたクレタ。いつものことなのだが、ビックリしてしまう。
 少々ビクリと肩を揺らした後、ナナセはゆっくりと振り返って微笑みを向けた。
 声を掛けてきた人物が誰なのかは、わかっているから。
「うん。どうしたの? クレタくん」
 バチリと交わる視線。クレタは、思わず目を逸らした。
 目を泳がせ、胸元で手遊びをしながらクレタはボソボソと呟いた。
「あの……。あのね……僕、ナナセと一緒に……香水、作ってみたいんだ……」
 聞き取りにくいけれど、それは確かな 『御願い』だった。
 クレタが、あれをしたい、これをしたいと、自分の要望を口にするのは珍しいことだ。
 いや、寧ろ、今日が初めてのことだ。それ故に、ナナセは呆けてしまう。
 香水。うん、そうね、私は、香水を作るのが好きよ。
 何度か、クレタくんにも御話したことあるものね。
 そういえば……随分と、真剣に聞いていたわね。
 色々と質問もしてきたし。クレタくん、興味あったのね、ずっと。そっか……。
 ナナセはニコリと微笑み、クレタの手を引いて、自室へと案内する。
「ちょっと時間かかるけど、ゆっくり、一緒に作っていきましょう」
「う、うん。ありがとう……」
 断られるんじゃないかと不安だった。面倒だと言われるんじゃないかと不安だった。
 そういうつもりで話したわけじゃないんだけどって言われるんじゃないかって不安だった。
 マイナス思考とは少し違うんだ。トラウマみたいな感じなんだよ。
 信じていた人に、心を許した人に裏切られたことが何度もあるから怖くなってしまうんだ。
 こうして、ナナセに声を掛ける前にね、ヒヨリとオネに相談したんだ。
 そうしたら、何て言ったと思う? くだらないことで悩むなって、笑ったんだ二人とも。
 嫌がるはずがないだろうって、笑いながら、そう言ったんだよ。
 もしも断られたら、自分達に言えって、ナナセを叱ってやるからって、そんなことも言ったんだ。
 二人の笑顔を見て、僕は……何だか情けなくて、申し訳ない気持ちになった。
 皆は、ありのままの僕を受け入れてくれてるのに。そんなこと、わかりきっているのに。
 それでも、怖いって思ってしまう。そんな自分が、ちょっと嫌になったんだ。
 ナナセ。僕のワガママ……御願い、聞いてくれて、ありがとう……。
 僕、すごく嬉しいよ。ありがとう……。

 ナナセの自室空間は、クレタの自室空間に雰囲気が似ている。
 ベッドとソファがあり、他には黒い棚が一つだけ。とても殺風景な空間。
 黒い棚には、色とりどりの小瓶が並んでいる。小瓶の中身は、全て香水だ。
 空間は不思議な甘い香りで満たされている。ソファに腰を下ろして、クレタは尋ねた。
「これも……この部屋の香りも……香水?」
「あ、それはね、これよ。アロマキャンドル」
「あ……へぇ。これ……アロマキャンドルっていうんだ……」
「ここにね、エッセンスを入れて。こうやって、下から火で炙るのよ」
「へぇ……そう、なんだ……」
 ユラユラと揺れる炎を見つめながら言ったクレタ。
 ナナセは、棚から道具箱を取り出して、それをテーブルの上に置いた。
「クレタくんは、どんな香りが好き?」
「僕……。僕は……」
 イメージするのは、何となく頭に、ボンヤリと浮かぶのは……寒い冬の月夜。
 すっきりとしていて……凛とした香り。背筋が、すっと伸びるような……。
 ナナセの作る香水は、そういう香りが多いんだ。どれも好きだよ、僕……。
 一瞬、別の世界がブワッて広がるような……とても不思議な感覚を覚えるんだ。
 クレタの意見を聞きながら、ナナセは道具を一つ一つ箱から出してテーブルに並べる。
 何だか、科学の実験のような……そんな光景だった。
 遠慮がちに道具に触れ、手にとって確認しながらナナセの作業を見やっているクレタ。
 ナナセは微笑みながら、宝石箱のようなものと、小さな鍵をクレタに渡した。
 鍵を使って開けてみてと言うナナセに従い、クレタは鍵穴に鍵を差し込んだ。
 カチャリと音が響き、蓋が僅かに持ち上がった。ゆっくりと蓋を引き上げると、そこには。
「わ……。すごい……」
 色とりどりの葉や実が、所狭しと敷き詰められていた。
 それらは、黒い板ガラスのようなもので仕切られていて、一ヶ所一ヶ所に待ち針のようなものが刺さっている。
 待ち針をよく見ると、そこには日付と……よくわからない英数字が書かれていることがわかる。
 宝石のように綺麗な葉や実を一つ一つ手に取り、鼻元に寄せてみる。
 どれ一つとて、同じ香りは存在しなかった。そうか、これが香水の元なんだ……。
 何となく把握した様子のクレタに、ナナセは説明した。
 良い香りを放つ葉や実を、材料として使うの。
 仕事で外の世界へ行ったときなんかに、持ち帰って来るのよ。
 勿論、出かける前には入念に調べておくわ。その世界に、どんな素敵な香りがあるかを。
 この葉や実を擦ったり、潰したりするの。でも、それだけじゃあ香水は出来ないわ。
 そこで必要になるのが、この魔法の水よ。
 道具箱からガラスの小瓶を取り出して見せるナナセ。
 小瓶の中には、とても澄んだ綺麗な水が入っていた。
「魔法の水……」
 ビンを揺らし、揺れる水面を見つめて神妙な面持ちを浮かべるクレタ。
 宝石箱の中から、好きな香りを二つか三つ選んでくれる? と指示したナナセ。
 クレタは、首を傾げつつ、いくつもの香りを確認し、お気に入りの香りを見つけていく。
 様々な香りを次々と嗅げば、鼻はパニック状態。ちんぷんかんぷんになってしまう。
 嗅覚が混乱しだし、どうすれば良いのか理解らなくなっているクレタに、
 ナナセはクスクス笑いながら、珈琲豆が入っている小さな麻袋を渡した。
 珈琲豆の香りを嗅ぐと、混乱した嗅覚が元通りになるのだという。
 宝石箱から葉や実を取り出し、香りを確かめて。合間に珈琲豆の香りを挟んで。
 そうして何度も同じ作業を繰り返しながら、クレタは好みの香りを二つ選んだ。
 どちらも色は青。一つは葉で、ほんのりとミントのような香りがする。
 もう一つは実で、こちらは爽やかなシトラスの香り。
 クレタが選らんだ二つの香りを確認したナナセは、うんと頷いて微笑む。
「いいと思うわ。クレタくんらしいチョイスね」
「そう……かな」
「でも、このミントは少し邪魔になっちゃうかもしれないわね」
「そうかな……。あんまりキツくないと思うんだけど……」
「ちょっとだけ、バニラを足してみましょうか」
「バニラ……。甘い……?」
「ううん。ほんの少しだけよ。はい、じゃあ、これを磨り潰してね」
「うん……」
 ミントの葉とシトラスの実、ほんの少しだけバニラの葉を刻んで加えて。
 小さなすり鉢のようなものに、それらを入れて、黒い石で磨り潰していく。
 ガリガリ、ゴリゴリ。空間に響く、三つの香りが混ざり合っていく音。
 実がプチンと潰れて弾ける度、クレタの鼻をシトラスの香りがくすぐった。
 ナナセが隣で見ている中、頼りない手つきで作業を進めていくクレタ。
 漂う香り、潰れ混ざる音、自分とナナセの呼吸の音。
 まるで、自分たちの周りだけ、時間が止まっているかのような不思議な感覚。
 ガリガリ……ゴリゴリ……。ガリガリ……ゴリゴリ……。
 ゆったりと、のんびりと……。あぁ、好きだな……僕、こういう時間、好きだな……。
 柔らかな表情を浮かべるクレタにクスリと笑い、ナナセは魔法の水を注ぐ。
 不思議なことに、水が注入された瞬間、そこにあったはずの葉や実が、忽然と姿を消した。
 まるで手品、いや、まさに魔法のように消えた。クレタは驚き、凄いねと感心する。
 本当に魔法の水だったんだと驚くクレタに、ナナセは笑って言った。
 ううん。この水は、魔法の水なんかじゃないの。普通の何の変哲もない水よ。
 じゃあ、どうして葉や実が消えたのかなって思うわよね。
 クレタくん。不思議なものでね、おまじないとか、ああいうのって馬鹿に出来ないのよ。
 素敵な香水が出来ますようにって、そう願いながら、あなたは作業していたでしょう?
 その想いを、この水が酌んだの。何でもない普通の水を、あなたが魔法の水に変えたのよ。
「僕が……」
「そうよ。人の想うチカラって凄いんだから」
 クスクス笑いながら、完成した香水を小瓶に移して、クレタに差し出すナナセ。
 どんな願いも、心から強く想えば叶ってしまうの。叶える事ができるのよ。
 想いのチカラ。それを実感できるから、私は香水作りに夢中になるの。
 誰かにプレゼントする香水を作るときなんて、すごく楽しいのよ。
 相手のことを考えて、その人への気持ちを確認しながら作るの。
 そうして出来上がった香水は、その人だけの香りを生むのよ。
 その時折、相手への感情は異なるから、同じものは二度と作れないの。
 だからね、今日こうしてクレタくんが作った、この香水も、世界に一つしか存在しないものなの。
 同じものを作ることは出来ない。今日、今と同じ気持ちになることは二度とないから。
 大切にしてね。一緒に作ったその香りを、ずっと大切にしてね。忘れないでね。
 ナナセの言葉にコクリと頷き、クレタは早速、出来上がった香水を耳元につけてみた。
 スッと浸透し、違和感なく身体全体を包み込む、不思議な香り。
 鼻をくすぐる香りに目を閉じれば、白い吐息に滲む冬の月が瞼の裏に浮かんだ。
 心落ち着く、凛とした香り。クレタは、ゆっくりと目を開き、淡く微笑んだ。
「ありがとう……。ナナセ……」
「気に入ったかしら?」
「うん……。すごく……。あの、さ、ナナセ……」
「何?」
「ワガママきいてくれた御礼がしたいんだ……」
「え? いいわよ、そんなの」
 ううん。そういうわけにはいかないよ……。ちゃんと、御礼がしたいんだ。
 ありがとうの気持ちを込めて、ちゃんと、御礼がしたいんだ。
 でも、僕はナナセのように何か特別な特技があるわけじゃないから……。
 ナナセのワガママも、聞かせて。僕に出来ることなら、何でもするから……。
 クレタの言葉に、ナナセは暫し沈黙し、ジッとクレタの目を見つめた。
 あんまり難しいワガママを言われたらどうしようかと、少々戸惑い気味のクレタ。
 ナナセはクレタの頬にそっと触れ、それじゃあ、お言葉に甘えて、とワガママを口にした。
「ヒヨリとばかり遊ばないで。私とも、たくさん御話して欲しいな」
「…………」
「こんなワガママ、駄目かしら」
「……。駄目じゃ、ないよ。ちょっと……びっくりしたんだ……」
「どうして?」
 そんな風に想っていたなんて、考えもしなかったから。
 ナナセが、そんなことを考えていたなんて、思いもしなかったから。
 いつでも平然としていて、落ち着いていて、ナナセは、すごく大人だなって思ってた。
 僕より一つ年上なだけなのに、どうしてそんなに落ち着いた雰囲気を出せるんだろうって思ってた。
 けれど、そんな風に思っていたんだね。そういうの……何ていうんだっけ……。えぇと……えぇと……。
 えぇと……とにかく……。駄目だなんて、嫌だなんて、そんなこと、これっぽっちも思わないよ。すごく、嬉しいよ。
 ナナセのワガママに応じ、コクリと頷いたクレタ。
 するとナナセは、クレタの手を引き、立ち上がらせて言った。
「じゃあ早速、デートしましょうか」
「デート……。どこ、行くの……」
「ヒヨリの部屋よ」
「え……?」
「いつものお返し。見せ付けてやるの」
 嬉しそうに笑い、歩いて行くナナセ。手を引かれて、ついて行くクレタは少々戸惑っている様子。
 二人で一緒に作った、冬月の香り。この香りを鼻にしたら、ヒヨリは、どんな顔するかな……?

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 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / ナナセ / ♀ / 17歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『最初で最後のワガママ』への御参加、ありがとうございます。
 そういうの……何ていうんだっけ、の答えは『やきもち』です。
 どうやら考えても答えが見つからなかったようで、
 クレタくんは途中で放棄し、えぇと、とにかく…で纏めてしまった、と^^
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.11.16 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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