コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


【D・A・N 〜Second〜】



 真昼の、活気溢れる街中で。
 その人は異彩を放っていると同時に、誰の目にも留まらないような、存在の希薄さを持っていた。
 その姿を目に留めてほぼ無意識に立ち止まった深沢美香は、心中でその名を呟く。
(明哉、さん……?)
 それは一度会っただけの、けれど印象深い二人組の片割れだった。
 手に持った布に包まれているらしい何かを見つめていた明哉は、不意に美香の立つほうへ顔を向ける。
「……っ!」
 驚くような鋭さを持った視線で射抜かれた美香は息を呑んだが、視線の主はすぐに毒気を抜かれたように表情を変えた。
「アンタ、確かこないだの――深沢美香さん、だっけ?」
「はい。こんにちは、明哉さん」
「コンニチハ。まっさかまた会うとは思ってなかったよ。なんていうかすごい巡り合わせだよね?」
 笑顔を浮かべる明哉。けれど先日の別れ際と同じような威圧を感じる気がする。……理由はわからないが、どうやら彼にとって自分がここにいるのは喜ばしくないらしい。
 この場から立ち去ったほうがよいのだろうとは思うのだが、せっかくこうして偶然会うことが出来たのにすぐに別れるというのも味気ない気がする。しかし彼に固執する理由はないのだから、不快にさせないためにも早めに去ったほうがいいだろう。そう考えた刹那、明哉の手の中のモノから禍々しい光が放たれ――美香の世界は暗転した。

◇ ◆ ◇

「……ありゃりゃ」
 今しがた目の前で起こった事柄を正確に理解して、明哉は自分がどう行動するべきかを決めかねた。
 自分達が探し求め、そして手に入れた『ヒトの心を喰らう』と言われていた呪具。その標的に、予想外の人物がなってしまった、ただそれだけのことなのだが。
(どーしよっかなぁ……)
 呪具を包んでいた布を取り払い考える。掌大の鏡の表面に、ありとあらゆる色を無秩序に混ぜ合わせたかのような混沌がゆっくりと渦巻いていた。
 意識を集中し、呪具の情報を『読む』。しかしその中には、呪具に捕らわれた者を解放する術はなかった。
「どうしよっかなー」
 今度は声に出して呟く。すぐさま声なき声――よく知った声が頭に響いた。
『何を悩んでいる』
「いや、どうしようかなーって。呪具壊すのヤだし」
『そんなことを言っている場合か』
「だってさー。いちおーこれ手に入れるの苦労したんだよ? なのにあのヒト解放するのに取れる手段が『壊す』以外ないとかさー」
 呆れた様な溜息。そして冷たく、突き放すような声音が響く。
『俺達の事情で、誰かを犠牲にするのは許さない』
「……ハイハイ、わかったわかりましたー」
 視線を一度呪具に落とし、呪を小さく呟く。
 そうして、足元に浮かんだ陣に、呪具を落とした。

◇ ◆ ◇

 お茶にお華に舞踊にピアノ。その他にも種々様々な習い事。
 親の教育方針で、美香は幼い頃からそれらをやっていた。
 苦手なものはなかった。どれも学んだ分だけ上達した。
 様々な人が、様々な言葉で美香を称賛した。
 けれど。
 自分はすごくなんてない、と美香は思う。これくらい出来る人なんて、自分の他にも大勢いる。
 『多才』と言えば聞こえはいい。けれどそれで身を立てるところまで行き着くことの出来ない自分が、『一流』には決してなれない自分が、美香は嫌だった。
 中途半端に才があるからこそ、そこに手が届くのではないかと思ったからこそ。
 一流になれなかったことが、こうしてわだかまっている。
 家を勘当された今、――美香は自分の容姿だけで生きているも同然なのだから。

 暗い、暗い思いに心が侵食されそうになった瞬間。


―――……かっしゃぁあん。


 何かが割れる、音がした。
 光と色彩。そして雑多な音。
 それらが自分の周りから失われていたのだということに、そのときやっと美香は気付いた。
 どこかぼんやりとした頭で状況を把握しようとするものの、暗く沈んだ心がそれを阻む。
「あーあー、なるほどこういう意味で『喰われ』るんだ? 『喰われ』かけただけでもこうなるワケかぁ。――って、このフォローもオレがしなきゃいけないワケ? オレの落ち度なの? ……わーかってるって。言ってみただけ言ってみただけ。黎ちゃんってホント冗談通じないよね」
 そんな言葉と共に、誰かの指が自分の額に触れるのを感じる。膜一枚隔てた向こう側のように、現実味はない。まるで夢の中のような感覚。
 けれど、その指が流れるように何かを綴ったと同時、その感覚は霧散した。
「え、……?」
 何が起こったのだろう。周囲の状況は何も変わらない。ただ、何かが『変わった』ということだけが分かる。
「完了ー……みたいだね。気分悪いとかない?」
「い、いえ。ないですけど……」
 何が何だかよく分からないままに言葉を返す。明哉と会ってから今までの記憶が、どこか遠い気がする。確実に何かがあったはずなのに、それに関して上手く思考を巡らせることが出来ない。
「それはよかったよかった」
 明哉が笑みを浮かべる。しかしそれに何か含みがあるように思えて、美香は戸惑う。明哉は何かを確認するように僅かに目を細め、それから頷いた。
「うん、大丈夫みたいだね。後遺症もないっぽいし」
 その言葉の意味を尋ねようと口を開きかけるが、その前に明哉が言葉を紡いだ。
「今日は――まぁ不可抗力だけど――巻き込んでゴメンね? もう影響はないと思うし、犬に噛まれたようなもんだと思って流してくれると嬉しいんだけど、まぁどうでもいいや」
 妙に軽い謝罪の後、明哉は再び笑顔を浮かべ、「じゃあね」と告げて、――姿を消した。
 口を挟む隙もなかったので、結局美香はどこかもやもやとした気持ちを抱えたまま、また雑踏に身を委ねることとなったのだった。





□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6855/深沢・美香(ふかざわ・みか)/女性/20歳/ソープ嬢】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 こんにちは、深沢様。ライターの遊月です。
 「D・A・N 〜Second〜」にご参加くださりありがとうございました。

 舞台は昼、呪具の標的は深沢様と言うことで、こんな感じでいいのかなーと思いながら執筆させていただきました。
 明哉は前回同様警戒しているっぽいというか、予防線はりまくりで相変わらず扱いづらそうな人です……。
 色々謎っぽいところもありますが、後々明かされたりすることと思われます。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。