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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Bad habit


 彼女たちの性格からすれば、そういう事態が起こったのももしかしたら必然だったのかもしれない。





 その事件が起こった切欠は数日前に遡る。
 シリューナ・リュクテイアという女性は、その職業上何かと顔が広い。というよりは広くなければやっていけない職業である、と言うべきか。
 古今東西あらゆる薬を扱うためには、自然と伝手が必要になる。そうなれば当然のように方々へ顔を知られることになり、結果気付かぬうちに顔見知りも増える。
 彼女がある日立ち寄った奇妙な店の店主もそういった経緯で知り合った仲だ。
 アンティークショップ・レンの名を持つその店は、やはり彼女の店と同じで何かと曰くつきのものが集まってくる。というよりは、店主が好んで集めてくるのだから仕方がないのだろうが。
 そんな有象無象の中でシリューナが見つけたのは小ぶりな像。掌に乗せられるほどのそれは、よく見れば見るほど意匠を凝らされたもの。しかしそんな貴重なものが、まるで捨てられるように無造作に置かれていた。
『…これは?』
 なんとなくそれを手に取りながら店主へと問う。言いながらも、大体の理由は察しがついていたが。
『ちょっとした曰くつきのもんでねぇ。買い手もないしどうしようかと思ってたところだよ。よかったらもってくかい? 処分するのも面倒だし』
 店主は元々儲けを考えない主義だ。彼女がそういうのも分かる話だった。
『これにはどんな呪いが?』
 曰くつき、の時点で予想は確信へと変わっている。シリューナがそう聞くと、
『何、持ち主が死んだとかそういうもんじゃないよ。ただ…』
 結局その答えに、何処か悪癖を持つシリューナはそれを持ち帰ることに決めたのだった。





 そんな曰くつきの代物が今その店の中にある。
 流石にそのまま置いておくわけにはいかず、さりとて今時間があるわけでもなく、シリューナは像を店にある倉庫の奥へとしまいこんでいた。
 自分はそのことをよく知っているし、進んで触ろうということはしなかった。しかし、それがある意味悲劇を呼んだと言える。

「えーと…これはこっちで…」
 小柄な少女が倉庫を整理するためにぱたぱたと走り回る。
 ファルス・ティレイラという少女は何時ものように店へやってきて、何時ものようにシリューナの手伝いを始めていた。何時でもお世話になっているシリューナに対して少しでも恩返しが出来れば、そう思ってのことである。
 そんな彼女は何時でも子犬のように可愛らしい。竜族のはずであるのに、放つ空気は何処か小動物系だ。
 今日はシリューナに倉庫を片付けるように言われ、そのまま倉庫の片づけを朝からやっている。この後に待っているシリューナのお礼を思うと力も自然と沸いてくるかのようだった。
 可愛い彼女ではあったが、竜族というものには悪癖が備わるものなのだろうか。困った癖があった。
「…あれ、これなんだろ?」
 彼女が見つけたものは、件の曰くつきである像だった。
「変わった意匠だけど…丁寧で綺麗かも」
 まじまじと眺めてみれば、それが何かの悪魔を象ったものであるのは確かだった。恐らくはガーゴイルか何かだろうか。
「何でこんなものがあるんだろう…?」
 数日前、やはり倉庫を整理したときにはなかったはずだ。またシリューナが何処からか手に入れてきたのだろうか。
 そう考えると、この像には何かあると見るのが普通だろう。だから彼女は像を掌に乗せ、
「呪いでもかかってるのかな…」
 あれこれと試し始めた。

 彼女は古くから伝わる諺を知っているだろうか。
 16世紀頃から“Care kills a cat”と伝えられてきたそれは、20世紀頃に“Curiosity killed the cat”へと変化した。
 要するに【好奇心は猫を殺す】と言う言葉を。

 一体この像に何があるのか。それは試してみるまでは分からない。
 となれば、ティレイラの好奇心に火がつくのも無理はない。というより、つかないほうがおかしいのだ。
「像さん像さん、秘密は一体なんですかー?」
 謎の歌を口ずさみつつ、まずは像を触ってみる。それは金属製であるはずなのに、不思議と生暖かく何処か生物を連想させる。
 『堅い』のに『柔らかい』という矛盾。それがティレイラの好奇心を益々擽った。
「…ん?」
 その内にティレイラが何かを見つけた。水晶で作られた瞳。その中に何かが映っていたのだ。
「これ…ルーン文字? えぇっと…【見る事なかれ、其は汝が見られる時】…どういう…」
 そう読み上げた瞬間だった。小さく、ティレイラの鼓動が高鳴った。
「あ、れ…?」
 小さかった鼓動の高鳴りは、次の瞬間には大きな…いや、まるで張り裂けんばかりの脈動へと変化していた。
 一瞬で血が全身で沸騰したような感覚。血管と言う血管が激しい収縮を繰り返し、ありとあらゆる皮膚が脈動する。
「……ぁ……」
 声が上がらない。動こうにも体が全く言うことを利かない。
 まずい、これはまずい。本能的に体が何かを拒絶している。
 原因は明らかだった。手に乗せていた像が小さく光り、そして脈動を繰り返している。まるで喜ぶかのように身を振るわせるそれが、自分に何かをしたのは最早疑いようもない。
「だめ…っ…」
 恐らくはそれが呪いだったのだろう。となれば先程読み上げたルーンがそのトリガーだったのか。
 しかし黙ってその呪いを享受するつもりなどティレイラには毛頭ない。
 元々竜族である彼女にはそういった類に対する優れた抵抗力が備わっている。しかし今はそれも意味を成していない。
 となれば、後は自身に宿る魔力を解放し、それに全力で抵抗しなければならない。

 が、それは叶わなかった。元々の呪いの強さに加え、不意にかかったことで体力を消耗しすぎたことが原因だろう。
 寸でのところで抑えられていた呪いの進行が一気に早まり、ティレイラの体を犯していく。
 最初の変化が現れたのは指先だった。爪が不自然に鋭く伸び、そこから皮膚が硬質化していく。
 指先から始まった変化は瞬く間に腕へ、そして胸へと広がっていく。硬質化した皮膚はまるで鱗のように張り裂け、それは背中に広がった途端また何か違うものを象り始めた。
「いやっ…痛い…」
 背中が大きく裂ける。血と肉がそこから溢れ出、少しずつ伸びては固まっていく。やがてそれは、蝙蝠のような翼を形作り、大きく羽ばたいてみせた。
 全身と言う全身が変化しつくし、変化していないのはその可愛らしい顔だけという状況になったとき、その変化は顔にまで表れ始めた。
 それだけは、それだけはと必死に願うが変化は止まってくれない。ありったけの魔力を解放してはみたものの、焼け石に水だった。
 顔面の左半分を、やはり鱗のようなものが覆い尽くしていく。そしてそれが残り半分を覆おうとしたとき、
「だめぇ…っ!」
 必死の願いが届いたのか、それとも魔力が進行を食い止めたのか。変化が終わりを告げた。とは言っても顔半分だけが元のままという、文字通り悪魔のような姿へと変貌していたことには変わりないが。



 漸く体の痛みが引き自由に動けるようになったティレイラは、近くに立てかけてあった鏡を見て絶句する。
 竜の姿とも程遠い、自分にとってはこの上なく醜い姿となったそれは、自分であるということを忘れさせた。
 呪いは止まったが、しかし元に戻る方法は全く分からない。と、そこで一つのことを思い出す。
(…お姉さま…)
 そう、シリューナのことを。
 彼女には困った悪癖があることをティレイラも重々承知している。もしこの姿が彼女に知れてしまったら、その後どうなるかなど想像に難くない。
「ど、どうしよ…」
「何が?」
 呟きは、すぐさま返ってきた声に途切れてしまった。
 声だけで分かる。そこに誰がいるかは。聞き間違えるはずもない。
 少しずつ少しずつ、恐る恐る振り返ると、彼女がそこにいた。
「綺麗じゃない」
 シリューナ・リュクテイアという、店主が。

「お、お姉さま一体何時から…」
 一番見られてはいけない人物に見られたという焦燥感と、一体何時何処から見ていたのかという疑問から、ティレイラは半ばパニックを起こしていた。
「何時から? 像を弄りだした頃から」
 答えるシリューナは変わらぬ笑顔だ。こういう表情を浮かべる彼女は危険だ、まずいとティレイラの本能が告げる。
 というか、
「なんで止めてくれなかったんですかー!」
「面白そうだったから?」
 彼女であれば呪いのことも分かっていただろうに、止めてくれればいいものを。とティレイラは非難がましい視線を向けようとして、何時もどおり平然と返した彼女にそういう人物だと改めて思い知らされてしまう。
 となれば、この後は?
 なんとなく、予想はつく。何時もは優しいシリューナの瞳に、妖しげで扇情的な色が混ざっていたから。
 こうなってしまうと、もうティレイラにはどうしようもない。その悪癖を、何時でも一番傍で一番体験してきたのは他ならない彼女自身なのだから。

「何時も可愛いけど、こういう姿も中々…」
「ん…」
 まるで蛇に睨まれた蛙の如く固まっていたティレイラの腕を、不意にシリューナの手が触れていく。ゴツゴツとしてはいたが、これはこれでまた別の美の形とも言えるのではないだろうか。
 何時もと違う皮膚で感じる手の感触は何故かはっきりとして、何時も以上に敏感にそれを感じ取ってしまう。半分だけのこった元の顔を赤く染めるティレイラが可愛くて、シリューナは触れるか触れないかの微妙な愛撫を続けていた。
 この造形のまま彼女をどうにかしてしまいたい。仄暗い感情がシリューナを支配する。
「――」
 ティレイラの耳元で何かを囁く。そうすれば最後、まるで何か諦めたかのような大きな瞳でシリューナを見つめてきた。
 仄かに頬が赤く染まったまま、また次なる変化がティレイラを襲った。
「っ……」
 今度は痛みを伴わないその変化は、彼女の爪先から始まった。
 再び彼女の体が硬質化していく。ただし今度は有機物的な硬質化ではなく、無機物的な硬質化だった。
 指の先から白く、石灰質のように変化していく。同時に自由が奪われ、指の関節一つすら動かせなくなっていく。
 それが少しずつ体中へと広がって、とうとうそれは首のところまでやってきた。
 流石にこうなると、ティレイラも視線にちょっとした抗議の色を隠さなくなっていた。もっとも、その視線もすぐさま固まってしまったのだが。

 そこに出来上がったのは、異形でありながら何処か美しさも秘めた一体の石像。それは普段元気に動き回るティレイラの可愛さとはまた別の、何処か危うい美しさを持っていた。
 満足気に微笑み、シリューナはその石の肌をゆっくりと愛撫していく。既にティレイラには感触もないだろうが、シリューナからすればその行為は至福そのものであった。
 シリューナは知っている。動き回るティレイラが見せる事のない、静止した彼女だけが持っている可愛らしさを。
 少し悲しげな瞳も、成長を止めた小ぶりな膨らみも、少女らしく、しかし女らしいラインを保ったその体も。全てが日常とは何処か違っていて愛しいものに感じられる。
 仄かな熱だけが残った石灰質の肌は彼女の指を大いに楽しませてくれる。普段なぞる事のないようなところまで愛しげに指を走らせれば、シリューナの吐息に少し熱いものが混じっていく。
 何故こんなにも美しいのだろうか、石となったティレイラは。シリューナはその感触に没頭していった。



 時計の針が頂点を指し、同時に低く重厚な鐘の音が店内に響く。気付けばかなりの時間を石となったティレイラと過ごしていたらしい。
 流石にそろそろ戻してあげないとティレイラも可哀相だろう。というか、多分拗ねる。
 当然と言えば当然だ。自分の趣味のために石とされてしまったのでは、幾ら自分を慕うティレイラでも文句の一つや二つ言いたくなるだろう。
「この姿はとてもいいのだけど…」
 しかし、と思う。やはり彼女は何時も元気であったほうが彼女らしい。それに、こういう姿は見ようと思えば何時でも見れるのだから。
 仕方がないとシリューナは店の奥へと向かう。彼女の好きなケーキがあったはずだ、と。
 言ってしまえばそれはご機嫌取りに違いないのだが、石の美を見せてくれた感謝の意味もある。謝れば素直な彼女のこと、きっと許してくれるだろう。
「偶には一緒のものもいいかな…」
 そういえば、以前ティレイラがシリューナと同じ紅茶を飲んでみたいと言っていたことを思い出す。シリューナの紅茶葉は特別でおいそれと手に入るものでもないのだが、今日はご褒美だからとそれを缶から取り出した。

 一通りのお茶の準備が済み、シリューナは石像の前へとまた戻っていく。きっとあと数分後には賑やかな声が戻ってくるだろう。多分、今まで自分がされていたことも忘れて。
 そんな期待を抱き、彼女は何時もの優しげな微笑を浮かべながらトレイを持つのだった。





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