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<東京怪談・PCゲームノベル>


時計台で悪魔とワルツを

 カチコチカチコチカチコチカチコチ……
 時計の、針、が。

 ◆

 都会の片隅の、うち捨てられた廃工場から笑い声と共に夜な夜な時計の動く音が聞こえてくるという。
 そんな噂をドロテアが見逃すはずも無く、彼女は早速研究員を行かせてみた。
 だが、結果はすべて失敗。
 研究員は一人残らず重傷とは行かないまでの怪我を負わされて帰ってきたのである。
 そして今、彼女は研究員たちの報告書を見ながら革張りの椅子をぎしりと揺らした。
「面白いのである。我輩も行ってみたい」
 ドロテアは紙の束をぽい、とオーク材の机の上に放り出す。
「まずは人材を調達せねばならんのである」
 ひとりではつまらない。だが連れて行っても壊れなさそうな研究員は軒並み倒れてしまった。
 さてどうするか。
 そう思いつつドロテアがピンクの長い髪を指でいじって悩んでいた時だった。
 じりりりり、と電話のベル。
「なんなのであるかこの忙しいときに」
 本当は忙しくもなんとも無いのだが、思考を中断されたドロテアはそんな風に呟く。
「はい。こちらヒュークリナス研究所……は?バイト?そんなものの募集は……」
 言いかけて、ドロテアは言葉を止めた。
 そう言えばそんな貼り紙を命じた気がする。あまりにも脆弱で逃げ腰な研究員に愛想をつかしかけた時に衝動で下した命令だったのだが。
「いや、切るな。どうやらこちらの勘違いだったようなのである。ぜひお願いしたい……」
 面白いことになりそうだ、とドロテアはほくそ笑んだ。
「期待しているのである、バイト」

 ◆

 そして現在、石神アリスはドロテア・ヒュークリナスと一緒に廃工場の入り口にいた。
「さて、参ろうか」
 ドロテアはピンク色の長い髪の毛をがしがし引っかきながらアリスに向き直る。
「貴公は我輩の援助は要らんのであるな」
 彼女が聞くと、アリスは笑顔で「はい」と頷いた。酷く整った顔立ちでのその笑顔は、美しいを通り越して何か壮絶なものを感じさせる。
 ドロテアは思うところがあったのか、ふぅむ、と首をひねってから、「よかろう」と呟いた。
「では行こうではないか?アリス」
「わかりました」
 そういって、ドロテアは廃工場の中へ入っていく。
 アリスもそれに続いて中に入った。
「埃っぽいところですね」
「廃棄されて久しいからな」
 そんなことを言いながら周りを見回す二人。
 時計が入っているのだろう、搬入用ダンボールが彼女らの周りには積んであり、奥のほうにはベルトコンベアが見え隠れしている。
「何もなさそうですね」
「そうであるな」
 だが、そういった途端、バタン!と音を立て扉が閉まった。
 そして二人の周りに積まれていたダンボールからカチカチカチカチと秒針が進む音が溢れ出す。
 ドロテアは舌打ちしながら一歩下がって身構え、アリスはいつでも魔眼が使えるように周囲に目を光らせる。
「罠、であるか?」
 ドロテアが低い声で囁くと、闇の中から声がした。
『罠、であるか?』
 二人揃ってそちらのほうに目を向ける。
「ぬう?」
「ドロテア、さんですね」
 そこには、ドロテアの姿をした『何か』が立っていた。
 何もかもがドロテアと同じだった。
 ただ、違うのは、目が赤い。それだけだ。
 そして、その『何か』は、ドロテアの声で『ぬう?』と首をかしげる。
「どうやらあの人はドロテアさんの真似をしていらっしゃるようですね」
「面白くはないのである」
 ドロテアが嘆息すると、間髪入れずに赤い目の『ドロテア』が『面白くはないのである』と言う。
「……なんだか無害そう」
「ああ」
 鸚鵡返しに言葉を投げ返してくる『ドロテア』はさして脅威には思えない。
 ドロテア自身も興味を失ったようで、帰りの算段をし始めていた。
 だが、そこでアリスははた、と気がつく。
 自分は何故バイトとして雇われたのだったか。
 ドロテアの所員が悉く倒れてしまったから、だったはずだ。
「ドロテアさんの所員は、重傷を負ったのですよね?」
 言われてドロテアも気がついたのか、目の前の『ドロテア』を見る。 
 瞬間、『ドロテア』の影が動いた。
 ――二人がその場から飛びのいたのは、殆ど直感であっただろう。
 飛びのいた彼女らが目を向けると、今までドロテアとアリスがいた空間を『ドロテア』が引き裂いたところだった。
 しかもそれは、ドロテアの能力、ミノタウロスシャドウによって生み出された黒い牛により、である。
 どうやら、ドロテアの姿を模しているのは単純な戦闘能力解析の結果彼女のほうが戦闘に向いていると判断したからのようだった。
「一筋縄ではいかなさそうですね?」
 首をすくめながら放たれたそのアリスの言葉に、ドロテアはふん、とつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「姿を真似る、というだけなら【ドッペルゲンガー】の可能性もあったが……攻撃してくるとなると、違うようだな」
「正体の解析はドロテアさんに任せます」
 それだけ言って、アリスは『ドロテア』の方へ駆け出した。
 正直なところ、アリスには『ドロテア』の正体なぞどうでもいい。
(ドロテアさん自身を石化させてしまうとメリットも大きいけれど、デメリットも大きいものね)
 最初の計画では襲われて隙を見せたドロテアを石像にする予定だったのだが、それでは研究所とパイプが繋げないなどのデメリットが出てくる。
 その点、この赤い目の『ドロテア』ならメリットだけだ。なんのリスクも負わずにすむ。
 飛び出してきたアリスに気付いたのか、『ドロテア』が顔を向けた。
 首をひねってアリスをその赤い双眸で見つめている。
 つまり、アリスと目が合っている。
 アリスはくすり、と笑い、そのまま魔眼を発動させた。
 金色の目が、怪しく光る。
「踊りなさい、わたくしの可愛いコレクション」
 催眠をかけられた『ドロテア』の顔が緩み、笑顔でミノタウロスシャドウを引き戻し始めた。
「あら、可愛いお顔ですね」
 アリスは易々と『ドロテア』との距離を詰めると、彼女の顎を掴み、自分の方を向かせる。
 『ドロテア』の深紅の瞳は、アリスを見ていない。
「夢の中で、わたくしたちを殺すことは出来たかしら?」
 そして、アリスは金色の魔眼を発動させた。

 ◆

「石像になってしまったらもうどうにもならん。貴公にやるのである」
「どうもすみません」
 笑顔のまま石になってしまった『ドロテア』を、アリスは大事そうに抱える。
「かまわんのである」
「ところで、正体は分かったんですか?」
 首をかしげるアリスに、ドロテアはひとつ頷いて一枚の羊皮紙を差し出した。
「契約悪魔である。誰が持ち込んだのかは知らんが、これが落ちていた。契約内容は、この契約書が存在する住居へ招かれずに入ってきたものを追い出せ……だから我輩の所員は『殺されはしなかった』のである」
 一応回収するが肝心の悪魔が石像では使い物にはならんであろうなあ、と心なしか残念そうに嘆息するドロテア。
「ああ、それとアリス」
 はい?と小首を傾げるアリスへ、ドロテアはくくく、と笑いかける。
 その笑みは老獪にして無邪気、醜悪にして美麗だった。
「今後我輩に魔眼を使おうとしないと言うなら、今後もバイトとして働くがいい。我輩の機嫌がいいときは茶ぐらいサービスしてやる」
 アリスはその言葉に一度きょとんとしてから、にっこりと彼女に笑い返した。
 ドロテアの笑みを見ながら彼女は思う。
 やはり、紛い物ではなく、本物が欲しい。
 本物の、この、ドロテアが。
(絶対に手に入れてみせるわ)
 そして、アリスの微笑が、工場の中で可憐な花のように咲いたのだった。


<了>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7348 / 石神 アリス / 女 / 15歳 / 学生】


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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございます!こんな若輩者に依頼してくださって本当に何と言ったらいいのやら……。藤枝ツカサでございます。
美少女を書くことが出来て大変楽しかったです。
御意見御感想、ぜひともお待ちしております!

アリスちゃんに再びまみえることを祈って。