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<東京怪談・PCゲームノベル>


 一期一会

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 目に留まった女の子。
 ヒヨリは、躊躇うことなく襟元を調えてスタスタと歩み寄る。
 コホンと一つ咳払いをした後、女の子の肩を叩いて声を掛けて……。
「こんにちは。ねぇ、ちょっと良いかな? ……あれっ」
 ヒヨリは硬直した。あぁ、なるほど。時間が止まるって、こんな感覚?
 いやいや……まさか、こんなところで仲間をナンパしてしまうだなんて。
 世間って狭いものですね。……って、何言ってんだか、俺。

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 ヒヨリが声を掛けたのは、とても可愛い女の子二人組。
 手を繋いで仲良く歩いていた二人は、遠目に見ても、かなり目立っていた。
 すれ違う男共が全員ハッとして振り返っていたのが何よりの証拠。
 だからこそ、先手必勝。他の男に取られてしまっては、悔しさも三割増しだ。
 そう思ったからこそ慌てて歩み寄った。
 ガツガツしていると思われては台無しなので、平然を装いながら。BE COOL. BE COOL.
 けれど、声を掛けて早々、ヒヨリは硬直して苦笑を浮かべた。
 可愛い女の子。二人とも……良く知る顔だったからだ。
 白いチャイナドレスを纏い、髪を高い位置でお団子のようにしている女の子。
 空いている一方の手には黒い箱。首には、いつもの白いマフラー。そう……この子は、灯だ。
 そして、もう一方。黒いチャイナドレスを纏い、長い髪を三つ編みにして揺らしている女の子。
 空いている一方の手は腰元のポシェットに添え。首には、いつもの灰色のマフラー。
 そう……この子は、瑞樹だ。女の子じゃありません。
 とりあえず先ず、ツッこむべき点がある。ここをスルーするわけにはいかない。
 クスクス笑いながら、ヒヨリは瑞樹に尋ねた。
「お前、そういうシュミあるの?」
 だが、瑞樹は華麗にスルー。本当に聞こえていないのか、灯と話しながらスタスタと歩いて行ってしまう。
 振り返ることなく歩き続けながら、灯はポツリと呟いた。
「ねぇ、みーちゃん。これで、何回目かなぁ……?」
「さぁ。もう忘れたよ。ほんと、懲りないよね、男って」
 ヤレヤレと溜息を落としながら肩を竦めて言った瑞樹。
 いやいや、お前も男だろ! そうツッこむものの、二人は依然スルーを決め込んでいる。
 何度目かもわからないほどのナンパ。けれど、今回はしつこい。引く気配がない。
 一体、どんな人なんだろう。好奇心から、灯はチラリと後ろを見やった。そして気付く。
「あれ? ヒヨリ……。……ニーハオ」
 ピタリと足を止めて挨拶をした灯に、瑞樹はガックリと肩を落とした。
 瑞樹は気付いていたのだ。声を掛けられた瞬間に、誰かということに。
 だからこそ無視し続けていたのに。瑞樹はハァと小さな溜息を落とし、振り返って驚いてみせた。
「あれぇー? ヒヨリじゃん! 何してんの、こんなとこでー? ……マジで」
 最後のほうだけ、明らかにテンションが低い。そして素っ気無い。
 呟くように言った、瑞樹の『マジで』に、ヒヨリはクスクス笑った。
 あぁ、怒ってるのね。まぁ、そりゃそうか。デートの邪魔されたようなもんだもんなぁ。
 笑いながらも、ヒヨリは瑞樹をチラチラと見やって、更に肩を小刻みに揺らした。
 どこから見ても女の子だ。男だと言っても、信じる者はそうそういないだろう。
 女装することに抵抗はない。瑞樹にとって、それは楽しみの一つだから。
 恥ずかしがる様子もなく、ジッとヒヨリを見やる瑞樹。
 灯は、瑞樹と繋いでいる手にキュッと少しだけチカラを込めて言った。
「三人で……遊ぶ?」
「…………」
 明らかに瑞樹の機嫌が悪い。パッと見では理解らないけれど。
 握り返した手のチカラが、それを物語っている。
「いいのか? 両手に花ってやつだね。よっし、行こ行こ。どこ行く?」
 灯と瑞樹の間に割って入り、二人の肩を抱いて嬉しそうに言うヒヨリ。
 繋がれた手が解けたことに、瑞樹はムッと顔をしかめた(ように見えなくもない)
 だが、すぐにニコリと可愛らしく微笑んで、瑞樹はヒヨリの腕を掴んだ。
 せっかく、こうして賑やかな外界で会えたんだから、めいっぱい遊んで帰ろうか。
 そう言って微笑む瑞樹は、とても無邪気な様子だったが、灯は見逃さなかった。
 可愛らしい笑顔の合間に、ニヤリと不敵な笑みが混ざっていたことを。

「ちょっとー。何してるの? 落とさないでよ。落としたら殴るからね、全力で」
 クレープ片手にクスクス笑っている瑞樹。灯は、隣でクレープを、はむはむと食べている。
 歩く二人の後ろには、山のように積まれた箱を見事なバランスで保っているヒヨリの姿。
 フラフラと頼りない足取りに、すれ違う人々は目を丸くしていた。
 今日、瑞樹と灯が東京に来た目的はショッピングデートだ。
 それを邪魔されたからには、付き合ってもらわねば。
 というわけで、ヒヨリは文字通りブンブンと振り回されることに。
 次はここ、次はあっち、やっぱり、もう一回さっきの店に行くことにする。
 あれが欲しい、これも欲しい、買ってきて、重いから持って、落とさないで。
 瑞樹は、思うがまま自由奔放に動きつくした。灯は、チョコチョコとついていくだけ。
 ヒヨリは、何というかもう……召使いだ。三人でデートという雰囲気は、まるでない。
 お姫様二人に振り回される召使い。情けなくとも、せめて王子でありたいところだが、それも叶わない。
 ゼァハァと息を切らしながら、ヒヨリは首を傾げ続けた。
 何で俺、こんなことしてんだっけ。デートじゃなかったっけ、これ。
 三人で遊ぶって……こういうことじゃないような気がするんだけど。
 フラフラと歩くヒヨリを少し不憫そうに見やる灯。
 瑞樹は、そんな灯の顔をヒョイッと覗き込んで言った。
「ねぇ、灯。あれ、美味しそうじゃない?」
 そう言いながら瑞樹が示したのは、スコーンショップだ。
 そういえば、雑誌で見たことがある。あの店のチョコチップスコーンは、とても美味しいのだと。
 食べてみたい。食べてみたいけれど、今さっきクレープを食べたばかりだ。さすがに……。
 今度にしようよと言おうとした灯だったが、瑞樹はニコリと笑って命じた。
「ヒヨリー。あれ、買ってきて。二つね」
「お前……。見りゃわかるだろ。まさに両手が塞がってる状態だっつぅの……」
「置けばいいじゃん。置いて、買ってきて。ここに座って待ってるから」
「…………」
「五秒以内に行くなら、ヒヨリの分も買って良いよ。はい、お小遣い」
「このやろう……」
 別に食べたくないけど。スコーンなんて食べたくないけど。
 ここで行かなかったら、もっと酷くコキ使われるんだろう。今でも十分だけど。
 くそぅ! と悔しがりつつも、ヒヨリは荷物を一旦置いてスコーンショップへ駆けて行った。
 走って行くヒヨリの後姿は、何とも情けなく、ちょっとカッコ悪い。
 だが、ヒヨリはパッと見る限りでは、かなり綺麗なお兄さんだ。
 その為、すれ違う女性がキャーキャー言っている。
 だからこそなのだ。だからこそ、こうして翻弄させるのが楽しい。
 優越感から微笑む瑞樹。隣で、その表情を見やる灯はクスクスと僅かに笑った。

 *

「も、もう勘弁してくれ。お前たちに付き合ってたら故障するわ」
 公園のベンチに凭れかかり、グッタリとしているヒヨリ。
 ベンチの周りには、大小様々な箱や袋が山のように積まれている。
 ちょっとトイレに行って来る、とその場を離れた瑞樹。
 二人きりになって、灯はいそいそと鞄から絆創膏を取り出した。
 荷物持ちとして奮闘する最中、段差に躓いてスッ転んだヒヨリ。
 肘に出来た傷は、既に塞がりかけている。傷移しの必要はなさそうだ。
 傷口にペタリと絆創膏を貼り、灯は言った。
 大丈夫? 大変だったね。ご苦労さま。
 みーちゃんね、ちょっと怒ってたみたいだけど。
 本当は、嬉しいんだよ。声を掛けてくれたこと、嬉しいんだよ。
 今まではね、こうして街中でお友達に声を掛けられるなんてことなかったから。
 灯たちには、友達なんていなかったから。だからね、嬉しいんだよ。本当は、嬉しいんだよ。
「みーちゃんはね、素直になれないんだ。本当は、すごくすごく嬉しいのにね……」
 クスクス笑って言う灯。ヒヨリは苦笑しながら肩を竦めて灯の頭を撫でた。
 まぁ、わからないでもないよ。よくある愛情の裏返しってやつかも? とは思ったから。
 でもなぁ、俺さ、もう若くないわけよ。お前たちみたく若くないわけよ。
 だから、正直しんどかったぞ。マジで故障するかと思ったわ。プスプスっとな。
「で、灯」
「ん……?」
「ずっと大事そうに持ってる、その黒い箱は何?」
「んとね……。秘密」
「あら。そうですか」
 ベンチに座り、仲良さげに御話している灯とヒヨリ。
 戻ってきて早々に視界に飛び込んだ二人の姿に、瑞樹はムッとした。
 ツカツカと歩み寄り、御話する二人の間に割って入って。腕を組んだまま言い放つ。
「ちょっと。何してんの。帰るよ。ヒヨリ、それ持ってね」
「……全部?」
「当たり前じゃん。早く。あ、灯はこっち。手繋いで帰ろ」
「……うん」
 ヤキモチのような不思議な気持ち。初めて経験する、その感覚。
 いつも灯と一緒にいて、それが当たり前のようになっていた。
 その間に誰かが入ってくるなんて、介入してくる日がくるなんて思いもしなかった。
 たまにはこんな、賑やかな日があっても良いかもしれない。たまにならね。
 灯の手を引き、スタスタと歩いて行ってしまう瑞樹。
 ちょっと待てや〜と言いながらもついてくるヒヨリ。
 後ろから聞こえる声に、瑞樹はクスリと笑う。
 ヤキモチのような不思議な気持ち。初めて経験した、その感覚。
 その矛先が、灯なのかヒヨリなのか両方なのか。わからないからこそ、瑞樹は笑った。
 みーちゃんの、そういう顔が見れるなら……こういうのも楽しいかもね。
 そうやって楽しそうに笑っていると、灯まで楽しくなってきちゃうよ。
 ヒヨリは……ちょっと大変かもしれないけどね。
 瑞樹の横顔に、灯は柔らかく可愛らしい笑みを浮かべた。
 二人の背中を見やりながらフラフラと歩くヒヨリも笑っている。
 振り回されるのはコリゴリだけど、そうやって楽しそうに笑うなら。
 お前たちが楽しいと少しでも思ってくれるなら、まんざらでも……。
「いやいや。ちょ、待てって、お前ら。マジで重い。ちょっとくらい持てや」
「あれ。何か聞こえる。空耳かなぁ。何だろうね、灯?」
「うん……そうだね、不思議だね。……ふふ」

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7764 / 月白・灯 / ♀ / 14歳 / 元暗殺者
 7781 / 緋染・瑞樹 / ♂ / 16歳 / 暗殺者・限定された何でも屋
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『一期一会』への御参加、ありがとうございます。
 お二方でのご参加ということで。とても可愛らしいデートになりました。
 ほんのりと瑞樹くんに『ツンデレ』の香りが漂っておりますが(笑)
 灯ちゃんが持っていた黒い箱の中身も気になるところで御座います。むむっ?
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.11.23 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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