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<東京怪談・PCゲームノベル>


 VOICE - 声を聞かせて -

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 こうして改まると、何だか可笑しいね。そう言って笑う。
 うん、確かに、何だか、くすぐったいような不思議な気持ち。
 永い間、永い時を一緒に重ねて過ごしてきたけれど、
 こうして、ゆっくりと話すなんて初めてのことだよね。
 ちょっと恥ずかしくて戸惑ってしまうけれど……せっかくの機会だから。
 聞かせて。あなたの全てを。包み隠さずに、何もかも。
 あなたのことを、知りたいと思うから。

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「おかわり、いかが?」
「……ううん。いらないよ……」
「そっか」
 自室空間に、ふらりと遊びに来たヒヨリ。
 いつものように、お菓子と紅茶を持って、ちょっと遊びに来てみただけって笑った。
 何の変哲もない、いつもどおりの光景。ありがとうって言ったら、ヒヨリは戻っていく。
 別に何かを求めているわけじゃないんだ。ただ……顔を見るだけで安心するんだって、いつも言う。
 それは、僕も同じ……。何をするわけでもなく、ただ傍にいるだけで安心することって、ある。
 一緒にいる時間が例え1秒でも、ほっとするんだ。顔を見れたってだけで、ほっとする……。
 でも、どうしてかな。今日、僕は……ヒヨリを引き止めた。普段は絶対にしないこと。
 御話したいって……そう、思ったんだ。不意に唐突に、でも強く……そう、思ったんだよ。
 嫌がる素振りなんて見せずに、ヒヨリは引き止めに応じてくれた。
 いいよって笑って、隣に座ってくれた。
 僕はね……尋ねたんだ。ずっと……聞きたかったことを。
 聞いちゃいけないことなんだって思ってた。聞く必要もないんじゃないかって思ってた。
 でも、今は、そう思えないんだ。聞かなくちゃいけないんじゃないかって。
 聞かせてもらわなくちゃ、前に進めないんじゃないかって、そう思うんだ。
 歩きたいと思ってる。ヒヨリと、皆と会えたからこそ、そう思えているんだ。
 だから……聞かせて。聞かせてよ。ヒヨリたちのこと……。
 どうして、ここにいるの? いつから、ここにいるの?
 欲張りかな。ごめんね……。でも、教えて欲しい。知りたいんだ。皆のこと。
 大好きだから、知りたくなる。人を想うって、欲張りになることなのかな……。
 尋ねてはみたものの、ヒヨリの反応は微妙だった。
 要らないと言っているのにも関わらず、やたらと紅茶のおかわりを勧めてくる。
 何度も何度も執拗に。その対応は、はぐらかし。それ、そのものだった。
 逃げようとしているような、誤魔化そうとしているような。そう映る。
 クレタは急くことなく、急かすこともなく、ただジッと待った。
 空になったティーカップの底を見つめながら、言葉を待った。
 神妙な面持ち。クレタの横顔に、ヒヨリは溜息を落とす。
 いつか、必ず、この日が来るとは理解っていた。
 来ないはずがないと、そう理解っていた。はずなのに。
 いざ、こうして、その時がくると……戸惑ってしまう。
 わしわしと頭を掻き、カップを置いてヒヨリはスゥと息を吸い込んだ。
 吐き出す息に乗せて、ようやく落とす言葉。
 もう無理なんだ。はぐらかすことも、誤魔化すことも出来ないんだ。
 知りたいと。お前が、強く願っているから。

 正直なところ、俺達にもわからない。
 どうして、自分達がここにいるのか。いつからいるのかなんて、もう忘れた。
 気がついたときには、俺達はここにいて。傍に仲間がいた。
 どうしてだろうな。目が合った瞬間、仲間だと、そう思ったんだ。
 見たことも話したこともないのにな。俺達は、互いを仲間だと認識した。
 全員が顔を合わせてから、どのくらいだろうな……。俺達は、ただ黙って座ってた。
 円を描くようにして、ただ座ってた。時々、言葉を交わすだけで。
 わからなかったんだ。どうすればいいのか。何をすべきなのか。
 だって、どこを見ても辺りは漆黒なんだから。
 こんなところで何をしろと、どうしろと。そう思うのが普通だろう?
 何もせずに黙っていた間、交わす言葉のお陰で、俺達は互いをより深く知った。
 名前も年齢も。少し話せば、そいつがどういう奴なのかも何となく理解った。
 でもな、ただ黙って過ごす闇の中。俺は、呟いたんだ。
「これから、どうする?」
 今更? って、誰もが思っただろうな。そのくらい、永い時を過ごしてきたから。
 でも、全員同じ気持ちだったんだ。どうすればいいか、何をしようか。皆、それを考えてた。
 俺達は、手を繋いで歩き出したよ。意味わかんねぇよな、今でもわかんねぇよ。
 どうして手を繋いだのかも、どこへ行こうとしていたのかも。
 でも、踏み出したことで変化があった。退屈で単調な時間に変化が起きた。
 闇の中に浮かぶ、妙な渦を見つけたんだ。そう、歪みだ。
 その時の俺達は、それが何なのか理解らなくて。ただただ、首を傾げた。
 得体の知れないものだ。迂闊に近寄るべきではない、そう思って警戒したよ。
 でもな、ナナセが……。渦を指先で突いたんだ。怖いもの知らずだろ、あいつ。
 そうしたら、どうなったと思う? あいつ……いきなり泣き出したんだ。
 どこか痛めたのかって全員で駆け寄ったよ。でもな、外傷はない。
 泣きながらナナセは言ったんだ。どうしてこんなに切ないの、って。
 俺達は顔を見合わせて、同じように渦に触れてみた。
 ナナセの言うことを、その感覚がどんなものなのか知りたかったから。
 触れて、すぐに理解ったよ。切ないんだ。ただ、切ない。
 頭の中に、見知らぬ奴の記憶が流れ込んできて、切ない気持ちにさせるんだ。
 流れ込んでくる記憶は、思わず目を背けたくなるほど悲しいものだった。
 この記憶の持ち主は誰なのか、どうしてこんな想いをするのか。わからなかったよ。
 わからなかったけれど、いや、わからなかったからこそ、何とかしようと思った。
 全員で手を繋ぎ、目を閉じて祈ったよ。この悲しい傷が癒されますようにって。
 そうしたら、消えたんだ。渦は、音もなく消えた。還したんだな。
 俺達は、あの日、初めて歪みを還した。還し方を知った。
 何をすればいいか理解らずにいたから、救われたよ。
 するべきことが見つかったって。
 他にすることもないし、やっていこうって。全員で決めたんだ。
 その後は、ただがむしゃらに。歪みを還したよ。それしか、することがなかったから。
 でもな、繰り返すうちに、俺達は、あることに気付くんだ。
 触れ合う歪み、その中に巡る記憶には『成長』ってものが刻まれてた。
 何かを悔やむのは、そういう経験をしたから。そういう過去を持つから。
 俺達には、ないんだ。なかったんだ。悔やんだ瞬間も、悔やむという感覚さえも。
 悩み迷い成長していく人間。その姿形は、時を経て少しずつ変わっていく。
 背が伸びたり、体重が増えたり減ったり、顔つきが変わったり、声が変わったり。
 そう、年齢。誰もが重ねていくであろうそれが、俺達にはなかった。
 ずっと一緒にいるのに、誰も何も変わっていない。
 そのことに気付いた瞬間、俺達は気付いた。
 この空間には、時間というものが巡っていないんだと。
 気付いた瞬間、とても羨ましく思ったよ。時間というものが存在する世界を。
 興味を持ってしまったら、その想いを留めるのは難しいよな。
 俺達は……外の世界へ、歪みを通って、時間の巡る世界へ行けないかと考えた。
 どうなるかわからないけれど、とりあえずやってみようって。
 そう思ったから、歪みに片足を突っ込んだんだ。俺がね。
 その瞬間だった。俺が、歪みに足を突っ込んだ、まさに、その瞬間。
 どこからともなく柄の悪い男と、爺さんが現れたんだ。
 爺さんは言ったよ。「どこへ行くつもりだ」って。
 この先にある世界がどういうものかなんて理解らなかったから答えようがなくてさ。
 俺はただ、外の世界に。って、そう言ったんだ。
 そうしたら、柄の悪い男が俺の足を蹴り飛ばして、歪みから出した。
 痛ぇな、このやろうってキレることは出来なかった。
 俺達を見つめる爺さんの目。その、あまりの冷たさに。
 あぁ、そうだな。それで合ってるよ。あの時、俺達の前に現れたのはジャッジとベルーダだ。
 二人がどこから来たのか、それは未だにわからない。聞いても答えてくれないしな。
 でも、二人と接したことで、俺達は悟ったよ。外に出てはいけないんだと。
 どうしてなのか。それもな、未だにわからない。これも教えてくれないしな。
 今でも、この風潮は残ってるよな。無闇に外の世界に行くなって。
 あの瞬間から、決定されてしまったルールなんだ。
 でも、理由もわからず言う事を聞くなんて、面白くないだろ?
 だから、俺は外に出た。今も出てる。それは、お前もよく知ってるよな?
 特に何か問題が起きるわけでもない。体に異変が起こるわけでもない。
 どうしてなんだろうな。今もわからないよ。ずっと、わかんないのかもしれないな。
 お前に見られたら、みっともないから言わずに隠してるけどな。
 外の世界から戻った後、俺、すげぇ怒られてるんだ。ジャッジに。
 何度言えばわかる、ってな。俺は言い返すよ。禁じる理由を言えよって。
 ジャッジは答えない。はぐらかすんだ。ムカつくだろ?
 だから、俺は止めない。ナナセとか麻深あたりはな真面目だからさ。うるさいんだけど。
 それでも、俺は止めない。理由がわかんねぇんだから、納得できるわけねぇだろ?
 えーと……。何だっけ。どこまで話したっけ。わかんなくなってきたけど……。
 正直なところ、俺達にも理解らないことがあるって。そういうこと。
 ジャッジを問い詰めるのが一番なんだろうけどな……無駄だから止めといたほうがいいぞ。
 で、だ。お前は、もう一つ気になって仕方ないことがあるよな。そう、Jについてだ。
 あんまり話したくないんだけど、はぐらかすわけにもいかないからな。
 ……嫌なことを話す時ってのはさ、どうしても簡素になるよなぁ。
 必要最低限のことしか言わないから。深く話すのは嫌だから。
 っつうわけで、簡潔に言うよ。わかりやすくて逆に良いかもな。
 Jもな、元々は仲間だった。
 ただ黙って過ごしていた時、歪みを初めて見つけて還した時。
 外の世界がどんなものかと、俺が歪みに足を突っ込んだ時。
 その全ての場景に、Jもいたよ。
 あいつも同じ。気付いたときには、傍にいた。そういう存在……だった。
 でもな、黙って過ごすことをやめて、あちこちを歩き回るようになってから、あいつは変わった。
 一人で勝手にどこかに行くんだ。んで、散々心配させて、ケロッとした顔で戻ってくる。
 どこに行ってたのか何をしていたのか、聞いても答えない。ただ笑うだけ。
 それが繰り返されるうち、俺達はあいつとの距離・温度差を覚えていった。
 皆で大きな歪みを還すときだって、あいつは来なかったんだ。
 呼んでも無視。ナナセが怒っても無視。俺が胸倉掴んでも無視。
 そんなことを繰り返されたら嫌になるよな? 誰だってそうだ。
 いつしか、俺達はあいつを放置するようになった。
 言っても無駄なら、何も言わない。呼んでも来ないなら、もう呼ばない。
 冷たくされた途端に戻ってくるとかさ、そういう天邪鬼な奴も世の中にはいるけど、あいつは違った。
 そんな感じで戻ってくるんじゃないかと、どっかで期待してたんだけどな。
 やがて、あいつは消えた。俺達の前から、姿を消した。
 空間のどこかにいるのは、何となくわかったけど、場所を特定することは出来ない。
 放ったらかしにして、どのくらいかな……。途方もない時間が経過して。
 ある日、あいつはフラッと戻ってきた。俺達の前に、姿を見せたんだ。
 何やってたんだって、そう尋ねる前に、俺達は目を丸くしたよ。
 Jの隣に、見知らぬ奴が立っていたから。Jの背中に隠れるようにして俺達を見ていた、その存在。
 怯えたような眼差し、今でもはっきり覚えてる。そう、お前だ。クレタ。
 そいつは誰だ? って、俺は尋ねたよ。Jは、何も言わずに笑った。
 ニヤニヤと、不気味に笑った。その笑みを見た瞬間、俺達は思い出したよ。
 ジャッジが話していた『禁忌』を思い出した。
 外の世界へ出ることよりも、ずっとマズイこと。比べ物にならない、まさに禁忌。
 お前が、どういう存在か。それはもう、お前も知ってるよな。
 でもな、俺たちにもわからないんだ。あいつが、どうやってお前を生み出したのか。
 ただ単に成功したって言えば簡単だけど、その過程がわからない。
 別に、お前のような存在を生み出したいと思ってるわけじゃないんだ。
 ただ単に、わからないから気になる。どうせ、ロクでもねぇ過程なんだろうけど。
 もしも、その辺りを知りたいなら……本人に直接聞くべきだろうな。
 まぁ、聞く必要ないと思うけど。っつうか、知りたいだなんて思わないで欲しいけど。
 聞きに行くって言ったら、とっ捕まえて、絶対にさせまいとするよ、俺達は。
 目に見えてるからな。お前が泣くの。あいつは、お前を泣かしたり苦しめたりする天才だから。

「何でもかんでも知れば良いってもんでもないからな」
 ぱふぱふとクレタの頭を撫でながら笑うヒヨリ。
 聞きたいこと、教えて欲しいことに答えてくれたヒヨリは、どこか愁んでいた。
 何というか。俺が、俺達が教えてやれることなんて、こんなもんだ。
 お前は俺たちを頼っているけれど、実際のところ、俺達は頼りないよ。
 わからないことだらけだしな。お前よりも無知かもしれない。
 冷め切った紅茶を飲みながら、苦笑してヒヨリは言った。
 クレタは、ヒヨリの揺れる睫毛を見つめながら淡く微笑む。
 伝えること……教えることは、時に……難しい、ね。
 でも、ありがとう。話してくれて、ありがとう。
 他人が聞いたら、へぇそうなんだって、そのくらいにしか思わないかもしれないけれど……。
 はぐらかし続けたのは、口にしたくなかったからだよね……。怖かったのかな……。
 ちゃんと伝えられるか、わからなかったから?
 違うかな……。頼りないって、僕に、そう思われたくなかった……?
 そんなこと、これっぽっちも思わない……。僕にとって、ヒヨリは、皆は特別な存在。
 何が起きても、それはもう絶対だから。変わらないから……。
「僕は……。いつでも、ヒヨリを信じてる」
 わからないことが多いなら、それが事実なら。一緒に、ひとつずつ知っていこう。
 約束……して。一人で知ろうとしないって。一緒に歩いていくって、約束……してね。
 呟いた言葉、発した声は消え入りそうなほどに小さなものだった。
 あなたを信じている。あなたのことが好き。大切に思っている。
 目を見て、想いを伝えるのは難しい。すごく、緊張してしまう。
 拒絶されることはないと理解っていても、恐怖心は拭えない。
 声が、身体が震えてしまうのは、やむなきこと。不器用な人。
 知りたがるのに、不器用で。何だか、とても恥ずかしい。照れ臭い。
 耳を赤く染めて俯くクレタ。その姿を見て、ヒヨリは思わずギュッと抱きしめた。
「お前は、ほんとに可愛いなぁ」
 話すことを、どうしてあんなに拒んできたんだろう。
 お前に嫌われるのが怖かっただなんて、みっともないなぁ。
 でもさ、弱いんだよ。お前よりも、弱いかもしれない。
 今となっては、お前のほうが、たくましいかもしれないな。
 護るって決めたのに、逆に護られるなんて。めっちゃカッコ悪いから。
 気張るよ。お前以上に気張っていかないとな。勿論、息抜きも忘れずに。
 安いもんだ。お前が笑えば、それだけでホッとするんだから。俺なんて。
 クレタ。御礼を言うのは、俺のほうだよ。聞いてくれて、ありがとう。
 話させてくれて、ありがとう。心から、感謝してる。
 口にしなくても、この気持ち、伝わるよな?
 こうして傍にいるだけで、声が聞こえるような。
 そんな気がするのは、俺だけか?

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 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『VOICE - 声を聞かせて -』への御参加、ありがとうございます。
 知らないことが多い、知りたいことが多い。それは、ヒヨリ達も同じ。
 導いてくれる人であることに変わりはないけれど、先を歩いているわけでもなかった。
 前を歩いているわけではなくて。隣を歩いています。歩き続けています。
 嫌われたくなかったから、頼りないと思われたくなかったから。
 その時点で既に気張っているんですが、気付いていないようです。
 口にしなくても声にしなくても伝わるよな? っていうのは、願望。
 ありがとうを口にすると、頼りない奴だと実感してしまうから嫌なだけ。
 お前のことなら何でも知ってる。そんな雰囲気で接するくせに、臆病者。
 ヒヨリは、そんな男です。それが正体。どうか笑ってあげていて下さい。
 それだけで、救われたり、強くなれたりするのでしょうから。
 キーマンは、ジャッジ・ベルーダ・Jですね。何者なんだ、お前らは(゚Д゚≡゚Д゚)
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.11.27 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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