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<東京怪談・PCゲームノベル>


 Drink me

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 約束していたのに。時間になっても来ない。
 何も言わずに約束を破るなんてこと、絶対にしない人。
 どうしたのかな。何があったのかな。少し心配になって、部屋を訪ねてみた。
 けれど、部屋は静まり返っていた。いない……。どこに行ったんだろう。
 急用? もしかして、緊急の仕事でも入ったのだろうか。
 でも、それなら尚のこと連絡が来るはず……。
 そんなことを考えながら、部屋を出ようとした時だった。
 硝子テーブルの上に置かれた、とあるものが目に留まる。
「…………」
 鴉の羽根のような、黒い羽根。触れれば、氷のように冷たい。
 羽根には、白いインクで一文字。 『J』と書かれていた。
 十分だった。それだけで、何が起きたのかを瞬時に悟ることが出来た。
 次の瞬間、我を忘れて駆け出す。黒い羽根を握りしめて。
 仲間には手を出すなと。何度も言ったのに。

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 大切な友達。大切な仲間。ただ傍にいるだけで、ふっと心が軽くなる。そんな存在。
 自分と似ているような気がしてならない。喋り方にしても、性格にしても。
 だからこそ、大切に想う。弱い部分があることを知っているからこそ、大切に想う。
 オネを傷付けるなら……。僕は、あなたを許さないから……。
 ギュッと拳を握り締めながら闇を駆け抜けるクレタ。
 湧き立ち溢れる憤りから、唇を噛み締める。
 握り締めていた黒い羽根は、ボロボロになって闇を舞っていた。
 クロノクロイツの最果て。そこでJは生活している。
 生活といっても、何をするわけでもない。
 黒いソファに身を埋めて、ニヤニヤしているだけ。
 退屈だなと思ったら立ち上がって、時守に喧嘩を売ったり、歪みを消失させたり。
 気まぐれな男。気まぐれで、不気味で、どうしようもない男。それが、J。
 どうしてかな……。どうしようもない人だって、そう思うのに……。
 僕は、あなたを心底憎みきれずにいるんだ……。
 あなたに作られたから? あなたに愛されていたから? わからないけれど……。
 でも……もしも、僕にしたように、間違った愛し方でオネを苦しめたりしたら……。
 考えたくないのに、最悪の事態が脳裏を過ぎった。
 クレタはブルブルと頭を振って、それを払う。
 握り締めていた黒い羽根は、もう跡形もなく消えている。
 掌は、ペンキを塗りたくったように黒く染まっていた。
 ハァハァと息を切らしながら、クレタはJの自室空間へ入る。
 挨拶なんて必要ない。許可も必要ない。深く暗く沈んでいく目で、クレタは見据えた。
 黒いソファの上、足を組んで微笑んでいるJ。オネは、Jの腕の中で目を伏せていた。
「オネ……」
 呼吸を整えながら名前を呼ぶ。
 Jの腕の中、オネはゆっくりと首を傾けてクレタを見やった。
 良かった。何もされていないようだ。すぐに助けてあげる。その腕を払ってあげる。
 ホッと安堵できたのは、ほんの一瞬だった。すぐに気付く。
 焦点の定まらない眼差し。死んだ魚のような目。
 Jの腕の中にいるオネは、人形のようだった。
 白い首筋には、紅い痣が無数に灯っている。
 何度も何度も必死に抵抗したのだろう。両手首が紫色に変色している……。
 ソワッと毛羽立つような感覚。クレタは、静かに告げた。
「……その手、離して」
 クレタの言葉にJは肩を揺らして笑う。
 いつから、キミは俺に命令できるようになったのかな?
 キミの言うことを聞かなくちゃいけないだなんて、そんなの可笑しいだろう?
 それに、御願いするなら、もっと礼儀正しく御願いしなきゃ駄目だよ。
 教えたよね? 俺に何かを頼むときは、お願いします、だろ?
 ふふ。そんな目で見るなよ。あぁ、いや、その目が見たかったんだけど。
 キミのその目、淀んだ目、その顔が見たくて仕方なかったんだ。
 我慢できないんだよ。キミに会わないなんて。すぐ傍にいるのに。
 でもキミは、呼んでも来てくれないだろ? だから、こうするしかなかったんだ。
 キミが、この子を大切に想ってることは知ってる。だから、利用したよ?
 でもね、悪くない時間だった。
 キミを抱く快感には遠く及ばないけれど、悪くはなかった。
 それなりに楽しめたよ。怯えた顔、拒絶する声っていうのは、良いものだね。
 でも、キミじゃないと意味がないんだ。気持ち良いだなんて、そんなこと思えない。
 ちょっとだけ楽しかったけれど、やっぱり満たされないんだ。
 キミじゃないと。キミの声じゃないと興奮しないんだ。
 ダミーを抱いても、何の意味もない。つまらなくなったよ、すぐに飽きた。
 でも、キミがここに来るまで退屈だからね。それまでは遊ぼうと思ったんだ。
 俺が遊んであげるっていうのにさ、この子、うるさいんだよ。喚くわ泣くわで。
 だから黙らせたんだ。簡単なことだよ。唇を奪えば良いだけ。
 想いを流し込んでやれば、すぐに大人しくなるんだ。
 気持ち良いってこと、幸せなんだってことに気付くからね?
 キミが、こうしてここに来たなら、もう、こんなものは要らない。
 捨ててしまっても良いけれど……それじゃあ、何だよね。
 ほんの僅かだけど退屈凌ぎにはなったわけだし。
 それに、もっと見たい。キミの淀んだ目を、もっと見たい。
 もっと蔑んでくれよ。そんなんじゃ足りない。もっと、もっと蔑んで。
 クッと笑い、オネの首に両手を宛がうJ。
 無抵抗なオネの首を、絞める。
 拒むことはなくとも、苦しいことに変わりはない。
 ソファから転げ落ち、オネは苦しみから逃れようと身を捩る。
 笑いながらオネの腹に乗り、舌なめずりして更に強く絞めるJ。
 響き渡る、途切れ途切れのオネの呼吸を耳に、クレタは繰り返した。
「……その手、離して」
 呟くように何度も繰り返すクレタへ、Jは高笑いしながら言った。
「聞こえない。あっははははっ!! 聞こえないよ!? クレタ!!」
 苦しそうな呼吸、不快な笑い声。耳の奥へ響くその音が、次第に小さくなっていった。
 何も聞こえなくなる。やがて、自分の鼓動だけが全身に響き渡って。
 チリチリと、指先が熱くなっていく。あぁ、もう無理だ。
 止めることなんて。
「……離せ。……離せよ!!」
 大声で叫び、クレタは人差し指でJの心臓を指した。
 指先から真っ直ぐ伸びる光が、Jの心臓にザクリと刺さる。
 オネの首から手を離し、Jは胸に刺さる光の矢をギュッと掴んで笑う。
「っくく……。クレタ。お前が、俺に敵うわけないだろ」
「……そんなの、わかってる」
「わかってないだろ? わかってないから、こんなことするんだろ?」
「……僕は、あなたを許さない」
「あっはははっ! お仕置きかい?」
「……あなたを還す。消してあげるよ、J」
 クレタが放った言葉に、ピクリとJの眉が揺れる。
 還す? 消す? お前が、俺を? できるわけがないだろ?
 クックッと笑いながら、胸に刺さる矢を握る手に力を込めて。
 やがて、光の矢はパキンと音を立てて折れた。
 胸に刺さったままの残り矢をズッと引き抜き、Jは微笑を浮かべて黒い剣を出現させた。
 わかっているはずだ。わからないはずがないんだ。クレタ。
 お前が、俺に敵うはずがないだろ? 消す? そんなこと、出来るはずがないだろ?
 何度も何度も教えたのに。お前は、俺に歯向かっちゃいけないんだよって。
 頷いたじゃないか。わかりましたって。そんなこと出来ませんって頷いたじゃないか。
 肩を竦めながら、カツカツと音を立てて歩み寄ってくるJ。
 クレタは目を逸らさず、指先に無数の光の珠を灯らせた。
 あなたの思惑どおりに事は運んでる……。それは理解ってる……。
 僕が、こうして蔑めば蔑むほど、あなたは悦ぶんだ……。
 悔しいよ……。悔しいけれど、もう我慢なんて出来ない……。
 あなたの望みは、僕そのものじゃない。僕の心に介入したいだけ……。
 無理矢理にでも、侵入したいだけ……。自分の存在を、忘れさせたくないだけだ……。
 あなたを心底憎みきれずにいることは、あなたを忘れられないことと同じ……。
 でも、それだけじゃ、あなたは満足できない……。僕の心、全てを埋めたいと願う。
 何て欲張りな人。欲張りで、悲しい人。はっきり言うよ……。
 僕は、あなたが大嫌いだ……。
 もう二度と、笑わないで。その笑顔……見たくない。
 だから、還す。消してあげる。本望、でしょ……?
 退かずに身構えるクレタを見て、Jは耳鳴りを覚えるほどの高笑いを上げた。
「っははは! 馬鹿だな、クレタ! でも……。そんなキミも、愛しい。あぁ、どうしてくれようか!」

 敵うはずがない。どんなに歯向かっても、敵うはずがない。
 足元にも及ばないことなんて、百も承知だ。わかりきってる。
 それでも、クレタは何度も攻撃を繰り返した。
 数え切れないほどの光の刃を放っても、すべて叩き落とされてしまう。
 光の壁も、すぐさま斬り刻まれてしまう。呼吸が乱れているのは、肩を揺らしているのは自分だけ。
 Jは涼しい顔で笑い続ける。飛び掛れど、飛び掛れど蹴り飛ばされて、遠くへ吹き飛ぶ。
「ごほっ……。はっ……はっ……」
 口元を拭いながら、クレタはフラフラと立ち上がる。もう、何度目になるだろう。
 わかっているけれど。退くわけにはいかない。一撃で良い。たった、一撃で良いんだ。
 あなたに、傷を刻むまで、僕は退かない。
 霞んだ目。それでも尚、俺を見据える、その冷たい眼差し。
 あぁ、クレタ。どうしてキミは、そんなにも可愛いのか。
 どうして、こんなにも俺を興奮させるのか。どうしてくれる?
 堪えようと必死になっても、垂れてしまいそうだ。とめどなく、垂れてしまうよ。
 あぁ、クレタ。可愛いよ? 可愛いよ? もっと頂戴。もっと頂戴。
 そうは思うんだけれど……。心苦しくなってくるんだ。
 だって、そうだろ? キミの血なんて、本当は見たくないんだから。
 だから、そろそろ止めにしないか? もう無駄だって、理解っただろう?
 こんなんじゃなくてさ、もっと優しく痛めさせて。簡単なことなんだ。
 ここに、この腕の中に。飛び込んできてくれれば良いだけ。
 幸せいっぱいに痛めてあげるよ。気持ち良くしてあげるから。おいで?
 両腕を広げ、クスクスと笑うJ。
 何度も言った。そこには還らないと。もう、還れないんだと。
 わからないのか。あなたは、自分のことしか考えない。人の心を読めないんだ。
 不治の病。どうすることも出来ない。救いようのない人。可哀相だと思う。
 あなたは、可哀相な人。心から、心から同情するよ……J。
 キッと睨みつけ、とめどなき憐れみを指先に込めて放つ。
 放たれた光は眩く輝き、酔いしれるJの視力を奪った。
 目の前が、真っ白に染まる。咄嗟に目を伏せた瞬間、頬にピリッと痛みが走った。
 徐々に戻っていく視力。Jは、そっと頬に触れてみる。
 ヒンヤリと冷たい。見やれば、指先は赤く染まっていた。
 首を伝い落ちていく冷たい感触に、またゾクゾクと覚える快感。
 残った力、全てを使い果たし、その場にドサッと倒れるクレタ。
 Jは微笑みながら歩み寄ると、ボロボロになったクレタを抱き起こし、額に口付けを落とす。
 お疲れ様だなんて、労うことはしないよ。キミは、いけないことをしたんだから。
 でもね、叱ったりもしない。とても気持ち良かったから。最高だよ、クレタ。
 やっぱり、キミじゃないと。俺を満たせるのは、キミだけだよ。
 まさか、俺に傷を付けるなんてね。驚いた。驚いたけど……嬉しいよ。
 癒えないように、俺は祈る。キミに付けられた、この傷が癒えないように。
 ねぇ、クレタ。もしも癒えてしまったら、消えてしまったら。また、ここに来てよ。
 そして、もう一度刻んで。傷付けてよ。何度でも何度でも傷付けて。
 俺は知った。キミに痛められても……気持ち良くなれることを。
 首を伝う血を指に乗せ、それをクレタの唇へ塗りつける。
 クレタ。目が覚めたら、舐めて。
 キミの喉に張り付いて、離れないから。
 拭わないで、舐めて飲んでね……。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / オネ / ♂ / 13歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / J(ジェイ) / ♂ / ??歳 / 時狩 -トキガリ-

 シナリオ『 Drink me 』への御参加、ありがとうございます。
 Jが、キモチワルイです。が、楽しくて仕方ありません…。orz
 タイトルの「ドリンクミー」は、某童話のアレと同じです。私を飲んで。
 目が覚めた後、クレタくんは、唇に乗っているJの血を拭ったのか、舐めたのか。
 私には、理解りません。わかっているのは、クレタくん本人だけです。
 利用されたオネの心境・状態も気になるところですが…。敢えて紡がずに。
 続きはシナリオ『対なる鼓動』を御賞味下さいませ…。
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.11.28 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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