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<東京怪談・PCゲームノベル>


 対なる鼓動

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 痛い。焼けるように痛い。喉が……喉が、焦がれる。
 原因不明、突然の激痛。ソファに身を埋め、呼吸を奪われる、その苦しみを知る。
 声は出ない。放てない。助けてくれと、誰かに伝えることも出来ない。
 一体、何が起きたのか。一体、何が起きているのか。何も理解らない。
 何ひとつ理解らないまま、痛みは増していくばかり。

 タスケテ

 遠のく意識の中、何度も呼んだ。何度も求めたのに。
 やがて、高いところから落下するような感覚を覚えて。
 そのまま、意識は彼方へ。白む世界、脳内世界。
 真っ白な世界にポツンと一人、膝をついている自分。
 ここは、どこだろう。どうして、こんなところにいるんだろう。
 早く戻らなきゃ、みんなが心配する。早く、戻らなきゃ。
 一人頷き、ゆっくりと顔を上げる。
 その途中、スッと目の前に手が差し伸べられた。
 誰……? そう思いながらも、自然と手を取って。
 顔を上げて、これは誰の手なのか。それを確かめる。
 白む世界の眩さに目を細めて、人影を辿れば……そこには、見慣れた姿があった。
「……。……オネ?」

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 差し伸べられた手をそっと取ると、オネはニコリと微笑んだ。
 ゆっくりと立ち上がる最中、クレタは見つめる。目を、逸らせない。
 何故、こんなことを考えてしまうのか。今、考えてしまうのか。それは、理解らなかったけれど……。
 オネと僕は……似ているんだ。本当に、よく似ている……。
 同じような性格だから、だから気が合うのかもしれないって……そう思った。
 でも、違うんだ。何かが違う。それだけじゃないんだよ。
 違うって思ったのは、そう確信したのは、そう……二人で、一緒に歪みを還した時。
 初めての協奏……。それまで、試したことなんてなかったのに、奏でたメロディは、とても軽やかだった。
 まるで……過去にも、ああして一緒に奏でていたかのように。懐かしい……そんな気持ちになったんだ。
 似てるんじゃなくて、近いんだ。心が、いとも簡単に響き合う。他人じゃない……そんな気にさせる。
 傍にいるときは勿論、離れている時でも、すぐ近くにいるような気がするんだ。
 何処にいても。わかるような……共鳴、しているような。
 兄弟って、双子って……こんな感じなんじゃないかって思えるほどに。
 そんな風に考えるようになってから、僕は思い出したんだ。
 小花。時の回廊で、再会した女の子。僕を探して、彷徨っていた女の子。
 同じなんだ。小花も、同じ……。不思議な気持ちになった。一緒にいると安心して……。
 オネといるときに感じるものと、それは同じだった……同じだったんだよ。
 立ち上がって、そのまま動かずジッとオネの瞳を見つめるクレタ。
 何を考えているか。何を想っているか。目を見れば、何でもわかる。
 どんなに上手に隠しても、わかってしまうんだ。
 わかりたくないことさえも、わかってしまうんだ。
「聞かないの?」
 目を伏せ、微笑んで言ったオネ。
 クレタはハッと我に返り、繋いだままの手を見やって俯く。
 言いたくないんだ。ワガママだけれど。僕は……気付かないフリをしてた。
 嫌な予感はしていたんだ……。もしかしたらって、ずっと考えてた。でも、目を背けた。
 そうじゃないって、そうじゃないんだって、そう言い聞かせてきたから。
 オネ……。あのね……。
 Jが作ったのは……コーダで生み出したのは……。僕、一人なのかな……。
 一人だけで、満足するだろうか。あんなにも自我に満ちた人が、一人だけで満足するだろうか。
 他の誰にも、元々は仲間であるヒヨリ達にも出来ないこと、自分だけに許された能力。
 僕一人だけで、満足するだなんて……。ありえないんじゃないだろうか……。
 Jは自分勝手で、けれどそれは、自分に絶対の自信があるからで。
 貪欲な人だ。愛情に貪欲な、寂しい人だ。
 一人の人を、ずっと愛し続けるなんてこと、あの人には出来ない。
 僕だけじゃないんじゃないか……。他にも、歪んだ愛で縛り付けられていた人がいるんじゃないか……。
 その中に……。オネ、君も、いるんじゃないかって……。そう、思ってる。

 悲しい人。寂しい人。愛に飢えた人。
 けれど、愛し方が理解らない。正しい愛し方を、知らない人。
 愚かな人。傍にいれば、仲間の傍にいれば、仲間を想えば、知ることが出来たのに。
 一人で知るものだと思い込んだ。誰かに教わったり、誰かから感じ取ったりするものではないと思い込んだ。
 仲間と離別し、求め続けた。求め続けたのは、愛。ただ、それだけ。
 愛したかった。そして、愛されたかった。その想いが、誰よりも強くて。
 知ってたわけじゃない。知らなかった。コーダを構成するものが、愛そのものであることなんて。
 だから理解らなかった。どうして成功したのか。何故、生み出すことが出来たのか。
 理解らなかったことが、また深い過ちを生む。思い込んだ。自分のチカラ、その賜物だと思い込んだ。
 誰よりも勝る。自分を、神だと思い込んだ。神のすることは、すべて正しい。過ちなど、一つもない。
 そう思うからこそ、自分が絶対になった。自分こそが答えなのだと、求め続けた愛そのものなのだと思い込んだ。
 間違っているだなんて、そんなことは微塵も思わない。思うはずもない。今も思わない。
 誰よりも愛し、愛されたいと望んだ人。純粋なその想いが、綻びとなった人。
 J。愛に飢え、愛に狂う、孤独な人。
 Jがコーダで生み出した存在、人の形をした歪みは……一人だけじゃない。クレタだけじゃない。
 いくつも生んだ。数え切れないほどに。本人も、どれだけ作り出したか覚えていないはずだ。
 君の考えていること。それは、正しいよ。正解だよ、クレタ。
 僕は……オネは、Jが生んだ、初めて生んだコーダ。
 この空間に初めて誕生した、人の形をした歪み。
 君が大切に思っていた、近いと感じていた女の子は、確か53番目のコーダ。
 Jは、僕を愛してくれたよ。
 パンクしそうなほどに、愛してくれた。
 でも、その愛情は……すごく、重かった。重かったし、痛かった。
 何度も何度も笑うんだ。気持ち良いだろ? って。
 本当はね、Jは、確認したかったんだよ。
 これで合ってるよな? って。愛し方、これで間違ってないよな? って。
 確認したいくせに、Jは禁じた。僕が、ううん……僕等が、答えることを。
 ただ黙って頷くだけで良いって、そういうルールを作った。
 怖かったんじゃないかなって。僕は思うんだ。
 間違っているって言われるのが怖いから、答えさせないようにしたんじゃないかって思うんだ。
 でもね、こんな風に考えられるようになったのは、ヒヨリたちのおかげ。
 ヒヨリたちが、教えてくれたから。本当の愛を、愛し方、愛され方を教えてくれたから。
 クレタ。君が教えてもらったように、僕も教えてもらったんだ。
 僕がヒヨリたちと過ごすようになったのは、君が来るずっとずっと前。
 Jはね、僕に飽きたんだ。クレタ、君が生まれたからだよ。
 今まで作り出した、どのコーダよりも。Jは、君を愛した。
 君以上のものは生めない。作れない。そう思ったから、Jは僕を捨てた。
 闇の中、ゴミのように転がっていた僕を、ヒヨリとナナセが見つけてくれたんだ。
 その時、僕は記憶を失っていて。自分の名前しか覚えていなかった。
 そんな僕を、ヒヨリたちは迎えてくれた。仲間として迎えてくれた。
 行く宛がないのなら、とか、そういうことじゃなかったんだ。
 ヒヨリたちは、ずっと待ってた。僕が、Jから離れる瞬間を。
 救おうとしたんだ。救おうとしてくれていたんだ。
 僕だけじゃなく、Jが生んだ全てのコーダを、救おうとしてくれていた。
 どうして記憶が欠落しているのか、ヒヨリたちにも理解らなかったみたい。
 記憶を失っていることを、ヒヨリたちは幸いとしたんだ。
 間違った愛なんて、忘れてしまえばいい。そう思っていたから。
 でもね、クレタ。こうして話せているように……僕は、実は全部覚えてる。
 Jと過ごした日々も、愛されていたことも、捨てられたことも、全部覚えてる。
 忘れたフリをしていたんだ。知らないフリをしていた。
 そうすることで、ヒヨリたちが受け入れてくれるんだって思ったから。
 どこにも行く場所がないから、そうするしかないんだって思ったから。
 でも、それも無駄なことなんだよね。きっと、ヒヨリたちは理解ってる。
 本当は記憶喪失なんかじゃないこと、全部はっきりと覚えていること。
 僕が嘘をついていることに、ずっとずっと前から、ヒヨリたちは気付いてる。
 必要のない嘘だったんだって……今は、そう思ってるよ。
 僕は今、とても幸せだ。愛するって、愛されるって、こんなにも温かいものなんだって感じることが出来るから。
 Jに捨てられてから僕は、ずっと君のこと、クレタのことを考えてた。
 君に対するJの態度は異常だったから。どうなってしまうんだろうって。
 気になって、不安で、たまらなくなって。何度か様子を見に行ったよ。
 でもね、その度にJは言ったんだ。邪魔だって。
 もう、君しか見えていなかった。僕のことなんて、忘れていた。
 どうしてかな。その時、ふっと寂しくなった。悔しいような……不思議な気持ちになった。
 少しだけ……君を羨ましく思った。同時に、憎いと思った。
 でもね、どこかに行って戻ってこない僕を心配して、ヒヨリが探しに来たんだ。
 膝を抱えて座っていた僕を見つけて、ヒヨリはね……僕の頭を叩いたよ。
 全然痛くないはずなのに、涙が出た。その瞬間、ようやく解き放たれたんだ。
 Jに刻まれた、教え込まれた『愛』から。
 解放されてからは、ただ真っ直ぐに。時守として生きたよ。
 そして、ヒヨリたちと一緒に……君を救おうと、あれこれ考えた。
 どうやっても光は見えてこなかったのに、本当にあっけなく、君は僕達の前に現れたね。
 ヒヨリたちも驚いてたよ。まさか、こんなにもあっけなく、Jから引き剥がせるとはって。
 きっかけは偶然だったのかな。本当に、偶然だったのかな。
 本当に君は……ただ迷子になっただけだったのかな。
 僕はね、心のどこかで願っていたよ。
 君がJから離れたのは、偶然なんかじゃなくて。君自身の意思だったらって。
 僕だけじゃない。ヒヨリもナナセも、みんな思ってる。本当は……どうなのかな。わからないけれど……。
 ねぇ、クレタ。
 何にも変わらないよ。こうして全てを明らかにしても。何も変わらない。
 僕と君は、同じ存在であり、別の存在でもあり。そして何より……友達だから。
 でも、こうして君と話したからには。全てを明かしたからには。聞かなくちゃいけないんだ。
 聞かずにいることは許されない。同じ、コーダとして生きる存在だからこそ。訊かせてね。
「クレタ。ねぇ、君は……。帰りたい? それとも、還りたい?」
 目を伏せたまま、淡く微笑んで尋ねたオネ。
 クレタは、繋ぐ手にキュッとチカラを込めて、返した。
「……何で。何で問うの、オネ」
 答えは決まってる。僕が選ぶ答えは……ただ一つ。迷わないよ。
 終わらせるんだ……。もう二度と、歪んだ愛に縛られる存在が生まれないように。
 僕は、ここで生きる。Jの呼び声を耳にしながらも、ここで生きていくよ。
 声に応じることはない。でも、耳を塞ぐこともしない。
 辛くないって言ったら、それは嘘になるけれど……逃げないよ。
 一緒にいれば、傍にいてくれれば大丈夫。皆が、オネが傍にいてくれるなら。
 どんなことも乗り越えていけるから。負けないから。くじけたりしないから。
 迎えに来てくれて、ありがとう。話してくれて、教えてくれて、ありがとう。
 君が、そうするように。僕も同じく、護るよ。どんなときも、傍にいるよ。
 繋いだ手は、離さないから。

「……っ。ごほっ、ごほっ……。……」
 ふと目を開けば、闇の上。
 ゆっくりと身体を起こし、全身に走る痛みに眉を寄せながらクレタは辺りを見回した。
 少し離れた場所で、仰向けになって寝転んでいるオネの姿。
 クレタはフラつきながらも駆け寄り、オネを抱き上げる。
 柔らかな銀色の髪に指を差込み、そのままギュッと抱きしめて。
 やがて、意識が戻ったオネも、クレタの背中へ腕を回す。
 言葉は要らない。もう、要らない。話す必要もない。
 どうしてって……。たくさん、御話したから。
 さっきまで、手を繋いで御話していたから。
 顔を見合わせてクスクスと笑い合うクレタとオネ。
 手を繋ぎ、二人はゆっくりと闇を歩いていく。
 帰る場所は同じ。二人で一緒に、拠り所へ帰る。
 温かくて柔らかくて優しい時間。
 おかえり、が聞きたくて。早く、聞きたくて。
 二人は自然と早足になった。歩幅、同じく。
 微笑み合い、喜びを実感する瞬間。
 だが、その幸福な時間の合間に、クレタは何度か顔を顰めた。
 この……唇に張り付くような感覚は、何だろう。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / オネ / ♂ / 13歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『 対なる鼓動 』への御参加、ありがとうございます。
 お見事でした。共鳴という言葉があったことが何よりも嬉しかったです。
 脳内を巡っていた数々の憶測が一本の線で繋がる瞬間。近い存在、その理由。
 かけがえのないパートナーとして、より一層、二人は結ばれていくことでしょう。
 最終節は、シナリオ『 Drink me 』 の続きで。Jに一撃を浴びせて倒れてから、
 喪失していた最中の出来事だったと…。"唇に張り付く感覚"は、例のモノですね。
 気付いたところまでは御紡ぎしましたが…。やっぱり、私には理解りません。
 この後、その"張り付く感覚"を、クレタくんが、どうしたのか。理解りません。
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^ PS:come moon also world six a stanza
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 2008.11.28 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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