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<東京怪談ノベル(シングル)>


飴色の電灯

 その日の学校帰り、海原・みなも(うなばら・みなも)はアンティークショップ・レンへと足を運んだ。
 扉を開けると同時に、ベルがカランカラン、と控えめな音を鳴らしみなもの入店を告げる。
 古物独特の馨りと不快にはならない程度の埃っぽさに彩られたこの店は、常変わらぬ静謐に満ちていた。
 同時に、「蓮さん、いらっしゃいますか?」と声をかけたのだが、蓮の姿は見えなかった。恐らく店の奥に行っているのだろうと結論付けて、みなもは店の扉を閉じた。
 静謐な雰囲気に目を引かれるように、並べられた古物に目を向ける。
(何か…また、増えてますね…)
 以前おとなった時より確実に、曰くありげ〜と言った怪しさ抜群の古物が増えている。
 全く、ここの店主はどこから仕入れてくるのだろうかと、更に目を回した、その時。
「…あれ?」
 カウンターの側に人影がある。始め、自分の探すこの店の主かとも思ったが、それにしてはまだ幼い。
 背丈はみなもと同じくらいであろうか…?客と言うのは蓮の店に限って少ないだろうし(…失礼しました)、もしかしたらバイトでも雇ったのかも。
 そんな事をつらつらと考えていたら、「ねぇ」と、高い、だがしっかりとした声をかけられる。この場にはみなもと、その人影しか居ないので、人影が声を発し、みなもに言っているのだと言い切れた。
「しばらく代わってくれない?」
 …みなもは軽く首を捻ったあと、店番かと思い至り、微笑を讃えながら「はい、いいですよ」と応えた。今日はこれから特に用事も無いので、多少時間を取られても大丈夫。
 むしろ店番をしながら蓮を待てばいいので好都合だ。するとその人影は、
「わあ、ありがとうっ」
 と嬉しそうに、本当に嬉しそうにお礼を言い――

「え…っ?」

 人影の、アンティークスタンドの彫刻の、金属の光沢が血色のいい肌へと変わり…、みなもの身体は金属色に固まった。
(え?え、えぇーっ!?)
「ふふ、ありがとう!」
最早彫刻から人間へと変貌した『人影』は、にっこりと微笑むと、
「あ、あとこれ持ってね、一晩で帰ってくるからさ」
 と、自分の手にあった電気スタンドを、固まってしまって動けないみなもの腕に握らせ、「じゃあ宜しくねっ」と弾ける様な笑顔で微笑んで、
『ちょ、ちょっと待って下さいってばー!!』
 みなもの必死の訴えも虚しく、元電気スタンド現人間は、鼻唄混じりに夜の街へと消えて行ってしまったのだ。

 ***

 『と、言うわけなのです』の言葉を最後に話を締めくくり、みなもは苦笑を溢した。
 古物に囲まれ、その良し悪しを判別する事の出来る蓮だからこそに解る心で伝わってくる彼女の、…普段身を包んでいる清楚なセーラー服も、鮮やかな青色の美しい髪も目も、そして色の白い肌さえも金属色に染めて、電灯を手にそこに佇む…立派に『電気スタンド』として立つ、海原みなもの話を聞いていた、ここ――アンティークショップ・レンの主、碧摩・蓮(へきま・れん)は、ふう、と小さく息を吐く。
 店の奥から出てきたら、アンティークスタンドの彫刻が見知った少女に変化していた。最初は内心驚いたものの、当の本人が落ち着いているので、蓮も吊られるように椅子に腰を下ろしたのだ。
「…あれは最近、古物商から仕入れたものでさ。夜の間は“仕事”をしてるから遊びにいけない、ってぼやいてたからねぇ」
 さも納得がいった様に続けた。此処は曰くありげな物品集うアンティークショップ。どんな事が起きたって不思議ではないのだ。
「…まあ一晩で戻るって言ったんだろう?あんたの家にはあたしが連絡してあげるから、今日はここに泊まり…違うね、ここで立ってなさい」
『はい、お世話になります。…にしても、一晩ですか…、足、痛くなっちゃいそうですね』
 もし、普段のみなもならば小さくため息を吐いていただろう。
 だが、今彼女はただの電気スタンド≠ナある。硬質の肌を動かす事も、瞳を揺らがせる事も無かった。
「…ところで余り驚かないんだねぇ。普通取り乱したりするものだけど」
『えへへ、折角の貴重な体験ですから。楽しまないと損かなって思って』
「あんたって子は…。いい性格してるね」
 …褒めてるんだからね、と付け足して、蓮は電話へと向かった。

 ***

 外は完全に日が沈み、元々唯でさえ薄暗いこの店も、今や完全に夜の帳が下りていた。先ほどから、スタートラインで自分の出番を今か今かと待っている水泳選手のように、とてもわくわくとしながら、みなもは蓮へと声を掛けた。
『蓮さん、電気つけませんか?私の持っている電灯の』
 …声が弾んでしまったのは否めない。
「ああ…そうだね、もう暗いし…点けようか」
 弄っていたカードをそこに置き、蓮は椅子から立ち上がった。
 ゆるゆるとみなもまで近づき、みなもの電気コードを手に取ると、暫く視線を彷徨わせてから、「ああ、あった」と小さく呟いて、コードの先をコンセントへと差し込んだ。
 途端に、みなもの身体を充足感が駆け巡る。へとへとで疲れて帰宅した時に、暖かい湯を湛えたお風呂で息を吐く、しあわせいっぱい。そんな感覚。
『はー…何かあたし、今、凄く満たされてます…』
「まあ電気スタンドだからね」
 蓮は鋭くツッ込んだが、陶酔しているみなもにその声は届かない。
 次いで、みなもの持つ電灯の電気を、カチッと音を立てて点けてやる。
 飴色の仄かな灯りがぱあっと灯って、薄暗かったアンティークショップを、緩いオレンジ色に染め上げた。
『わあぁ!』
「どうしたんだい今度は?」
『何でしょう、この満足感!』
 バイトをやり遂げ終わった時のような達成感、誰かの役に立ったのだというよろこび。
 自分の電灯で、この場所を照らしている。胸に、電灯と同じ色の暖かさがほうっと芽生え、みなもは安堵感に満たされたのだ。
 いつも、己が当たり前のように、何も考えずに行う、電気を点けるという行為に、何故こんなにも満足感を得るのであろうか。
「そりゃあ、あんたが今電気スタンドだからだろう」
『え?確かにあたし、今は%d気スタンドですけど…、物のよろこびとかって、人間のあたしに通じるんでしょうか?』
「まあいいけどさ。店が明るくなったから助かったよ、ありがとう」
 みなもはきょとんとし(と言っても金属の外見は変化しないのだけれど)、くすりと微笑を見せた蓮を見やる。あたし…お礼を言ってもらえた。とても、嬉しい。
 気付けばアンティークスタンドになって(我ながら変な表現だとは思うけれど)、数時間は経ち、その間ずっと立ちっぱなしであるというのに、みなもの足は全く疲労していない。
(…疲れていないのは、あたしが電気スタンド…物だから?)
 先程自分のした電気を点けないか、という提案も、弾んだ声も、電気スタンドとしての…使われたい≠ニいう欲求の表れだったのでは、ないのだろうか。
『……』
 使われることを好み、
 物としてのよろこびを感じる、自分。
(ああ、そっか)
 あたしは、今……。
 それを理解すると同時に、己が人ではなく、物≠ナあると、みなもは強く実感した。
 人は『使うことで』満足し、
 物は『使われること』に充足する。
 蓮さんに使われて、充足したあたしは。
『蓮さん、あたしって今、物なんですね』
「何当然のこと言ってんだい」
 今日は夜通し働いて貰うからね。電気が無くなったら、困るのはこっちなんだから。挑戦を含めた笑みを浮かべ、にこりとこちらを見やる蓮。
 みなもは飛びっきりの声音で応えてみせた。
『勿論です。任せてください!』
 使ってもらえるのなら、存分に。
 そう思うみなもの思考は、物≠ニして当然のものだった。






fin.