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<東京怪談・PCゲームノベル>


 時狩 -tokigari-

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「ちょっと。聞いてるの? ヒヨリ」
「聞いてる聞いてる。聞いてるって」
「じゃあ、今、私が説明したこと。もう一度説明してみて」
「…………」
 ちゃんと聞いてるっつうの。まったく。いちいちウルセェな、お前は。
 あー……と。アレだろ? 要するに、妙な奴らが、この辺りを徘徊してて。
 そいつらの目的が、俺達。時守だっつうんだろ?
 この空間をどうにかしようだとか、その辺りを策略してそうだけど。
 はっきりしたことは言えない、と。ただ、奴等が俺達を狙っているのは間違いない、と。
 とっ捕まりでもすりゃあ、ロクなことになんねぇから、気を付けろ、と。
「そういうことだろ?」
「……だいぶ、ざっくばらんになってるけど。まぁ、そんなところね」
「だーから、聞いてるっつったろ。で? お前は、どうすんだ?」
「勿論、調査するわよ。誰かが捕まりでもしたら、大変だもの」
「捕まったら捕まったで、そいつらの目的がハッキリするだろうから、いいんじゃねぇか?」
「何言ってるのよ。駄目に決まってるでしょ。何されるか、わかったもんじゃないんだから」
「捕まったら助けりゃいい。そんだけだろ」
「……あなたは、危機感というものが欠落しすぎているわ」
「そりゃあ、どうも」
「褒めてないわよ」

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 クロノクロイツに自室空間を所有している吉奈。
 吉奈は、時守でありつつ、外界:東京にて高校に通う学生としての顔も持っている。
 授業が終われば、ここに戻って来て歪みを還す使命を果たしたり、特に何をするわけでもなくボーッとしたり。
 その想いを露わにすることはないが、吉奈はこの自室空間を、とても気に入っている。
 黒いベッドと黒いテーブル、黒い椅子があるだけのシンプルな部屋。
 だからこそ、ホッとする。気兼ねなく、くつろげることが出来るのだ。
 この日も、吉奈はヒヨリに頼まれて、とある歪みを還してきた。
 授業を終えて戻る最中に連絡が入ったので、制服のまま使命を果たした。
 今日は何だか眠りが浅くて。朝、あやうく遅刻してしまうところだった。
 ナナセが起こしてくれなかったら、どうなっていたことやら。
 使命を果たして自室空間に戻る途中、吉奈は何度も欠伸を連発した。
 誰も見ていないからといって、こんなに大口開けて大欠伸するのは、どうかしら。
 ナナセが見たら、苦笑して怒るでしょうね。意外と厳しいから……そういうところ。誰も見てないのに。
 何度目かもわからない欠伸。ジワリと目元に浮かんだ涙を拭いつつ、テクテクと歩く。
 今日の夕食、どうしようかな。そんなことを考えながら。
 吉奈は、ピタリと立ち止まった。そして、スッと振り返る。
 何とも大胆な尾行だ。もはや、それは尾行と言えない。
 歪みを還した直後から感じていた妙な視線。
 何か用があるならば、声を掛けてくるだろうと放置していた。
 だが、声を掛けてこない。ただ、後ろから尾行てくるだけ。
 このまま放置しても構わないけれど、尾行られているのは不快だ。
 吉奈はハァ、と溜息を落として言い放つ。
「何か、御用ですか?」
 振り返った先にいたのは、何とも怪しい……黒装束の男だった。
 男の後ろには、同じように黒装束を纏った連中がズラリと並んでいる。
 吉奈の言葉に、男は顔半分までを覆い隠していた装束のフード部分を除けてニコリと笑いかける。
 口元から察するに若い男だろうとは思っていたけれど……予想以上に若い。
 おそらく、さほど歳は変わらないのではなかろうか。
 青い瞳、白い肌、黒い髪。笑みながら歩み寄ってくる男は、作り物のように美しかった。
 目の前で立ち止まり、男は吉奈の頬にそっと触れて言う。
「吉奈。久しぶりだね。……探したよ?」
「…………」
「さぁ、帰ろう。聞きたくないけど、聞かせてもらわなくちゃならないからね」
 グッと吉奈の腕を掴み、どこかへ連れて行こうとする男。言ってる意味が理解らない。 
 久しぶりと言われても。私と貴方は初めて会ったんじゃないかしら。
 帰ろうと言われても。私の帰る場所は、貴方が歩む先とは真逆の方向にあるし。
「女性を誘うにしては……。いささか、強引すぎやしませんか? それに、少し手が古くも思います」
 腕を掴む手をパシンと叩き落として、掴まれていた箇所をパンパンと払う吉奈。
 吉奈の言動に、男は肩を竦めて笑った。そして更に、わけのわからないことを言い出す。
「おやおや。そこまで忘れてしまったのか。悲しいね」
「言ってる意味が理解らないんですが。誰かと間違っていませんか?」
 目を伏せて言い放った吉奈。男はクスクスと笑う。
 間違う? 俺が? キミを? ありえないよ、吉奈。
 俺がキミを誰かと見間違うだなんて、そんなこと、ありえない。
 その目も、その声も、その身体も、全て覚えているんだから。忘れるはずがないだろう?
 悲しいな、吉奈。俺は、こんなにもはっきりと覚えているのに。キミは忘れてしまったんだね。
 でも大丈夫。想定内さ。あいつらと接触したなら、それもやむなきこと。
 大丈夫だよ。すぐに戻してあげる。失くしてしまった記憶を。
「キミが取り戻したいと願う "時" も、もう一度……」
「―……」
 男が発した言葉。不意に気を取られてしまった、その一瞬の合間だった。
 針のように、足元から無数の黒い槍が突出してきたではないか。
 驚く暇も、避ける暇もなかった。黒い槍は吉奈を包み込むように……。
 カシャン―
 その音が響いた時にはもう、私は籠の中の鳥。
 囚われてしまったことに動揺はしない。自分が悪い。油断した自分が悪いのだ。
 襟を正しながら、吉奈は目を伏せて溜息を落とす。不甲斐ない自分に。
 何か目的があって私を捕らえたのよね? 貴方はきっと、無意味なことはしない人。
 おそらく、自分にとって有益でないことには、一切関わらない人ね。
 聞かせてもらえるかしら。逃げようだなんて、そんなことは考えないわ。
 貴方の目的を聞いてからでも、それは遅くないもの。
 檻を取り囲むようにして並ぶ黒装束の連中。
 伏せ目がちに、吉奈は神経を研ぎ澄ませた。
 不気味な連中が、僅かにでも妙な動きをしたら。その瞬間は、逃さない。
 まるで興味がないように装いながらも、周囲に気を張る吉奈を見つめ、男は満足気に微笑んだ。
 吉奈。随分とクールに徹するようになったじゃないか? 少しだけ驚いたよ。キミの変化に。
 成長しただなんて、そんなことは言わないよ。それは成長じゃない。変化だ。
 それも、誰かに強引に捻じ曲げられた……不自然な変化さ。
 クールなキミも可愛いけれど……俺の好みではないな。
 幸せに酔いしれて、俺の下で身を捩る、乱れていたお前のほうが……何倍も魅力的だよ。
 クスクスと笑いながら、男は吉奈の顎をツイッと上げ、耳元で囁く。
「お前が愛し、やり直せやしないかと願う "時" を。俺が、もう一度与えてあげる」
「…………」
 男は、先程も今のようなことを言っていた。
 取り戻したいと願う "時" やり直せやしないかと願う "時"
 そのフレーズを聞いて、頭に真っ先に浮かぶ場景は……月美しき冬の夜。
 何度も願った。あの日、あの時の過ちを、やり直せるのなら。
 愛しき人の命の灯を、この手で握り消した過去を、やり直せるのなら。
 突拍子もないことを言っているとは思った。けれど、その提案は不気味な香りを漂わせつつも……魅力的だった。
 だが、ウマい話には裏がある。男は言った。
 その代わり、キミの命を頂くよ、と。
 何て矛盾だ。命を奪うですって? それは死す、ということよね?
 それじゃあ意味がないんじゃないの? 例え取り戻せたとしても、その"時"に存在しないのでしょう?
 あまりにも理不尽な追加情報に苦笑を浮かべる吉奈。だが、魅力的なことに変わりはない。
 あの時、あの瞬間がなかったことになるのなら。私が消えて、何もなかったことになるのなら。
 そうすることでしか、あの瞬間を救うことができないのなら。その条件さえも、魅力的じゃありませんか。
「命を対価に。本当に……時を取り戻すことが、出来るんですね?」
 スッと目を開き、男を見据えて尋ねた吉奈。男は微笑みながら、勿論さ、と頷いた。
 気を張ることを止め、組んでいた腕を解き、両腕をダラリと垂らす。
 それは「どうぞ」の合図。承諾の合図だった。
 男は笑い、どこからともなく黒い剣を出現させる。
 念を押すことはなく、男は実行した。何の前触れも合図もなしに。
「……!」
 ビリッと走る痛み。顔を歪める吉奈。痛みは左足から全身を電気のように巡る。
 伏せていた目をそっと開いて見やれば、己の左足にザックリと突き刺さっている黒い県。
 男は再び黒い剣を出現させ、今度は右腕に剣を留める。
「……っ」
 大声で叫び、人目を気にせず無様に、のた打ち回りたいほどの激痛。
 けれど、やっぱり止めますだなんて言えない。愛しき人の痛みに比べれば、こんなもの。
 固く目を閉じ痛みを堪える、その姿。あぁ、そうだ、吉奈。その顔だよ。
 俺が求めていたのは。俺が探していたのは。キミの、その顔。
 命を奪うだなんて冗談さ。そんなこと、するわけがないだろう?
 何があっても、俺はキミを殺めない。殺めてしまいたい衝動に駆られても、堪えるよ。
 だって、俺はキミを愛しているから。消してしまったら、もう抱けないじゃないか。
 キミの、そういう顔を見れなくなってしまうじゃないか。そんなの、耐えられないよ。
 さぁ、吉奈。次は、どこに刺して欲しい? 左足太股の内側、限りなく手首に近い右腕。
 キミが気持ち良いところは、全部覚えてる。一番、気持ち良いところもね。
 でもそこは最後まで取っておくんだ。御楽しみとして……。
 じゃあ次は、そうだな……首筋に刺してあげようか。
 大丈夫。掠めるだけさ。突き刺してしまったら、キミが死んでしまうからね。
 ニヤリと笑い。三本目の剣を出現させて構える男。
 だが、その剣が吉奈の首に刺さることはなかった。
「やれやれ……。相変わらず酷い目だな。まるで野犬じゃないか」
 そう言って、男は出現させた剣と、吉奈を捕らえていた檻をスッと消し、
 クックッと肩を揺らしながら闇の中へ消えていった。
 何が起きたのか、わからない。刺さっていたはずの剣も、痛みも消えている。
 吉奈はキョロキョロと辺りを見回した。視界に飛び込む見慣れた姿。
 ヒヨリの姿を確認した途端、ふっとチカラが抜けてしまう。
 崩れ落ちる吉奈を、駆け寄ったヒヨリが抱きとめた。
「ありがとうございます……。でも、出来れば、もうあと5分早ければ……もっと嬉しかったです」
 微笑みながら告げて、そのまま意識を失う吉奈。
 どうかしています。どうかしていたんです、私は。
 取り戻せるはずがないのに。取り返しのつかないものなのに。
 それなのに、縋ってしまった。愚かな私。おかしくなってしまっただけ。
 貴方に見られてしまうだなんて。また一つ、やり直したい時が生まれてしまったかもしれません。
 気を失った吉奈を抱きとめつつ、ヒヨリは溜息を落とした。
「最悪だ。何てタイミングで戻って来やがる……」
 虚ろな意識の中、聞こえたその声は、ヒヨリの呟きは……夢か現か。


 吉奈。
 逃げても無駄さ。キミは、俺から逃れられない。
 忘れるはずがないから。俺と過ごした日々を、キミは忘れられない。
 また、会いにいくよ。少し、急いてしまったかもしれないね。
 だから今度は、ゆっくりと。キミの気持ちも聞こうじゃないか。
 あぁ、勘違いしないで。ただ聞くだけさ。キミが何を想っているのか。
 ただ、聞くだけ。聞いてあげるだけ。
 俺が、その気持ちを汲み取ることはないよ。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 3704 / 吉良原・吉奈 / ♀ / 15歳 / 学生(高校生)
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / J / ♂ / ??歳 / 時狩 -トキガリ-

 シナリオ『時狩 -tokigari-』への御参加、ありがとうございます。
 意味深な部分、不明確な部分が多いですが…仕様となります。
 これから何度も、こうして不可解で気味の悪い経験を重ねていくかと思いますが…。
 変わらずにあるのは『愛のカタチ』その多様性。
 愛すること、思うこと、その真意を知る日まで。
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.11.28 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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