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<東京怪談・PCゲームノベル>


 例えば、こんな終曲

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 キミが還ってこないのなら。
 それならば、このままいっそ……。そう思うところは、あるよ。
 でも、例え還ってこなくても、幸せかもしれない。
 キミの名前を呼ぶだけで、それだけで幸せかもしれない。
 駆け寄ってくることはなくても、一瞬でも振り返ってくれれば。
 このまま消えてしまったら、それさえも。
 キミの名を呼べなくなってしまうのか。……あぁ、困ったな。
 俺には恐れるものなんて、何もないと思っていたのに。

「……んの馬鹿っ! どこにいんだよ!」
 がしがしと頭を掻きながら、辺りを見回すヒヨリ。
 隣を歩くナナセは、そんなヒヨリを宥めながら同じように辺りを見回す。
 どんどん弱くなっていくJの鼓動。今にも消えてしまいそうな程に。
 燃えるような紅い血、降り注ぐ雨、巡る螺旋。
 心を喰らう、ブラッドレイン・スパイラル。

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 疑問なんです。どうしても、腑に落ちない。
 どうしてですか。何故ですか。私は、いつも考えています。
 けれど、尋ねることはしません。聞いても、はぐらかされるだけだから。
 私に、何か隠し事をしていますよね、あなた達は。それも、重要なことを。
 あなた達を責めたり、それによって距離を置くことはしないけれど……心境は微妙なところです。
 同じ空間に、同じ肩書きと使命を背に生きる人。仲間だと思うからこそ、疑問なんですよ。
 溜息交じりに呟いて目を伏せた吉奈。先を行くヒヨリとナナセは苦笑を浮かべている。
 J、時狩の捜索にあたっている三人だが、吉奈は自らの意思で捜索に加わったわけではない。
 ヒヨリとナナセが、半ば強引に同行させたのだ。
 何があったのかを尋ねれば、二人は『ブラッドレイン・スパイラル』について語った。
 原因不明の不思議な現象。血のように赤い雨が、空間全域に降り注ぐ。
 自室空間にいた為、吉奈は、その現象を目にはしていない。
 血の雨は既に上がった後。そこらじゅうに、赤い水溜りが出来ている。
 水というよりはゼリーのような……闇に溜まるそれらは、とても不気味だ。
 この現象については、ヒヨリたちも詳しくは知らないと言う。
 詳細を知っているのは、ただ一人。時の執裁人、ジャッジだけ。
 だが、ジャッジも事細かに説明したわけではないようで、
 この現象の名称と、恐ろしさだけを簡潔に告げただけなのだと言う。
 どういうことなのかを尋ねても、ジャッジは語らない。
 どんなに問い詰めても、知ったところで無意味だと一蹴されるばかり。
 この件に限らず、ジャッジには謎が多すぎる。得体が知れない。
 何もかもを知っているような素振りを見せるくせに、語らない。
 もったいぶっているのか、無意識なのかは理解らないけれど。
 そんな人物が、どうしてこの空間にいるのか。
 時を裁く者として存在しているのか。
 理解らない。
 誰一人として反発する者がいないのも疑問なところだ。
 彼の言うことは全て正しいから逆らうな。そんな暗黙のルールがあるようにも思える。
「ヒヨリ。向こうから聞こえるわ」
「ん。……。あぁ、間違いないな」
「どうする?」
「何も。どうせ動けねぇだろうし」
「それもそうね」
 先頭を歩くヒヨリ。その後をついていくナナセ。吉奈は二人の後を追う。
 どうやら、Jを発見できたようだ。とはいえ、向かう先には誰もいない。ただ、闇が広がるばかり。
 向こうから "聞こえる" と言ったナナセ。一体、何が "聞こえた" のだろう。
 目的地を見据えて歩くヒヨリとナナセの足取りには、一切の迷いがない。
 どうしてだろう。どうして、Jを救わねばならないのだろう。
 彼は、私達と相容れぬ関係。敵対する者なのに。何故、救うのだろう。
 ヒヨリは、いつも『いなくなれば良い』とまで言っているのに。
 その理由は定かではないけれど、憎い存在であろうことは十分に理解る。
 それなのに何故、誰よりも先に彼が、救おうと動き出したのだろうか。
 拭い去れない疑問に顔をしかめつつ、二人の後を追う吉奈。
 やがて、視界に飛び込んでくる光景は……。
「……無様だな。お前らしくない」
 腕を組み、苦笑しながら見下ろすヒヨリ。
 まるで行き倒れのように、Jは闇に伏せていた。
 電気が走っているかのように、Jの身体はビクついている。
 血の雨を浴びたことにより、黒装束のあちこちには穴が……。
 酸性雨のようなものなのだろうか……。それならば頷けるけれど。
 どうして、こんな現象が起こるのか、事前に防げないのか。その辺りは不明確なまま。
 衰弱しているJは、自力で起き上がることすら出来ない状態のようだ。
 少し躊躇いつつも、ナナセがJを抱き起こす。
 すると、Jはゆっくりと目を開けて呟くように言い放った。
「……キミに抱かれても嬉しくない。……代われよ、とっとと」
 Jの言葉に溜息を落とし、ナナセはJから離れた。
 支えがなければ、座ることもままならない。
 Jは、ふやけた紙のように、へにゃりと闇に倒れ込む。
 普段の彼とは、まるで別人な衰弱ぶり。
 毅然としていて、ちょっと偉そうで……Jの印象は、そんなところだ。
 だが、衰弱していても自尊心だけは失くしていないようで。Jは、闇に倒れながら呟いた。
 いるんだろう? そこに。この甘い香りは、キミが放つものだ。
 キミにしか放てない香り。俺にしか、嗅ぎ取れない香り。
 ゾクゾクする……。全身に纏わりつくような、この香り。
 何してるんだ。早く、ここへ。俺の傍に来ておくれよ。
 さぁ、早く。もっと近くで、その香りに酔いしれたい。
 寝言のように呟くJ。
 ヒヨリは溜息を落とし、吉奈の背中をポンと叩いた。
 Jが呼んでいるのは、お前だよ。吉奈。お前を呼んでる。
 ここへ来る前に話した『治癒』は、時守なら誰でも出来るものだ。
 ブラッドレインを浴びてしまった者を救う、唯一の手段。
 手を繋げば良いだけ。簡単だろ?
 まぁ……心境は、微妙だと思うけれど。それは、俺達も同じだから。
 本当は触れさせたくなんてないさ。お前が、こいつに触れるなんて……正直、嫌だよ。
 でもな、こいつが呼んでいるのは、お前だから。俺達じゃない。
 こいつの望みを叶えるなんて不愉快極まりないけれど……こんな時くらいは、な。
 触れてやってくれ。ほんの少しで構わないから。
 終わったら、すぐに帰るからな。
「…………」
 Jの近くへ座り、ジッと見つめる吉奈。
 ヒヨリとナナセが背後で見守る中、吉奈は目を伏せて物思う。
 貴方を救うことに抵抗はありません。そうしなくてはならないのなら従うまでです。
 けれど、J。 条件交換を提示させてくれませんか。
 教えて欲しいんです。貴方が、どうして私のことを知っているのか。
 貴方の私に対する口調は、馴染みに満ちています。
 貴方が放つ言葉の端々には、懐古が在ります。
 どうしてですか? どうして、貴方は私を知っているのですか?
 貴方がどんなに懐かしんでも、私は、それに同調できないんです。
 覚えていないから。いえ、覚えがないから。
 教えて下さい。J。どういうことなのか。
 貴方の口から、全てを聞きたいと……私は、そう思っていますから。
 目を閉じたまま、Jの腕を拾い、ゆっくりと指を絡めていく吉奈。
 愛しき人を殺めた、触れるものを炭と化す、そんな私の手が。
 あなたを救うだなんて……可笑しな話ですね、J。

 キミのことを愛しいと思うからこそ。俺は我を忘れる。
 まさか、何もかもを忘れてしまっているだなんて、思いもしなかった。
 なぁ、吉奈。俺は、ずっとずっと、キミを探していたんだよ。
 キミのことしか頭になかった。いつだって、そうさ。
 俺の頭は、キミのことで埋め尽くされてる。
 キミとの思い出、キミとの過去、キミの声、キミの身体。
 色褪せることなく、それらは俺の心に在るよ。
 なぁ、吉奈。どうして忘れてしまったんだい。
 忘れられてしまった、俺の痛みが理解るかい?
 なかったことにしてしまうだなんて。……あぁ、忘却とは、恐ろしいものだ。
 キミのことを、こんなにも愛しているのに。愛してあげたのに。忘れてしまうだなんて。
 許せなかったよ。だから、思い出させようと手を尽くす。尽くし続けるんだ。
 忘れるはずがないって思っているからこそ、出来ることなんだよ。
 でもね、吉奈。情けないことに、俺は悟りかけてしまった。
 キミが失った記憶は、もう二度と取り戻せないものなんじゃないかって。
 巡る時間が、そうであるように。どんなに求めても、戻ってはこないんじゃないかって。
 薄れゆく意識の中、俺は、そう悟りかけてしまった。
 畏れるものなど何もないと、そう思っていたのにだよ?
 情けないね。情けなさすぎて、笑えてくるよ。
 でも、はっきりと理解った。お陰で、はっきりと理解ったよ。
 俺はキミを、愛してる。
 今更かもしれないけれど、はっきり理解ったんだ。
 だって、こんなにも恐怖を感じてる。
 キミに会えなくなること、キミの名前を呼べなくなること。
 怖いと思ったんだ。生まれて初めて、俺は恐怖を覚えた。
 キミを想いながら闇に還るのも、粋なものかなって、そうも思ったけれど。
 嫌なんだよ。怖くて仕方ないんだ。
 キミを失うなんて、考えられない。
 吉奈。キミは、凄いよ。
 俺に喜びや快感だけでなく、恐怖さえも覚えさせるんだから。

 絡めた指から伝わる想い。それは、やはり一方的なもので。
 吉奈が求めたことは、何一つ語られなかった。
 次第に緩やかになっていく呼吸、蒼白だった顔色も元に戻り。
 Jは、ふっと目を開けて見つめた。指を絡める、吉奈の瞳を。
 あぁ、こうしてキミと触れ合うなんて。キミが触れてくれるだなんて……。
 懐かしいな。この感覚。この、温かい感覚。
 でも、吉奈。そこじゃなくて……指なんかじゃなくて。
 もっと気持ち良い場所……。身も心も蕩ける深い絡みを、しないか?
 クスリと笑って、吉奈を引き寄せようとしたJ。
 だが、それをヒヨリが阻む。
 蹴り飛ばされて、闇に背をついたJ。
「……酷いな。空気の読めない男だね、キミは本当に」
 立ち上がりながら苦笑を浮かべるJ。ヒヨリは吉奈の手を引き、捨て台詞を吐いて歩き出す。
「調子に乗んな、ボケ」
 ヒヨリに手を引かれ、戻っていく最中。吉奈は振り返りJを見やった。
 肩を竦めて笑い手を振る、その姿は「またね」と。そう言っているように見えた。
 貴方には、尋ねねばならないことが、たくさんあります。
 教えてくれるまで。貴方が、貴方の口から全てが語られるまで。
 その日まで。貴方は生かされるのでしょうね。私達に。いいえ……私に。
 首を左右に振るナナセに頷き、吉奈は振り返ることを止め、前を見て歩く。
 手を引くヒヨリの背中を、じっと見つめながら。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 3704 / 吉良原・吉奈 / ♀ / 15歳 / 学生(高校生)
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / ナナセ / ♀ / 17歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / J / ♂ / ??歳 / 時狩 -トキガリ-

 シナリオ『例えば、こんな終曲』への御参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.12.01 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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