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行け！ サンタ狩り！
＃０ お化けが街にやってくる
十二月に入ると街並はクリスマスムード一色である。置いてけぼりの街・坂川にはそんな華やかな装いは全く見られないが、会話の端に上る事はある。
「早いなぁもうクリスマスか……あっという間に正月だね」
煙草を吸いながら、珈琲専門店『コバヤシ』の雇われ店長ツバクラが呟く。店内にいたスズキと運び屋は、なんとなく溜息を漏らした。月日が流れるのは早い物だ。
突然、凄い勢いで『コバヤシ』の扉が開いた。ドアベルが揺れ、耳障りな程の音を立てた。
現れたのはカワライである。
元々白い顔を更に白くさせて、
「サ、サンタにカツアゲされそうになった……」
と呟いた。表情は真剣そのものだ。
いかにも疑わしいという顔を三つ向けられ、ホントだって、とカワライが状況を説明しようとした矢先、再びドアベルが鳴った。
「サンタのお化けが出た！」
開口一番そう叫んだ発掘屋は、駅前で肩を叩かれ振り返ると誰もいなかった事、不審に思ってゴーグルをかけるとそこにはサンタクロースの格好をしたおっさんが立っていた事などを興奮した様子で捲し立てた。
同志を得た、とばかりにカワライは発掘屋に詳しい状況を聞く。結果、どうやら二人が出会したのは同じサンタらしい、という事が判明した。
数分後。
「という訳で」カワライが腰に手を当て高らかに宣言する。「サンタ狩り決行！」
オー、という元気な返事は、勿論、発掘屋からしか返って来なかった。
＃１ 麗人こぞりて
年末年始は勿論、年内も黒々と埋め尽くされたスケジュール帳を見て、雇い主は『体が資本って言うだろ、ちょっとは休まんと』と言って急遽彼女のシフトを一つだけ減らした。唐突に訪れた休みを持て余した赤城千里は、その足で坂川に行く事を決めた。
「こんにちは」
向かった先は珈琲専門店『コバヤシ』。千里が店内に入ると、ドアベルの音と共に発掘屋の『オー』という声が聞こえてきた。発掘屋は、片手をだらしなく天井に挙げた間抜けな格好のまま来訪者を振り返った。
「千里じゃん、久しぶり」
腰に手を当て仁王立ちしていたカワライが、片手を軽く挙げて千里に挨拶をした。少年はその手を挙げたまま、何やら企むような表情を浮かべて笑う。
「丁度良いや、千里も手伝えよ」
「何を？」
「サンタ狩り」
首を傾げた千里にカワライが物騒な言葉を返した時、ドアベルがカランと鳴った。女史ィ、と発掘屋が声を掛ける。振り返るとそこには、切れ長の目をした女性が立っていた。
「こんにちは」
その女性は店内にいる面々を見回すと、『何かあったの？』と不思議そうな顔をして訊ねた。
「馬鹿がサンタにカツアゲされたそうです」
随分棘のある言い方で答えたのはスズキだった。千里は彼が喋るのを初めて聞いた。前回ここに来た時、彼は全く喋らなかったから。
「とりあえずさ」来訪者を放り出して言い争いを始めそうな二人を窘めるように、店主のツバクラが口を開いた。「みんな座って落ち着きなさい」
話はそれから、と言ってツバクラは湯気の立つコーヒーカップをカウンターに出した。
「サンタさんがカツアゲ？」
カワライと発掘屋から事の経緯を聞いた千里は、物騒ね……、と正直な感想を洩らした。
二人とも坂川駅南口付近でサンタに会ったらしい。カワライはそのサンタにカツアゲされそうになったと証言し、発掘屋の方はそのサンタはお化けだったと証言した。驚いた事に、発掘屋は幽霊の見えるゴーグルを持っていると言う。
「興味深い話よね」
印象的な目を持つ女性はシュライン・エマという人物で、都内の興信所に勤務しているらしい。で、とシュラインは続ける。
「何か拾ったか見つけたりした？ カワライくん」
「何で俺だけ！？」名指しされたカワライが声を上げる。
「だって、ねぇ」シュラインはカワライに向けてにっこり笑う。「身なりや出会い頭の反応からしても､金品狙いなら発掘屋さんからまきあげようとすると思うもの」
確かに。
サンタがカツアゲした事が事実だとしても、そのターゲットにわざわざカワライは選ばないだろう。彼は明らかに、される側ではなくする側だ。
殴ってすぐこっち来たしなぁ、と考え込むカワライに、シュラインが言う。
「ともあれ、駅南口付近にいるのは間違いなさそうだし……用件、訊ねてみましょ」
よし来た！ と勇んで立ち上がったカワライは、座ったままの千里を覗き込む。行かねぇの、とでも言うような表情。
（サンタさんは子供に夢を与える存在出なきゃ）
千里も遅れて立ち上がり、彼らと共にコバヤシを出発した。
＃２ 待ち人きたりぬ
とは言うものの。
（特殊能力もないし、役に立てるかしら）
坂川駅南口にやってきた一行は、一先ずカワライと発掘屋それぞれがサンタに出会った場所に立って様子を見る事にした。千里はカワライと組んで南口西側付近に立っている。
せめてサンタの霊が欲する物がわかれば、それを餌におびき寄せる事ができるのだが――。
「カワライくん、カツアゲって何をとられそうになったの？ お金？」
隣に立つ（本当にただ立っているだけの）カワライに訊ねると、両手をジーンズのポケットに突っ込んで寒そうにしていた少年は、あ？ と千里を見やる。
「それはぁ」
こうやって、と千里の肩に左手を置くと、カワライは右手で千里の頬を撫でた。にやっと笑うと顔を傾けてそのまま近付いてくる。
これは……
「大人を揶揄わない」
呆れた溜息と共に吐き出した千里は、カワライの額をペシッと叩いた。少年は悪びれもせず笑みを深くした。全く、油断も隙もない少年だ。
「本当はどうなの？」
少し怒った顔で、千里が再度訊ねる。肩を竦めたカワライは両手を定位置のポケットに戻した。
「肩叩かれて、なんだっつってもニヤニヤしてるから、あぁカツアゲか……って」
「それは……カツアゲ？」
つい漏れた千里の呟きに、カワライはカツアゲじゃん、と当たり前の顔で言った。それは少し違うのではないか、と首を捻るが、彼にこれ以上議論をぶつけても無駄な気がして、千里は気を取り直して周りを見回す。
当然ながら、普通の人間しかいない。駅前にクリスマスのイルミネーションでもあればまだしも、そんな物は一切ない坂川駅では今がクリスマスシーズンだという事すら忘れてしまいそうだ。
「私、霊感とかないのだけれど……見えるものなのかしら」
「俺は見えねぇ」自信満々に断言したカワライが千里に顔を向ける。「でも、お前隠し技持ってんだろ？」
「隠し技……？」
オーラの事だろうか。しかし、カワライにその事は話していない。彼は知らない筈だ。
「俺もよくは知らねぇけど、ミスターが千里は何か憑いてるんじゃねぇかって」
スズキもアレだったしな、と間延びした調子で呟いた。ただ、そう言っただけでそれ以上彼の言う千里の『隠し技』には言及しなかった。
せめてオーラで気配が感じられればいいのだが、と目を凝らして周囲をじっくり見回すと、少し見ただけでは見落としてしまうような、弱々しくて朧げなオーラが見えた。それはふらふらと動き、東側のベンチに座るシュラインたちの傍で、止まった。
＃３ 引っ込み思案のサンタクロース
慌ててカワライを引っ張りシュラインたちの元へ向かった千里は、ゴーグルをかけたシュラインの視線の先に淡いオーラを見た。どうやら、そこに『いる』らしい。
シュラインが震える手で紙を差し出すと、それがフッと消えた。続けて差し出したペンも見えなくなる。不思議な事に、彼の手に渡った物は目に見えなくなるらしい。
「姿が見えるかって……」
シュラインが一同を見回すと、カワライと発掘屋は即座に首を振った。千里は、姿は見えない、と答えた。
サンタは、声が出せないが耳は聞こえる、と言ったそうだ。シュラインが、サンタが紙に書いた言葉を通訳してくれた。
『調子が悪くなると、普通の人には姿が見えなくなってしまうようだ』
調子が悪くなる――
その言葉に、皆の視線が自然と一人に集まった。当の本人はしれっとした顔で、寒いもんな、とだけ言った。
「あの、ここで何を？」千里は言ってから、顔をシュラインに向ける。「成仏の糸口になるような事がわかればと思うのだけど……」
シュラインが英語でサンタに語りかけた。どうやら日本語がわからないようだ。
『僕はサンタだからね、プレゼントを配りに来た』サンタの文字を覗き込みながら、シュラインが同時通訳する。『ささやかなプレゼントだが人々を少しでも幸せにできればとここで配っているんだが……この街の人々には僕が見えないらしい』
つまり、プレゼントを配れなくて困っている、という事か。
「私たちが代わりに配っては駄目かしら」
千里が提案すると、シュラインが通訳した。サンタの返事をシュラインはこちらに伝えなかったが、微笑んで流暢な英語を続けて言った。断片的に聞き取れた言葉から、調子がよくなるまで（つまり人々に姿が見えるようになるまで）待っていたらクリスマスが終わっちゃう、というような意味の事を言ったのだと千里にもわかった。同時に、サンタが一度千里の申し出を断った事も。
シュラインが空に手を差し出して、何か掴んだと思ったら白い布袋が現れた。所有権がシュラインに移ったから見えるようになったのだろうか。
シュラインが中を探る。千里も後ろから覗き込むと、中には真っ赤な林檎が入っていた。
＃４ 赤鼻のトナカイ（代理）
「どうして林檎？」
隣で布袋を持つシュラインに訊ねると、微笑んで両手を左胸に持ち上げてハートマークを作った。
「ハート？」
「多分ね」
シュラインは、メリークリスマス、と言いながら通行人に林檎を手渡した。
サンタから借りた赤い帽子を被り、千里は道行く人に林檎を配っている。これで手渡す物がポケットティッシュやチラシの類なら素通りもされるだろうが、それが林檎という事もあってか、首を傾げながらも受け取る人が多い。お決まりの台詞を付け加えれば、クリスマスに何かのイベントを行っている人間に見えるかもしれない。
「今時のサンタさんってこんな事するのね」
ついポツリと零した言葉は存外期待外れの感が滲み出てしまった。しかし、千里にとってサンタは子供に夢を与える存在であり、眠っている間に枕元の靴下にプレゼントを入れてくれる不思議な存在だ。駅前で林檎を配るような存在ではない。
そうね、とシュラインは少し笑って、改めて千里の顔を覗き込む。
「赤城さんは、霊が見えるの？」
「見えないわ。霊感とかないもの」
私と一緒ね、と言ってから、シュラインは首に提げていたゴーグルを千里に差し出した。それは幽霊が見えるという発掘屋のゴーグルだ。
渡されるままにゴーグルをかけ、先程シュラインが座っていたベンチを見る。すると、暇そうにしているカワライと、何も考えていない顔で煙草をふかしている発掘屋の間に、千里が想像する通りの姿をしたサンタクロースが所在無さそうに座っていた。
「サンタさんだ……」
千里が子供のように呟くと、シュラインはクスクスと声を漏らして笑った。少し恥ずかしくなった千里が急いでゴーグルを返すと、優しい色を称えた瞳が向けられる。
「きっとあのサンタさんは、疲れた大人の心を温かくしたくて、こういう方法を選んだんじゃないかしら」
「そうね……」千里はサンタの方に視線をやった。先程よりも少し濃い色になったオーラがそこにある。「うん、そうかも」
例えば千里がオーラの弱くなっている人に差し入れをする時の心境と同じで、あのサンタも子供だけでなく大人にも幸せを配りたいと、そう思ったのかもしれない。夢を与えられる存在は子供だけではないのだ。特に、今のような時代では。
気付けば、袋の中の林檎は残り五つになっていた。
「メリークリスマス」
その中の一つをシュラインに差し出す。一瞬驚いた顔をしたシュラインは、しかしすぐに微笑んで林檎を受け取った。続いて、千里にも林檎が差し出される。
二人は三人が座っているベンチまで戻った。二人に気付いて顔を上げたカワライと発掘屋に一つずつ林檎を手渡す。
残りは一つ。
「メリークリスマス」
千里とシュラインが声を揃えて、林檎を差し出したのはベンチの中央。
指先に、何かが触れた。
薄く透けた人影がそれを受け取り、幸せそうににっこりと微笑んだ。動いたその口からは確かに、ありがとう、と聞こえた気がした。
＃５ We wish you a Merry Christmas and...？
あの後、霧が晴れるように消えてしまったサンタは、発掘屋のゴーグルを使っても姿は見えなかった。きっと、目的を果たしたのだろう。
寒空の下に立っていたおかげですっかり冷えた体を『コバヤシ』まで運ぶと、ツバクラが笑顔で迎えてくれた。まるで帰ってくる時間がわかっていたかのような絶妙のタイミングで出されたコーヒーは入れたてで、冷たくなった指先には熱く感じられた。
「二人とも、良かったら食べて」
嬉しそうにツバクラが取り出したのは――
「ビュッシュ・ド・ノエル！」
目を輝かせた千里の背後で、出たー、という声が上がる。発掘屋も、ツバクラさんが調子に乗り始めた、とケラケラ笑った。しかし、そんな事はどうだって良い。
目の前にあるのは紛れもなくビュッシュ・ド・ノエル。薪の形をしたそれはココアクリームでデコレーションされ、パウダーシュガーのお化粧が施されている。茶色と白のコントラストはもはや芸術だ。
ツバクラが、ナイフないからフォークで切って、と皿とフォークを出す。シュラインと分担して人数分切り分け、一同に配る。
後は、食べるのみ。
――と、その前に。
「ツバクラさん」千里は店主に声を掛けながらバッグの中を探る。「この間、お土産のマフィンありがとうございました。とても美味しかったです」
それで、と千里はある物を取り出してツバクラに渡す。
「これ、マフィンのお礼です。少しでもクリスマス気分を、と思って……」
邪魔なら捨ててくださいね、と付け加えた千里に、ツバクラは嬉しそうな笑みを向ける。
「そんなとんでもない。早速飾るよ」
そう言ってツバクラは、受け取った手の平サイズのクリスマスツリーをカウンターに置いた。手近にあったセロハンテープを輪にして底に貼付けると、暫く思案して結局カウンターに貼付けた。来年のクリスマスも使わせてもらうね、ありがとう、と店主は穏やかに笑う。
「ところで」シュラインがケーキを頬張りつつ呟く。「あのサンタさん、カツアゲするようには見えなかったけど……カワライくん、どんな感じだったの？」
説明しようと口を開いたカワライを、スズキが遮った。彼は、実演した方が早いだろ、と言いながら立ち上がってカワライと向かい合う。
「だから、俺がサンタだとして、こう肩を叩くだろ、で、にやにやしてたから――」
「殴ったと」
カワライの声は鈍い音で遮られた。スズキは忠実にカワライを再現したのだ。つまり、サンタ役（カワライ）を殴り飛ばした。
一気に殺気立った二人を、運び屋がまとめて店の外に運び出した。あの細腕のどこにそんな力が、と思う間もなく、少年二人は店の外に閉め出された。
「つまりカツアゲされそうになった訳じゃないのね」
溜息混じりにシュラインが吐き出す。千里も苦笑しながら、しかし少しだけ安堵していた。あのサンタさんはカツアゲしたんじゃない、それだけで胸のつかえが取れた気がした。
神聖なるビュッシュ・ド・ノエルを口に運ぶと、甘美な刺激が口の中を満たした。涙が出そうなほど幸せだ。
（幸せ、かぁ……）
あのサンタは、林檎を配り終えて幸せだっただろうか。最後の林檎を受け取って、幸せだっただろうか。
（幸せだったら良いな）
少なくとも千里は、彼と、彼の想いが込められた林檎のおかげで幸せな気分になった。それを伝える術はないが、きっと彼はお見通しだろう。サンタなのだから。
千里は幸せと甘味の二つを噛み締めながら、ホッと一つ幸せな溜息を吐いた。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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［PC］
赤城・千里 【7754／女性／27歳／フリーター】
シュライン・エマ 【0086／女／26歳／翻訳家＆幽霊作家＋草間興信所事務員】
［ＮＰＣ］
カワライ
発掘屋
運び屋
ツバクラ（友情出演）
スズキ
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■ ライター通信 ■
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赤城・千里さま
この度は「行け！ サンタ狩り！」にご参加いただきありがとうございました。ライターのsiiharaです。
二度目の坂川、如何でしたでしょうか。お言葉に甘えて、また好きに書かせていただきましたが、気に入っていただけたら嬉しいです。
サンタは子供に夢を、のくだり、とても千里さんらしいな、と感じました。本当に温かくて優しい方ですね。クリスマスツリーもありがとうございました！ 季節感のない『坂川』にもこれでクリスマスが来ました（笑）
それでは今回はこの辺で。また機会がありましたらよろしくお願いします！
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