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<東京怪談・PCゲームノベル>


 例えば、こんな終曲

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 キミが還ってこないのなら。
 それならば、このままいっそ……。そう思うところは、あるよ。
 でも、例え還ってこなくても、幸せかもしれない。
 キミの名前を呼ぶだけで、それだけで幸せかもしれない。
 駆け寄ってくることはなくても、一瞬でも振り返ってくれれば。
 このまま消えてしまったら、それさえも。
 キミの名を呼べなくなってしまうのか。……あぁ、困ったな。
 俺には恐れるものなんて、何もないと思っていたのに。

「……んの馬鹿っ! どこにいんだよ!」
 がしがしと頭を掻きながら、辺りを見回すヒヨリ。
 どんどん弱くなっていくJの鼓動。今にも消えてしまいそうな程に。
 燃えるような紅い血、降り注ぐ雨、巡る螺旋。
 心を喰らう、ブラッドレイン・スパイラル。

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 ピリピリと痛みが走るような、そんな感覚。
 唇が乾いているのか。そう思い、ペロリと舐めた。
 瞬時に寄せた眉。舌に乗った、妙な味。
 喉に纏わりつくような……気味の悪い、その感覚。
 あれからずっと、この調子。唇と喉の違和感は拭い去れない。
 どうすれば元に戻るのか。どうして、こんな感覚を覚えているのか。
 理解らないからこそ、手の施しようがない。
 ゴシゴシと唇をパーカーの袖で擦るクレタ。
 何かに憑かれたかのように同じ動きを繰り返すクレタに、ヒヨリは苦笑した。
「クレタ。もう止めろ、それ。腫れてる」
 止めろと言われても……止められない。
 じゃあ……ヒヨリが、どうにかしてよ……。
 僕の唇に、喉に張り付くような、この嫌な感覚を……ヒヨリが、どうにかしてよ。
 何が起きたのか、どんな感覚を覚えているのか、それを語ることはしないまま。
 クレタは不愉快そうに唇を擦り続ける。
 どうすれば良いのか理解らない。繰り返す同じ動きに、苛立ちが募る。
 黒い傘を差して闇を歩く、クレタとヒヨリ。
 クレタを先頭にして歩いているのには理由がある。
 何故かは理解らないけれど……この嫌な感覚を、拭えない嫌な感覚を辿っていけば見つけられるような気がするんだ……。
 呼んでいるような。命を賭して呼んでいるような……そんな気がするんだよ……。
 クロノクロイツ全域に降り注ぐ赤い雨。血の雨に止む兆しはない。
 ブラッドレイン・スパイラル。
 この空間に起こる不思議な現象の一つ。
 血の雨を浴びたものは、苦しみもがきながら溶けて消えてしまう。
 恐ろしい現象だけれど、原因は理解らない。何故、こんなことが起こるのか。
 事前に防ぐ方法はないのか。それは、誰にも理解らない。
 この現象の詳細を知るのは、ただ一人。ジャッジだけ。
 けれど、ジャッジは深くを語ろうとはしない。
 ただ、恐ろしいものであることと、浴びてしまった者を救う方法があること。
 ジャッジは、それだけを時守たちに告げていた。
 唇に触れながらクレタが向かう先は……Jがいるであろう場所。
 いつも、嫌でも感じるJの鼓動。それは高らかに、己の存在を誇示するかのように鳴り響く。
 その呼び声に、クレタは、いつも耳を塞ぐ。耳障りな音だから。 
 でも、今、耳に届いている呼び声は、消え入りそうな程に小さく謙虚。
 それは即ち、Jが衰弱していることを意味する。
 どうしてかな……。いつも、聞きたくないって耳を塞ぐのに……。
 今、僕は……あなたの呼び声を頼りに歩いてる。
 それだけじゃない……。もっと、もっと大きな声で呼んでって、そう思ってる。
 いつもみたく、耳障りな……嫌でも心に響く、あの呼び声を求めてる……。
 呼んで、J。もっと、大きな声で……。そうしてくれないと、見つけることが出来ないよ……。

 認めたくない想い。何が何でも、認めたくない想い。
 けれど、それは確かに在るもの。目を背けるということは、そこに在るということ。
 いつだって、傍にあった。忘れることなんて出来なかったんだ。
 ちゃんと覚えてる。忘れるはずがないよ。
 一緒に過ごした時間、あなたの傍で生きた時間は、今も胸の中に。
 あなたは僕を、愛してくれた。誰よりも、何よりも深い愛情を注いでくれた。
 身体を交えたまま、あなたは何度も尋ねたね。
『俺が消えたら、お前はどうする?』
 確かめたかったんだ。あなたは、確かめたかった。
 僕にとって自分が、どんな存在であるか。
 自分が、僕をどれほど占めているのか。
 惜しみなく愛を注ぎながらも、あなたは不安で堪らなかったんだ。
 あの頃の僕には、理解らなかった。あなたが全てだったから。
 あなたの愛し方が間違っているだなんて、そんなこと思いもしなくて。
 だから僕は、尋ねられる度、あなたに抱きついた。
 あなたが消えてしまうことを、怖いと思ったから。
 そんなこと聞かないでよ。消えたら、どうする? だなんて、そんなこと聞かないで。
 あなたが消えたら……僕は、生きていけなくなってしまう。
 僕にとって、あなたは絶対なる存在なんだ。
 あなたがいないと、僕は呼吸の仕方さえも忘れてしまう。
 教えてくれたこと、あなたが教えてくれたこと、一つ一つが僕を創る。
 でもね、あなたが傍にいないと、教えてくれたことも意味を成さない。
 あなたが傍にいることで、僕は覚えたことを、あなたが教えてくれたことを確認できるんだ。
 だから……あなたがいなくなってしまったら、僕には何も残らない。
 あなたが在ってこそ。僕は、あなたに生かされている存在だから。

 感覚を辿った先、血の雨に打たれて淡く微笑んでいるJの姿。
 クレタは駆け寄った。ヒヨリが「待て」と言うのも聞かずに。
 血の雨に打たれ、Jは意識が朦朧としているようだ。
 すぐ傍にクレタがいるのに、何の反応もない。
 クレタはJの瞳をジッと見つめて、唇をキュッと噛み締める。
 認めるよ。僕は、僕を認める。僕の心、奥深くにある想いを認めるよ……。
 僕は今も覚えていて。覚えていて、尚、あなたを愛している。
 あなたの愛し方が過ちでも、それでも構わないんだ。
 だって……僕は、その愛され方に幸せを覚えていたから。
 ヒヨリたちに会い、それが間違いなのだと教えられるまで、疑うこともしなかった。
 あなたのすることは全て正しい。間違いであるはずがない。そう思っていたから。
 ううん……違う、そうじゃない。思っていた、んじゃなくて。今も、そう思ってる。
 正しい愛のカタチなんて存在しないんだ。正解なんて、ないんだよ。
 だから、あなたの、その愛し方も正しいんだ。間違いなんかじゃないんだ。
 僕を幸せな気持ちにした。あなたは、僕を満たしてくれた。
 他人の目から見れば異常なものだったかもしれないけれど。
 僕は、満足していたんだ。あなたに愛されることに……歓びを覚えていたんだ。
 認めるのが怖かったんだよ。間違いなんだと聞かされたから。
 不正解の選択肢を選ぶなんてこと、僕はしたくなかった。
 人として、正しい生き方を選びたかったんだ。
 でも……そうだよね。僕は、人じゃないんだ。
 あなたに作られた存在で、人じゃない。人の形をした歪みだ。
 何も知らない僕に、あなたが教えてくれた。教えてくれたのに。
 それさえもなかったことに、間違っていたから、なかったことにするなんて。
 僕は、何て自分勝手で酷い奴なんだろう。あなたへの恩を忘れてしまうなんて。
「……ごめんね、J」
 傘を放り投げて寄り添い、クレタは、Jの肩に頭を預けた。

 キミが壊れても構わないとさえ思ってた。
 思い出させることが出来るのなら、躊躇うことなくキミを壊そうと思ってた。
 でも、クレタ。俺には出来なかったんだよ。簡単なことだったのに。
 俺には、キミを消すことが出来なかった。消してしまえば楽になるんじゃないかって、そう思ったのに。
 出来なかったのは、怖かったから。キミが記憶になってしまうことが、怖かったから。
 怖くて消せない、けれど呼び続けてもキミは戻ってこない。
 どうしようもないんだなって。そう悟ったからかな。
 俺は、こうして雨に打たれてた。このまま眠ってしまおうと思ったんだ。
 どんなに求めても叶わないのなら、いっそ、このまま。そう思ったんだ、
 でもね、意識が虚ろになっていくにつれて、俺は悔やんだ。
 このまま眠ってしまえば、キミに会うことも、キミを呼ぶことも出来なくなってしまう。
 それでも構わないと思っていたはずなのに……途端に怖くなったんだ。
 でも恐怖を覚えた時には、もう手遅れで。俺は身動きが取れずにいた。
 畏れるものなんて何もないと思っていたのに。
 この俺が、怯えたまま朽ちていくなんて。
 何て無様な、情けない姿だろうって。そう呆れ果てていたよ。
 こんな最期を迎えることになるなんて……そう思いながら苦笑していた、のに。
 なぁ、クレタ。キミは、どこまで俺の心を掻き乱す?
 どうしてだ。どうして、何度呼んでも戻ってこなかったのに。
 今、この瞬間だけ、戻ってきた? どうして、俺に身を委ねる?
 こんな無様な姿、キミには見られたくなかったのに。どうしてだ。
 あぁ、クレタ。戻ってきてくれて、ありがとう。嬉しいよ。
 共に朽ちて共に還る。そうすることで、キミとまた愛し合えるのかい。
 こうするしか、なかったのかい。こうすれば、キミとまた愛し合えるのかい。
 出来うることならば、また、その体温に酔いしれて愛し合いたかったけれど。
 触れることが出来なくても、キミと一つになれるなら……幸せかな。

 血の雨に打たれ、重なり合うようにして闇に倒れるクレタとJ。
 指を絡めど、雨を浴びながらでは、何の意味も成さない。
 理解っていたはずだ。それでは救えないということくらい。
 それなのに、クレタは傘を放った。Jに寄り添い、肩に頭を預けて指を絡めた。
 共に還ることを望んだのか? お互いに、還ることを望んだのか?
 ……勝手な事するんじゃねぇよ、二人揃って。
 お前たちがいなくなったら、どうすればいいんだ。
 残された俺は、俺達は、どうすればいいんだ。
 還ることが幸せなのだとしても。俺は、それを許さないから。
 お前たちだけ幸せになるだなんて、そんなこと許せるはずがないだろう。
 勝手に解決するなよ。還してたまるか。
 お前たちは、知らないんだ。
 俺が、どれほど、お前たちを愛しているか。
 愛し合っているのは、お前達だけじゃないんだ。
 そこに介入させてくれよ。俺も、介入させてくれ。
 苦笑を浮かべながら、ヒヨリは倒れるクレタとJに歩み寄り、そっと二人と指を絡める。
 巡る螺旋、薄れゆく意識の中、伸びてきた手。
 クレタとJは、異なる意識の中、それを同時に掴んだ。

 時を共有することに、覚える喜び。でも、それだけじゃ物足りなくて。
 いつしか俺は、その呼吸さえも自分のものに出来ないかと、そう思うようになった。
 あぁ、気が狂いそうだ。御願いだから、俺以外の奴に、微笑みかけたりするなよ。
 忘れたのか? 幸せになんてなれないんだよ。俺が、それを許さないから。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / J / ♂ / ??歳 / 時狩 -トキガリ-

 シナリオ『例えば、こんな終曲』への御参加、ありがとうございます。
 最後4行は…Jの独白ではなくヒヨリの独白です。…おや?
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.12.01 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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