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<東京怪談・PCゲームノベル>


VamBeat −Dominant−









 太陽が傾き、淡い月の光が微かに自己主張をし始める。
 いつまた神父が現れるか分からない。けれど、今の彼女はそれを全て忘れてくれているように見えて、九条・朧はふっと微笑みの形に口角を持ち上げた。
「セシルは普段どこで寝泊りしているんですか?」
 余りお金もなさそうに思えるため、安い宿にさえも泊まっているように思えない。
「夜は人が帰ってしまう家があるから、そこで。日本って凄いわ。バスもトイレも困らないのね」
 要するに、夜は営業の終わったモデルハウスを拝借しているらしい。加え、風呂だって銭湯があるし、トイレはコンビニに入ってしまえば借りられる。しかもコンビニは24時間営業だ。
「……………」
 ばれていないだけで、やはり殆ど浮浪者と変わらない。
 朧は額に手をあてて、大仰にため息をついた。しかし今それを言っても始まらない。
「いいですか? その生活は続けられませんよ」
「そうなの?」
 やれやれと息を吐いて朧はセシルにモデルハウスの説明をする。故郷にだってモデルハウスくらいはあったろうにと思うのに、それがないということは元々暮らしていた場所はそれほどに田舎だったのかもしれない。
 一通りの説明が終わって、セシルは足を止め、どうしようかと本気で悩み始める。
(………っ!?)
 ドクン。と、心臓が跳ねた。
(な…に……?)
 喉が渇く。
 ヒューヒューと口から空気が漏れていく。
 セシルは口元を押さえその場に蹲った。
 先を行く朧は、肩をすくめるようにして息を吐き、振り返りざま言葉を紡ぐ。
「そんなに深く考えても――――」
 仕方ありませんよ。と言いかけた朧の眼が見開かれる。
「セシル!?」
 蹲る彼女の髪が黒から銀へと変わっていく。
 突然の吸血鬼化。
 今までは自分の意志で変化していたように思うのに、目の前で起こっている変化は彼女の意志を無視して進んでいるように見えた。
「オ、ボ…ロ……」
 今にも途切れてしまいそうな声音で朧の名を呼ぶ。
 こんなことは初めてだ。
「どうしました…?」
 朧はセシルに駆け寄り、その肩に手を伸ばす。
「…ダメっ!!」
 強い拒絶の言葉に朧の手が一瞬震え、そのまま止まる。
「逃げて、にげ……わたし、おかしい……!」
 見えない何かと戦うように頭を抱え、見上げた顔は苦痛にゆがみ、その瞳は赤く染まっていた。
 口の端に見え隠れする犬歯。
「……渇きですか?」
 びくっとセシルの肩が震える。
 ならば、血を飲めば直るのではないか。朧の思考はすぐさまそこへ運ばれる。指先を軽く噛み千切れば直ぐにでも珠のように血は流れる。けれど―――
(セシルは……)
 血を飲むことを嫌がっていた。ならば無理に飲ませることは出来ない。
 今は別の方法を。
 血を飲ませるのは最終手段だ。
 例え彼女の信頼に背いたとしても、いざとなった時には血を飲ませなければ、セシルはこのまま苦しみ続ける。
 荒い息がセシルの口から漏れる。
 吸血鬼である自分と、人間である自分がせめぎあっている状況。
 拒まれるのを覚悟して、朧はセシルの肩を掴み、その瞳を捕らえるように覗き込んだ。
「あ…あ……」
 セシルの脳裏に送り込まれていく言葉。

『自分は人間である』

 朧の魔眼が刻み付ける暗示。
 同属相手にどこまでの効果があるかは分からないが、これでセシルの苦しみを取り去ることが出来るなら。
(以前の私なら問答無用で血を飲ませていたでしょうにね…)
 そして、せめて今日くらいはと考えていた自分が、いかに悠長に物事を捉えていたのかを知る。
 セシルの焦点をなくした赤い瞳は、虚空を見上げ水晶のように朧の姿を映す。
 だが、徐々にその瞳は揺れ、唇も微かに震え始めた。
「あ、あぁ…あぁあああ!」
 頭を抱えるセシル。
 暗示と、競りあがる衝動が衝突し、セシルの中で爆発した。
 やはり血を飲ませなければ駄目なのだろうかと、考え始めた矢先だった。
 セシルの瞳から溢れて零れる血の涙。朧は魔眼による暗示を解く。
(さて、どうしたものか…。吸血鬼化の研究はしましたが吸血鬼を人間に戻すなど…)
 そう、人間に戻ることができれば、こんな苦しみ感じなくてもいいのだ。けれど、苦しみを解く方法はもう一つある。
「セシル…本格的に吸血鬼してみませんか? 真祖になれば、少なくとも今のようなことにはなりませんよ?」
 朧の言葉に、セシルは酷く傷ついたような表情を見せる。
 言葉で返されるよりも明確な拒否に、朧は寂しげに微笑んだ。
「…言ってみただけですよ」
 赤い涙と共に、セシルの強膜も赤く染まって――いや、獣のそれに近付いていく。
 ガクンと首が折れ、頭が落ちる。力をなくして垂れる腕。全ての動きを止めたセシル。
「……セシル」
 宥めるように優しく名を呼ぶ。
 かっと見開かれた瞳。
 尖る爪を振り上げてセシルは朧に襲いかかった。
「……っ」
 朧はその攻撃を避け、腕を掴む。セシルは拘束された腕を動かし、自由を取り戻そうともがいた。
「しっかりしなさい! セシル!!」
 びくっと体を震わし、力をなくした膝が折れる。
 ゆっくりと開けた瞳は、片方だけ自我を取り戻していた。
「に、げて…おね、がい……」
 私があなたを傷つける前に―――!
「傷つきません」
 肉体的、能力的に見ても、明らかに暴走したセシルよりも朧の方が何倍も高いのだから、と、尤もらしい理由をつけて拒むセシルを宥める。
「だめ、なの……だって……」
 人の心が少しずつ侵食されていっている気がする。
「駄目じゃありません。今ここで貴女を見捨てたら、貴女はもっと苦しむことになる」
 それは、吸血鬼の血に苛まれるという意味ではなく、意識をなくし、無意識に誰かを襲ったという事実に。
「貴女は、人間なんでしょう!?」
「わたし、は……」
 人でありたい。
 セシルの願いは、その顔から少しだけ苦痛を取り除く。
(今なら……)
 人の意識が強い今ならば、暗示を素直に受け入れるだろう。
 朧は再び魔眼の力をセシルに向けた。












 負荷に堪えきれず意識を手放したセシルが眼を覚ました時、にこやかに微笑む朧の顔が真上にあって驚いて飛び起きた。
「私……」
 髪が黒に戻っている。
「セシル、今のでもう一つ私に借りができましたね。ですから、今から携帯電話を買いに行きましょう」
 早速という感じで立ち上がり、朧はセシルの腕を引くと、強引に歩かせた。疑問と困惑の言葉も無視して、朧は携帯ショップで手ごろな携帯を買うと、自分の番号を慣れた動作で登録して、その手に握らせる。
「今のようになりかけたら…いえ、何か困った事があったら私に連絡しなさい……」
 そう告げた朧の顔のほうが、なぜかどこか辛そうだった。
「オボロ……」
 ポロリ…とセシルの眼から零れ落ちる雫。突然のことに朧は驚き、眼を見開く。
「どうしてそんなに優しいの?」
 零れ落ちる涙は止まらない。真新しい携帯電話を握り締めたまま、セシルは手で目元を覆う。
「どうして…!」
「セシル……」
「優しくされちゃ駄目なの。私、駄目なの!」
 伸ばした腕が弾かれる。思いのほか大きな音に、傷ついた顔をしたのはセシルだった。
「だって、私は、私は―――」
 優しくしてくれた人を、彼の弟を、この手で―――
「ありがとう。オボロ。ありがとう。ごめんなさい」
 背を向けて走り去ろうとしたセシルの腕を掴み、そのまま引き寄せる。
 抵抗するセシルを愛しむ様に抱きしめて。
 セシルの眼が見開かれる。
 暖かい。
 朧の腕の中、セシルは大声をあげて泣いた。
























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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7515/九条・朧 (くじょう・おぼろ)/男性/765歳/ハイ・デイライトウォーカー】


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■         ライター通信          ■
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 VamBeat −Dominant−にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 書きながら少しずつ甘酸っぱい感じになってきたかもしれないと想わなくもないです。
 書くのは楽しいんですが、やっぱりストロベリーは気恥ずかしいですね!(笑)
 それではまた、朧様に出会えることを祈って……