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VamBeat −refrain−
君が大切だって分かった時、この想いを(牙を)どうしても伝えたくて(突きたてたくて)君の元に向かった。
ドクン。とはねた鼓動はきっと、君への想いを自覚したからだと思う。
ラウラ。
逸る気持ちと緊張で、後のことはもう覚えていなかった。
気がついたら俺は、怯えたように震えるヴァイクの眼と、意識の無い君を前に、逃げ出していた。
“二人”の、あの血は、あの傷は、俺が―――
沈黙のまま暫くの後座り込んでしまったダニエルは、瞬きさえも忘れてしまったかのように、ただただ床を見つめていた。
セレスティはそっとその肩に手をかける。
払いのけられるかもしれないと一瞬思ったが、ダニエルはまるでそのことに気がついないかのような風貌で微動だにしない。
ダニエルの姿は、今だ銀髪に赤眼のままだ。もしかしたら、人の姿に戻れないのかもしれない。
ただ、前と違うのは、今のダニエルは話を聞くことができそうだということ。
「自分を責めてらっしゃるのですか?」
もうしないと誓ったはずなのに、人を襲ってしまったことに。不可抗力とはいえ、その身にまた他人の血を取り込んでしまったことに。
「自分で自分を許せなくても、私はあなたを許します。人間だけが生き物ではありません。食事の形態が少し違うだけです」
―――違うんだ。
心の中で思っても、言葉に出さなければ伝わらない叫び。
吸血鬼だから血がいるだとか、そんな生理的な現象の話しではない。
ダニエルにとって、血が血を欲する瞬間。それは、人が人恋しいと思う瞬間と同じ。
今は収まった。けれど、もう避けられないと自覚もしてしまった。
「…………」
話を聞くことはできても、話をすることはしたくないのかもしれない。
セレスティは、ダニエルに触れていた手を引く。
「もし君が、過去の再来を恐れているのなら、その状況にならない様にすれば大丈夫です」
それに、血が欲しくなったらいつだって分けて上げられる。
「辛くなったら言ってください。私たちは友人なのですから」
俯いたままのダニエルの眼が見開かれる。
ぐっと唇を噛み締めた。
―――違うんだ。
二度目の叫びも声にはならず、胸中に消えていく。
過去を繰り返さない方法はもう分かっている。けれど、引き返すには関わりすぎた。
「ゆっくりと、休んでください」
セレスティは車椅子を動かして、ダニエルを一人残し部屋から出る。
なんとなく一人になりたがっているように感じたから。
「……ウルリク神父」
そろそろ彼とも本格的に話をしたほうがいいかもしれない。
ダニエルを救うにも、神父が赦さなければ、血の乾きから逃れられても、平穏を得ることはできない。
「車の用意を」
セレスティが出て行った扉をゆっくりと見上げ、ダニエルはよろよろと立ち上がった。
もうここには要られない。
手紙を残した方がいいだろうか。
いや、セレスティをラウラのように失わないためには、何もせず去るのが一番だ。
窓を開ける。
ダニエルはバルコニーの床を軽く蹴った。
セレスティは車を走らせ、ウルリク神父が勤めている神父へと車を走らせた。
スロープ上がるために部下に車椅子を押してもらい、教会の扉を開ける。
今までダニエルと一緒だったせいか、一度も見たことがない、嘘のように温和な笑みを浮かべて振り返った神父がそこにいた。
「これは……カーニンガム様。どうされましたか?」
にこにこと、何処までも人好きするような笑顔の神父。
セレスティも返すようににっこりと微笑んだ。
「少々お話しをしたいと思いまして」
誰を、とか、何のことを、とかは言わなくても分かるだろう。
流石に教会の中だったせいか、微かな隙や表情の変化さえも見せず、神父は、
「場所を移しましょう」
と、セレスティを応接室へと案内した。
かいがいしくお茶の準備をしている神父の背を見つめる。
ダニエルが居なければ、こんなにも人が代わるとは。
神父は宿敵を庇っている人物に対してでも、来客用らしいカップでお茶とお茶菓子を差し出す。
もし、誰か他の神父が応接室に顔を出したとき、お茶も無いでは怪しまれてしまうため、カモフラージュのためかもしれないが。
「貴方がダニエル君を追いかける理由ですが――…」
「ラウラの話を聞いたのですね」
口火を切ったのはセレスティ、だが、すぐさま神父の言葉で上書きされる。
だがセレスティはすっと息を吸い、一度は切れかけた言葉を神父に伝えるために口を開いた。
「ラウラ嬢は、お二人にこのような状況になることを望んでいないと思うのです」
病床に就きながらも、ダニエルに対して励ますような言葉を投げかけられる、そんな女性が恨みの連鎖を喜ぶはずがない。
「彼は一度もラウラには会いに来ませんでした」
けれど、ダニエルはラウラの言葉を聞いている。神父にばれないように、こっそりと会いに来ていたのかもしれない。
確かに合わせる顔は無いだろうと思う。だがそれがまたすれ違いを生む原因にもなってしまったように思うが。
「ですが、ラウラ嬢の言葉は、ダニエル君の中で強く残っています」
ダニエルに向けた言葉が“負けないで”ならば、神父が聞いた言葉は何だったのだろう。
「ウルリク神父。ラウラ嬢の最期の言葉は恨み言でしたか?」
神父がその言葉を思い出せば、今抱いている恨みに意味はないと認められる気がして。
もういいのではないだろうか。恨み続ける事は、恨まれるよりも何倍も辛い。
「貴方は何も知らない。表面上の理解で全てを分かったようなふりをしないで頂きたい」
一瞬だけ、あの剣のような瞳を覗かせ、瞬きの後、温和な微笑みに戻る。
ソファから立ち上がりセレスティに背を向けた神父は、少しだけ悲しそうな色をその瞳に映した。
「そう…何も知らないのですよ。貴方も……そして、ダニエルも」
神父は何かを隠している。それは、ダニエルにとっても何か重要なことで、その隠し事が神父にとって最大の武器のように思えた。
「教えてはいただけないのでしょう?」
セレスティの問いにも、神父はただ温和に微笑み返すのみ。
「“時”が来れば、分かるかもしれません」
含んだ言い方ばかりで、その先に進ませない。何とガードの堅いことか。多分それを突き崩す……いや、説得するにはダニエルが知っている――セレスティに告げた――真実だけでは、足りないのだろう。
「ラウラ嬢の気持ちを尊重してあげてください」
神父の瞳に光は無い。
「……私は、ラウラの気持ちに沿っているつもりです」
ならばなぜダニエルを追い詰めるような、傷つけるような行動に走るのか。
「ただ、やり方を変える必要があると分かりましたが」
神父は何かを胸に秘めているが、やはりそれをダニエル側の人間であるセレスティに告げるつもりはないようで、憂いたような微笑を浮かべると、それ以上何も言おうとしなかった。
平行線だった。
「お帰りになられますか?」
「ええ…。貴方の真意を聞かせていただきたかったのですが、無理そうですので」
「申し訳ありません」
そのやり取りは、教会内での神父の印象をそのまま体現したかのようなものだった。
逃げるようにカーニンガム邸を後にしたダニエルだったが、行く当てもなくふと足を止める。
友だと言ってくれた彼。
セレスティ。
会いたい。会いたくてしょうがない。
顔が見たい。顔を、見て――――……
教会の扉の前で見送る神父に軽く会釈をして、セレスティはスロープをゆっくりと降りる。
歩道に出て、ふとよく知る気配に顔をあげる。
「迎えてきてくれたのですか?」
それは一瞬の出来事だった。
視線の先に向けてセレスティが柔和に微笑んだときには、もう、その懐にダニエルが、居た。
牙がつきたてられる。
深く。深く。
その、想いの様に。
全ての時が止まった気がした。
吐息が漏れる。
車椅子の存在によって倒れることはなかったが、その深い色合いにスーツは首筋から赤黒く染まり、中にきている白いシャツは鮮やかな赤に染まっていく。
想いの暴走。
赤い記憶は繰り返される。
それは、ダニエルが誰かを大切だと認識した時に。
また、また、自分は!
「ダニ、エル…くん……?」
喉から息が抜けていきそうな声音で、投げかけられた名前。
体中の血が全て引いてしまったかのように顔色を蒼白にして、ダニエルは頭を抱える。
「あ…ああ……あああああ!!」
光を淡くしか捉えない瞳であれど、ダニエルの表情は容易に想像がついた。
「っ……」
大丈夫だと告げる声が出ない。必要以上に身体がだるく、顔を上げることさえも辛い。
再度名を呼ぼうと開けた口からは、ヒューヒューと息が漏れただけだった。
ダニエルに咬まれた傷口は、熱を持ち始め、その熱に浮かされたかのように、痛みはマヒしている。
神父は教会の入り口から歩道へ出て、セレスティに駆け寄った。
そう、ダニエルが本気になれば、只人である自分の速さでは追いつけない。その事実を再確認して神父は唇を咬んだ。
「Sr.! Sr.カーニンガム!!」
血に染まっていく神父を見て、ダニエルは混乱に顔を歪める。
あの時の血は、ラウラのもの? ヴァイクのもの?
砕けそうな膝なのに、身体は自然とこの場から離れようと動く。
「また、逃げるのか!?」
「……!」
弾かれたようにダニエルは顔をあげる。
その“時”は来てしまった。
ヴァイクはただ、セレスティを支え、狼狽するダニエルを見ていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
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■ ライター通信 ■
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VamBeat −refrain−にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
次で最後となりますが、この続きからプレイングを始めてください。
被害者にしてしまいましたので、かなりプレイングが書きにくいかと思います。申し訳ありません。
それではまた、セレスティ様に出会えることを祈って……
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