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<東京怪談・PCゲームノベル>


 メトロノウム

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 罪なる時を裁く場所、時の執裁室。
 そこは、ジャッジの自室空間でもある。
 執裁室には、必要以上に出入りしてはいけない。
 そう、ヒヨリたちから聞かされていた。
 赴く際は、必ずヒヨリかナナセに事前連絡を入れねばならない。
 それも、事前に聞かされていた。聞かされていたけれど。
「…………」
 そっと開く、執裁室の扉。
 覗き込むようにして見やれば、ジャッジの背中が目に映る。

 お前さんの言い分なんぞ、どうでもいい。
 そんなものに、私が耳を傾けるわけなかろう。
 私はただ、私の使命を果たすだけ。
 理解ったかね? どんなに言い訳しても無駄だということが。
 さぁ、還れ。闇の彼方へと。
 在るべき場所? そんな所、お前さんにはないのだよ。
 例え、あったとしても、そこへ還ることを私が許さない。
 お前さんは、罪を犯した。望みどおりの最期を迎えられるはずなかろう。
 さぁ、還れ。悪足掻きは止したまえ。見苦しいにも程がある。

 そう告げて、ジャッジは、どこからともなく黒い剣を出現させた。
 そして、その剣で躊躇うことなく斬り裂く。
 斬り裂いたものは……歪みだ。
 ジャッジの黒剣に裂かれた歪みは、悲鳴のような音を上げて消えていく。
 歪みを還すのは、時守の使命。時守だけに許された、慈愛に満ちた使命。
 ジャッジが行った行為には、優しさなんぞ微塵もなかった。
 あの行為は……そうだ。
 時狩が行う、時を無きものとしてしまう行為。
 クロノクラッシュと……同じ行為ではないか。

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「紅茶でも、如何ですかな」
 黒い剣を消し、少しズレたハットを戻しながら告げたジャッジ。
 その言葉に、扉の影に隠れて一部始終を見やっていたクレタが姿を見せた。
 何事もなかったのように、紅茶の準備を始めるジャッジ。
 執裁室には、一度だけ。蜘蛛の痣が出たときに訪れたことがある。
 訪れたというよりは、ヒヨリに連れてこられたという感じだったけれど。
 それ以前にも、それ以降も、ここに赴くことはしなかった。
 出入りするべきではないと聞かされていたからというのもあるけれど、
 それよりも何よりも、この空間の雰囲気が……どうも、苦手なのだ。
 まるで氷に包まれているかのように、ひんやりと冷たい感触が肌を撫でる。
 どこからか香る花の香りと、どこからか聞こえる秒針のような音。
 場所が場所だけに、厳粛な雰囲気なのかと思ったが、そういうわけでもなさそうだ。
 どうしてだろう。ここにいると、息苦しくなってしまう……。
「どうしました? さぁ、掛けなさい」
 黒い椅子を引いて、座るように促したジャッジ。
 クレタは息を飲み、意を決するかのようにして一歩を踏み出す。
 執裁室は、至って簡素な造りだ。
 中央に銀色の椅子があり、そこを囲うようにして黒い円卓がある。
 ジャッジが座れとクレタに促したのは、円卓の一角にある黒い椅子だ。
 椅子に腰を下ろすと、ジャッジは目の前にカチャリと紅茶を置いた。
 ふわりと香る花の香り。あぁ、そうか。
 この香りは、ジャッジから放たれていたものだったんだ。
 こうしてジャッジと二人きりで話すなんて初めてのことだ。
 接触する機会が皆無に等しい故に、彼のことは理解らずじまい。
 同じ空間に生きる存在なのに、滅多に接触しない。
 こちらから接触することは、よろしくないこととされ、
 だからといって、向こうから接触してくることもない。
 初めて間近で見やるジャッジは、どこか切なげに見えた。
 振舞われた紅茶に口をつけることなく、クレタはジッとジャッジを見やる。
 その視線に気付いているのだろう。
 ジャッジは目を伏せつつも、口元に笑みを浮かべている。
 ここに来た理由。
 来てはいけないと、来るべきではないと散々聞かされていたのにも関わらず。
 ヒヨリやナナセに報告せずに、勝手に赴いた理由。
 僕は……聞きにきた。
 あなたが知っていること、あなたの全てを。
 聞かねばならない時が来た。そう思ったから。
「……さっきのように、いずれ、僕のことも消すつもりですか」
 ポツリと呟いたクレタ。
 目にした光景を思い返しながら発した言葉。
 ジャッジが行った行為には、優しさなんぞ微塵も感じられなかった。
 黒い剣を出現させたことにしても、その剣で歪みを裂いたことにしても、
 何もかもが同じだった。 Jが行う行為と、それは同じだった。
 あなたは、よく似ている。外見は違っても、あなたとJは、とてもよく似ている。
 扱う技も、纏う雰囲気も、言葉や、声さえも。
 あなたは、この空間で起こること全てを熟知している。
 どんなことも、その場に居合わせたかのように熟知している。
 教えて下さい。あなたのことを。
 そして、僕のことを。
「感も鋭くなったようですね」
 クスリと笑って言ったジャッジ。クレタは俯いたまま返す。
「僕がいると知っていて……剣を抜いたんですよね」
「そうですね。まさか、あれで隠れていたつもりでもないでしょうし」
「……。……僕に、見せたかった……んですか」
「えぇ。キミが、退かぬように、と」
「…………」
 キミの性格は知り得ています。随分と成長したようですが、
 根底にあるものは、どう足掻いても変えられないもの。
 尋ねに来たものの、やはり引き返そうか。
 キミが、そうして退いてしまわぬよう、私は剣を抜きました。
 多少は驚いたようですが、取り乱している様子はないですね。
 キミの心は、とても静かです。静かで、それでいて、熱を持っている。
 それは、キミが気付き始めているから。
 私が行った行為で、キミは悟りだした。
 それまで曖昧だった想いが、確信へと変わってきているのでしょう。
 私はね、人と話すことを好まないのです。何故って、面倒だから。
 だから、キミが言わずとも理解してくれれば、有難いのです。
 まぁ、無理な話ですよね。キミの、その目。真実を欲する眼差し。
 面倒ですが、御話致しましょう。それが、キミの望みならば。
 Jとの関係は……そうですか、もう把握しているのですね。
 そう、キミは、Jに作られた存在。人の形をした歪みです。
 コーダと呼ばれる能力、それがカタチとなったものですね。
 キミが知りたいのは、どこから自分が作られたのか、その辺りでしょう。
 歪みから生まれし存在、コーダ。
 作り方は、至って簡単です。
 先ず、強く念じる。
 歪みはね、後悔することでしか生まれぬものではないのですよ。
 強い想いがあれば、いつでも誰でも生み出すことが出来るものです。
 Jは、ヒヨリ達と離れて尚、追求し続けました。愛というものを。
 彼は、人一倍愛情に飢えた存在です。その想いは、巨大な歪みを生みます。
 生まれた歪みに、Jは手を差し伸べました。
 そして、ダンスを踊るように、生んだ歪みと闇を舞ったのです。
 己の想い、己の欲望と手を取り合い、共に踊る。
 自分が求めるものを、はっきりと理解した瞬間、歪みは、その想いに応えます。
 黒い歪みは形を変えて。キミとなりました。
 確かに触れる感触。顔を上げれば、自分と手を繋いでいるキミがいた。
 コーダの成功に喜ぶよりも、Jは、キミに魅入られた。
 一糸纏わぬ姿で見つめるキミに、一目惚れしたのだとJは言ってました。
 Jにとってキミは、我が子のようなものです。愛しく想うのは当然のこと。
 けれど、彼は些か不器用だった。
 誰よりも愛を欲するくせに、誰よりも愛を知らなかった。
 だから、キミを雁字搦めにすることしか出来なかったのです。
 間違っているかもしれないだなんて、そんなことを考える余裕はなかった。
 彼は必死だったのです。愛しいキミが逃げぬよう。
 自分から離れぬよう、不安や恐怖と戦いながら一心不乱にキミを愛した。
「キミは、彼を、Jを憎んでいますか?」
「……。いいえ……憎みきれないというのが……本音です」
 それは良かった。彼に伝えてあげなさい。喜びますよ。
 とはいえ、キミは、彼の腕の中へ還ることはしないのですね。
 いえ、還れずにいると言ったほうが正しいでしょうか。
 キミは揺らいでいる。在るべき場所が理解らずに揺らいでいますね。
 焦る必要はありませんよ。時期がくれば、答えは見つかるものですから。
 答えというものは、いつだってそうです。
 探すものでも求めるものでもない。
 自然と見つかるものなのです。
 ですが、人はジッと待つことが出来ない。
 どうすれば良いのかと、あれこれ考えて模索してしまう。
 その行為が、自分を苦しめているだけだということに気付くことなく。
 クレタ。私はね、出来うることならば、キミが彼の、Jの腕に還ることを願います。
 そうするべきだということではなく、そうして欲しいという、ただの願望です。
 Jの味方なのかって? そうですね。味方……とは少し違うでしょう。
 私も同じなのですよ。愛しいと想うからこそです。
 私が誰よりも愛しいと想う、唯一の存在を愛するが故です。
 愛して止まぬ存在は、キミじゃありませんよ。Jです。
 我が子を愛しいと想うのは当然のことだと、先程言いましたよね?
「おや。問題が起きているようですね。では、私はこれで」
「……ま、待って下さい。一つだけ訊いても良いですか……」
「何でしょう?」
「我が子……って。もしかして、Jも僕と同じ……」
「訊くまでもないでしょう。あなたの行為は質問ではなく、確認ではないですか?」
「…………」
「では、失礼しますよ」
「……ま、待って。ヒヨリの様子がおかしいんだ……。あの、雨の日から……」
「お忘れかな? キミは自分で言いましたよ。ひとつだけ、と」
「…………」
「冷めた紅茶も、また美味なものです。飲み干していきなさい」
 ハットを押さえながら、闇へと消えていくジャッジ。
 その背中を見送った後、クレタは紅茶を口にした。
 生温い感触と、喉に張り付くような違和感。
 美味しいと思う反面、心が空っぽになるような気がした。
 生温い紅茶に反応するように、唇にピリリと痛みが走る。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / ジャッジ・クロウ / ♂ / 63歳 / 時の執裁人

 シナリオ『 メトロノウム 』への御参加、ありがとうございます。
 作中で明確に描写することを避けましたが、結論:Jもコーダです。
 クレタくんと同じ。Jを生んだのは、ジャッジ・クロウ。
 想いが理解るからこそ、還ってあげて欲しいと願う。
 ジャッジの腕から逃れ、愛を求めたJ。
 愛を知らなかったのは、教えてもらえなかったから。
 ジャッジもまた、Jを歪んだ愛で雁字搦めにしていたのでしょう。
 繰り返す歴史。悲劇でもあり喜劇でもあり。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.12.05 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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