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<東京怪談・PCゲームノベル>


 動くな。

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 そういえば、今日はまだ昼食を取っていない。
 近頃、何かと物思いに耽ってしまうことが多くて……つい、忘れてしまう。
 食べなくても特に問題はないけれど、たかが一食、されど一食。
 食べられる時に食べておかないと、また忘れて逃してしまう。
 確か、仕事に赴く前にナナセが声を掛けてくれた。
 ミネストローネスープと、バタールを用意しておいたからって。
 ナナセは、いつも食べ終わるまで仲間の食事を下げない。きっと、まだあるはずだ。
 食事をとる場所、LDスペース。喫茶店のようなその場所は、皆が集まる唯一の場所。
 何かあれば、ここに集まって相談したり検討したり。
 皆が集まっているときは、あんなに賑やかなのにな……。
 静まり返ったLDスペース。テーブルの上に置かれたままの食事に手を伸ばす。
 皿に指先が触れた瞬間だった。
「おい」
「!」
 突然声を掛けられて、思わず手を引っ込めてしまう。
 振り返れば、そこにはベルーダがいた。彼は、ジャッジの孫であり、13人目の時守。
 仲間……なのだけれど、どうにも苦手だ。この人とだけは、未だに打ち解けられずにいる。
 何の用なのかと尋ねようと、息を吸い込む。すると。
「動くな」
 ベルーダは、ヒュッと黒い大鎌を出現させて言った。
 突然の出来事に動揺してしまうのは仕方のないことだ。
 一歩退けば、テーブルに腰が当たって。
 銀のスプーンが、スルリと闇に落ちた。

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 テーブルに両手をついたまま、ジッとベルーダを見やるクレタ。
 ベルーダは、鎌の刃を向けながらジリジリと近付いてくる。
 恐怖とは少し違う、妙な感覚を覚えた。
 目の前で立ち止まり、ベルーダは尋ねる。
「お前、あいつと自分の関係、どこまで知った?」
「……あいつ?」
「ふざけんな。わかってるだろ」
「…………」
 そのとおりだった。何故かは理解らないけれど、すぐに浮かんだ。
 あいつ、と言われて、真っ先にJが頭に浮かんだ。
 Jとの関係……。僕が、作られた存在であること……。
 愛されていた事実。例え、それが過ちでも、確かに愛されていた事実。
 知ったというよりは、思い出した。ううん……思い出したというよりは、目を逸らすのを止めた。
 全部覚えているよ。何もかも、鮮明に覚えてる。……それを訊いて、どうしたいの。
 ジッと見据えたまま、クレタは訊き返した。
 するとベルーダは、目を伏せ溜息を落として、更に訊ねる。
「じゃあ、次の質問。お前は、これからどうする」
「どうするって……」
「どうしたいと思うか、どうあるべきだと思うか。言え」
「…………」
 そんなの、訊くまでもないじゃないか。
 こうして、ここにいることが何よりの答えじゃないか。
 還らずに、皆と一緒にいるよ。存在し続ける。存在していたい。
 例え、それが許されないことでも。皆と一緒にいたいんだ。
 目を背けることなく返したクレタ。そこに、迷いはない。
 返答を聞き、ベルーダは肩を竦めて笑う。
 変わったよな、お前も。
 そうやって自分の意思を素直に口に出来るようになったなんて、大したもんだ。
 ここへ来たばかりの頃のお前は、何もかもを拒絶するような冷め切った目をしてた。
 人を信じる気持ちを忘れた、人形のようだった。不気味だったよ。
 今のお前は、そりゃあもう人間そのものだ。俺達と何ら変わりない。
 その変化を、他の奴らは喜んでるよな。嬉しいことなんだ、あいつらにとっては。
 でも、俺は違う。嬉しくなんてないし、喜ぶなんて、もってのほかだ。
 お前の成長。俺は、それを疎ましく思ってる。ウザいんだよ。
「何でか理解るか?」
「…………」
 苦笑を浮かべながら、鎌を喉元に宛がうベルーダ。
 クレタはジッとしたまま動かず、ベルーダの瞳を見つめた。
 今まで、こうして、あなたの目を見ることなんてしてこなかったけれど。
 あぁ……そうか。あなたも、寂しい人なんだ。憂う瞳、見ているだけで悲しくなる。
 ベルーダは、ジャッジの孫だ。
 祖父であるジャッジを、ベルーダは崇拝している。
 口にすることはなくとも、見ているだけで十分に理解る。
 いつか、この人のようになりたい。この人に認められたい、愛されたい。
 その想いは、どんなに隠そうとも溢れて、人の目に映り込む。
 ジャッジの正体は未だに不明だけれど、ひとつだけ理解ったことがある。
 先日、時の執裁室で交わした言葉から理解ったこと。
 明確にしたわけではないけれど、それは確かな情報であり事実だった。
 どんなに崇めようと、慕おうと、ジャッジはベルーダを見ない。
 表面上は、孫を可愛がっているかのように見えるけれど、仮初だ。
 ジャッジが本当に愛しているのは、ベルーダではなく、J。
 自らが生んだ歪み、そこから誕生した存在。コーダ。
 血の繋がりはなくとも、そこには揺ぎ無き絆と愛情があって。
 それは誰にも断ち切ることが出来ない。どんなに足掻こうとも。
 この人は、悔しいんだ。
 愛されたいのに愛されない。
 それなのに、僕は愛される。
 ヒヨリやナナセ、仲間達にも、Jにも。
 Jに愛されるということは、即ちジャッジにも愛されているということ。
 血の繋がりはないけれど、Jはジャッジにとって誰よりも愛しい子供。
 その子供が愛する存在を忌み嫌うことなんぞ、親なら出来やしない。
 親心特有の嫉妬はあるかもしれないけれど、認めざるを得ないのも、また事実。
 寂しい人。我を忘れて屈辱に拉がれる人。何て悲しい瞳だろう。
 見つめるクレタの瞳に、ベルーダは更に苛立ちを募らせた。
 何なんだよ、お前は。何なんだよ、その目は。
 可哀相だってか? 俺が可哀相だと同情するのか?
「心底、気に入らねぇ奴だ」
 鎌を持つ手にチカラを込めたベルーダ。
 クレタの首に宛がわれた刃が、僅かに沈む。
 じわりと浮かび流れ落ちる血液。身動きしない。息を飲むこともしない。
 喉が少しでも波打てば、その揺れで刃が更に食い込んでしまうから。
 目を伏せたまま動かずにいるクレタに接近し、耳元でベルーダは言った。
「お前の所為で何もかも滅茶苦茶だ」
 全身に響き渡る低い声。クレタは動かない。
 だが、ふと鼻をくすぐった、とある香りに思わず目を開けてしまう。
 心落ち着く香り。懐かしい気持ちになるような、優しい香り。
 その香りは、ヒヨリから香るものと同一だった。
 香りの出所を自然と探るクレタの目に映るもの。
 それは、ヒヨリの黒い帽子。
「お前も、楽にしてやろうか」
 そう言いながらベルーダが見せる帽子は、間違いなくヒヨリのものだった。
 ボロボロに引き裂かれている。もしかして……そうは、思った。
 思ったからこそ、内心は激しく動揺。
 言葉を放つことはしないまま、クレタはギュッと拳を握り締めた。
 掴み掛かりたい衝動に駆られながらも、必死でそれを抑える。
 ヒヨリは時守の代表だ。簡単に、その帽子のようになったりしない。
 ましてや、ベルーダがヒヨリを仕留めるだなんて、出来るはずがない。
 拭い去れぬ動揺を抑えつつ、クレタは何度も自分に言い聞かせた。
 思いに任せて取り乱す様子のないクレタを見て、ベルーダは舌打った。
 本当、気に入らねぇ。いつから、お前は、そんなに強くなったんだよ。
 気に食わない。お前ばかりが、どんどん成長していくこと。
 愛されて成長する。お前は、どこまでも成長するのか。
 それを止めることなんて、どうせ俺には出来ねぇよ。
 鎌を消し、クルリと反転して去って行くベルーダ。
 噛み締める唇に、苛立ちが滲む。

 *

「おい、ヒヨリ」
「ん? あっ! ……お前、何してくれんだ。人の帽子に」
「返す」
「返すってお前、何でこんなボロボロなんだよ」
「無意味だった。ムカつくわ」
「は? 何言ってんだ、お前」
「ムカつく。お前もムカつく。死ね」
「は? おい、待てよベルーダ。何だってんだよ」
「ついて来んな、カス」

 ペタリと、崩れるようにしてその場に座り込んだクレタ。
 少し離れた場所から聞こえてくる二人の遣り取りを耳にしつつ、クレタは目を伏せる。
 あのまま、動揺した心に任せて動いていたら、宛がわれた刃に、喉を、かき切られていただろう。
 まるで、自分から還ることを望んだように。僕の屍は、皆の目にそう映ったことだろう。
 容易いことだったはずなのに。無抵抗な僕を還すことなんて、容易いことだったはずなのに。
 どうして、還さなかったの。憎いと思っているのに、どうして還さなかったの。
 本能のままに動かないのは、怖いから?
 僕を還したら、ヒヨリやJに蔑まれるから?
 結果、誰よりも愛しているジャッジにも蔑まれるから?
 人を愛すと、思うがままに動けなくなるの……?
 想うが故に考えるの? それは、愛しい人の為? それとも、自分の為?
 理解らないよ。どうして、こんなに難しいの。
 次から次へと理解らないことが出てくるの。
 でもね、理解らないままで良いような、そんな気もしているんだ。
 全てを知ってしまったら、僕は……。
 自分から刃に首を乗せたくなってしまうかもしれないから……。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / ベルーダ / ♂ / 22歳 / 時守 -トキモリ-
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『 動くな。 』への御参加、ありがとうございます。
 嫉妬も愛の一種です。無関心だったら嫉妬さえもしません。
 接触するのは気にかけているから。どうしても存在を払えないから。
 描写しておりませんが、この後、
 ヒヨリが座り込んでいるクレタくんの猫背を見ているシーンがあります。
 声は掛けません。掛けるべきではないような気がしたから。
 普通に御話できる状態に戻ったものの、
 一旦離れた距離・ずれた歯車は、まだ、そのままのようです。
 以上です。不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.12.05 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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