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<東京怪談・PCゲームノベル>


 躊躇うことなかれ

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 私用で、外界に赴いていた。
 こうして時の回廊を通って帰ってくるのも、何度目になるだろう。
 想いに耽れば、いつも何気なく通っている場所も、違う顔を見せる。
 今まで気にも留めなかったけれど……この柱、凄く綺麗だ。
 彫刻……じゃないのか。何なんだろう。不思議な模様が刻まれている。
 おかしいな。こんなに綺麗な模様に、今まで気付かなかったなんて。
 あれ……? ちょっと待って。この模様、どこかで……。
 柱に触れながら首を傾げた時だった。
 一本の柱、その影からひょっこりとヒヨリが姿を見せる。
「何、してるの……。そんな所で」
 キョトンとして尋ねた。そりゃあ、そうだ。だって、まるで……。
「待ち伏せしてた」
 そう、それ。待ち伏せていたかのようで。
 柱から手を離し、クスクス笑うヒヨリを見やる。
 何か、用があるんだよね? じゃなきゃ、こんな所で待ち伏せたりしない。
 尋ねると、ヒヨリはフゥと息を吐いて。目を伏せ、淡く微笑みながら言った。
「ちょっと、遊ぼうか」
 前にも聞いたことがあるような、その台詞。
 何だか懐かしい気持ちになって、思わず微笑んだ。
 今日は何? 何して遊ぶの? そんなことを考えていたんだ。
 気付かなかったから。ヒヨリの様子がおかしいことに。
 まさか、あんなことをして遊ぶだなんて。
 思いもしなかったんだよ。ヒヨリ。

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 まだ、何も知らなかった時。自分のことも、ヒヨリのことも。
 あの日も、こうしてヒヨリは誘ったね。遊ぼうか、って誘ったね。
 時の狭間で鬼ごっこ。どうすれば捕まえることが出来るだろうって、一生懸命考えた。
 捕まったときの悔しそうな顔、今も覚えてる。嬉しかった気持ちも、覚えてる。
 楽しかったか否かで答えるならば、決して楽しくはなかった。苦手だったから。
 目標を定めて追いかけるという行為が、苦手で面倒だったから。
 でも、捕まえた後は、確かな達成感があった。少しだけ楽しいとも思った。
 また今度、暇な時遊ぼうなって言葉に、ちょっとだけワクワクしてた。
 楽しいわけじゃないのにワクワクしたのは、楽しいかもしれない、そんな予感がしたから。
 楽しく過ごしたいだなんて思ったことなかったのに。僕は、欲張りになってしまったのかな。
 次々と迫ってくる攻撃を避けながら、思い返していたクレタ。
 迫る攻撃は、ヒヨリが繰り出すものだ。
 また、こうして遊ぶ日が来たのは嬉しかったけれど。
 まさか、こんな遊びをするだなんて、思いもしなかった。
 遊ぼうかと言ったヒヨリは、すぐさま鎌を出現させた。
 また、あの日のように鬼ごっこをするのかと思った。
 けれど、そうじゃなかった。今、繰り広げられているのは紛れなき戦いだ。
 ヒヨリの表情は固く強張っている。あの日のように笑ってはいない、笑ってはくれない。
 逃げることなんて出来やしない。本気で僕を還すつもり……なの?
 攻撃を避けながら、クレタは何となくの反撃を返す。確かめるように。
 探るような、その反撃にヒヨリは眉を寄せて言った。
「躊躇うな」
 強張った表情のまま告げた言葉で感じ取る。
 もう、探る必要はない。この人は、本気だ。本気で応じねばならない。
 クレタの目付きが変わったことを確認したヒヨリは、更に荒く攻める。
 出来ることなら、戦いたくなんてない。衝突なんてしたくない。
 けれど相手がそれを望んでいる以上、応じるのが義務だ。
 ヒヨリは、クレタの動きを熟知している。
 いつでも一緒に、傍にいたのだから当然だ。
 どんな動きをするか、次にどう動くか、予測は容易いだろう。
 そして困ったことに、逆は成立しない。
 一緒にいたのは確かだけれど、クレタはヒヨリの動きを読めない。
 きっと、いつになっても読めないだろう。これだけは、不変なのだろう。
 分が悪い。だが、まるっきり予測できないということもない。
 思い返すのは、鬼ごっこをした日。その記憶。
 振られた鎌、その動き、独特のクセ。
 左から右へ振り下ろす、その瞬間に僅かな隙があった。
 けれど、その隙を抑えることが出来るだろうか。
 ヒヨリの攻撃は、あの日と比べ物にならぬほど激しい。
 荒いのにも関わらず、どこか丁寧で……あるはずの隙も、ごく稀にしか確認出来ない。
 実力差を肌で感じる瞬間。けれど、諦めるわけにはいかない。
 隙がないのなら、作れば良い。そうするしかないだろう。
 頷き、クレタは動きを止めた。
 突然立ち止まったクレタに警戒したのか、ヒヨリも攻撃を止める。
 次の瞬間、クレタはクルリと振り返って両手を闇に掲げた。
「―!」
 マズイと気付けど、既に手遅れ。
 ねぇ、ヒヨリ。どうして、こんなことをするのかな。
 なんて……理解っているけれど。全部、理解ってるよ。
 何となくだとか、いつもの悪戯だとか、そんなんじゃなくて……。
 ヒヨリは、僕を還したい。
 自分だけのものにしたいと、欲しいと思っているからこそ。
 その手で、僕を還したいと望むんだね。
 放たれた無数の光が、雨のように降り注いだ。
 払いきれぬ光の雨に打たれ、ヒヨリは動きを封じられてしまう。
 ボーッとしている暇はない。動きを封じていられる時間なんて、数秒だ。
 作った僅かな隙を的確に捉えなければ、何の意味もない。
 躊躇うな。躊躇うことなく放て。彼も、それを望んでいる。
 唇をキュッと噛み締めて指を鳴らし、光の矢を飛ばす。
 だが、無意識の内に照準が逸れる。
 的確に捉えねばならぬのは、心なのに。理解っているのに。
 真横を掠め、闇へ吸い込まれて消えていく光の矢。
 身体が自由に動くようになったのにも関わらず、ヒヨリは動かない。
 動く必要がないのだ。光の矢は、決してヒットせず、ただ横を掠めていくだけ。
 やがて、クレタは、腕をダラリと垂らし、指を鳴らすことを止めてしまった。
 そんなクレタに、ゆっくりと歩み寄ってヒヨリは言った。
「ごめん」
 何に対しての謝罪なのか理解らない。理解らないけれど、理解った。
 把握できた途端、全身の力がフッと抜けてしまう。
 その場に、ペタリと座り込んだクレタ。
 重く圧し掛かっていた何かが、どこかへ消えたような感覚。
 愛しいと思うからこそ、欲してしまう。
 それこそ、頭がイカれるほどに。
 最近、しきりに思い出すんだ。
 クレタ、お前が、ここに来たばかりの頃のこと。
 何も知らない……いや、知らないフリをしてた、お前の目。
 こう見えて、俺ってカンが鋭いからな。わかってたよ、全部。
 お前が全て覚えていることも、心から、あいつを払えずにいたことも。
 そして、今もその想いが心にあることも。
 だから、イライラしたんだ。イライラするんだ。
 何度も名前を呼んで手を引いて、そっちじゃないって教えているのに、
 お前は理解ったようなフリをして、何度も後ろを振り返る。
 バレないように振り返ってるつもりなのかもしれないけれど、バレバレだ。
 見ないフリしてきたよ。でも、そろそろ限界。
 何でだろうな。どうして、こんなに貪欲になったんだろう。
 お前の視線が、常にこっちに向けられていないと嫌なんだ。
 頭では理解ってんだよ。どんなに無理矢理、首を掴んでこっちを向かせても無意味だってことは。
 例え、首を何かで雁字搦めに縛っても、お前は、それを解いて後ろを向くんだろう。
 理解ってるからこそ、どうにかしたいと思うんだ。ほんと、どうかしてる。
 お前を還そうとするなんて。お前を、消してしまおうとするなんて。
 そんなことしたら、もう二度と話せないのに。こうして、話すことも出来ないのに。
 間違ってたよ。還して手に入れるだなんて。そんなの、間違ってるよな。
 座り込んだままのクレタの頭にポンと手を乗せ撫でて、ヒヨリは去って行く。
(もう、こんなことしない。そう言えない自分が恐ろしいけれど)
 その想い事を、口にすることはなかった。

 座り込んだまま、クレタは動かない。いや、動けない。
 目線は、ずっと下。去って行くヒヨリの背中を見送ることもしなかった。
 震える手指を押さえながら、スッと目を閉じる。
 震えているのは恐怖の表れ。
 還されること、そのものに対して覚えた恐怖ではない。
 想いの強さを実感した上で、還されまいと抵抗した自分自身への恐怖。
 本気だと悟った瞬間、ムキになった。消されてたまるかとムキになった。
 あなたの傍にいたいから、消えたくない? 違う、そうじゃない。
 もしも、そう思っていたのなら、逃げることを繰り返していたはずだ。
 抵抗した。僕は、逃げずに、あなたに歯向かった。
 躊躇うなと言われたから、だなんて言い訳だ。
 腕を下ろす瞬間まで、僕は思案していたじゃないか。
 どうすれば、あなたを黙らせることが出来るだろうかと。
 一番恐怖を感じていたのは、この感覚だ。
 躊躇いが払われてしまう、この感覚だ。
 あなたに還されるなら、それも良い。そう思っていたはずなのに。

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 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『 躊躇うことなかれ 』への御参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。 参加、ありがとうございました^^
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 2008.12.05 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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