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<東京怪談・PCゲームノベル>


 Just the way I feel.

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 キミが欲しがるものを与えてあげるとか、
 キミが行きたい場所に連れて行ってあげるとか、
 そういうのも良いかもしれないけれど、俺は嫌。
 主導権は俺。決定権は俺。キミは、ただ隣にいてくれれば良い。
 そうだな、少しくらいなら、ワガママ言っても良いよ。
 それを聞き入れるかどうかは、俺次第だけどね。
 大丈夫だよ。キミを悲しませるような真似はしない。
 だって、俺はキミのことを愛しているから。
 キミの喜ぶ顔、笑顔が見たいんだ。
「さぁ、お手をどうぞ」

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 微笑んで手を差し伸べるJ。吉奈は苦笑を浮かべて言った。
「……また、ヒヨリに蹴り飛ばされても知りませんよ?」
 溜息を混じえながらも、手を取ってしまったのは何故だろう。
 何かと妙な人で、関わりあうべきではないと思うのに、思わせるのに。
 何故かは理解らないけれど、この日のJの瞳は、とても静かだった。
 付いて行っても大丈夫だろうという安心感よりも、
 付いて行くべきなのではなかろうか、と思わせた。
「どこに行くんですか」
 横顔を見やりながら小さな声で尋ねてみる。
 Jはクスリと笑い、前方を指し示した。
 示された場所にあるのは、Jが暮らしている自室空間だ。
 ヒヨリやナナセなど、時守らが暮らす空間から遠く離れた場所にある。
 こんなところに、こんな空間があったのか、と感心する吉奈。
 クロノクロイツは広く、ただブラブラと歩くだけでは、ここを発見することは出来ないだろう。
 いや、実際のところ、また一人で、ここまで来てみろと言われれば難しい。
 もう覚えていない。遭遇した時計台から、どの方向へ、どのくらい歩いてきたか……。
 自室空間に到着した後、Jは吉奈をエスコートし、ソファへと座らせた。
 座り心地が良いとは言えない。ズブズブと埋まっていくような感覚を覚えさせられるソファだ。
 添えていた手を、そっと離して、Jは目をふせパチンと指を鳴らす。
 すると、目の前のテーブルに、ズラリとご馳走が並んだ。
「…………」
 今更だけれど、やることが、いちいちキザだ。
 うっとおしく思うのが普通なのだろうけれど、あまりにも自信満々なものだからツッこめない。
 ここまで自然にキザな振る舞いをされると、逆に照れ臭くもなくなってしまうものなのか。
 無言のまま、テーブルに並ぶご馳走を見やっていると、Jが隣に腰を下ろす。
 グラスにワインを注ぎ、一つを吉奈へ。もう一つは自分の手へ。
 微笑みながら、乾杯しようかと言ったJに、吉奈は躊躇いがちに頷いた。
「何に乾杯するのか理解りませんけど」
「ふふ。キミとこうして二人きりでいられる時間に」
「……(恥ずかしくないのかしら、この人)」
 若干呆れつつ、交えるグラス。グラスの中で揺れるワインは、Jの瞳の色と同じ、美しい青だ。
 うっかり吸い込まれてしまいそうになる心を抑え、吉奈の目線は、あさっての方向へ。
 そんな吉奈を見やりつつ、Jは笑いながら料理を彼女の口元へと運ぶ。
 どうすれば良いのか理解らない。どんな顔をすれば良いのか理解らない。
 フルーティなこのワインの味も、テーブルに並ぶ数々のご馳走も、全てが自分好みだ。
 事前に用意していたのだろう。それが理解るからこそ、どうすれば良いか理解らなくなる。
 自分を喜ばせようと、ここまで準備をしていた。
 自分の好物を、Jが熟知していることも、また戸惑わせる原因の一つ。
 私が応じなかったら、どうしていたのかしら。
 いいえ、違うわ。この人は、理解っていたんだ。
 断らぬこと、私が断ることなく、差し伸べられた手を取ることを。
 不思議よね……。どうして、あんなにも、すんなりと手を取ってしまったのかしら。
 ヒヨリやナナセさんに聞かされていたのに。絶対について行くな、と。
 少し離れた場所にある黒い棚を見つめながら、ぼんやりと考え込む吉奈。
(……。ん?)
 ふと、目に入った『とある物』
 並ぶ黒い本の中、一つだけ白い背表紙。
 どこかで見たことがあるような、そんな気がした。
 グラスをテーブルに置き、棚にある、その本を確かめようと立ち上がる。
 すると、Jがグッと腕を掴んだ。振り返ると、Jはクスクス笑って言う。
「駄目。まだ早いよ」
「…………」
 その言葉は、行動を抑制するもの。これから行おうとしていた行為を阻む言葉。
 腕を掴まれたまま、前方を見やる吉奈。まだ早い、その言葉の真意は理解らないけれど。
 駄目だというのなら、従うしかないだろう。ここは、Jの部屋なのだから。
 そう頭では理解しても、気になるものは気になる。吉奈の目線は、白い背表紙に釘付けだ。
 Jは、肩を竦めて苦笑し、グッと腕を引いて、吉奈を自分の膝上に乗せる。
 困った子だな、キミは。駄目だと言ってるのに、聞きやしない。
 俺が駄目だと言ったら従わなくちゃ。動かなければ良い、それだけじゃないよ。
 ちゃんと、こっちを向かなきゃ。俺の目を見なきゃ駄目じゃないか。
 そういうところは、相変わらずだね。反抗的というか何というか。
 あぁ、そうだ。キミは、俺に抱かれながらも、他所を見てた。
 こっちを向けって何度言っても、それに反抗するように別の方向を見て。
 重なって交わり、ヒトツになる身体。その事実から目を逸らしているかのようだった。
 思い通りにならないことに多少の苛立ちは覚えたけれど、不快ではなかったよ。
 目を逸らすだけで、逃げることはしなかったから。可愛い抵抗だと微笑んださ、俺は。
 少し安心したよ。変わっていないことに。
 あいつらと関わることで、キミが大人しい『良い子』になってしまったら、どうしようかと思ってた。
 心配はなさそうだね。キミはキミだ。その性格は、どう足掻いても変えられないものなんだ。
 そういう風に、俺が作ったから。
 クスクス笑いながら、手元に黒いドレスを出現させたJ。
 冷たい眼差しで自分を見やる吉奈へ、Jは告げた。
「吉奈。これに着替えて」
「……。……どうしてですか」
「準備だよ。いつもの」
「……。言っている意味が理解りません」
「あぁ、そうか。じゃあ、いいよ。そのまま、動かないで」
「―! ちょっと、何……」
「動くなって、俺は言ったよ」
「…………」

 抵抗はしてみたものの、無意味だった。
 膝の上、勝手に進められた着脱式。
 黒いドレス姿へと装いを変えた吉奈は、蔑むような目でJを見やる。
 向けられる眼差しに覚える興奮を抑えながら、Jは吉奈を膝から下ろして闇に立たせる。
 次いで自分もソファから立ち、黒装束の身なりから、黒いスーツ姿へと。
 手を引かれるがまま、闇を舞い、闇に踊る。エスコートするJは、目を伏せて満足気な顔。
 ダンスステップなんて知らない。知らないはずなのに、どうしてだろう。
 吉奈は、華麗にステップを踏んだ。Jのエスコートが巧いから? それだけではなさそうだ。
 まるで、以前もこうして二人で踊っていたかのよう。何度も、何度も踏んだステップ。
 それを、身体が覚えているような、そんな気がした。
 自分の華麗な動きを理解出来ぬまま顔をしかめる吉奈。
 Jは、クスクス笑いながら尋ね言う。
「何か、望みはあるかな」
「……望み?」
「キミの要望。ひとつくらいなら、叶えてあげても構わない。せっかくのデートだしね」
「…………」
 言いたいこと、追求したいことは、たくさんあった。あったけれど……。
 何か一つ、願いを叶えてくれるのなら、要望を汲んでくれると言うならば。
「……花火がしたいですね」
「ふふ。キミは、本当に花火が好きだな」
「…………」
「わかった。じゃあ、咲かせようか」
 目を伏せたまま笑い、少しだけ首を傾げたJ。
 すると、二人を囲うようにして色とりどりの花火が打ち上がる。
 心から、叶えて欲しいと願ったわけじゃない。ただ、見たかった。
 切ない記憶が残る、あの日以降、目にしていない『花火』を。
 打ち上がる花火は、どれも美しいものだった。赤、青、黄色、桃色……。
 闇で弾ける度に、身体を走る重低音の響き。心地良い、響き。
 踊ることを止めて立ち止まり、吉奈とJは闇に浮かぶ花を見上げる。
 綺麗だ。そう、花火は本来、こんなにも綺麗なもの。
 けれど、どうしてだろう。綺麗なだけじゃ物足りないんだ。
 もっと大きな音を。何もかもを払うくらいの重低音に襲われたい。
 口にすることはなかったけれど、吉奈のその想いは、繋ぎ絡めた手指から伝わる。
 キュッと力を込めた吉奈。本人も、無意識の内に。
 もっと。
 繋いだ手から、とめどなく溢れ出す想い。
 Jは笑いながら、その想いに応えて更に大きな花火を打ち上げる。
 色鮮やかに染まる闇を見上げながら、吉奈はポツリと呟く。
「あなたは、何者なんですか」
 口にせずとも想いが伝わったのは、あなたが私を知り得ているから。
 きっと、あなたは理解っている。私が花火を望んだ理由も、花火に纏わる記憶や思い出も。
 私が花火を好くことを知って、あなたは笑った。相変わらず、と言った。
 私自身も覚えていないんです。いつから、こうして花火を眺めることに至福を覚えるようになったか。
 気付いたときには、もう私の中で、花火は特別なものとして確立されていた。
 大好きな父さんが喜んでくれるからだと、そう思っていたけれど、そうじゃない。
 私は、ずっと前から。言葉を覚える前、生まれる前から、この彩色と音に魅入られていたのではないか。
 あなたの傍にいると、あなたと手を繋いでいると、そんなことを思うんです。
 どうしてですか。どうして、あなたは、私を知っているのですか。
 どうしてですか。どうして、あなたは、私をこんな思いにさせるのですか。
 あなたは何者なんですか。あなたは……誰なんですか。
 呟くようにして何度も似たようなことを尋ねる吉奈。
 手を繋ぐJは笑うばかりで、その質問に答えることをしない。
 キミが欲しい答えを、俺が教えてあげるのは簡単だよ。
 でもね、それじゃあ意味がないんだ。言葉で教えちゃ意味がない。
 思い出して欲しいと切に願うよ。けれど、語ることはしない。
 どうしてか理解るかい?
 説明されて思い出すか、自分で考えて思い出すか。
 そこには、その二つには、絶対的な差がある。
 思い出して欲しいと願うからこそ、俺は、こうしてキミに触れる。
 感触や温もり、身を持って、その身体で思い出して欲しいんだ。
 ここで、キミを押し倒してしまうことは容易いことだよ。
 本音を言えば、今すぐにでも、そうしてしまいたい。
 でも、我慢するんだ。まだ早いって、自分に言い聞かせて我慢するのさ。
 少しずつ、少しずつ、一枚ずつ衣服を剥いでいきながら、
 恥らう姿を楽しみつつ、キミが恥らうことを止める瞬間を待つ。
 我慢なんて、ろくでもないものだと思っていたよ。
 けれど、今、俺は確かな快感を覚えてる。
 自分を抑えること、興奮を抑えることで、更に興奮するんだ。
 ジッとなんて、していられない。だから、踊ろう、吉奈。
 そんな顔しないで。さぁ、ステップを踏んでごらん。
 もっと。
 さぁ、もっと優雅に舞ってごらん。
 キミのステップを、キミの身体を抱いて、リードしてあげる。
 何度も教えた。キミは覚えてる。こんなにも、鮮明に。
 覚えているから、こうして二人で踊れるんだよ。
 浮かぶ花に囲まれ、闇を舞う時間。
 打ち上がり弾ける花火に照らされるJの顔。
 見上げる、その表情に覚える、不思議な懐古感。
 答えてくれずとも、私は問います。何度も何度も、問いますよ。
 あなたは、誰ですか。あなたにとって、私とは何ですか。
 聞こえる重低音に、遠く離れた場所で、ヒヨリ達が大きな溜息を落としている事実。
 吉奈は、それを知らぬまま、ただ、闇を舞いながら尋ね続けた。

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 ■■■■■ CAST ■■■■■■■■■■■■■

 3704 / 吉良原・吉奈 / ♀ / 15歳 / 学生(高校生)
 NPC / J(ジェイ) / ♂ / ??歳 / 時狩 -トキガリ-

 シナリオ『 Just the way I feel. 』への御参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.12.10 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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