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<東京怪談・PCゲームノベル>


 Just the way I feel.

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 キミが欲しがるものを与えてあげるとか、
 キミが行きたい場所に連れて行ってあげるとか、
 そういうのも良いかもしれないけれど、俺は嫌。
 主導権は俺。決定権は俺。キミは、ただ隣にいてくれれば良い。
 そうだな、少しくらいなら、ワガママ言っても良いよ。
 それを聞き入れるかどうかは、俺次第だけどね。
 大丈夫だよ。キミを悲しませるような真似はしない。
 だって、俺はキミのことを愛しているから。
 キミの喜ぶ顔、笑顔が見たいんだ。
「さぁ、お手をどうぞ」

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 不用意について行くなと、何度も聞かされた。
 皆が揃って、同じことを言う。それは、きっと、いけないことなんだ。
 そう思っていた。いや、頭では理解してる。駄目なんだと理解してる。
 それなのに……。どうしよう。どうすれば良いかな、僕……おかしいよ。
 一緒に出掛けようって、誘われただけなのに。こんなにドキドキ。
 ほっぺたが熱いんだ。耳も……。僕、今、どんな顔してるのかな。
 あ、ううん。いいんだ。教えてくれなくていい。何となく、わかるから……。
 どうしたんだろう、一体、何が起きているんだろう。クレタは、戸惑った。
 今日が初めてというわけでもないのに。こうして、Jから誘いを受けるのは。
 それなのに、どうして。目を泳がせながら考え、クレタは一つの答えを見出した。
 こんなに浮かれるなんて、まるで……そう、子供みたいじゃないか。
 親が、遊びに連れて行ってくれることを喜ぶ、子供みたい……。
 恥ずかしいよ、こんなの。こんなの、僕じゃないよ。
 そう思うのに、嬉しいって感情を抑えることが出来ないんだ。
 こうして、Jが誘ってくるのは初めてじゃないけれど、いつもと違う気持ちなんだ。
 僕の心構えっていうか……心境っていうか……それが、いつもと違うんだよ。
「いいよ。……連れて行って」
 差し伸べられた手、その指先に触れた瞬間、背筋がゾクッとした。
 指先が冷たかったからとか、そんな理由じゃない。過剰反応……。
 咄嗟に手を引っ込めたクレタに笑い、Jは、少々強引に手を取って歩き出した。
 手を繋ぎ、肩を並べて闇を歩く。
 この光景を、ヒヨリたちに見つかったら何て言われることか。
 やたらと振り返って後ろを確認するクレタ。
 その不安そうな表情から察したのか、Jは歩みを早める。
 心のどこかで、早く、もっと早く、急いで、ここを離れなきゃ……と思っていた。
 それはまるで、駆け落ちする恋人同士のようで……。
 この人は……Jは、僕に何を見せてくれるんだろう。
 どんな風景を、どんな場所を、僕に見せてくれるんだろう。
 伝えたいこと、僕も一緒に感じ取ろうと思うよ。
 あなたのことが、知りたいんだ。
 覚えてるだろう? だなんて、そんな言葉で片付けないで。
 昔のあなたじゃない。僕が知りたいのは、今、僕の隣にいる、今のあなただ。
 もう、目を逸らしたりしないよ。ちゃんと視線を交えて、あなたの目を見て話す。
 例え、そこに言葉がなくても……仕草や表情に想いが表れるから。
 連れて行って。どこへでも。あなたの、好きなところへ。
 どんな場所でも、隣にあなたがいれば、僕は……。

 急ぎ足のまま、クレタの手を引いて、Jが赴いた場所。
 そこは……クロノクロイツの偏狭にある、不思議な場所だった。
 目の前には黒い大樹。樹の枝には、懐中時計が数え切れぬほどブラ下がっていた。
 大樹を見上げ、クレタは息を飲む。何だろう、この感じ……ドキドキする。
 高揚している……のとは、少し違うかな……。何だか、胸が熱くなって。
 大樹を見上げるクレタの瞳から、ポロリと涙が零れ落ちた。
「あ……。あれ……?」
 頬を伝う涙で我に返り、慌てて涙を拭う。
 どうして泣いてるんだろう。悲しいわけじゃないのに、どうして涙なんて……。
 戸惑っている様子のクレタを見やって、Jはクスクス笑うと、
 その場に腰を下ろし、クレタの腕を引いた。
 座れということか。クレタは応じて、隣に腰を下ろす。
 だが、Jは苦笑して「違う」と言うと、更に腕を引いた。
 Jの両脚の間、そこに、すっぽりと収まるようにして座ったクレタ。
 鼻をくすぐるJの香り。こんなにも近い……。クレタは頬を赤く染めて目を泳がせる。
「このままでも俺は構わないけど。せっかくだから、反対、向こうか」
「……えっ」
 笑いながらクレタをクルリと反転させ、前方を向かせたJ。
 クレタの目に映る景色が、Jの顔から、黒い大樹へと変わる。
 黒装束に埋もれるようにして座り、ジッと大樹を見つめるクレタ。
 クレタの肩に顎を乗せ、Jは目を伏せて嬉しそうに微笑んだ。
 Jが笑う度に、その吐息が耳にかかる。クレタは頬を真っ赤に染めて身を捩った。
「あ、あの……。もう少し離れ……」
「こら。駄目だよ、動いちゃ」
「あっ……。ご、ごめん……なさい……」
「クレタ。前」
「え……?」
「見てごらん」
 促されるまま、そっと顔を上げて前方を見やる。
 飛び込んできた光景に、クレタは目を丸くした。
 これは一体、どういうことか。
 黒い大樹が、少しずつ少しずつ、白く染まっていくではないか。
 それだけじゃない。枝にブラ下がっている懐中時計、その針がグルグルと反転している。
「すご……い。綺麗……。ねぇ、これ、どういう……」
 尋ねようと顔を上げた瞬間、バチリと視線が交わる。
 目を逸らさないって心に決めたのに、咄嗟にパッと逃げてしまった。
 びっくりした……。何にも考えてなかったから、余計に……。
 呼吸を整え、クレタは再び顔を上げて尋ねる。
 これは、何? どうして、ここに連れて来たの?
 クレタの質問に、Jは目を伏せ微笑みながら小さな声で返した。
 覚えてないか。まぁ、そうだろうね。俺が忘れさせたから。
 クレタ。ここはね、俺とキミが出会った場所。キミが、生まれた場所だよ。
 キミは、ここで俺に作られた。そうだな、丁度、あの大樹の真下あたりでね。
 コーダとして生まれた者は、生まれた瞬間の記憶を失くさねばならないんだ。
 作られた記憶を消すことで、コーダは、自分を人間だと思い込む。
 そうすることで、より人間に近い、素晴らしいコーダになるんだ。
 キミの誕生記憶を消したのは、俺だよ。生んだ奴にしか消せないんだ。
 正直、躊躇った。キミの中から、俺の記憶が一つ消えるってことだからね。
 初めて会った、その瞬間の記憶を消してしまうこと……暫く悩んだよ。
 でも、結局、俺は消した。ルールなんだ。従わなければ、キミそのものが消えてしまう。
 それだけは、どうしても嫌だったから、堪えて……キミの記憶を消した。
 コーダが生まれる瞬間はね、その周りで巡っている時間が、反転するんだ。
 けれど、時間は目に見えないものだろう? だから、俺はこうして……枝に時計を下げた。
 この針が反転すれば、成功したってことだからって、確認の為にね。
 でも、そう容易く成功するはずもなくてさ。何度も何度も失敗したよ。
 この時計の数は、俺が失敗した数と同じ。
 数え切れないでしょ。俺も、何度失敗したか覚えてない。
 でもね、何度も失敗を重ねる内、ようやく……成功した。
 時計の針がグルグルと反転して、目の前にキミが現れた。
 成功を喜ぶよりも先に、俺はキミを抱きしめたんだ。
 あまりにも……そう、あまりにも、キミが綺麗で、可愛くて。
 ここはね、キミが生まれた場所。俺と、初めて会った場所。
 キミが、さっき涙を零したのは……きっと、心が反応したからだろうね。
 頭から記憶を消されても、心に残った記憶は、そう容易く消えないから。
 うん? 頭の記憶と心の記憶は違うのかって? 当たり前じゃないか。別物だよ。
「……。どうして、樹の色も変わるの……?」
 白くなっていく大樹を見やりながらクレタが尋ねた。
 Jは、クレタの頭を撫でながら、優しい声で答える。
 簡単なことだよ。大樹に巡っていた時間も反転してるんだ。
 この大樹は、元々は真っ白だった。
 時を重ねて成長していく内に、真っ黒になるんだ。
 あ、ほら。見てごらん。時計の針の動きが止まった。
 樹も、すっかり真っ白になった。反転は、ここで終わりだ。
 どういうことか、理解るかい?
 そう、今、この瞬間。キミは生まれたんだ。
 このまま放っておけば、ゆっくりと時計の針が動き出す。樹の色も、黒くなっていくよ。
 ただ、キミが、こうして、ここにいる間は、ずっと、このまま。反転したまま、時間は動かない。
 俺が一人で、ここに来ても、この現象は起きないんだ。他の奴が来ても同じこと。
 クレタ。キミが来ることで、この空間が反応して反転するんだ。
 キミは、ここで生まれたんだよって……そう、伝えているのかもね。
 キミが俺の手を離れてから、一人で何度も、ここに足を運んだよ。
 あの日のように、キミが現れてくれないかと、何度も何度も祈ったよ。
 あぁ、幸せだ。また、こうしてキミと……ここで話が出来ているんだから。
 後ろからギュッと包み込むようにしてクレタを抱きしめたJ。
 その温もり、心地良さにクレタは目を伏せた。
 ありがとう、J。僕も……僕も、幸せな気持ちだよ。
 気付いたことが、あるんだ。恥ずかしいから、口にはしないけれど……。
 僕はね……あなたと、釣り合う存在でありたい。
 あなたの一挙一動に、ドキドキさせられていた過去。
 その落ち着かない気持ちも、僕は思い出した。
 どうしてドキドキするんだろうだなんて、理解りきったことだったんだ。
 今も昔も、後にも先にも……僕を、こんなに満たしてくれるのは……あなただけだよ。
 でもね、ドキドキさせられっぱなしじゃあ悔しいから……。
 僕は、大人になりたいと思ってる。
 逆に、あなたをドキドキさせてしまえるくらい、落ち着いた大人になりたいと思ってる。
 何て……こんなこと言ったら、笑う……? 無理だよって、笑う……?

 言葉を交わすことなく、しばらく、そのまま。
 互いに目を伏せて、時間を共有することの幸福に酔いしれ。
 夢の中にいるような心地良さに、いつまでも、このまま……と、そう願ってしまいそうになる。
 やがて、フゥと息を吐いてJが目を開けた。クレタも続いて目を開く。
「そろそろ行こうか」
 身体を離し、ゆっくりと立ち上がりながら言ったJ。
 クレタは名残惜しそうな顔をしつつ、言われるがまま立ち上がる。
 あぁ、そんな顔しないで。帰るってわけじゃない。まだ、帰さないよ。
 二人で一緒に食事をしようと思うんだ。もう、準備は済んでる。
 俺の自室空間、指をパチンと鳴らせば、テーブルにはキミの好物がズラリと並ぶよ。
 そうだ。せっかくだから、キミのワガママを一つだけ聞いてあげる。
 応じるかどうかは、俺の気分次第だけれど。言ってごらん。ほら。
「どうして欲しい?」
 微笑んで尋ねたJ。クレタは俯き、小さな声でポツリと呟いた。
「手……を、繋いで欲しい……」
「手? さっきも繋いでたじゃないか」
「ううん、あのね……。添えるだけじゃなくて、もっと……指を……」
 要するに、恋人繋ぎ。クレタは、それを望んでいる。
 自分は、何を言ってるんだろう。恥ずかし過ぎる。
 それにしても、言葉で想いを伝えるのって難しいな。
 あれこれと考えて自分に突っ込みを入れてはみるものの、冷静にはなれない。
 クレタの頬は、どんどん赤くなっていく。
 そんな、クレタの熱い頬にそっと触れ、Jは微笑むとクレタの手を取った。
 手を繋ぎ、肩を並べて闇を歩く二人。
 互いに抱く想いは同じだった。口にはせずとも、その想いは相手に伝わる。
 絡めた指が、どうか、このまま。二度と離れませんように。

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 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / J(ジェイ) / ♂ / ??歳 / 時狩 -トキガリ-

 シナリオ『 Just the way I feel. 』への御参加、ありがとうございます。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.12.11 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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