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<東京怪談・PCゲームノベル>


 天体観測

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 いつも一緒にいるけど。何だかんだで話してるけど。
 何でだろうな。いざ、こういう状況になると困る。
 全部スッ飛んでいくみたいな……。妙な感じだな。
 色々考えてはみたんだ。どうすりゃ楽しいか。
 お前が楽しいって笑ってくれるかなぁって。
 でも駄目。あーだこーだ考えすぎてワケわかんなくなっちゃって。
 だから、決めた。要するに、お前が楽しんでくれれば良いわけだから。
 お前の言うとおり、望むがままに動いてみよう。
 何でも良いし、何処でも良い。
 お前が、楽しければ、それで良いよ。

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 ……。賑やかな場所は、苦手なんだ……。
 ヒヨリは、好きだよね。でも、僕は苦手……。
 僕が楽しいところ、好きなところを選ばせてくれるのなら……。郊外……。
 この空間へ戻ってくるまで、僕が暮らしていた世界、東京の郊外……。
 寒いけれど……外が良いな。冬の空気は……澄んでいて、とても気持ち良いから。
 海……よりは、山……? 空を近くに感じられるような場所……。
 空、冬の空……。山、山から眺める空……。……あ。
 キーボードを叩く手指がピタリと止まる。
 目に留まったのは、蝋梅が咲いている公園の写真。
 黄色くて可愛い花……。これ、蝋梅っていうんだ……。
 何度か、向こうで目にしたけれど、名前は知らなかったな。
 調べようとも思わなかった。……昔は。どうでも良かったから、周りのことなんて。
 この公園、懐かしいな。何度も足を運んだ場所だ。気分転換を兼ねて……よく、一人で散歩した。
 あの日とは、あの頃とは、違う気持ち。
 違う気持ちで眺めたら、この花は、どんな風に映るのかな。
 ウン、と頷いてクレタはパソコンの電源を落とした。
 ソファに掛けてあったコートを羽織り、いそいそとヒヨリの部屋へと向かう。
 ギルド『アルペジオ』が活動拠点になってから、仲間との交流が更に多くなった。
 というのも、全員の部屋が同じフロアにあるから。何かあれば、すぐさま会いに行ける。
 その状況を疎ましく思っているメンバーも数名いるようだけれど。
 ヒヨリの部屋は、クレタの右隣にある。左隣は、Jの部屋。
 二人に挟まれるようにして、クレタの部屋はある。
 黒い扉をノックすれば、準備万端な姿でヒヨリが現れた。
 約束の時間、5分前。二人は、いそいそと外へ出る。
 とはいえ、急いているのはヒヨリの方だ。
 クレタは手を引かれて、付いて行っているだけに過ぎない。
 どうして急くのかって? そんなの、決まってるだろ。
 あいつに見つかったら、中止になっちまうからだよ。
 二人で出掛けるだなんて、あいつが許すわけないからな。
 だから、こっそり。たまには、良いだろ。
 今日だけ。今日一日だけ、クレタを貸して。
 許可は下りてないけど、まぁ、気にせずに。借りたもん勝ちってことで。

 ギルドを出て、時計台の近くまで来たところで一時停止。
 ヒヨリは掴んでいた手を離して「で、どこに行く?」と尋ねた。
 先程まで調べていたところ、懐かしいなと思わせた、あの公園へ。
 少し照れ臭そうに言ったクレタに微笑み、ヒヨリは頷いた。
 時の回廊を経由して、外界:東京へ。
 そういえば、東京へ赴くのは久しぶりだ。
 何だかんだで、近頃はバタバタしていたから……。

 *

 東京都、江戸川区にある公園。
 蝋梅に彩られた並木道を並んで歩く。
「寒いな。さすがに」
「うん……」
「大丈夫か?」
「平気……」
 並木を眺めながら返すクレタの横顔は、どこか憂いの表情。
 何かを思い返し、懐かしんでいる、そんな顔だ。
 悲しい顔ではなく、心から懐かしいと思えている表情。
 テクテクと歩きながら、ヒヨリは何度もクレタの横顔を見やり、その度に微笑んだ。
 約束した時間が遅かったこともあり、既に陽が落ちかけている。
 だが、それこそが絶妙なタイミングだった。
 ゆっくりと落ちていく陽。暗闇にポツポツと浮かんでいく黄色い灯花。
 それは、何とも幻想的な光景だった。スローモーションのような、不思議な現象。
 悲しい気持ちになるかなって心配していたけれど、余計な心配だったみたいだ。
 こうして、あの日と同じように歩いても、胸が苦しくなることはない。
 辛かったなって、そう思わなくなったから。きっと、全てを受け入れることが出来ているから。
 向けられる目や声から逃げてばかりいた、あの頃。比べるべきじゃないんだろうけれど。
 成長したかな。良い意味で。僕は、成長しているのかな。
 心の中で呟いた言葉。口にすることはなかった。
 ヒヨリに尋ねるべきことではない。そんな気がしたから。
 ヒヨリの横顔を見つめつつ、クレタは物思う。
 僕は……とっても、穏やかな気持ちになれる。
 ヒヨリといると……安らいで。ホッとするんだ……。
 僕という存在を大切に想い、肯定してくれるから。
 僕が何を言っても、全てに頷いて受け入れてくれるから。
 ……でも。
 僕は、その優しさに頼って甘えているだけなのかもしれない。
 何でも認めてくれる。否定しない。だから、居心地が良いって思う。
 思い通りに好き勝手にしても怒らないから……って。小さな子供みたいだね。
 このままじゃ、いけないんだろうなって。そうは、思ってるんだ。
 大切な人だからこそ、曖昧なまま、都合良く接するだけではありたくない。
 でも、どうすれば良いのかなんて、僕には理解らないんだ。
 一緒にいて安らぐのは確かだし、一緒にいたいって思うし。
 ヒヨリは、今、どんな気持ちで隣を歩いているのかな。
 前に発した想い、まだ胸に抱いたまま……?
 そうだとしたら、僕は……何て残酷なことをしているんだろう。
 俯いて小さな溜息を落としたクレタ。それを見たヒヨリは、ケラケラ笑って頭を撫でた。
 その顔。やめなさい。お前は、ほんとに、わかりやすいなぁ。
 何を考えてるか、すぐにわかっちまうんだから。
 隠してるつもりなのかもしれないけど、まるっきり隠せてないからな。
 そもそも、溜息とか落としちゃ駄目でしょ。一緒にいるのに。
 隣で溜息落とされちゃあ、ヘコむんですよ?
「あ……。そっか……。ごめん……」
「謝られるのもヘコみます」
「あ……。ごめん……」
「ったくもう。いいから。余計なこと考えなくて」
「うん……」
「たまには一緒に散歩。そうしたくなっただけ。深い意味はねぇよ」
「うん……」
「よし。じゃあ、クレタ」
「ん……?」
「俺のワガママ、一個だけ聞いて?」
「何……?」

 *

 電車に揺られて。乗車客は、ごく僅か。
 賑やかな街から離れて、二人は山へと赴いた。
 パソコンで調べていた経路、そのままを行く。
 ついて行きながら、クレタは驚きを隠せずにいた。
 もしかして、見ていたんだろうか。自分が調べていた様を、見ていたんだろうか。
 気になったので尋ねてみたけれど。そんなことはなかった。
 ヒヨリは笑って言った。「覗きのシュミはありません」と。
 別に、疑って訊いたわけじゃないんだよ、とクレタは少々慌てて言った。
 すっかり暗くなった、真っ暗闇の山の中。その中腹で。
 カサカサゴソゴソと、摩擦音が響く。
 一体何事か。答えは、カイロだ。
 山登りを始める前、麓にあった店で大量に購入したカイロ。
 袋をひっくり返して、それらを全て落として、一つずつ揉んでいく。
 今時、摩擦タイプしか置いてないなんて、レトロな店だなぁ、と笑いながら揉むヒヨリ。
 隣で正座し、相槌を打ちながら、クレタも一生懸命揉む。
 クレタの姿は、小動物。それこそ、ハムスターのようだった。
 それが可笑しくてヒヨリは何度も笑う。どうして笑われているのか、クレタは理解らない。
 そうして準備を進める内、夜空に星が灯り出す。
 ヒヨリのワガママ。
 それは、一緒に星を見たい、という内容だった。
 以前に教えた、とっておきの場所。星が良く見える、とっておきの場所に行きたいってこと?
 ヒヨリは首を左右に振った。街から離れて、誰もいない静かな場所で星を拝みたいと。
 ポカポカ温いカイロ。さすがに少し買いすぎたか。
 二人の身体は、いつもよりも、ぽっこりと、ふくよかになっている。
 頬を撫でる風は冷たくて、思わず目を細めてしまうけれど、身体はポカポカ。
 いや、寧ろポカポカし過ぎている程だ。お腹の辺りが汗ばんできている。
 夜空を彩る星々を見上げ、ヒヨリは嬉しそうに微笑んでクレタに問う。
 昨日、キジルと話しててさ。どういうわけか、星の話になったんだよ。
 絵の題材について話してたはずなんだけどな。そこでさ、あいつが気になることを言ったんだ。
 地球から拝む『冬のダイヤモンド』は、一見の価値ありだよ、ってな。
 誰と見たんだ、誰と見に行ったんだってツッこんだけど、教えてくれなかった。
 雰囲気から察するに女な予感がしたけど。まぁ、そこは帰ってから存分に弄るとして、だ。
 一見の価値ありだって言われたら見てみたくなるだろ。っつうわけで、来てみた。
 けど、何が何だかわかんない。星はたくさんあるけど、どこがダイヤモンド?
 どこにダイヤモンドがあるんですか。ってことでね。説明してくれませんか、クレタ先生。
 一人で夜空を見上げて天体観測を続けていたクレタは、星に詳しい。
 先生と呼ばれるほどでもないけれど……教えてくれと言われれば、それは容易い。
 クレタは、夜空を人差し指で辿りながら説明した。
 淡い天の川に沿って輝く星々。
 浮かぶ星を六つ、線で結ぶ。てっぺんに、カペラ。
 そこから時計回りに、アルデバラン、リゲル、シリウス、プロキオン、ポルックス。
 この六つの星を、一つの線で結ぶと…。ね? ダイヤモンドみたいな形に見えるでしょう?
 説明を受けて、何となく把握したヒヨリ。はっきりと確認できたわけではないけれど。
 一生懸命説明するクレタの横顔を見ているだけで、満足だった。
 噂のダイヤモンドを見てみたいと思っていたのは本音だけれど。
 それよりも見たかったのは、お前の、その顔。その楽しそうな顔。
 俺が想いを露わに口走った日から、お前は妙に緊張していて。
 目が合えば気まずそうな顔をして、サッと目を逸らした。
 こうして二人きりで話すなんて、本当に久しぶりだよな。
 歯車を狂わせたのは俺なんだけど、いや、俺だからこそ、堪らなかったんだ。
 申し訳なさそうな、辛そうな、お前の顔を見るのは、痛かった。色んな意味で。
 もう良いから。悩まなくて良い。考えなくて良い。想ってくれるのは嬉しいけれど、
 その結果、お前が追い詰められるようなら、まるっきり想われないほうがマシだ。
 奪おうとしないから。もう、二度と。お前の居場所を奪うことは、もうしない。
 だから、笑ってくれ。そうやって、笑っていて欲しい。ずっと。
 説明を続けるクレタに微笑み、ヒヨリは懐から黒い箱を取り出した。
 目に飛び込んできた箱に興味を持ち、説明を停止して見やってしまうクレタ。
 首を傾げるクレタの膝へ、ヒヨリは「あげる」と呟いて、その箱を乗せた。
「……?」
 キョトンとしながら、箱を開けてみると。
 そこには、十字架の形をしたブローチが入っていた。
 どことなく、見たことのあるようなデザイン……。
 ジッとブローチを見つめて、何かを思い出そうとしているクレタを見やり、ヒヨリは笑う。
 それも同じ。深い意味なんて、ないんだ。
 ただ単に、離れ離れになっているようで、可哀相な気がしたから買ってきただけ。
 深い意味はないから、深い説明もしない。ただ、一つだけ。
 気付いてくれて、その上で大切にしてくれたら、嬉しいなぁと思うよ。
 さて、天体観測の続きをしようか。まだまだ、帰らないよ、帰さないぞ。
 カイロが冷め切っても帰らない。空が白んで眠くなるまでは、付き合って下さいな。

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 7707 / 宵待・クレタ / ♂ / 16歳 / 無職
 NPC / ヒヨリ / ♂ / 26歳 / 時守 -トキモリ-

 シナリオ『 天体観測 』への御参加、ありがとうございます。
 作中でヒヨリが渡したブローチは、アイテムとしてお届けしております。
 アイテム欄を確認した上で、ヒヨリが深い説明を省いた、
 その理由に気付いてもらえたら嬉しいです。
 不束者ですが、是非また宜しくお願い致します。
 参加、ありがとうございました^^
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 2008.12.13 / 櫻井かのと (Kanoto Sakurai)
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